創刊の社会史 (ちくま新書)/難波 功士
¥798
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 2008年は雑誌の休刊が相次いだ年だった。ただの休刊ではなく、かつて一時代を築いた月刊プレイボーイのような軍艦雑誌の休刊であった。30年以上も続いた雑誌の休刊はさすがに読者のみならず業界全体に与えたショックは大きい。雑誌というジャンルの存在意義も含めて考え直そうと思っていた矢先に格好のテキストがちくま新書から出版された。「創刊の社会史」である。まず著者の難波氏がそれこそ雑誌の売り上げを支え続けている創刊号マニアであることが説得力があって面白いところだ。

 本書のデータで確認すると最も雑誌が創刊された85年の245点で、55年から07年までの52年間に実に2918点もの雑誌が創刊されていた。「宝島」「anan」が創刊された雑誌黄金時代60年から70年代は毎年15%以上の対前年比を出していた。だが数字だけ見ると現在低迷している雑誌の売り上げは60~70年代よりも2倍以上高い。雑誌数が少なかったけど読者に支持された黄金時代があり、その後、多品種創刊乱発時代には支持されず雑誌は読み捨てられていったとわかる。

 これまでの本業界は雑誌抜きに語れないし、今後も雑誌ありきでいくことを信じている。いつか雑誌復活する日がくるように、また2009年創刊する雑誌が20年後、30年後に同じく本屋の店頭に並んでいることを願う。


凍結から約1年。私は決して電子書籍を忘れたわけではない。2009年の日本経済新聞の元日折込を読み返していたら、衝撃の記事を読み逃していた。「ITが変える社会」という特集のなかでアマゾンが開発した電子ブック「キンドル」が紹介されていた。キンドルの名を聞いたのは初めてではないが、この記事を読むと注文が殺到しており、入手までに3ヶ月。販売台数は明らかではないが推定25万から35万台は売れたもようとある。写真にうつるキンドルは2005年にソニーが販売したリブリエにそっくり。2007年に米国で販売されているキンドル明らかにリブリエの模索品のように見える。電子書籍にいち早く目をつけて開発するだけの技術力がありながら、現在の日本の電子書籍市場は詳しいところを調べたわけではないからはっきりしたことはいえないが実質凍結状態。蓋をかえせば、アマゾンによっていつの間にか先行されてしまっている。このままではアマゾンの「キンドル」があたかも電子書籍の元祖となってしまう。電子書籍のデファクトスタンダードは日本であってほしい。それは出版業界の
未来かもしれないし、希望の光かもしれない。
元祖浪花屋柿の種のココロ (新潟発ブランド物語 1)
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寒くなったのでコタツを出した。やっぱり暖をとるのはコタツがいい。コタツといえば昔から決まってみかんと
柿の種が上がっているイメージがある。なぜだろうか。小さい頃、よくテレビからこんなCMが流れていた。

