GIVEな生き方

 

 

最近では、このワードも

結構スタンダードになって

きたのではないでしょうか?

 

 

 

確かに世の中がGIVEで

満たされれば皆が幸せになれる。

そんなイメージが湧いてきます。

 

 

 

「GIVE」の対極は「TAKE」

 ギブ と テイク

 

 

 

中には

「あげるだけでは損するばかり」

という声があるかもしれません。

 

 

 

しかし、これも想像してみるに

世の中がTAKEに支配されてしまうと

あちこちで奪い合いが始まるような

イメージが湧いてきます。

 

 

 

仏教でこんな話がありました。

 

↓↓↓

_______________________________

 

2メートルほどの大鍋に

美味しそうな具材がグツグツ煮えています。

 

 

数人が箸を持って、 

その大鍋を取り囲んでいます。

 

 

しかし、皆持っている箸が長すぎるため

食べ物を自分の口に運ぶことができません。

 

 

それでも必死に

自分の口に食べ物を

放り込もうとしています。

 

 

 

TAKEしか頭にないのです。

 

 

 

そこでは、食べ物を目の前にして

鍋の周りの人は痩せこけています。

 

 

・・・・・・・・

 

 

同じシチュエーションでも

長い箸を使って、自分の対面にいる人の

口に食べ物を運んであげています。

 

 

 

一方が食べると、もう一方は

同じように、自分の対面にいる人の

口に食べ物を運んであげています。

 

 

 

相互のGIVEが豊かさを

もたらすことを知っています。

 

 

 

そこでは、鍋の周りの人は

ふくよかで肌艶も良いようです。

 

 

_______________________________

 

このお話は、自分の周りの人が

TAKEばかりだと、「地獄」になる

というイメージがしやすいと思います。

 

 

世の中、全ての人がGIVERではありません。

 

 

一定数の声の大きなTAKERは、

力や裏技を使って、

大鍋の具材を全て

自分のものにしようとします。

 

 

そして、その大半を手に入れた時に

「こうすれば、うまいものにありつけるのだ!」

という成功哲学を語ります。

 

 

ここにはGIVEのような言葉はあったとしても

GIVEの精神はほとんどありません。

 

 

 

仮に、周りがそんな考えに

支配されているのだとしたら

 

 

確かに「あげるだけでは損するばかり」

と思うのも無理もないかもしれません。

 

 

 

でも、それでTAKEに走っても

力がなければ、脱落は必至です。

 

 

 

 

自ら進んで、できる範囲で

GIVEを実践することで

周りにGIVEな人が集まってきます。

 

 

 

GIVE & GIVE ができたら

人生はもっともっと豊かになるはずです。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

成功する人は

明日やることを今日やる

 

 

 

 成功しない人は

 今日やることを明日やる

 

 

 

つまり、未来に目をおいて

然るべき準備ができるのか。

 

 

 

それとも目の前の事に追われて

一日伸ばしをするのか。

 

 

 

前者は、ビジョンを掲げた

「事業」であるのに対して、

 

 

 

後者は、なんとなく惰性で

「作業」をこなしているだけです。

 

 

 

「作業」は言われれば誰でもできる事

なのでほとんど差別化ができないものです。

 

 

 

代わりがいくらでもいるので

市場価値が低いため、

対価も低く見積もられます。

 

 

 

つまり、ゼロに近づく”低賃金”

これで経済的に自由になることが

ほぼ不可能なのは自明です。

 

 

 

事業は

理想の未来に向かっていくために

自分の敷いたいばらの道をワクワク

しながら歩んでいく

 

 

 

のに対して、

 

 

 

作業は

目の前の事に終始し、

誰かの敷いた舗装された道で

言われた通りに、同じ場所で

足踏みしている

 

 

ようなものです。

 

 

 

「作業」が必要な場面はたくさんあります。

「作業」が悪いということではありません。

 

 

ここで、

一番何が言いたいのかというと

 

 

 

事業をしているのに

作業に追われる経営者が

意外に少なくない。ということ。

 

 

 

そんな作業に追われる経営者は

マイクロマネジメントになりがちです。

すると、社員のやることなすことの

細かいことまで気になるため、

余計な口出ししてきます。

 

 

 

 

それで、

成功を目指すとか言うのですが、

それで実現するのかどうかには

疑問しかありません。

 

 

 

ネット上にも

「この作業をするだけで

  〇〇円稼いで成功しました!」

 のような文言がたくさん出てきます。

 

 

 

「作業」で「成功」なんて矛盾がすぎる

 と思うのは僕なのでしょうか?

