ダメ営業七転八倒 -3ページ目

改良体の劣化 2

 とりあえず、周りに意見を聞いてみた。 

 ・まともなコンクリートであれば100年持つ。コンクリート自体の劣化は建物の構造の歪みなど程気にするようなことはない。

 ・気にすべきとしたら、そもそも、改良工事時に、配合試験を行い導き出した、適切な改良材、配合比で行ったのか?

 ・工事が適切だったか? 攪拌が上手くいき、転圧は適切だったか。場合によっては、工事時の天候などの条件はどうだったか、等など。

 というあたりにまとまっていく。ちゃんとした工事で作られた改良体であれば、劣化を気にすることはない、ちゃんとしてないと、劣化、泥化も早くなるかもしれない、ということ。

 だとすれば、後は、ちゃんとした工事の改良体が劣化した事例があるかどうかだが……。

分離発注方式のネガ

 分離発注方式に関するエントリーを日曜日に2本アップさせていただいたが、すーさんnoぽけっとにおいて、詳しい、プロの設計士さんによる話が読めます。
 分離発注方式のネガティブな面、大別して二つ。補償の問題と、積算などマネージメントの問題。 

 素人のボクがのんきに、結局はいい出会いがあるかどうかだ、なんて、書いてて…いいのだ。素人だから。
 というのは、ともかく、逆に分離発注をするときは、設計自体の確かさも然ることながら、現場と言う物をよく知り、積算も問題なくできる設計士さんを選ぶのが、成功の鍵、らしい。

 一度読んでみられること、お奨めします。

改良体の劣化

 前にも別の構造設計士のかたに質問を受けたことがあり、調べておかなければな、とか思いながら、すっかり忘れていた。で、また昨日、同じようなことを質問された。 
 コンクリート・パイルやセメント系固化材で行った地盤改良で、経年劣化はないのか? ということ。有りうるだろう、というのは想像できる。しかし、どんな具合に劣化していくのか、深刻な物になりうるのか、等など、まるで判らない。
 誰か教えてください。といっても、このブログをみて誰かが書き込みしてくれるとはおもえず、従って、知り合いや、関係するところに問合わせしなくてはね。

地盤調査やりなよぉ~ その3 (追記・土質試験)

 地盤調査やりなよぉ~ その2で書いたことは、全く誤りではなかったが、ちょっと軽はずみではなかったかと反省。というのも、先週の話になるが、aixさんのところのケースに似た所のケースについての相談があり、ウチのボスの言葉に、わ゛、しまった、と、前に書いたことについて抜けが多いことに気がついてしまったというわけだ。
 相談があったのは、海の近くの農村集落の中の一軒の増改築。直接的にはウチは既存の建物の沈下箇所の修正を相談されたが、同時に計画している増築部分の地業の話に及んだとき、あ、aixさんのケースに似ている、と思ったわけだ。

 地表より、2mまで、N値が2以下、2~3.5mまで3.6~18、3.5~7.0まで、だいたい1.5程度、7.25で13ぐらいまであがる。
 さて、ここでひとつファクターがあって、この調査、ウチでしたわけではない。10年補償と言うやつをやってくれると言う機関による調査ということで、そこで補償を受けるためには7m以深の層まで杭を打て、という条件を出された、というわけである。因みに、ざっと見積もったところ、over100万円。住宅でそれはちょっと高価いだろ、な金額。これで、例えば奥さんが夢見ていた機能的な最新型のシステムキッチンと、後ひとつ、そうだな、この際買い換えようと思っていた、斜めドラムの洗濯機あたり、あきらめなければならないだろう。(本当にそんなこと思っていたかは判らないが)
 あこぎなようにも思えるが、仕方ないともいえる。調査して、結果を知らされた以上、後ほど起こる不同沈下がおきたとしても施主さんが必要ない(この場合、10年補償の機関からの補償はもちろんないし、そのような情報を業者は開示しているので、施主さんの自己責任ということになる。) ボクなどは、多少沈むだろうが表層2メートルぐらいまでの改良でいいのではないか、それならば、深刻な障害が家に出るほどの不同沈下にはつながらないだろう、その辺で妥協すべきではないかと思っていたのだが(ボクのこの見解は甘いのだとこの後スグ思い知らされる)、それでも10年補償はあきらめなければない。まぁ、その辺は施主さんと話し合って妥協するしかないかな、と、この相談を持ち込んできた工務店さんとの話はそんな雰囲気になってきていたのだが、ここでウチのボスが、
 「確かにこの報告書の通り3.5m以深の層が砂であればそれでもかまわないが、多分この調査はその深さのところの土質を確認していない。ホントのところは周辺のボーリングデータではここはシルトの可能性が高く、としたら、沈下は大きな物になる。補償機関の指示どおり7mまで杭を打つか、コラム改良にか、するべきだ」と言った。
 その場には工務店さんとボスとボクと、あと、仲介してくださった地業者さんがいて、まぁ、それにしてもover100万円は高すぎだから、もっと安い杭か、コラム改良で見積もりだしてあげるよ、という話になって、その場でお開き。