「♪たーね たーね柿の種 
  がーんそ 浪花屋の柿の種 
  がーんそ 浪花屋の柿の種」
地元新潟で生まれ育った人なら誰でも耳にしたことがあるローカルCMである。そう柿の種は新潟のお土産の代名詞であり、新潟人の茶の間の定番として定着している。実際どうだったのかという話は最近、恒文社から出版された「元祖浪花屋の柿の種のココロ」を読むとわかる。柿の種はいつ頃どうして誕生したのか、そのおいしさの秘密とは何か、柿の種が長年愛される理由など柿の種を食べて育った方ならぜひとも知っておきたいエピソード満載。「柿の種の変りだね」や「柿チョコシリーズ」、「地域限定柿の種」「幸せになる柿の種ストラップ」といった柿の種好きにはたまらない情報盛り沢山。例えば、韓国産の柿の種コチュジャン味、柿の種ホワイトチョコレート、北海道限定みそラーメン味などあっと驚くの変りだねが他にもいろいろ紹介してあった。なによりも柿の種が食べたくてしかたがなくなる1冊。三日月型で、醤油と唐辛子の絶妙なブレンドしたちょっと辛めの香ばしい味付け。「柿の種を3つ食べてピーナツ1つ食べる」など柿ピー黄金率には個人差があるようだが、創作料理にいれたり、食べ始めたら止まらないという自ら「柿の種の鬼」と名乗る著名人もいたり、それぞれの柿の種への嗜好と熱い思いが伝わってくる本。浪花屋の生んだ柿の種ブランド物語。これからもどんどん新しい柿の種を開発し、多くの人にそのおいしさと伝え、食され楽しませて欲しいと願っている。
光/三浦 しをん
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 三浦しをん「光」を読む。三浦しをんを1月2日に読んだのにはわけがある。箱根駅伝を描いた傑作「風が強く吹いている」をこの時期、テレビで箱根駅伝を見ているとどうしても思い出してしまうせいである。それも作品といっしょに三浦しをんという作家も。集英社から出版されたのは昨年暮れで気になっていたし、読むとするなら1月2、3日の箱根駅伝を見た後と決めていた。作品の内容はまったく異質なものであるが、「風が強く吹いている」超えを期待してのことである。 これまでの三浦作品ではまったくない読むことのできなかった暗く重苦しいバイオレンスな小説だった。新境地に挑戦しても読ませる三浦しをんの才能に驚くばかりである。
 悲惨な出来事を経験し十字架を背負って生きる3人の男女。その彼らの生き様は決して過去を拭い去ることはできない。あの時のあの瞬間にはもう戻れない。未来の光はどこに射すのだろうか。
 本屋大賞次期最有力候補者として私も含め多くの書店員と三浦ファンが応援している。その期待には応えてくれている作品だと思うし、今年の活躍に期待している。
 
 
詩の力 (新潮文庫)/吉本 隆明
¥380
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 あけましておめでとうございます。さっそく元旦に読んだのが新潮文庫「詩の力」である。糸井重里事務所の「吉本隆明の五十度の講演」がほしくてたまらないのだが、値段が5万円ということもあって2~3ヶ月の本代を貯めればなんとか買えると考えている。ところが本代をすべて貯めるなど1ヶ月も我慢できるわけはなく、さらに数量限定ゆえに待ってはくれない。苦しいローン選択を迫られるなかで「詩の力」でその高額本購入の苦悩を少しでもやわらげたいと読んでいる。この文庫で違和感を感じたならば、断念ということもあったが、それどころかますます五十度の講演への思いがつのるばかりだ。思想の巨人の現代詩鑑賞ノートといったところなのだが、驚くことに谷川俊太郎から宇多田ヒカルまで、84歳とは思えぬそのフットワークと若い感性への飽くなき批評眼はさすがである。五十度の講演を含め、私は今年は吉本隆明にいまさらながら注目する。
マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)/マルクス
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今年の象徴ともいえる新潮文庫「蟹工船」。ネットカフェ難民、ワーキングプア論は蟹工船によって加速したようで、売れたとか面白さとかを抜きにして今年を代表する1冊といっても過言ではない。「蟹工船」を読んで若者がこぞって共産党員になっているそうだ。世界金融恐慌によって、アメリカの民主主義が崩壊寸前。戦後日本の民主主義にも疑問をもつことは当然で、この先、今のままでよろしいのかという議論がいたるところで起こっている。つまりこの共産党員の増加はあながち冗談と笑っていられない。民主主義を放棄する可能性はないこともないと私がそう思い始めたのも「自由と民主主義をもうやめる」(幻冬舎新書)と共産党宣言(岩波文庫)を読んだせいだ。
アメリカにしたがってきた日本の戦後63年。アメリカ崩壊でもう限界にきている。それだからといって共産主義や社会主義を考えるのはすこし浅はかかもしれないが、ここにきて1世紀半も前にマルクスが唱えた階級闘争が再び現実的になり、民主主義に1度は敗北したマルクス思想が復活してきていると感じた。日本の今後も含め、いま共産党宣言は多くの示唆を含んでいる。

