「頑張ります!」

 

 

と威勢の良い声を出しても

次第に頑張れなくなるのは

意志が弱いからでしょうか?

 

 

 

若い時に、四六時中頑張って、

尽くしてきたにも関わらず

それを恩義に感じず、

使い捨てのような

扱いをされたことがあります。

 

 

 

当時は

「裏切られた…」としか思えず

悶々として人間不信にも陥りました。

 

 

 

しかし、それは僕の人生にとっては

必要なプロセスだっただけで、

今は、感謝すらしています。

 

 

 

なぜなら、そのまま行っていたら

表面的な成功に溺れたまま

その実、幸福感は減る一方。

 

 

人生で本当に大切なことに

気づけなかったであろうことは

容易に想像できるからです。

 

 

 

しかし、これに気づくのにも

10年以上もかかっているほど

トラウマと幻想から抜けきれずに

いたほど心に傷を負いました。

 

 

 

 

しかし、これを振り返ると

結果が出せていた自分は

 

 

事を無我夢中でやれる安心できる

環境(仕事や人)があると

信じきっていたからです。

 

 

 

 

その「安心」はある日突然

”幻”だったと突きつけられ、

どこかで誰も信用しきれない自分

がプログラムされてしまっていたようです。

 

 

 

 

「人は信じきってはいけない

      常に警戒しろ!」

 

 

というプログラムで、それは

出会いによってもたらされます。

 

 

 

しかし、この安心は現実のものだ!

と教えてくれるのも

やはり出会いによってもたらされます。

 

 

 

聡明な方であれば、もっと早くに

気づくのでしょうが

僕の場合は結構な遠回りが必要だったようです。

 

 

 

不信プログラムが稼働している時の

自分は、周りに対して「安心感」が

持てきれないので、思いきり「頑張る」

ことができません。

 

 

例えば、今サッカーで世界中が

盛り上がっているので、

そのサッカーで喩えると

 

 

サッカーで頑張る環境は

「サッカー場」

そこに、釘や棘があちこちに散乱していて

至る所に穴が空いているようなものです。

 

 

 

 

これでは誰だって

頑張ることはできるはずもありません。

なので、それは意志力の弱さなどとは

無関係なのです。

 

 

 

 

安心し切れる環境があるから

無我夢中になって頑張れるのです。

その繰り返しができるから、

才能が開花するのです。

 

 

 

そうではないところからで頑張っても

自己肯定感が下がるだけなので

さっさと身をひいた方が良いのです。

 

 

 

 

 

使わない鉄は錆びる。

 

水は淀むと腐り、寒さには凍結する。

 

同じように、才能も用いなければ台無しになる。

 

 

by レオナルド・ダ・ビンチ

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい