連絡したいことがあって、久しぶりに弟のブログを検索しました

40過ぎてまだ精力的に同人活動をしています

流石にそこまで続けているとそこそこのモノになっているようです

ペンネームで編策するとずらずらとヒットしました


学生時代、私も彼と同じくマンガを描いていました

プロになるつもりで投稿、担当さんもついてもらってデビュー手前で挫折した私と違って彼は首尾一貫してアンダーグラウンドで同人活動をし続けていました

学生時代の彼の作風は残念の一言

とにかく下手でした

デッサンとかペンタッチとかそういう問題以前でした

そのくせ珍妙なテンションとか異常な性癖とかが最前面にほとばしるので、とても不愉快な作風でした


そして今、HPに載せられている彼の最新の作品は、プロと言って遜色のないできばえだとおもいます

ほとばしって飛び散っていた劣情に、テクニックが追いついたようです

学生のとき、彼に才能はないと思っていました

今、彼がひとつ才能を持っていたことがわかりました

継続という才能です


私はというと、大抵のことは小器用にできますが、なにかを継続できているのでしょうか

目の前にある一番楽な道をたどっていったら運良く今の場所にたどり着きました

この先も自分の運を信じて進むしかないのでしょうか


今、使いでのない時間を使って文章を書いています

時間を無駄に使わないために

でも、ふと気がつきました


前に大きな時間が出来たのはこぞうが産まれた頃、まだ請負開発だった時、大きなプロジェクトが終わったのを機会に一ヶ月休んでみたときでした

そのときも、文章を書いていました

そのときはまだ、自分は創作で喰っていくことを諦めていませんでしたから、必要な修行でした

継続をしているつもりでした


さて今、あいた時間を使う方法として私は創作しか思いつかず、文章を書いています

しかし、以前と明らかに違うところがあります

私は家族を養うのが第一目的で、自分のプライドを満たすのは2番目になっています

そして私はもう創作で家族が養えるとは思っていません

今こうして文章を書いている行為は継続ではありませんよね、惰性です


また自分のやることが見えなくなってきました

で、正月にFF三昧なダメ無職


耳が黒い奴が好きな男とキライな男


好きな男は幸せです

人生の半分の厄災を免除される切符を持っているからです


私はキライな男です

あの歌の歌詞が”悪魔が我が家に攻めてくる 女も子供も皆殺し”と聞こえる男です

ずいぶんと苦労しました、というかさせました


最初に耳が黒い奴のテーマパークに行ったのは20代半ばに女友達とでした

高校生の時にオープンして、大学時代は絶頂期でしたから、これでも相当抵抗したほうです

私と彼女は初めてでしたが、ほかに一緒に行った2組のカップルが超絶マニアでした

時折しもクリスマスイブ、最悪のコンディションでした

わけもわからず町田の列に並ばされ、激しい乗り物でやられ、人ごみでやられ、休憩すると非人間呼ばわりされ、初心者2人は夕方涙を流してギブアップしました


最初の奥さんは耳が黒い奴好きでしたが、まだ私は筋金入りのアンチでした

どうしてもというのでいやいやついていったこともあります

前進からイヤイヤオーラ撒き散らしながら

折角ランドの中で買った黒い耳を、なんで電車の中ではずすのか説明しろと詰め寄ったこともあります


ひめもご多分に漏れず大好きです

そのころはなんとか我慢するスキルを身に着けていたので、長蛇の列であんまりにも楽しそうにストレス掛け続けるんで、持っていた傘を無言で二つ折りにする程度で済みましたが