自由と民主主義をもうやめる (幻冬舎新書)/佐伯 啓思
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今年もあと残りわずか。年末恒例の今年のベスト本特集が誌上を賑わしている。驚いたことに休刊した「ダカーポ」が「今年面白かった本」を増刊で復活させた。1年で終わらず年末だけでもいいから毎年「ベスト本」で、ダカーポは生き残っていってほしい。さてここでも総合1位はゴールデンスランバー。少し期待はずれだったが、4月の本屋大賞、12月のこのミスと1年中、「ゴールデンスランバー」と伊坂幸太郎一色であった。おそらく伊坂幸太郎がデビューしてからその才能を早くから見込み、いつかこういう日が来るだろうと予測し、先行して彼を追ってきた出版社、書店員にとって、伊坂の1年は信じていた未来が実現した悦びに満ち溢れている。直木賞辞退が悔やまれるが、彼にはもはや直木賞など必要ない。今後、ますますファンを増やし、読者を魅了する文学作品を生み出してくれることを願っている。どうしても1位にばかり目がいってしまうが、ダカーポには今年の読み損ねた本がたくさん載っている。今からでも遅くないから書店にいきましょう。
書店員としてこの類の本は1年の総復習であり、2008年を数々出版され読まれた本を心に刻み、後世に伝えるためのメモリーブックなのだ。

ダカーポ特別編集 今年最高の本 2008 (マガジンハウスムック)
¥780
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近年稀にみる売れ筋の作家の新刊ラッシュが起こっている。普段なら1ヶ月に1人いるかいないかぐらいのはずが、まあ出るわ、出るわの新刊ラッシュ。それが世界金融恐慌の出版業界なりの対応策なのか。はたまた収入不安定な作家の金策か。結局、緊急事態になれば作家も尻をたたかれたかのように、きちんと新刊を出版してくる。結局、ベストセラー作家のさじ加減なのかこの業界の動向は。この反動が年明けに出ないわけはなく、今決して笑っているわけではないけど心配でしょうがない。新刊を出す作家を計画的に安定供給するために、初刷部数で調整し、あまり偏るようだったら当月何点か出版見送りという制度導入を検討していただきたい。見送りになった作品は再度手直しする時間で質も上がるだろうし、つぶし合いによる下方修正もなくなる。お客様としても金銭面でも少しは負担が減るだろう。あくまでも本の供給過多で、売りたいのにまだほとんど売れていない作家の本がどんどん返品候補に上がるのが、「時期がよければ売れたのになあ。ライバルが多すぎだよ」という気持ちで泣く泣く売場を替える毎日。しかし来週はいよいよクリスマス直前週ということで止まるどころか益々新刊が増える。もうええかげんにしなさい。
悼む人/天童 荒太
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 天童荒太の新刊「悼む人」を読んだ。昨今、凶悪犯罪や殺人事件が多発している。多くの作家はより残忍でよりミステリアスな事件をモチーフに作品を書いてくる。しかし天童氏は7年の歳月をかけてあえて逆説的な発想で物語を進めている。悪の根源に立ち向かうのでなく、善によって消化しようとする悼む人。ニュースで毎日、殺人や事故が伝えられているせいか、我々は無意識に人の死について軽視し、考えなくなっている。だから最初に遭遇する悼む人は、物語に出て最初に悼む人を目撃した人と同様、インチキ教団か精神異常者かと異様に感じられた。それが読み進むにつれて、大量の人死を日々聞き流して毒され麻痺していた自分に気付かされた。彼の言動から強いメッセージを感じた。今、社会に求められているのは実は悼む人かもしれない。悼む人「坂築静人」のことをわたしは決して忘れることはできないと思う。
 秋葉原事件、厚生事務官殺傷事件と目を覆いたくなるショッキングな事件が起こった2008年の最後にこの小説に出会って救われた思いがした。
 この人の残した功績を一言で語りつくせない。文芸評論家としての活躍が一番その功績を認められたといえる。しかし文芸評論家ではあまりにも失礼であってその枠を超越した戦後の知識人。私は加藤氏の「読書術」をすぐに本棚から取り出だして再読した。今なお色褪せることのない読書の真髄を感じ取ることができる。そういえば、五木寛之の新書「人間の覚悟」で、作家や知識人が亡くなると五木氏は葬儀や追悼文を捧げるよりも、著作を読んで追悼すると書いてあった。物書きにはそれがなによりの供養だという。書店員としては追悼コーナーがなによりの供養であり、多くを学んだ戦後の知識人がまた一人消えていくのがとても寂しく思う。