 

 

 

周りの声に惑わされず

自分の「事業」とは何なのか?

に答えられる”軸”を持つことで

 

 

自然に、明日やることを今日

している自分になれるのです。

 

 

 

 

成功できない人は

「明日やることを今日やる」という

教訓だけを切り取って、

それに集中しようとします。

 

 

これが実は、義務感を伴った

「作業」になってしまっているわけです。

 

 

あなたの使命感が持てる

「事業」は何ですか?

 

 

 

20年後に失望するのは、

やったことよりもやらなかったことだ。

 

綱を解き、船を出し、

帆で風を捕らえよ。

 

探検し、夢を見て、発見するのだ。

 

       by マーク・トウェイン

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。おねがい

ある人の成功体験を、

別のある人が聞いて

膝を打って納得している

場面がありました。

 

 

 

「このようにした方がいいですよ」

 

 

 

「なるほど、そうすればいいんですね」

 

 

 

 

こんな場面って日常にもよくあります。

 

 

 

この後、これを聞いた方が

うまくいくでしょうか?

 

 

 

例えば、ゲームのルールを知らない人が

そのルールを知らないで、ゲームをしても

勝てるはずがありません。

 

 

 

そんな時、

「こんなふうにした方がいいよ」は

まず基本を押さえるという意味では必要です。

というか、知らないとお話にならないわけです。

 

 

 

しかし、例えば

「営業(セールス)」というゲームでは

皆が一応の基本の型のようなものを押さえて

いても成績にばらつきが出るものです。

 

 

 

そんな時、成績の芳しくない人が

トップセールスマンに

「どうしたら成績が上がりますか?」

と聞いたとします。

 

 

すると、

「聞き上手になることだ!」とか

「モノを売るんではなくて自分を売れ!」

「すると向こうから欲しいと言ってくる」

 みたいな答えが返ってきます。

 

 

 

これを聞くと「あ〜なるほど!」

と言葉では理解できますが

いざ実践となるとうまくいきません。

 

 

 

なぜなら、「聞き上手になる」

というポーズはできても

お互いの人格やその時の感情、

その他様々にうごめく背景にある要素は

どれひとつとして同じではありません。

 

 

 

そのため与える印象が全く変わってきて

トップセールスマンの「聞き上手」が

完全に再現できるわけではないからです。

 

 

 

これは「応用」ともいうべきところで

実践を積み重ねて、トライアンドエラーの

繰り返しの中で「オリジナル」を見つける

必要のある要素なのです。

 

 

 

ある人の成功体験は、もちろん

参考になるところはあります。

 

 

 

しかし、最終的には

自分自身の成功体験を発見するしかないと思います。

 

 

 

 

今日はこの人の言葉を添えておきます。

 

 

 

は失敗したことがない。

 

ただ、1万通りの、

うまく行かない方法を見つけただけだ。

 

by トーマス・エジソン

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

「七転び八起き」と言いますが

 

 

 

実際に、道路で転んでも

すぐに起き上がります。

(自損で程度が軽いことを想定)

 

 

 

転んだ瞬間は

周りに人がいると

「痛さ」よりも「恥ずかしさ」

が先に来てしまいます。笑

 

 

 

なので、少々の痛みは堪えて

「恥ずかしい状況」を脱したい

と思ったことは誰にでも”あるある”です。

 

 

それを、道路で転んで

「転がったままでいる」

なんてことは恥ずかしい状況を

自ら維持するようなものです。

 

 

 

ところが、人生で起こる

あらゆる”つまづき”に対して

放置プレーする人がたくさんいます。

 

 

これは、人生「転がったまま」

に相当しますが恥ずかしくは

ないのかどうか気を揉んでしまいます。

 

