もう何年になるでしょうか

私は家族三人揃った時には話をしません

私の振った話は9割無視されて、あとの一割は言い出したところで全否定されるので


会話がないかというとそんなことは無くて、ひめが延々と話をしています

大抵は若干いかれた常識にのっかった文明批判とか


無反応にしていると定期的に「ね、パパ」と言われます

もちろんここでも一切の反論は認められていません

私が使用を許されているたった一つのキーワードを延々繰り返すだけです


「そうだね」と


なんて楽しいご家庭でしょう

W編


リア充爆発しろ!っていう話


吉川浩司はカッコイイですね

仮面ライダーという虚構の世界でしか光らないかっこよさではあると思いますが、まさに水を得た魚状態

多分世界で彼にしか出来ないアクションがあります

殺陣と踊りの中間点、格闘技にしては蛇足が多い、ぶっちゃけ回りすぎなんだけど、華麗で存在感があります

今まで見た中で一番近いのはマイケルジャクソンかなぁ、でもあっちはダンス、こっちはアクション

この人は、アクションスター養成塾をやればいいと思います

そして、吉川式アクションを後世に伝えて欲しいです


OOO編


ドラえもんにありそうな話

展開速すぎでしょう

ノブナガという単語には、現在少々敏感になっているので心中複雑

デザインは悪くないですね

それだけに、あんまりにも早回しなのがもったいない

ガチャポンライダーのストーリー丸ごと抜いて欲しかった

ていうか、これだけ別のストーリーにして見せて欲しかった

個人的には後藤君おめでとーはっぴーばーすでー!!と言いたいですが


毎回見に来ておもいだすんですが、仮面ライダーは子供に見せるコンテンツじゃない

いつも劇場で後悔します

今回も、殺伐としてて、教訓も感動も大してありゃしない

戦隊モノの方がまだ製作者の良心が感じられます

ウルトラマンはその点安心だったんだけど、ベリアルでてきたあたりから怪しげ…見てないので明言は避けますが


それでも一応最後のほうは軽く涙ぐんだから、宇宙戦艦木村拓也よりはマシだったらしい

最初の妻が家を出て行ったとき、私を咎めてくれる人は誰も居ませんでした


バブルがはじけた頃で、仕事がなくなって、毎日パチンコをしていました

蓄えが底を突いて、働きなれない彼女はバイトの掛け持ちをしていて、そんな彼女を「はした金の為に汗を流してご苦労なことで」と蔑んでいました

客観的に見て私に情状酌量の余地は微塵もありません

それでも私は、夫婦関係は不変だと信じていましたし、それを”一方的に””踏み躙る”彼女が”悪い”と信じて疑いませんでした


家を出たい、と言い出したのは5月ごろでした

彼女は引越し先を探し始めました

手を貸すことはしませんでしたが、邪魔もしませんでした

一人で出来るはずが無い、いつか辞めると言い出すに決まっていると思っていました。いや、願っていました

折角決まった新しいバイトや、可愛がっている猫や、続けていたFinal Fantasyを置いて出て行くなんて、そんな無責任なことが許されるわけがない、と憤っていました