耳が黒い奴が好きか嫌いかは、虚構に自分を入れられるかどうかだと思っています

大体の女性は自然にできるようですが、私も含めて出来ない男は多いようです

他人に作られたうそに頭を突っ込むのは、ばかばかしい、恥ずかしい、みっともない、思慮が浅そう…と思ってしまいます

観光地、バスツアーやDFSめぐりが嫌いで、自然やその地の一般生活を見る方が好きなのと通じるところだと思っています


ざて、今私は家族と耳が黒い奴のテーマパークに行きます

喜んでいる家族がいるからです

喜ばせたい人がいて、適切なコストパフォーマンスで喜びを作ってくれるサービスがあって、そこに自分の主張を入れ込む意味はない、と思えるくらいは大人になりました


実際に、子供を持ってわかったことですが、耳が黒い奴の提供しているコンテンツは質が安定していて、信用できます

「これは子供に見せたくないなぁ」というのが、本当にないのです

意外といい仕事しているんですよ、耳が黒い奴

新年明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願いします


さて、日記は前日の12月31日についてです

我が家に大晦日はありません

こぞうの誕生日だからです


日にちが日にちなだけに、誕生パーティを企画しても誰も来てくれません

ちょっと気の聞いた店なら産まれた時間21時2分はまさにニューイヤーパーティまっさかりです

産まれて数年は色んなところを流浪して、東京ディズニーランドに行き着いたのは4年前になります


普通に考えて、日本人なら大晦日は家でゆっくり過ぎ行く年を思いながら、炬燵でみかんで紅白歌合戦でしょう?ディズニーランドに行こうなんていう人は居ないわけです

大晦日、ディズニーリゾートは特別営業になります

通常営業は6時で終了し、カウントダウンパーティは夜の八時からの入場になります

上でいう通常の日本人でない人々、ディズニーマニアの皆さんは、ニューイヤーパーティのために朝から寝袋持参で待機されています

つまり、大晦日は理論的に一年で一番人が少ない日なのです

夕方で退場させられる?それこそこちらのおもうつぼ、夜中の花火まで体力が持たない私には願ったりかなったりです

外人さんが妙に多いのも、うちにとってはプラス要因です

待機列で聞こえる会話は中国語が多くなりました

大晦日で道が空いているので、往復の時間が半分で済んでしまうのもポイントが高いです

というわけで、大晦日はディズニーリゾートと決めて、今年で4年目になりました

今年はキャプテンEQを観たいというひめの提案でランドです

7時に出発すると8時の開園時間には到着できています

入り口で「誕生日です」というと、誕生日シールをくれます

このシールを貼っていると、スタッフがみんな誕生日おめでとうと言ってくれるのです

今年は黒い耳付きの帽子に貼ったこぞう、やる気満々です


ディズニーの宣伝は特にすること無し

最新アトラクションのモンスターズインクだけは朝一番にファストパス取って夕方4時とかいうクレージーっぷりでしたが、それ以外は10分待ち程度でした


私はアリスのティーパーティでこぞうにぐるぐる回されたときに三半規管をやられました

その後、トムソーヤ島に渡るいかだで酔ってダウン、ベンチに座り込んでしまいました

歳は取りたくないもんです

ちなみにアリスのティーパーティでは、通常は「誕生日じゃない日おめでとー!」とアナウンスされますが、誕生日の人が乗ると、「XXくん、誕生日おめでとー!」と言ってくれます