 

 

「七転び八起き」という言葉は

昔から聞かされてきましたが、

これ言葉の意味をよーく考えると、

人生の中で決めた

自分のゴールに向かう途中

どんなつまづきや障害があろうとも

 

 

 

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり

転んでは立ち上がり・・・

 

 

 

周りからは

「馬鹿じゃないかしら。」

と思われるかもしれません。

 

 

 

なので

「やっぱり無理かも…」

と諦めの言葉が何度も

頭の中にこだますることでしょう。

 

 

 

だから自分が

「これしかない!」と決めたこと。

自分が信念を持って貫けること

でしか起き上がる勇気は持てません。

 

 

 

「儲かるから」のような計算だけで

事に臨んでも、すぐに諦めるのがオチです。

 

 

そんな信念も志もないような事柄は

うまくいくことはないので、

さっさとやめた方が無難だと思います。

 

 

信念や志もなく

「楽して儲けたい」などの

邪な心がある仕事を選んで

「七転び八起き」とか

「継続は力なり」とかを持ち出すと、

 

 

これはもうハムスターの

回し車のごとく、同じ場所を

永遠にループすることになります。

 

 

 

言葉は表面をなぞるだけでは

その真意は分かりません。

自分が活かせる環境や自分決めたゴールに

信念や志が吹き込まれていて

「七転び八起き」という言葉が

自分の人生に意味を持ち始めるのです。

 

 

 

あなたは今、

何のため、誰のために

その仕事をしていますか?

 

 

最後に経営の神様の

言葉を添えておきます。

 

 

人は、何度やりそこなっても、

 

「もういっぺん」

 

の勇気を失わなければ、

 

かならずものになる。

 

     by 松下幸之助

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

〇〇をやめたい!やめるべきだ!

と何度、自分に誓ってもなかなか

やめられない。

 

 

多くの人が

「やめられない・止まらない」のは

”かっぱえびせん”だけではないようです。笑

 

 

 

逆に「今年は〇〇をしよう!」

と年頭に誓ったはずなのに、

年末が近づいた今、続けられていない

自分に「来年こそは!」と誓ったのは

その前の年にも同じ誓いを立てたはず。

 

 

多くの人が

「決意」という言葉には

あまり威力がないのに気付くのは

年の瀬のようです。

 

 

 

こんな話を聞く時に

「慣性の法則」というのを思い出します。

 

 

「始めから止まっているものは、

 そこに止まり続けようとします。

 それを動かそうと思うと大きな力が必要」

 

 

逆に

 

「初めから動いているものは、

 同じ速さでずっと運動し続けようとします。

 それを止めるにはやはり大きな力が必要」

 

 

 

地上からロケットを発射して宇宙にいくには

地球の引力に逆うために莫大なエネルギーが

必要であるのと同じで、

 

 

 

 

なので、何かに「挑戦する」というのは

当人にとっては莫大なエネルギーが必要なのです。

 

 

 

ところが大気圏を突き抜けて

引力の影響の及ばないところに達すると、

エネルギーはほとんど消耗せずとも

前に進むことができます。

 

 

 

 

最初は意識して、工夫しながら続けていくと

日が経つごとに、それが「習慣化」される

というのと同じで、習慣化されていることは

さほど努力は必要としないのです。

 

 

 

 

逆に、言うと習慣化されてしまったものを

やめるということには同程度のエネルギーが

必要になると言うことです。

 

 

 

何かを始めようと挑戦する!にも

何かをやめようと断捨離する!にも

「これまでの習慣」という引力が働きます。

 

 

 

 

なのでできることから少しづづ

「継続」することが大切です。

 

 

 

 

例えば、ダイエットを決意して

「明日から10kmジョキングする」

なんてのは無謀です。それは

継続するはずもないことを決意だからです。

 

 

 

このあたりの「加減」が上手な人は

やりたいことを習慣化できるようになります。

やめたいことをやめることができます。

 

 

 

今更ながら思います。

「継続は力なり」って本当ですね。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

人生で最も輝かしい時と

言われて振り返るのは

 

 