 もっと早くアップすべきだったが、まさか、顔をもみたこともない男のblogをaixさんが鵜呑みにするはずもあるまいが、地盤調査について2の正解は、まず、15mまでの土質を確認してから、ということになる。 
 オレもぜんぜん未熟…_| ̄|○


 ここで、ちょっといい話。
 ウチの会社は、ともかく、ボス以下、ほぼ全員がベタ基礎嫌い。調査報告書の中で基礎形式についての考察を書くときも、まず、ベタ基礎を薦めることはない。ではどうするか? 実は布基礎の底面幅を1mぐらいまで広げて、尚且つ、根入れをちょっと深め、大体1mぐらいのところにしてやる。するとあら不思議、構造計算ではベタ基礎と同じ効果が出たりすることが多い。しかも、セメントも少なくすんで、従ってベタ基礎よりもはるかに軽い。一度お試しください。


どっちを選ぶ その2 後編

 前編


 今週の土曜日、26日は、オープンシステムという分離発注方式で施工を行ったという住宅の見学に行ってきた。
 分離発注方式とは、基本的に、施工者が建築士のアドバイスを受けながら、必要なら地業、大工工事、屋根ふき、左官工事、配管工事、電気工事などなど、工種毎に業者を決定していくやり方だ。
 建築士は、設計と管理を受け持つが、実質すべてにわたって、施工のマネージメントをすることになる。後で詳述するが、建築士の資質を見誤ってはいけない。設計自体に他に長じていても、建築全般に対して、必ずしも万能とはいえない建築士だって存在しうる。まぁ、オープンシステムネットワークに集う建築家さんたちは、その辺の覚悟と自信があっての事だろうから、その点は心配はそれほど無いのかもしれない。

 この工事の設計・監理(といっていいのかな?)をなさったのは葉勢森建築設計事務所。以前オープンシステムのPRイベントに参加したご縁で時々こうした見学会の案内があったのだが、とにかく勉強! そして、このブログのネタ探し! というわけで、初めて参加させていただいたというわけだ。
 工事内容について、詳しくは、いずれオープンシステムか葉勢森さんのホームページで紹介されると思う。築30余年の木造2階建ての住宅の1階の一部と2階の増改築。

 正直、見学会などといいながら、参加者はその時間、最初はボクだけだった。ボク一人のためだけに葉勢森さん、時間を割いて会場にやってこられたと思うと、申し訳なくって…。そして、いろいろ勉強中、とか言いながら、実はまだ始めたばかりで、どこにポイントを置けばいいのか分からない。困った。