コンコースでピアノを弾いている外人さんは誕生日の人を見つけると即興でハッピーバースデーを弾いてくれます

今年、こぞうはつまみ上げられて、共演させてもらうというサービスもしてもらいました


あと、特筆すべきなのは忘れ物発見能力の高さです

毎年、なにかしら忘れ物をしているのですが、帰りにインフォメーションに行くと必ず届いています

今年は一眼デジカメのレンズカバー、多分ホーンテッドマンションの乗り物で落としたのですが、届いていました


開園ダッシュを逃して、夕方6時までに乗ったアトラクションが17、このくらいのペースで回れるとストレスがないです

と、思ったら、最後の最後に落とし穴が待っていました


今回は初めて、第8駐車場に車を止めました

朝、気持ち遅れていたので、立体駐車場に入れられないかなと思って、誘導にしたがってしまったのです

ランドまで歩いて10分くらいの道のりはちょい遠いですが、その分帰りにスムーズに出られることを期待したのですが、実際は大間違いでした

駐車場に戻ると通路に車がつながっています

出口渋滞のようです

インフォメーションに寄ったひめが5分遅れで戻ってきましたが、車列は1ミリたりとも動いていませんでした

それから待つこと半時間、車列に車の鼻先を入れたままぴくりとも動きませんでした

出口の整理がわるかったみたいです

偵察に行ったひめの話だと、駐車場の片側からの流れが止められず、私たちの止めた側がまったく出られていなかったそうです

私たちが止めた場所が駐車場のかなり奥だったのも致命的でした

これはさすがに笑うしかありませんでした

駐車場所から出口まで1時間、そこから高速に乗るのに30分、うちまで50分でした


晩御飯はこぞうのご指名で牛角

ハッピーバースデー歌ってもらって、アイスもらって上機嫌

でも、割引券忘れてきて相殺


良いお年を

そういえばTOEIC Bridgeの結果がきてました

こぞうは134点

中高生対象のテストで、平均点の120点をらくらく越えてますから、9歳児としては上出来でしょう

なんて思いながら詳細データを見たら、0-9歳の平均点は136点で、年齢帯でいうとほぼ平均です

デキる子しか受けないのであたりまえちゃー当たり前ですが、なんでも一番になるのは難しいですね

ちなみにTOIECスコアにすると400点弱にあたるようです

かくいう私は162点で、なんとか父親の面子は保てました

本気で私に勝つつもりだったこぞうは本気ですねてますが


ファミレスで朝食を食べていたら隣に親子がいました

労働者風のいでたちのスキンヘッドのおとうさんと、感情の乏しい子供です

幼稚園児くらいの子供が、ボックス席の椅子の上にたちあがって、言葉にならないうなり声をあげてぐずっていますが、いかにも無骨なおとうさんはなにをするでもなくむずかる子供を眺めています

おかあさんは見えません

年末で仕事もなく、大したお金を持っているわけでもないけれど、寒空で当てもなくさまようよりいくらもマシと思って料金の安い朝のファミレスで暖を取る親子…いや、勝手な想像なんですが

そんな妄想をしていると、ふと、我が身をふりかえってしまいました


若い頃、壮年となった自分の姿が想像できませんでした

35歳で発狂して死ぬんだ、と言っていました

そのくらいなにかを極めたいと思っていましたが、きっと、それ以上に思考を停止したかったんだと思います


漠然と創作をしていたいと思っていました

どこかの世界で認められて、ちやほやされながら創作していたら食べるものには困らないような生活…をしていなかったら、他の生活は考えられませんでした

かといってそこまでに至る道のりはおよそ妄想の域を出ていませんでした

そもそも、目的地の駅に着くまで徒歩のルートを考えないタイプの人間です

甲子園で優勝するのを目標にサインの練習をするほどバカではありませんが、素振りの先を心配するほどの想像力もなかったのです


はじめてまともに付き合った女性からは「あなたは面白いけど、絶対将来成功するタイプじゃないから結婚は考えない」と言われました

当時は何をもってそんなことを言われるのか自覚がありませんでしたが、女性というのは本当に物事の本質を見抜く力に長けているとおもいます


大学を卒業した時に就職しなかったのも、いろいろカッコイイ理屈はつけられますが、実際のところは先の展望がまったくついていなかったからです

たまたま運良く仕事が向こうから転がり込んできてくれたので、生き延びられました

(自分の感覚では)頭を下げて仕事をもらったことはないので、変なプライドは現在に至るまで大きく傷つくことなく温存されてきています

ここ10年、ひめに細かく細かくぽきぽき折られていますが、そんなのぬるいものです


将来を本気で考えたのは30手前のころでした

バブルがはじけて今まで安定して入っていた仕事がパタリとなくなり、全くの無職となったとき

毎日パチンコしていた頃

最初の奥さんからこの先どうやって生きていくんだろうか、と問われてなんの考えもなく、逆切れしました

役者としても物書きとしても才能の限界がわかって、仕事に逃げていた時期です

世の中にはデキる奴なんてそんなにいない、使える人間のところには仕事は勝手にやってくると豪語していた時期です

仕事をなくしてお金よりなにより逃げ場を失っていました


そんな私から当然のように彼女は去って、それでも立ち直ったのは本当にたまたまラッキーで手に入れたゲームの仕事と、去っていった彼女に見せ付けたいというネガティブな自尊心だったとおもいます