 

仕事も順調に成功の梯子を登り

金もたらふく稼いで、自由を

謳歌していた三十代の時。

 

 

 

しかし、

これは表向きのポーズであって

幸福感はほぼゼロに近い

偽りの成功だったと認めます。

 

 

 

原因不明の体調不良

嘘や裏切りで人間不信

重度のストレスで

体は自由なのに心が不自由

 

 

 

まさに表の輝かしい光が眩しいほど

裏に映る影が黒さを増しており、

 

影を隠すこともストレスであるため

人と会うのも億劫になります。

 

 

 

 

という具合で

「成功」なんて言葉の定義がわからなくなり

彷徨い続けながら、惰性で過ごした十数年間

 

 

 

「仕事は人助けなんだ!」との

言葉を実践実証しているメンターが

本当に豊かになる生き方をも教えてくれました。

 

 

 

「惰性と半ば諦め」というスタイルでも

生きてこれたのはもはや奇跡です。

 

 

ここには運の良さと

そばにいるパートナー支えあってこそ

 

 

するとセカンドライフの将来の

展望がはっきりと見えています。

 

 

人生は年齢に関係なく常に挑戦です。

 

 

 

これに気づいたときから

人生は輝き始めたのです。

 

 

 

この言葉がそのことを

確信させてくれました。

 

 

人生で最も輝かしい瞬間とは、

いわゆる成功のときではない。

 

それはむしろ失意と絶望の中で、

人生への挑戦と将来への展望が

わき起こるのを感じたときのことだ。

 

 

by ギュスターヴ・フローベール

      (フランスの作家)

 

 

お読みいただきありがとうござますおねがい

 

人生で直面するさまざまな場面。

緊張しますね。↓↓↓

 

 

  • 大勢の前でのプレゼン

  • 練習を重ねた後の本番試合

  • 期日ギリギリに迫る納期、

  • 受かるかどうか自信のないテスト

  • 上司からの無理難題要求

            

         などなど

 

 

 

数々の試練とも言える場面

や乗り越えなければいけない

壁に向かい合う時は緊張するものです。

 

 

 

しかし、これら外からのプレッシャーに対しては、

行動を繰り返すことで場慣れしてきて、

そのうち緊張感はなくなってきます。

 

 

これとは別に、自分の内側から

作り出す緊張感というのがあります。

 

 

 

 

これは外部環境から

緊張を強いられるのと違って、

自分で緊張感を作り出して、

自らのエネルギーレベルを上げてしまいます。

喩えるなら、スーパーサイヤ人のように。笑

 

 

 

この内側からの緊張は出せるようになれば

いつでもコントロール可能です。

 

 

緊張と弛緩のバランスも

取れるようになるのです。

自ら緊張感を作り出す仕事は

”前傾姿勢”のスタイルなので、

業務に追われることもあまりありません。

 

 

自ら先を考え、仕事をつくる。

そこで初めて精神的にも時間的にも

余裕が生まれてくるわけですね。

 

 

 

 

「余裕」は弛緩からは生まれてきません。

自ら弛緩しようとすると、

単に怠けているのと区別がつかなくなります。

「緊張感」が「余裕」を生み出すのです。

 

 

 

勢いのある会社は

先手、先手で次の戦略を打っています。

それなのに何か余裕があります。

 

 

 

有効と思われる施策をどんどん打ち、

結果的に失敗しようが、ミスしようが、

さほど気にも留めないで、改善。

次の一手を打ったりするわけです。

 

 

そんなことを繰り返すうちに、

有効な手立てが見つかります。

何を、どうすればいいかもが

見えてくるというわけです。

 

 

一方、計画ばかりで行動に移せない

常に後手に回る会社は勢いがありません。

 

 

なぜなら、惰性でやってるだけだからです。

このような会社の打ち手は

せいぜい先手を打つ会社のモノマネ程度。

 

 

何をしていいのかがわかっていないので

いつかは座を追われ、

さらに後手に回るしかできなくなります。

 

 

 

 

自ら緊張感を作り出せるかどうかが肝心です。

すると、仕事や時間を"追いかけ"