 大手のハウスメーカーのように雑誌、新聞、テレビ、ラジオに広告を出したり、モデルハウスをもってみたり、なんて、個人営業の工務店や建築家にはできはしないし、必要ない。で、仕事の成果、能力としてPRするとなれば、こうした見学会、内見会ということになる。正直、経験のない人には敷居が高いかもしれない。因みにそのようなPRをこのような見学会で行う業者は、モデルハウスで名前を書いた後に始まる怒涛の営業攻勢は、営業規模にもよるのだろうが、無い、というより、そんな人手がないので無理、ありえない、と思ってよい。現実的な予算の現実に人が住む家、というのは、モデルハウスよりは説得力はあると思う。
 敷居が高いと感じるのはあくまで感覚のものだろう。が、無視はできない。ただ、それでも見に来るという人は、冷やかしではないので、あとは説得力のある誠実な対応さえすればいいのだろう。
 あとは、集客を切らさないようにいかに網を張っていくかだが、あぁ、それにしても困った。何を聞いていいか分からない。見学会の成否は、ひょっとしたら、見学者に退屈させず、如何にその工事のポイントを伝えていくことだろうが、葉勢森さん、なんとかたのんます~、なんて思っていたら、同じオープンシステムのお仲間の城村さんが、近々やはりリフォームを予定している物件があるということで、参考にするために、見に来られるとのこと。ラッキー、と思った、正直。専門家同士の話を横で聞いていればいいのだ。
 素人が建築家に質問するのも、それはそれでいいが、そこにもうひとり専門家がいるのは、もっといい。かなり突っ込んだことまで聞ける。ひょっとしたら、城村さんが遅れてくるというのも、仕込みだったら、むむ、侮りがたし、だが、ま、そんなことは無いだろう。

 いくつか、印象的なことを書いておく。
 まず第一点、城村さんが葉勢森さんに、ドア一枚を指し、これいくらだったの?と聞いたときのこと。まぁ、その場でいくらだった、何て話になるのだが、施主さんの奥さんもその場にいて、他だった、こんな話できないよね、ということだった。分離発注方式では施主さんが材料すべての価格を把握している。逆に、こちらは資材の一括購入でのコストダウンというやり方はできない、ということはあるが、誤魔化しもやはりない、ということ。
 第二点。奥さんにコーヒーを淹れてもらって飲みながらお話していたときのこと。当初、解体のために見積もりをもらったとき、数十万円するだろうというのがきて、そんなんだったら、ということで、大工さんと葉勢森さん、施主さん一家で解体をしてしまったそうだ。さすがに重機が必要な解体では危険でもあるし、そんなことはできないが、部分改築というのであれば、大人の男性が解体、奥さんや子供がそれを運ぶというのは可能。で、かかったのはその処理のお金だけ。つまり、施主さんがどれだけ意欲を持って家作りに関わっていくかにかかっているが、臨機応変にコストダウンのためにする工夫の余地は結構ある、ということになる。予算のこともあるが、今後の家族の形態も考えて、あえて決め決めのものは作らなかったのだ、という事だった。その辺の融通もおそらくは利きやすいものと思われる。
 第三点。葉勢森さんも城村さんも家の間取りなど、設計のことは勿論、建材や水廻りのキッチン製品など、周辺のことすべてに詳しいということ。勿論、オープンシステムの設計士さんでなくても、家作りに対してすべてに詳しいという設計士さん、ボクはほかにも知っている。でも、逆にそういうことには明るくないという設計士さんも知っている。一口に設計士、建築士といっても、いろいろなタイプ、いろいろな専門の方がいるのだ。言われてみれば理解できるが、見落としてはいけないこと。

 繰り返すが、このやり方は施主さん自身が積極的に家作りに関わっていくというのが大前提。でなければ、このやり方の長所は生かせない。業者の選定などで、ハウスメーカーに一括して任せてしまうより、煩雑な作業が要求される。それを乗り越えられる熱意が必要。
 また、建築士のタイプ、資質に加えて相性というのも大事。最初に一目見て、あ、コイツ好かんわ~、というのがあれば、まだ幸い。段々と建築士に対して、疑念とかが出てきてしまうと、これは結構ツラいものがあるかもしれない。でも、まぁ、これはどんなやり方でも同じことかもしれないが。

 つまるところ、このオープンシステムも、前編で書いたARCHITECTS STUDIO JAPANも、そして他の方法も、どのシステムが絶対的優位ということは無いのだ。それよりも、技術、知識は当然のこととして、熱意と誠意。葉勢森さんは工事中、ほぼ毎日現場に顔を出したそうだ。それが普通といえばそうなのだろうが、そうじゃないという話も聞く。葉勢森さんは、誠意とか言う以前に、この仕事が好きで好きでたまらないという感じだった。この物件の施主さんの奥さんは少なくともボクが見る限り、満足、納得しておられたようだ。
 あくまでも、出会いなのだろう。これだけいろいろな基準、規格がある時代だが、家を作るというのは、それとは違った要素が大きいのではないか、そのように思う、と結局、前回と同じ結論。 