引越し先が決まって、新しい仕事先が決まって、引越しをしたのは7月だったと思います

夜、寝入る前に、私は帰ってくると思う?と聞かれました

帰ってくるなら2週間以内、それ以上なら帰ってこないと答えました


軽トラは私が手配して、引越し先まで運転しました

荷物を置いてそそくさと出て行ったように覚えています

帰り道、私のポケットに残っていたのは500円玉1枚でした

銀行には既に残金はありませんでした

その500円玉で給油をして、レンタカー屋に返却しました

満タンにやや足りないと不満そうなレンタカー屋にびくびくしていました

次の日、消費者金融と契約をしました


2週間たっても帰ることはありませんでした

半年くらいで、離婚届を提出しました

書類を取り寄せて先に書き込んだのは私でした

私の大学時代の友人と再婚して、引っ越したのはそれからさらに1年後でした


中古の家を買って、引越しをして1年、周囲に知り合いが居なかったのもありました

彼女にも、私にも、本当の友人が少なかったのもあったでしょう

両親や仲人筋に話が漏れ伝わった頃にはどうしようもないところまで行っていました


彼女がついてきてくれることに依存していたのです

子供が母親を信じるのに理由がないように、彼女がひとつであることに依存していたのです

私が大人なら、こんなことにはならなかったと思っています

私に一人の女性の人生を背負うだけの器が無かったのだと思っています

だから、なるべくしてなったことだったのだと思っています

それでも誰かの助けがあれば、別れなくて済んだはずだと思っています

それでも誰かの助けがあれば、なるべくして元どおりになったかもしれないと、今でも思っています


2度目の結婚をして、こどもが出来て、今の選択が間違っているとは思っていません

これもまた、なるべくしてなった人生だと思っています

後悔はしていません

過去に戻りたいとも思っていません


それでも、一人の女性の人生に傷を作ってしまった罪は絶対に消えません

やらなくて済んだことのために、償いきれないものを背負ってしまいました


だから私は、どんな関係であろうとも別れないようにまずは最大限の努力をするべきだと思っています

与えていない愛情は返ってきません

魔法じゃないんです

相手に何かを望んでいるとするなら、それは100%貴方の甘えです

全ては自分がどうあるかです


まずは速やかに後悔して、土下座ベースで謝って、まずはそこから…って話です

貴方が大人なら

火曜日に面接した会社から二次面接の案内が来ました

週末の夕方、食事しながらで…って、飲みながらですか??


小さな会社で、実を取る社風みたいです

まぁ…私には合ってるんでしょう

1社面接に行って来ました

新横浜の会社

HP見る限り、ソフトウェアの請負開発をしている会社に見えるんですが、なんか要領を得ない感じ

今日日有限会社だし


横浜線が人身事故でだだ遅れしていたのですが、早めに動いていたので早めに着けたのでオフィスの場所を確認しました

雑居ビルの最上階、看板も出てません

エントランスに入ってみると、郵便受けに紙が貼ってあったので間違いはなさそうです


なんかあまり期待できそうに無いんですが、今は一件でも内定を取って自信をつけたいところなので、精一杯がんばります

てなわけで時間までスタバで読書していました


5分前にエレベータに乗って最上階までいくと、そこはやはり看板もなにもありません

インターホンを押したら女の人が出てきたので、用件を話しました

どうやら間違いない様子

中に通されます


思ったより広いオフィスはパーティションがなく、事務机の上にずらりとモニターが並んでいました

みんな私服で、人数のわりにえらく静かなオフィスです

会議室は飾り気がなく雑然としていました


面接官は営業の偉い人と技術のトップだそうです

淡々とですが、自信を持って話すタイプの人でした


基本は大手メーカーをスピンオフした人が立ち上げた請負開発会社

そこまではまぁよくある話です

フィリピンに設計拠点を持っていて、日本の顧客から仕事を請け負っている

品質がいいのでリピーターが付いていて、提案型で、丸投げで仕事が来て、売り上げが上がってて、事業を拡張たくて人が欲しいということ

そんな美味い話転がってるの?