コントロールできるようになります。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

起業をすると言う50代男性。

 

 

 

コロナで勤め先の状況も芳しくなく

副業での小遣い稼ぎも微々たるもの

 

 

 

人生を変えたいと

何かのチャンスを求めていたのでしょう。

 

 

 

それこそネット上には情報が溢れています。

やろうと思えば、なんでもやれるものです。

 

 

 

しかし、どんなビジネスであっても

多少なりともリスクはあります。

 

 

 

そのリスクをどの程度

背負えるかは考えどころです。

 

 

つまり

「石橋を叩いて渡る」

 という姿勢は大事です。

 

 

ところが

石橋を叩いて、壊してしまう人がいます。

 

どの石橋を叩いても結局、

 どれも渡らない人がいます。

 

いずれも石橋の向こうに何がわからないという

得体の知れない恐怖心で前に進めない

ということに変わりはありません。

 

 

 

そんな話をする中

先の50代男性も起業する決意をしました。

 

 

「やります!」と宣言!

 

 

周りからも頑張ってくださいの声

 

 

 

ところが翌日、ご丁寧に電話があり

 

 

「やっぱり自分には自信がないのでやめておきます…。

 せっかく相談に乗っていただいたのにすみません。」

 

 

とのこと。

 

 

相談に乗ったことが

無駄などとは微塵も思いませんし、

「やらない」という決断は自身の自由です。

 

 

しかし、この後の人生で彼が

どのように生き抜いていくのか

心配になりました。

 

 

 

今、状況が芳しくないのは

失敗のリスクを恐れて、

何もしてこなかった結果だとも言えます。

 

 

 

一生懸命、努力はしてきたのでしょうが

「今の状況が最悪だ」というのであれば

その努力は間違った方向に

力が入っていたのに違いないのです。

 

 

 

「挑戦」にリスクはつきものですが

今の時代。何もしないでいる

リスクの方が大きいのだと思います。

 

 

 

許容できる範囲での

「失敗」ならやり直しがききます。

 

 

 

今日はこの方の言葉を送ります。

 

 

 

人生における最大の失敗とは、

 

  失敗を恐れ続けることだ。

 

 

by エルバート・ハバード

  アメリカの著述家

 

 

お読みいただきありがとうございます。

独立して起業することで、

誰もが最速で稼ぐことや

成功を実現したいと思うものです。

 

 

 

副業(複業)と称して、

様々な手段がある昨今。

 

 

どれを選択するのも自由ですが、

自由なが故に、選択肢があり過ぎて

どれを選べば良いのかわからない人も

多く見受けられます。

 

 

 

その選択の仕方を側から見ていると、

まるで、体調の優れない人が

その原因も探らずに、高額の「栄養ドリンク」

を飲むことで気を紛らわして、健康になった

つもりになっているようにも映ります。

 

 

 

そして、起業しようと決意し、

その最短距離を探すために大枚叩いて

「●●塾」でお勉強というお決まりのコース

 

 

 

 

それ自体は悪いことではありませんが

何を選んでも、間違いなく失敗するのが

ありありとわかる人がいます。

 

 

 

その代表例が

根回しばかりで

やたらと「媚びまくる」人。

 

 

 

尊敬もしていない人を

少しばかり稼いでいるからと言って、

「メンター」とか「リーダー」と

崇めている人たち。

 

 

何か「おこぼれ」や「御慈悲」を

期待しているのかと思ってしまいますが、

 

 

 

それが近道であると勘違いしている光景を

幾度となくみてきました。

 

 

 

しかし、ここで

「おこぼれ」などもらえるはずもありません。

 

 

 

根本的に大事なのはことがあります。

それは人から「何をもらうか」ではなくて、

自分がどんな価値を与えられるかです。

 

 

何も価値が出せないと思い込んでいる人でも、

自分のスキルや経験、得意なこと、好きなこと

どんな人でも一つや二つはあるはずです。

 

 

今それが、見出せないなら、

出せるように努力することが大事だと思います。

 

 

 

近道ばかり行こうとしてた人たちは結局、

「近道探し」に金と時間と労力を使うだけです。

 