どっちを選ぶ その2 前編

 一級建築士たる、ボクの父が若いとき、彼の書斎にフランク・ロイド・ライトの作品の写真集があって、建築家の端くれである以上、もちろんそんな建築デザインに興味が無いはずはなかったのだろうが、実際には電力会社の建築部門で図面を書き続け、図面引きとしては、ラーメン構造の計算こそが一番のなじみになっていたようだ。小さい時から絵を描くのが好きだったそうで、リタイアした今では、ともかく凄いペースで油絵を描き散らしている。つまり、そういうことに勿論興味が無いわけではないのだが、デザインを売り物にするわけでなければ、一人の建築家として、ずっと狭い意味での意匠の動向をチェックし続けるという事は難しいのではないか、父を見ていてそう思う。そんな狭義の意匠というのも、また建築においては重要な要素なのだろうが、決してそれだけではないように思う。
 実際、営業廻りしていて、ひとことで、設計士といっても、いろんなタイプの方がおられる。そういったデザインの求道者、使う言葉が数字と計算式なんじゃないかしらといった感じの構造設計士さん、図面、いつ引いてるの?って感じで、業界の裏事情にもやたら詳しいプロデューサータイプの人、そして、図面を引くことも含めて、竣工するまで家を作るすべてのプロセスが好きで好きでたまらない、という感じの人。

 以前に書いたARCHITECTS STUDIO JAPANのPRイベントが先週、オープンシステムネットワーク会議でリフォームした住宅の見学会が今週あったので、両方に参加してみた。
 結論を言えば、まず、両者とも、建築家/設計士が前面に立っているが、同じなのはその点だけで、あとは似て非なるもの、ということと、どちらがいいのか、というのはシステムで決まるものではないのではないか、ということ。つまり、どちらのシステムで家を建てるか、ではなく、どの建築家と家を建てるのか、というのが問題だということ。

 
 ARCHITECTS STUDIO JAPANのイベントは、2月の19、20日、富山市の国際会議場で行われていた。奇しくも以前オープンシステムネットワーク会議のイベントがあった部屋と同じだった。
 コンセプト、システム等々については、こちらをどうぞ。

 さて、恥ずかしながら、この一週間で、ボクは「建築プロデュース業」なる商売があることを知った。お使いのブラウザがIEだったら上のアドレスバーで検索かけてみてください。設計でもなく、施工でもなく、「プロデュース」。富山県内では、まだ、そのような商売は他に聞いたことは無いが、正直、それらのサイトを見て僕が思ったのは、どうよ?、って感じ。それじゃ分からんか。
 つまり、この最近建築家に相談するというケースが増えてきて、それならば、そういうニーズを交通整理する、あるいは設計士にとっては営業の窓口になる、そういう商売である。取り扱うものがモノなものだから、建築会社、不動産会社はもとより、なんか怪しげな多業種企業まで看板を出しているようだ。それってどうなのよ? という感じ。
 家を建てる人のメリットを考えるなら、他にもあるかもしれないが、建築現場にしかないノウハウも含め、本当に建築について精通しているのか? 公正で幅広い選択肢が提示されるのかがポイントになるし、そうでなければ、こういった「建築プロデュース業」を利用する意味はないと思う。そういった意味で、「建築プロデュース業」の看板の他に、中古車販売がどうしたこうした、とか、マルチメディアがなんたら、とかってのがあるところって、どうよ? という感じ。

 建材・工法のフランチャイズがあるごとく、ある意味ARCHITECTS STUDIO JAPANは建築プロデュースのフランチャイズといっていいかとも思う。建築のプロセスで、インターネットのHP、メーリングリスト、或いは書籍でいろいろ自力でリサーチして設計士からあらゆる工事業者の選定まで自力で行うというやり方と、ハウスメーカーにすべて丸投げするやり方を両端に置くならば、その中間に、こういう選択肢も、もちろん、あり。実質仕切るのは、その地方ごとの工務店、ハウスビルダーが運営する「スタジオ」ということになる。
 家を建てる人の、最大の関心事のひとつであるコストダウン。材料の一括購入と、それと、なんといっても一応プロなのだから各プロセスにおいて段取りのもたつきは少なくとも、上に書いた怪しげなところのものよりはなさそう。一方で、複数の業者で見積もりを取り業者を選定していくという過程が省かれるのは、長所でもあり短所でもある。そして、材料の価格等についてどれだけ透明性があるのか、その辺はよくわからないが、ポイントの一つだろう。
 工事中の監理、竣工後のアフターケアについては、システムがそれに適しているかも重要だが、結局のところ、建築士、施工者の誠意、熱意によるところが大だと思う。
 富山県、県東部で「スタジオ」を運営するのが、グラント星良星良工務店。土木工事も行うので地業から、基礎、建物本体、すべてのプロセスにおいて抜かりは無い、研究熱心な、そういうビルダーさん。