創作の世界に居場所を見つけて、数年は将来を考えずに済みました

結局のところ4部構成で作った監督作品を2部で中断させられて、結果ゲーム業界からも干されました


2回目のどんぞこはこの後1年

ゲームで作ったわずかな貯金だけで質素な生活で1年生きながらえましたが、本当に今度こそなんにもなくなっていました

創作に発狂するような燃える思いも持てず、自分の小さな世界に閉じこもってセルフニートの生活でした

オウム真理教事件から阪神淡路大震災までずーっとワイドショーを見続けていました


3月の始めに10年飼っていたネコ、りんが長患いの後に他界しました

彼女を火葬した後、新聞の広告にあった清掃業者に電話をしてアルバイトを始めました


先日は取手で事件が起こりました

秋葉原でも大きい事件がおきました

それが正しいとは思いませんが、その気持ちは、私はわかります

なぜ自分がそれをやらなかったか…その才能が無かったから、だけだったと思います

私はどの方向にも突き抜けることができない人間です

35歳で発狂して死ぬ、という理想にははるかに届かない、バランス感覚を持っちゃっている人間だったのです


今、3度目の底です

相変わらず自分の未来は見えていません

エキスパートのマネージャーとして国際的に活躍するのか、プロジェクトマネージャとして製品つくりに埋没するのか、はたまた1エンジニアとしてまっとうするのかそれともこども喫茶2.0に向けて舵を切るのか、清掃員にまで戻るのか…

今回いままでと違うのは、ふてぶてしいほど肝が据わった家族がいるということ

ありがたいと思うべきでしょう


面接行って来ました

私鉄乗り換え乗り換え、やってきたのは大都会の狭間の無風地帯

駅を降りるとそこは昭和の佇まいでした

約束の時間まで暇を潰すのにマックもスタバも無いのは想定外です

結局、一時間商店街を歩き回っていました


会社はこぎれいな町工場といった感じ

上品な人事担当の方と一時間面接

ニッチな分野で世界的なシェアを持っている、デキル日本の町工場です

製品の規模、性能と比べてびっくりするほど少人数で回しています

私に求められているポジションも、アプリ層から組込層のソフトウェアを越えて、電気、メカまで見ることになりそうです

私が描いていた「人を育てる仕事」とは程遠いものですが、一方イッキツウカンで製品の面倒を見られるのはエンジニア冥利に尽きるとも思いました


家に帰っても誰も居ません

こぞうがスキー合宿から帰ってくるのは夕方、ひめは新横浜まで迎えに行くついでにららぽーとで映画を見ています

FFにログインして、シャウト聞きながら昼寝をしていたら夕方になっていました

眠いと思ったときに寝ないともったいない、と思っている自分が居ます

仕事がない人間っていうのはダメですね

社会人復帰できるのか、心配です

毒電波が大量に詰まった文章を書いた後、炎上したらどうしようとびくびくしています

どんなにマイナーでも公に発信している文章なんですよね


今年の転職活動を振り返って見ようと思いました

応募した企業はいちいち数えていられないし、何故落とされたかもほぼわからないので割愛します


7月

大手メーカー ソフトウェア部長

落選の理由:他の人に決めました

強いて言うならLinuxでの実績が無かったこと?そこそこ風呂敷は広げましたが、態度がでかすぎたってほどでもなかったと思うのですが…

まだ、あんまり欲がなかったので、必死さも無かったです


8月

すごい勢いで書類が落とされまくって落ち込んでいました


9月

大手メーカー:プロジェクトマネージャー

落選の理由:プロマネの募集なんですけどプロマネやる気無いんですか?