いや、ちょっと頭を使えばできる簡単な話なんですが、いざ目の前にそんな話があったらいちおう繭につばをつけておきます


でも、あながち嘘にも見えないんです

善意で解釈すると、営業が巧い会社なのかなぁと思われます

オフィスも近いし、フレックス私服だし、お金さえ出してくれるなら断る理由がありません


さて、どうなることか

無くなった伯父は絵に描いたような地主だったようです

庄屋の長男で、農業高校の教師をしながら田畑を持った兼業農家です

退職後は檀家の取りまとめ役や老人会の世話役をやっていたようです

歳の割には大柄で、健康な人でした

癌は健康な人ほど転移が早いようですね…じいちゃんの癌はまったく転移している気配がないそうです


小さな田舎の小さな世界ですが、その中では絶対的な権威と権力を持っていて、それに見合った威厳があって小さな社会をうまく仕切っていたようです

きっと波風のない、幸せな、いい人生だったでしょう


二人の子供、私にとって従兄弟がいます

私と同い年の長男は残念ながら伯父と同じ気質を継げなかったようです

大変頭が良くて、一流大学に現役合格したのに満足できず(何故?)在学しながら受験勉強をして一年後に超一流大学を受けなおして合格した人です

ところが超一流の会社に入社したものの、気持ちを壊して退社してしまいました

どうやら”頭はいいけど仕事ができない”タイプの人だったみたいです

その後紆余曲折はあったようですが、今は実家の敷地に建ててもらった一軒家で学習塾を営んでいるようです

妹は才媛でそこそこ綺麗なのですが引っ込み思案のために行き遅れ、やっと最近えらいお歳の方とお見合い結婚しました


伯父に依存しきっていた伯母と子供達はびっくりするほど責任感がありません

葬儀の指揮はもちろん、弔問客の応対さえままならず、奥に引っ込んでしまうので、母や親戚達がぶつぶついいながらも応対をしなければなりませんでした


花輪には勝手に私達兄弟の名前が入っています

まぁ、葬式の手順なんてわからないんで、勝手にやってもらう分にはまったくかまわないのですが

お金は母が立て替えたようです

何にいくらかかるのか知りたいから支払わせてくれとお願いしたのですが、逆に新幹線代を出されてしまいました

無職なのはばれているので強く出られませんでした

とりま親戚づきあいはお金がかかるようです


母は通夜が明けて朝歩いてホテルに帰ってきました

数時間は雑魚寝できたそうです

父とホテルで朝ごはんを食べて、少し早めに実家に行きました

父を椅子にセットして、時間があるので近所の散策に出ました


大人になってからは法事でくるだけでしたが、子供の頃は毎年夏をすごしていたところです

私にとってのいわゆる田舎です

用水路があちこちに流れているのは変わっていませんが、田畑だったところが軒並み宅地になっています

スケール観がびっくりするほど変わっています

子供の頃遊んだ場所は残念ながらほとんど原型をとどめていませんでした


これは遊んだはずの近くの寺


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ゲゲゲの鬼太郎実写版のロケ地になりそうな佇まい

近くのよれよれの大木の上でカラスががぁがぁ鳴いていました


葬儀はお昼少し前に始まりました

弔問に来たお客が白い包みをぽいぽい放り投げていきます

香典かなぁと思うのですが、普通の香典袋もあるし、なんか不思議な習慣です

あとで母に聞いておこうと思いました


葬式には立派な衣装の僧侶が4人見えました

通夜のお坊さんは地元の人、彼らはもっと偉いところから出張してきた人みたいです

ありがたい方々なのですが、一番後ろの人が私の知り合いのKenzにクリソツだったので、朝飯噴いてしまいました

顔のでかさとか腹のでかさとか、黒ぶちめがねのでかさとかもうね…

ああ、そうだ、あの顔のサイズだと黒ぶちめがねしかないとか言ってたっけ


通夜に続いてみなさん声を揃えて読経されます

市民コーラスグループみたい

順番にお焼香に呼ばれます

私は親戚なので名前を呼ばれます

みんな終わった後で、葬儀社の方が、会場の一番隅っこで椅子に座っているじいちゃんに焼香台を持ってきてくれました


棺が開かれ、最後のご挨拶として棺おけに花を詰めていきます

骨髄性の癌で酷い激痛に悩まされていたと効いていましたが、最後の顔は存外安らかに見えます

そのように作ったのかもしれません

じいちゃんはぼろぼろ泣いています

俺が咲きに逝く筈だったのに、逝かなきゃいけなかったのに…と言っています


棺おけに釘が打たれると私達に仕事が割り当てられます

アイテムを持って葬送の列を作ります

たった2人のお孫さんが鶴という蜀台と遺影を持ち、一番若くてカッコイイ従兄弟が位牌、弟と私は意味不明な飾りを持たされます

特に私が持った香炉は鉛で出来ているので思いの何の…結果、家を出て停めている霊柩車までだったので大した距離ではなかったのですが、ちょっとした筋トレになりました