 登録している建築家さんのなかにもウチとも取引がある方がおいでなので、紹介しておく。

 三谷建築設計事務所
 おふたりでなさっていて、設計などハードの面からインテリアやソフトの面までカバー。穏やかで家庭的な雰囲気で、いろいろと相談しやすいかと思います。

 濱田修建築研究所
 ある人に言わせれば、彼こそ、県内若手no.1の建築家で、これからの富山の建築を担っていく人、とのこと。なんか、ウチって凄い方と取引してるんだ…。

 そして、もうひとり。度々書いているが、中高の同級生の松岡真道という男が昨年独立しMideaという名前の事務所で登録している。全国展開の某中堅ゼネコン、県内某ハウスメーカーを経ている。生真面目な男です。同級生として応援している。

 最後に、このイベント自体のこと。
 一言で言うなら、プレゼンテーションという意味で、要一工夫、と感じた。そのために、手本として、首都圏の建築家さんをつれてきたのだろうと思う。しかし、単体で、それぞれどんなにいいプレゼンをしていても、なんかそれぞれが相殺しあって、これでいいのかな? と、正直感じた。
 特に、同級生の気安さから書かせていただくが、松岡。独立してからも登録してからも、まだ間もないためプレゼンの材料が乏しい為、正直、ヤツのブースはへこんで見えた。いろいろあるのだろうが、一般のこれから家を建てようとしている人に対して、200分の1の白い建築模型というのはどうよ、ということ。外観のデザインをアピールする分にはいいのかもしれないが、既に設計が進行中というわけでなく、これから家を建てるひとに、イメージを膨らませさせる材料としては、ちょと厳しい。
 また、逆に、特に松岡のようにこれから、という人であれば、決して、今までの実績の中からでなくても、こういうのがボクの考える理想の家!ってことで、ばんと、100分の1、もしくはそれよりも低縮尺で作ってみてもよかったのではないか? そう思う。
 まぁ、今回は初回ということで、次回は松岡は勿論、各建築家さんの、より凝った趣向のプレゼンを見られることだろう。
 そういえば、中学生の時、学校祭で修学旅行の思い出って事で、松岡、すんげーデカい奈良の東大寺の模型、作ってたよな、と思い出す。なかなか感慨深い。

追記・ホリえもんのこと

 三つ前のエントリーで、いかにも煮え切らない書き方をしたが、もうはっきり断言することにした。ホリえもんを支持することにした。フジ-サンケイ、糞食らえ。

 ボクのプライベートのブログをはじめるきっかけとなった、週刊木村剛のエントリー4本、
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/post_14.html
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/vs.html
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/post_28.html
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/post_29.html
を読んでいて、ほりエモン支持でいいんだ、と確信した。
 まず、原則にもどること。このことは「株の自由な取引こそ資本主義社会の大前提」をさす。原則がいつも正しいとは限らないが、だからといって、後ろ向きで奇形のローカルルールが優先するというやり方を受け入れるべきではない。今更言うまでもなく、我々は大前提から離れたそんな奇形のローカルルールに苦しめられている場面が大変多いわけであるが、これから、さらに将来のことを考えていくならば、まず大前提に立ち戻り、そこから透明な形で不具合を直していく作業こそ本筋ではないか?
 前にも書いたが、これがまだコネクションなどを使って集めた資金で対抗するというのであれば、それはアリなんだろうが、もし、こんなやり方が見過ごされるようならば、そんな閉鎖性を放置するならば、短視的には外国人投資家からの資金流入が阻害される、とかあるんだろうが、繰り返すが、野心や志があり有能な若い人はこの国を見限っていくことになるのだろうと思う。かつて、頭脳流出と呼ばれた時の科学者や、海外を志向するプロスポーツ選手のように。
 そうなれば、ますます、この国はつまらなくなるのだろうが、つまらなくなる、その直ぐ直後に、何か重大な危機が訪れるような予感もする。
 そんな国の将来を思うと、自分の国ながら情けなくて涙が出ちゃう。