プロセスが判って、技術が出来て、品質管理にも…なんて贅沢な募集要項だったので外側を盛ったら、肝心の応募ポストに適合しないと思われる罠

ていうか、正直プロマネ嫌だし、ていうのを見透かされました

完敗


IT系:品質保証部長

落選の理由:未だに連絡無し

いい仕事だと思ったんですが、小さい会社はモラルがなってないんですかね

エージェントつついても答えが出てこないんで、2ヶ月越えたところで会社の人事部に直談判したら、やっぱり”未決です”という回答なんで、諦めました


11月

外資チップベンダー:FAE

落選理由:専門の違い

画像処理ピンポイントでペーパーテストされたら敵わないです

ていうか、そんなニッチな知識持ってる奴ってどんだけいるんですか?って話

まぁFAEもやりたくないんで、よし


外資系ソリューションベンダー:エンジニア

落選理由:他の人に決めました

上と違ってスキル的にはピンポイントであってました

一気に色んな案件が降ってきて舞い上がっていたのが失敗の原因

エンジニア?給料安いんだけど、俺高いよー、的な態度で面接してしまいました

ここは本当に行きたかった

最悪


12月

中堅開発会社:ブリッジ

落選理由:不明、中国現地採用したかった模様

スキル的には問題なかったはず

面接もちゃんとやった

でも、元立てで給料もらうわけにはいかないので、仕方ない

日本の威光を伝える要員を現地で雇えると思っているあたり、この会社は甘いと思うのです


小規模ソフトハウス:プロジェクトマネージャ

二次面接でクラッシュ

結果論でとても勤まる会社じゃなかったんですが、それにしてもこっちから断りたかった


結果、7戦0勝


明日1社、年明けに1社面接があります

冬休みに入って、こぞうがスキー合宿に行きました

こぞうを新幹線の駅まで送ってから、久しぶりにひめと2人で向かい合って朝ごはんしました

就職活動うまくいかないな、どうしたもんかなーと話を振ったら、いろんなことがだらだら出てきました


会社って未だに終身雇用の建前で面接してるのかな

「あたりまえ」

そうなんですか

「あんた面接で変わったこと言ってるでしょ」

言ってます

「職歴なんて書類見ればわかるんだから、それでパスしてるから面接呼ばれてるの。自慢なんかしたら即アウトだわ」

じゃあ、なにしたらいいの?

「瞳を潤ませて”入れてください”っていってりゃいいの」

いい歳こいた大人がそんなんでいいんですか?

「面接なんて変な奴落とすためにやってるの。自己主張とかイラナイから」

そうなんですか

「主張したいなら自営すりゃいいのよ。会社はいりたいんでしょあんた」


なんか、根本的に間違ってたみたいですね、私は

おっしゃるとおりです


で、ひめが推しているのは

「プログラムでもアウトソーシングでもなんでもあんたできるんだから、ぶぁーっと宣伝してセミナーやればいいのよ」

あなた本当に世間を舐めてますね

でも、ほっとくと”不老長寿のエキスがなんとか”とか言い出すので、なんとかしなければなりません


もしかしたら、日本の会社ってまだ採用時には終身雇用前提なんでしょうか

会社に入ったら親より上司、妻より同僚、子供より部下と付き合うのが大前提なんでしょうか

定年退職した後のことは会社が何とかしてくれるから今考えるのは不純なんでしょうか

だとしたら、今までの私の転職活動はすごい間違いをしでかしていたと思います

いい歳こいたオヤジが目をキラキラさせて「貴方に見も心も捧げます、だから私に仕事をください」とか、絶対やっちゃいけないと思い込んでいました


前の文章を呼んでいただければお分かりと思いますが、私は常識を知りません

だれか教えてください

かなり真剣です


ところで、前述のようなある種の”典型的な日本の会社”は、ソフトウェア開発に向いていないと思っています

たとえ現時点でそれなりの利益をあげているとしても、です


ソフトウェア開発というのは知的な作業です

良い仕事をするのに良い道具がいるように、良いソフトウェアを開発するには頭のいいエンジニアが必要です

ソフトウェアというと、人嫌いの天才的なプログラマーというのがいて、数百人分の仕事を一人でこなしてしまうようなイメージがある人もあると思います

ハッカーという人種にはまだそういう人に価値があるかもしれません

汎用機器上で限定的に動く、品質もメンテナンス性も度外視した特殊用途のワンショットソフトウェアなら天才的な人にも用途はあるとおもいます

しかし、社会人が扱う大多数のプログラムはカスタマイズ、メンテナンスとバージョンアップです

プログラムは(まっとうに開発されたものなら)何世代に渡って不特定多数のエンジニアによって継続的に開発され続けます

これら大多数のエンジニアに必要なのは第一にコミュニケーション能力です

社会人プログラマー世界の天才エンジニアとは「誰にでもわかる単純明快なプログラムを書けて、それを周囲に発信できる人」なのです


現代のソフトウェア開発にとって属人的な組織はたくさんのリスクを抱えています

すぐにわかることですが、属人的な組織は脆いです

人にノウハウが集まっていたら、その人が居なくなった時に立ち行かなくなるのは当然ですよね?

エンジニアはいつも同じモチベーションがあるとは限りません。病気にもなりますし、辞めることだってあります

終身雇用を前提に仕事を割り振るのは噴飯モノ(だと私はおもっているんですが…)です

組織は常にノウハウを組織に蓄積しておかなければなりません

そのためには一定のパワーを情報の公開に使わなければならないのも、当然ですよね?