霊柩車は白地に青いラインで葬儀場のロゴが入ったバンです

屋根の付いた黒塗りのだけが霊柩車じゃないんですね


霊柩車の前で、道一杯に広がった弔問客の前で、例の長男が喪主の挨拶をしました

おそらく丸暗記です

たどたどしく、型どおりの挨拶をしました

途中、文言を忘れてしまったようで一分ほど放送事故のような静寂に包まれましたが、なんとか切り抜けて安堵しました

5年前の私なら、マイク奪って続けるところでしたが、我ながら大人になったものです


葬儀場までマイクロバスで10分くらいかかりました

火葬場の前で最後の最後の挨拶をします

炉に棺おけを入れて、扉をしめて、着火ボタンを押すのは喪主の仕事です

一言声をかけてください、といわれて彼は炉のほうに向かって声を張り上げました


「いままでありがとなー!ゆっくり休みぃ!」


そして


「ええかー!火ぃつけるでー!」


今度は心から自分の言葉で棺おけの父親に向けた言葉に…申し訳ないけど噴きました


こんがり焼けるのに1時間半かかるそうです

それまで、指定された部屋でお菓子を食べながら待ちます

ロビーに海外出張で読み損ねた号のジャンプがあったので、それを読んで時間を潰しました

ギンが裏切った回、大して深い演出はなかったな

ラフラフレジアの気持ち悪さは良くわかるいい回でした


マイクロバスに乗って戻りました

葬儀場は小谷城跡に程近い場所だったようです

来年の大河ドラマの舞台だそうで、ここらへんも観光地になりそうです


実家ではこれから宴会がはじまるのですが、私達兄弟はじいちゃんを言い訳に退散しました

またこれでもかと仕出し弁当をもらって、ホテルで食って、新幹線に乗りました

米原は1時間に二本。ひかりとこだまが停車します

弟は小田原で降りるのでこだまで、私は新横浜なので30分後のひかりをまちました

チャンピオンとビール、ミックスナッツを買って、自由席に乗り込みました


ひめとこぞうは英会話スクールの宿題を口実にゴッホ展を見に行ってるのでバスで帰ってその足で暖炉の散歩をしました

はい、すっかり日常です


水曜日、伯父が危篤という連絡を受けました

末期癌で余命幾日といわれていましたので、狼狽はありませんでした

数時間後、死亡したという一方があり、木曜日が通夜、金曜日が葬式という日程が決まりました


正直、深い付き合いがある人ではありません

ああ、死んだんだな、という認識があるだけです

それでも、母とは大変仲がいい人でしたし、いい人だったのは間違いありません

葬儀にはじいちゃんも参加することになりました

最近調子のいいので、家においておくより連れて行ったほうがマシという母の判断で、間違っていないと思いました

あれこれ世話を焼かなければならないので、私と弟の2人も同伴して、滋賀県の長浜まで行くことになりました

元車屋の弟が父母の乗る車を運転して現地入りし、私は新幹線で通夜に合流します


木曜日の午後はこそうの教育相談でした

この日はどっちかというと私のカウンセリングでした

こぞうは劣等感が強いように見えます

私は子供の頃から全能感の強い子で、正直、未だにこどもじみた全能感が抜けていないところがあります

私は、客観的に見て才能のあるこぞうが劣等感を抱いているのか不思議です

自身さえもてば、こぞうはなんだって出来るすごい子なのに…という私の思いがこぞうを押しつぶしているのではないか、と思うことがあるのです

母は私を全肯定する人でした

私はそれに答えようとしてずっといい子に生きてきました

いい成績を取るのも、そのために努力するのも、全部母の信用に答えるため…というか母についた嘘を本当にするための、当たり前のことでした

同じ事を私はできていません

私は、いつもこぞうに正解を見せます

彼は”間違っている”ということを見せ付けることしかできていません

そういうことを、全部カウンセラーのお姉さんにぶっちゃけてきました


その後、新幹線で米原へ向かいました

サンデー買って指定席で読んて、軽く寝ている間に到着

ところでAKB48の個体識別がだいぶうまくなりましたよ


米原で降りて、ローカル線に乗り換えた時です

携帯でメールをチェックしていると、エージェントから一件オファーがありました

安定したよい企業ですが、初任地が滋賀県になるかもしれないという懸念があるとのことでした

そんなメールを滋賀県で受け取るっていうのに、ちょっと因縁を感じました


長浜駅で弟と合流、一旦ホテルで家族合流してから通夜に向かいます

ホテルは私がネットで調べたところです

たまたま母の実家から歩いていけるところに手ごろなビジネスホテルがありました

ネット様々です


ホテルはバリアフリーの要介護者用の部屋が用意されていました

ホテルの裏に身障者用の駐車場があり、すぐ横のスロープのすぐ隣りが2人用の部屋です