建築・土木業、WEBで集客 その1

営業回り中、立ち回り先での世間話の中で、インターネットの話題になったときによく出るのが、インターネットが商売につながらないと言う愚痴。それはウチの会社でも実感している。個人のホームページを持っているので、HTMLのタグは何とか使えるということで、ボクが作った会社のホームページを最初にアップしたのが2000年のこと。しかし、ホームページから商売につながったのはほとんど無し。これでは、もう、やめてしまえ、ということになるのだが、特に維持コストもかけていないし、メールのほうは使うことはそれに比べてはるかに多いので、思い出したときに更新しつつ、でも、なんだかな~、という感じ。
実際、立ち回り先には、ウチのように手作りだったり、あるいは外注したりして以前はホームページを持っていたけれど、ちっとも効果が無いので止めてしまったというところもある。
多くの場合は、効果があがるわけではないが、イマドキ、ホームページもないようでは格好が悪いので形だけは持っていると言うところがほとんど。
ボクは'98年ごろからインターネットを始めて、個人のサイトについてはそのときから持っているのだが、まぁ、言っても趣味のページ。手持ちのBBSをとくに派手な荒らされると言うことも無く、アクセスが上がらないからといって特に落ち込むと言うことも無く、何となく続けてきたが、チョットマジめに仕事のこと考え出したときに、っていうか、昨年など会社の業績が酷く落ち込んで、で、ボクのインターネット歴、何とか生かせないか? 最近ずっとそんなことを考えているわけだ。
建築・土木業は、例えば、時々話題になるユニークな製造業者やサービス業のように、両者のいる地域が違っても消費者との直接取引きできるなどという、インターネットならではのメリットがあるわけではない、いわばその土地土地に縛られた商売と言う言い方ができるかと思う。もちろんユニークさ次第では全国から引きが無いわけでもなかろうが、例えば、どれだけユニークな工法をしている工務店を北海道に見つけても、九州に住むこれから家を建てようという人が建築を依頼するなんてことは、まずありえない。また、そのような遠方の仕事を喜ぶ業者もそうそういるものではないだろう。

それでも、何かきっとブレイクスルーできる方法があるはずだ、と思う。別に商圏を全国に求めるわけでなくても、建築・土木業なりのインターネットの効率のいい営業・集客ツールとしての使い方が。

「井上浩平のシアワセ家づくりサポート」の、井上さんの自己紹介で

● 会社のホームページを抜本的に改善し、年々前年比倍増の反響を実現。ホームページ反響による売上を、年間1億円超まで育てる。

とある。インターネット浸透期と、今ではすでに状況は変化しているので、今、そのやり方がそのまま通用するとも思えないが、非常に興味があるところだ。

土質試験

 aixさんのところで"土質試験"という言葉が出てきたので、コメントで、とも思ったが、新しくエントリーを打ってTBすることにした。
 さて、件の物件、詳細なことが分からない以上、正確なことはいえないが、周辺データ6m付近、N≒35あたりの層にめがけて支持/摩擦杭をたくさん打設するか、コラム改良にするかという話になるのではないか、という気がした。
 木造2Fの住宅ならば基礎下3mくらいまで分厚く改良というのもありかもしれないが重量鉄骨3Fではちょと苦しいかと思う。
 15m付近の砂層までの杭ということになると、それに越したことは無いが、値段的にちと微妙かなという気はする。6mをめがけての工事と15mを支持層にする工事、どっちが安いんだろう? 浅い分密度の濃い工事をするだろうからちょっと分からない。それに決定すれば一番いいのだが、6mのところでなんとか、ということであれば、この場合、土質試験とは摩擦杭がちゃんと保持するか、杭と土の相性を見る物理試験と、コラム改良でということであれば、改良材がどのような配合比率で一番きくのかという配合試験ということなのだろう。
 因みに、最近では土質試験の項目に"六価クロム溶出試験"が加わるケースが増えた。土質によってはセメント系固化材は効きが悪いのみならずそういう物質を発生させてしまうこともあるのだ。泥炭のような有機質土がそうなることが多いようだ。
 一般住宅ではまだこの試験は浸透していないが、例えば大東建託は昨年から地盤の改良工事がある際にはこの"六価クロム溶出試験"を行っている。早晩、一般の住宅もそうなっていくだろうと思う。