常に作業をシェアしておく、別の言い方をすると常にバックアップを作っておくのには別の効能もあります

バグというのは、単一のモジュールで起こるものではありません

単一のモジュールで発生する明らかなバグなんて議論に値しない単純なものです

難しいバグは複数のモジュールの関係で起こります

ある問題が、特定の1モジュールの修正で収まったようにみえたとして、それをそのモジュールのバグとみなせるとも限りません

あるシチュエーションでバグがないと報告されているプログラムがその寿命を全うするまでバグが0であるとはいえません

哲学的に言えばバグが無いプログラムなんてありません

問題を解決するためには、複数のモジュール間の調査、調整をしなければならないのです

天才的なプログラマーが一人で出来ることではありません

よしんば出来たとして、それをチームが共有できなければその場しのぎにしかなりません


一人で書くプログラムは必ず独りよがりになります

他人に見せることでプログラムは整理されます

他人に見せる以外に方法はない、といっても過言ではありません


では、凡庸なエンジニアが数いればいいのかというと、そういうわけでもありません

ソフトウェアはマテリアルが不要なので、優秀なプログラマに食事を与えていれば無限に価値が産み出せるという誤解をもたれることはまだあるようですが、間違っています

アウトプットをするのにインプットが必要です

ソフトウェアの世界だって質量保存の法則に基づいています

ソフトウェアだから、人さえ居れば無からなんでも産み出せると思われている組織は破綻します

ソフトウェアエンジニアに必要なエネルギーはプライドとモチベーションです

これが与えられていれば、知識やスキルはエンジニアが勝手に手に入れます

使えるソフトウェアエンジニアは自腹で資料を買って、プライベートを削って学習します

残業代を払って会社で勉強させるのは損だし効率が悪いのです


ソフトウェアの生産効率はスキルとモチベーションの積算です

1時間机に座っていれば1時間分の仕事ができるようなものではありません

1時間残業させたら1時間分多くの作業ができるということも、まずありません

前述の通り、属人的な組織は問題ですが、かといって使い捨て前提の組織はナンセンスです

年俸制にしたうえで会社のデスクに縛り付けるのは論外です

エネルギーが与えられない職場からは、プログラマーは逃げます

もしくは潰されます


さて、日本型の組織は責任を分散させるのがとても得意です

これは属人的な組織を構成するのに大変都合よく機能します

終身雇用制の幻影がこれを加速させます

責任を分散しようとするので一見情報の共有は進むかのようにも思えますが、大抵は”和を重んじて””空気を読む”文化がそれを阻害します

全員が同じ認識を”もっているだろう”と”信じる”文化が、個々のロジカルなモジュールを致命的に分断します

常識、という言葉について日本人は致命的な誤解をしていると思っています

日本人にとっての”常識”は「全員が産まれたときから共有しているもの」で、外国人にとっては「個人個人が持っているもの」

つまり日本人にとって誰かとであったときそこにあるのが常識、外国人にとってはそこにないものが常識…楽しいくらい真逆の概念ですねw


そしてなにより、IT化が進んで、資本が大していらないソフトウェアはロケーションを選びませんから、コストの高い日本でやる必要性がまったくありません

今のところ、日本人の”とりあえずなんとか仕上げる”文化によって質が高いように見せかけていますが、それは大量の日本人的な価値観で公私を度外視して見せ掛けのコストを圧縮した結果であり、再生産性のない代物です


以上のように(だいぶとっちらかりましたが)日本はソフトウェア開発には不利です

今後、ソフトウェア業界で日本が競争できるのは、品質意識くらいだとおもっています

メーカーも市場もやせ細っていく一方ですしね

私も煮詰まっています


先日の会社、結局先方よりお断りされました

現在、面接が残っている会社は2社、書類選考中の会社が数社、とはいえ年越しは確定です

正直、例の会社にいけるだろうと思っていたのでまた気が抜けていました

年を越します

もっとリアルには、失業保険の期限があと2ヶ月で切れます

カナリ切羽詰った状況です


年明けに面接する会社は本社が関西で、そちらまで面接に行きます

一次面接の費用は出ません

採用されたら関西勤務の可能性が高いです

単身赴任させてくれればいいんですが


話変わってクリスマスです

我が家は一部の人が西洋式をこよなく愛しているので、クリスマスも西洋式です

プレゼントはツリーの周りに山積みにされます

去年までは12月にはいったくらいから続々と増えていったのですが、お教室に来る子供が気になってあけたがること、暖炉が挙動不審で、夜中に食い散らかしかねないということでイブの夜中、こぞうが寝静まったあとにセッティングしました