父はちょっとした部屋の移動なら、支えれば歩けるようになっています

スロープを歩いて車に乗せて、母の実家に行きました


母の実家は、昔の庄屋です

何でも1000年前の荘園農家までさかのぼることが出来るそうです

私が子供の頃は実家の周りは地平線が見えるまで田んぼでした

今は周囲を住宅で囲まれて住宅街になっていましたが、実家のたたずまいは昔のままでした


屋根つきの木の門をくぐると井戸付きの庭があって母屋、離れ、昔は汲み取り式のトイレだったところは道具小屋になっていました

子供の頃は藁葺の古民家だったのですが、国の指定家屋にされそうになったので慌てて取り壊して新築したのです

とはいえ、随所に昔っぽい嗜好のある田舎の家です

たとえば台所は集会場になるためやたらとだだっ広くつくっています

そういえば、私が子供の頃はここは薪釜が設置された土間でした

風呂も薪だったなぁ…


というわけで、葬式は当たり前のように実家で行われました

障子をとっぱらって4つの部屋を繋ぐと、公民館並のスペースになります

畳の上に紫の紗を張って、一部屋に祭壇をこさえて遺体を安置し、巨大な仏壇が赤々と照らされています


父を部屋の隅の椅子に座らせると程なく読経がはじまりました

驚いたのは、お坊さんのお経に合わせて30人はくだらない参加者のほとんどがお経を読み始めたこと

虎の巻をみている人も少しはいますが、ほとんどの人は空で念じています

奇妙な節回しがついていて、民謡っぽい感じです

こわいつーか、きもいつーか、これが田舎?


実家は浄土真宗です

一渡り読経を終えた坊さんが、親鸞聖人の話とか持ち出してきました

もう、田舎こわい


通夜の作法が終わったところで、私と弟はじいちゃんを連れて退出しました

ここからいわゆる徹夜の通夜が始まるのですが、じいちゃんをダシにしてドロンする作戦です

通夜の仕出し料理を3人分もらってホテルに帰りました


じいちゃんを着替えさせて、仕出し弁当を食べました

弟は食が細いので太巻きをじいちゃんと半分こしただけで満足、おかずは部屋に持って帰りましたが、結局食べなかったようです

私はロビーでビール買って、一人前喰いました

あれ?たしか葬式って終わるまで精進料理じゃなかったっけ?

かなり美味い弁当だったのですが、牛以外のありとあらゆる動物魚が入っていたような気がします


箸つかうの面倒だったら手で食べていいよ、っていったのが嬉しかったのか、じいちゃんはおかずを一人前ほとんど平らげました

そのあと、やることもないので歯を磨いて寝かせました

弟は運転で疲れているので、またタバコが吸いたいので個室に、私がじいちゃんの横で寝ました


寝入るまで酷い咳払いを延々とします

進行性核上性麻痺の特徴で嚥下能力が低下し、痰が切れなくなるのです

家には吸引機があって、酷い痰をすいとることができるのですが、ここではだまって寝入るのを待つしかありません

30分ほど咳き込んでいたでしょうか、じいちゃんが私を呼ぶので慌てて起きて、口元までいって聞くと


「ごめんな、寝たら納まるから」


自分の子供にそこまで気を使うことはないんだからさ


咳は夜中続きましたが、おむつをしてくれたので、トイレに起こされることは一回もありませんでした

面接終わった後、ペアレンツチェックしてきました

結論的に言うと、子供不可

っていうか、ヤマト世代とキムタクファン以外にはお勧めしかねます


私はこの手の映画に対して凄く懐が広い方だと思っていますので、個人的には楽しめました

レイトショーの金額分は元が取れた感じです


映像はカナリイイと思います

ハリウッドとは味が違います

リアリティが足りないといえば足りないんですが、リアルがいいならハリウッド見とけってことで…動きが軽くてシャープ、いい意味でジャパニメーションです


役者に罪はありません

キムタクはいい男だし、いい役者ですよ

彼にしか出来ない芝居をしてくれてました

山崎努とかいい芝居してました

柳場敏郎が巧い役者だとは思わなかった…真田さんでした、ヤッターマンでボヤッキー並の出来


何が悪いかって、やっぱり一級戦犯はプロデュースですよね

誰に見せるつもりで作ったのか意味不明

適度にキャラ設定を女性に変えたのは時代背景的に間違っていないと思うのですが、だったらそれなりに人物像を描き込むか、はしょるかどっちかに寄せなさいよ

本来長編のヤマトシナリオの抜粋が泣かせどころに集中してたってことは、泣かせたかったのかなぁと思えるのですが、こんだけ薄い人物設定で泣けるわけがないでしょう

VFX見せ付けたいなら泣きはカットでイケイケにして欲しかった。個人的にはそっちに寄せてもらった方がよかったかな

結果的に古いヤマトファン、新世代どちらも裏切ってしまってます

取ってつけたような銘セリフのチョイスも不純かつ不発

やるなら確信犯的にやらかしたキャシャーン並にして欲しかった(キャシャーンはそれ以外全て不発でしたが…)