 

仮に目先の勘定で一時金を手にすること

があったとしても、近道したツケはあとから

精算しなければならない時がきます。

 

 

最後はコツコツと努力を

積み上げた人が勝利します。

 

 

近道をしてうまくいった場合は、

自分の成長という観点からは然るべき

プロセスを歩んでいません。

 

 

そのプロセスを歩んでいないことにより、後々

同じ場所に戻ってやり直すことを余儀なくされます。

 

 

 

仮に、近道の道中まぐれあたりで

ビジネスが大きくなったとしても

一人では手に負えないことが出てきます。

 

 

 

その時に、近道ばかり探している「手抜き屋」

に快く手を貸してくれる人は誰もいないという

ことに気がつきます。

 

 

価値を誰かに与えられる人が

本当の豊さを手に入れることができるのです。

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

ホテルラウンジで

女性の友人Rさんとお茶を飲みました。

 

 

 

すると、先日とても不愉快な

出来事があったとのことで

それを共有して「ここから何を学ぶ」

という会話をしました。

 

 

面白かったので

それをこのブログでシェアします。

 

_____↓↓↓_____________________

 

【Rさん談】

知人A子さんから

相談があるとの連絡。

 

 

 

A子さんは

年も重ねて、コロナ禍で人生観が変わり

仕事のことやこの先の人生について

カウンセリングを受けたいとのことでした。

 

 

 

最初は軽い雑談でいいかなと思い

数日後に、カフェでお茶をすることに。

 

 

 

そのカフェで歓談してる中

ちょうど1時間ほど経った時、

A子さんの電話が鳴りました。

その相手は古くからの友人B子。

 

 

 

なんでもB子は最近、スピリチュアルに

興味があって人の助けになりたいとのこと。

 

 

 

そのB子を紹介したいというので

1時間後に同席することになりました。

 

 

 

B子の仕事はアポインター。

複業で通信事業を個人でやっているそうです。

 

 

 

繋がりにくい通信契約を取ると

キャッシュバックがもらえるとかもらえないとか…。笑

 

 

 

すると、座って5分ほど

聞いてもいないのに

 

 

 

 

「物は売りたくないんです。」

 

 

 

「一回、売ると後は自動的に

 お金が入ってくるんで楽なんです♪」

 

 

 

と、こちらが聞いても

いないことを話し始めました。笑

 

 

 

「何?この

  自己主張?」

 

 

 

とセールスがしたいのか

自慢話がしたいのか

 

 

 

こちらが何かを売る準備をしている

という思い込みの警戒心から発した

言葉なのか。

 

 

 

それとも

「楽して儲かることがある

 からあなたもどうですか?」

とでも言いたいのでしょうか?

 

 

 

そうなのであれば、

「スピリチュアルに興味があって

 人を助けたい」というのは

 

 

 

セールスのためのフロントトーク

に過ぎないのだと思ってしまいました。

 

 

 

この後は、楽しい場ではなく

楽しいふりをする場になったのは

言うまでもありません。

 

 

_____________________________

 

 

最後までB子の真意はわからなかったそうなのですが、

このような探り合いのようなことが始まる出会いは

決して良いものとは言えません。

 

 

 

実際、RさんはB子さんとは

二度と会わないでしょう。

と話しているくらいなので

かなり不愉快だったようです。

 

 

人と人をつなげる出会いの仲介をする場合は、

お互いが「お見合い」となるわけですから

相応のお膳立てをして、双方に失礼のないよう

に配慮するのが大人の嗜みだと思うのです。

 

 

 

仲介役が「損得勘定」で引き合わすというのは

双方に不愉快な気分にさせることが大半だと思います。

 

 

そうではなくて、双方が喜んでくれれば良いという

「思いやり」があればそれが最高の出会いに

発展することだってあります。

 

 

そんな双方のお役に立つことができれば

それは人徳となり、巡り巡っていつか

その「徳」が自分に返ってくるものです。

 

 

「そんな学びを得られた体験だったね」

とRさんと思いを共有できました。

 

 

これを読んでいただいている方にも

これがお役に立てれば幸いです。

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。おねがい