 aixさん、ボクも文系です。法学部政治学科中退で、しかも、前職がPSのゲーム制作、さらにその前は広告の仕事をしていたときもあります。今で言うNEETだった時期だってあるんです。本で覚えようとするより、実務で頭小突かれながら覚えていくのが手っ取り早いみたいです。胃が痛いんすけどね。

ホリえもんのこと

 ホリえもんの側に問題が無いとは言えないが、フジ-サンケイのやり方というのは分別があるオトナであることを自認しているであろう人間のやることではない。これがまかり通れば"二連敗"ホリえもんがこの国に愛想を尽かす大きな理由になる。対抗するのはいい。しかし、ライブドアを上回る資金をコネクションで調達してくるというのではなく、このような、言ってみればズルをして叩き潰すやり方というのは、どんなもんだろう?これがまかり通れば、若く気の利いた経済人たちはより一層、この国の仕組みにたいして冷たい目で見ることになるのだろう。
 実際、以下、税制、年金の問題に対しての言葉だが知人の若い起業家2,3人はそんなことも変えられないようなくだらない国は、とっとと見限るに限る。早いところ事業を大きくして本拠を外国に移してしまおうと、口を揃えて言っていた。
 各チームの中軸が大リーグを目指しスカスカになってしまった日本のプロ野球の如く、日本経済のポテンシャルもどんどん下がっていくような気がする。ボクは気の利いた起業家などではないが、それでも本気で将来海外に移住することも検討しなくてはいけないのではないか、と感じている。
 以前働いていたゲームの会社にいたときにしていたヨタ話に、せっせと日本で資産を作り、海外へ移住するとアガリというゲームを作ろうか、なんていうのがあった。マジでそういうゲームの企画書作ってどこかへ持ち込もうかしら?

 ホリえもんが転換社債という方法を使ってまでニッポン放送の株を買い占めるというやりかたには批判があるのを知った上であえてホリえもんを心情的に応援してしまうのは、民放というメディアがあまりにくだらなく退屈で、場合によっては有害であるとさえ常々思っており、ホリえもんがインターネット的価値観でその辺を変えてくれるのではないか、という期待を持っているからだ。
 広告収入に頼ったコンテンツが持つ問題として、広告主の方を向いた内容に陥ってしまうという点があると思うが、それはつまり、表層を反復してなぜるだけでクリティカルだったりコアだったりするものにたどり着けないものになってしまうということがある。
 テレビの影響は絶大でそれにならされてしまうとさらに深層にあるもの、外にあるものへの想像力を萎えさせられてしまう。反復されることで、事象が新たなドグマに変質してしまう危険もある。また、飽きさせることで無関心に陥ってしまう可能性も同様。

 さて、今回気がついた広告収入に頼るというビジネス形態の問題点としてそういうメディアに対して、消費者、生活者は直接クリティカルな意思表示をする手立てが無いということがある。昨夏、渡辺恒夫氏がその不用意な発言により読売/報知新聞の不買という形で制裁を受けたが、今回のフジーサンケイのこのやり方だけは批判を受けるに十分であるにもかかわらず、それを意思表示したいものにその手立ては無い。マスメディアという特殊性は彼らを守ることもあるけれど、しかし、マスメディアであるからこそ、たとえ法律上問題がなくても流れとしてアンフェアなやり方は許されるべきではないとボクは考える。
 広告主への不買という形もありうるのかもしれないが、こういうことは基本的に広告主の志に委ねられるべきだ。
 それではどうすればいいか?ちょっと思いつかないのだが、ただ、今日日、無償で安易に手にはいる情報・コンテンツこそ、何の工夫もなければ無価値で、かつ用心しなければいけないことは無いのではないかと思っている。