ストーリー見せたいなら2時間では太陽系脱出くらいまでが限界なんじゃないかと思うのですが、フルフルやったあげく愛の戦士達まで突っ込んだのもいかがなものかと

結果、序盤ははしょりきって間が悪く、後半は言いたいことはわかったサクサク進めれーっていらだつほどの長回し


ヤマトって本来群像劇だとおもうのですが、キムタクにフォーカスしてしまったために世界観がぐずぐずになっているのも致命的

あんだけでかい船何人で動かしてるんだ?っていうリアリティがさっぱり伝わらない

戦闘中の芝居があまりにリアリティに欠けるのも、個人芝居の責任ではなく監督、ひいてはなにを見せたいかというプロデュースの意思不足

あんたらが作りたかったのかトレンディードラマなの?戦記物なの?どっちでもいいからどっちかに決めてよ

ていうか、佐渡先生とかいったい誰向けのサービスなの?


カメラとか、なんでこんなにハリウッドと違うのか不思議

リアルな緊張感が伝わってこないのに、リアルに狭い空間で芝居しているのだけリアルに伝わってくるのはなにがわるいのか誰か教えて欲しい

カメラなんだよね、カメラのせいなんだよね


あと、多分一生懸命泣かそうと作ってたんだと思われるんですが、ファインディング・ニモで号泣したこの私がビタイチ泣けませんでした

ああ、そういえばガメラでも泣いたw


こんだけ言いましたが、私は楽しみましたよ

悪い映画だとは思っていません

どうか、これから観に行く人は、海のような広い気持ちで観てあげてください

よろしくおねがいします

お呼ばれして家族でお友達のうちに遊びに行きました

小学校2年生のTくんが抱えて持ってきたのは、宇宙戦艦ヤマトの資料の把

前にうちに来たとき、うちにはヤマトのプラモデルが100個あるーと言っていたんですが、本当だった模様

おとうさんはお仕事でいらっしゃらなかったのですが、相当すきなんだなぁ


コレクションを見せてもらいましたが、アルカディア号とかヴァルキリーとかもあって、まぁ、空想系メカオタクに分類されるのでしょうか

ヒーロー、ファンタジー系の我が家とは、かぶっているようでかぶっていない微妙な感覚です


英才教育を受けたせいか、小学校では気持ち浮いているらしく、80年代オタカルチャーの英才教育を受けたうちのこぞうとへんに馬が合うみたいです

妹のMちゃんと3人で仲良く遊んでいるので、私は珍しく大人グループでお茶を飲みながら一日ゆっくりすることができました


パスポートの更新に以降と思い立ちました

まだ3ヶ月ほど残りがあるのですが、暇なうちにやっておいた方がいいかなと思って


一番最初の海外旅行は結婚式のために行ったサイパンでした

私にとっては二回目の結婚だったので、知り合いを呼ぶのがはばかられ、国外逃亡した感じでした

10年パスポートなんて取っても、二度と行く気ないしーと駄々をこねたものです


その次は、英語の必要性に気が付いて、武者修行のつもりで一人で乗り込んだL.A.

アメリカ人とガチンコ勝負をするために、往復飛行機と食事なしホテル以外ノープラン、着替えも現地調達という、当時の私にとっては大冒険でした

パンツが買えずに帰って捨てたなぁ…


M社に特命出張、2週間の予定が一蹴延びて酷い目に逢ったな

本社に出張、中国で仕事、家族でもグアム、ハワイ、こぞうを連れてL.A.

数えたらスタンプが押されているページは25ページになっていました


思えば私にとってこの10年は、日本語だけの世界から国外を見るようになった大きな転換期だったなぁと感慨ひとしおです


さて、今日は面接があります

絶対受かってみせる