山積みといっても、大したものがあるわけではありません

ちょっと我慢できそうな必需品とか、なんでもかんでもクリスマス包装してもらうのです

鉛筆、筆箱、新しい上履き、靴、財布、パンツ、スキーの手袋、長靴、歯磨き粉等など

こぞうにはひさしぶりに仮面ライダーのソフビ人形、ハイランカーセット、ダンバインのプラモデル

こぞうが泣いて欲しがっても買わなかったペンドラゴンを2枚と、今年は無理だと言っていた誕生日ディズニーランドのチケット、ひめにはエステいってもいいよ、というサンタからの手紙


朝5時にむくりと起きだしたこぞうは真っ暗なリビングで開封作業

一渡りむしったところで家族全員起床させられて、一個づつ確認作業していって、終わったときには6時過ぎていました


とりあえず今年も楽しいクリスマスモーニングを迎えることが出来ました

来年はどうなっているのやら


夜に私鉄某駅の改札にて待ち合わせです

1時間前に到着、駅前の喫茶店で時間を潰して10分前に約束の場所に行ったら、先日面接をしてくれた方が待っていてくれました


「お酒飲めるよね?」


時間的に、大人だし、そうかなぁとは思っていましたが、やっぱり飲み面接でした

連れて行かれたのはチェーン店の居酒屋でした

通された席がきっちきちの4人席だったので、店にお願いして少し広めの席に移動させてもらいました


社長がやってきて、面接が始まりました

まぁ、面接っていっても飲みなんですが

生3つ、えだまめとサラダを頼んで、ちょこちょこと話を始めました


私は黙っていられないたちです

失礼なこと、大仰なとこは言わないように注意しつつ、それでも飲みながらなのですから空々しいお愛想もいえません

それなりに注意はしたつもりでした


小学校で読み聞かせをしている話をしました

始業時間が遅目の会社なので、続けられそうで助かります、といったあたりで社長が軽く切れました


「あー、君は甘いね」


弊社に入社したら、私生活なんてないらしいです

小さな会社なので、全員が一丸となって全てを会社に捧げて、万が一余った時間は次の仕事のことに使わなきゃやってられないそうです


小さな会社の社長さんですから、そのくらいの気持ちが無いとやってられないんでしょう

正直、自分が会社員の道を選んでいるのは責任回避ができるからで、全責任取るつもりなら自営するわけで、最低限でも共同経営でなきゃそんな働き方する理由がないじゃないですか…とかいう素朴な反論はぐっと抑えて、なんとか話を温和な方向にシフトさせようと努力しました


次にクラッシュしたのはプログラムについて

大学卒業してプログラムで飯を食ってきたけれど、本当にプログラムが面白いと思ったのは前職ですばらしい上司と出会えたからです

プログラムは自己表現の一つだと思っています…あたりでクラッシュ

「でもさ、プログラムなんて芸術じゃないよね」

からはじまって次々に独自の理論が飛び出してきました

「いいプログラム作る方法はね、いいプログラマー雇うこと、それ以外ない」

「(ペアプログラミングの基本を話し始めたあたりで)2人で仕事して効率あがるなんて話聞いたこと無いわ。俺の経験上ありえない。だからあんた甘いんだよ」

「(自分はマネージャなので自分の書いたコードは必ずバックアップエンジニアをアサインしてメンテナンスさせる、というとこで)責任逃れしてるだけじゃない。バックアップさせるエンジニアなんていないよ」


で、だんだんほヒートアップしてきて


「うちにはカルチャーがあるから、うちにきたらうちのやり方でやってもらうよ」

誰がカルチャー教えてくれるんでしょうか?OJTですか?とやんわり聞いたのですが、お答えはいただけませんでした

きっと、あたりまえのことだから判って当然というご認識なんでしょうね


「君の事はいろいろ調べさせてもらってるから。テクニカルには優秀みたいだけど、なんか甘いところがあるらしいって聞いてたけど、ほんとに甘いね」

えー、実は前職の同僚が偶然この会社の方の知り合いだったらしく、話を聞かれた…と言っていました

幸い仲のいい人だったので、結構アゲてもらえたらしいですが…どうもそれのことを言っているみたいですね


調子も上がってきて、君は甘やかされて育ってきてるだろう、自分の器を理解してないね、と進んできました

まぁ確かに、自営を止めてサラリーマンになってはいますが

どうやら、私は人の上に立ったり、指導したりする器じゃないので素直に黙々と与えられた仕事をしていろと…否、与えられた仕事に満足することなく生きている限りありとあらゆる能力を使って仕事を生産し続けろとおっしゃっているらしいです


それでも、条件が提示されました

「君は信用できないし、会社に悪影響を与えかねないので」バカ長い試用期間と募集要項の最低限ぎりぎりの年俸です

ああ、値切りたかったんだな、と思いました

それいったあとで、きついこといったけどごめんね、と言われました


最後まで低姿勢に「おっしゃることは解ります」「理解できます」といい続けた自分を褒めてあげたいんですが、これが甘いってところなんでしょうね

小さいけど、業績を上げている会社です

外国人を多く使っている会社です

外国人は、安いわりに地頭がいいので、ちゃんとマネジメントできればとてもいい戦力になります…が

パターンは2つのどっちかだと思っていました

1.強い営業力で、妥当な仕事を地道にこなしてきた

2.人海戦術と個人プレーで、全力疾走で仕事をとりまくってきた


1.であることを願っていたのですが、典型的な…いや、思った以上に2みたいです

想定外だったのは、オフショア移行のビジネスモデルをもっていなくて、本当に単純に優秀な外国人をヘッドハントして拉致監禁で重労働させるモデルだったってこと


小さい会社の社長としては、大筋間違っていないと思うんです

小さな仕事を俊敏にこなすのに、個人力は有効です

親分肌で、身内には凄く頼りがいがある方なんだろうと思います

テキ屋や土建業みたいに知力より体力が重要な、人情を重んじる世界では貴重な人材だと思います

ただ、ソフト屋は頭が良くないと勤まらない仕事なんですよね

どうやら今はアスペルガー傾向の、コンピュータに向かっていられれば幸せーみたいな天才エンジニアを何人か運良く抱えられたのでもってるみたいですが、私程度のそこそこコミュニケーション力もってる技術者に共感を得るのは難しいんじゃないかなぁと思います


7年も(7年しか、とおもっているらしいですが)俗人的な仕事を続けていて、組織的な限界が見えてない-同じ事を続けていけると思っているのは致命的なかなぁと思えます

「このままでは大きい仕事もできないし、誰かが辞めたら続かないし、オフショアにもっていくことも出来ないし…なんとか組織を改善してくれないか?」と言ってくれたら、面白い会社だとおもうんだけど、もったいないなぁ


しかし、それよりなにより一番悲しいのは、これだけダメな会社のオファーを即座に蹴飛ばすことができないこと

半年続けた再就職活動でやっと手に入れた唯一入社を許された会社です

今のところまだ態度は保留です

私の価値ってこんなものなのかな…とおもうと、たまらなく寂しくなります


余談ですが、先日面接してきた会社からも不採用の通知が来ました

ポジションはまだ募集しているようなので、条件に満たなかったということでしょう

大連スタッフの募集で転勤しないと言ったんで、仕方ないところなんでしょうが、これも疑問でなりません

日本本社の意向を伝える要員を、現地会社所属させて、あわよくば現地レートで使おうとか正気の沙汰とは思えないんですが、どうなんでしょう?

日本人ってだけで義理人情の絆でつながるとか信じているのは日本の中で仕事している日本人だけだとおもうのです

残念だなぁ、私ならいい仕事するのに


漠然と期限にしていた年を越してしまいます

流石の私も、本気で苦しくなってきました


追記

態度を保留したいとメールしたら、返信で「やはり当社のカルチャーとは合わないと思いますのでお断りします」という連絡がありました

まぁ、悩むところはなくなりました

面接失敗7社目です