ホリえもんのこと | ダメ営業七転八倒

ホリえもんのこと

 ホリえもんの側に問題が無いとは言えないが、フジ-サンケイのやり方というのは分別があるオトナであることを自認しているであろう人間のやることではない。これがまかり通れば"二連敗"ホリえもんがこの国に愛想を尽かす大きな理由になる。対抗するのはいい。しかし、ライブドアを上回る資金をコネクションで調達してくるというのではなく、このような、言ってみればズルをして叩き潰すやり方というのは、どんなもんだろう?これがまかり通れば、若く気の利いた経済人たちはより一層、この国の仕組みにたいして冷たい目で見ることになるのだろう。
 実際、以下、税制、年金の問題に対しての言葉だが知人の若い起業家2,3人はそんなことも変えられないようなくだらない国は、とっとと見限るに限る。早いところ事業を大きくして本拠を外国に移してしまおうと、口を揃えて言っていた。
 各チームの中軸が大リーグを目指しスカスカになってしまった日本のプロ野球の如く、日本経済のポテンシャルもどんどん下がっていくような気がする。ボクは気の利いた起業家などではないが、それでも本気で将来海外に移住することも検討しなくてはいけないのではないか、と感じている。
 以前働いていたゲームの会社にいたときにしていたヨタ話に、せっせと日本で資産を作り、海外へ移住するとアガリというゲームを作ろうか、なんていうのがあった。マジでそういうゲームの企画書作ってどこかへ持ち込もうかしら?

 ホリえもんが転換社債という方法を使ってまでニッポン放送の株を買い占めるというやりかたには批判があるのを知った上であえてホリえもんを心情的に応援してしまうのは、民放というメディアがあまりにくだらなく退屈で、場合によっては有害であるとさえ常々思っており、ホリえもんがインターネット的価値観でその辺を変えてくれるのではないか、という期待を持っているからだ。
 広告収入に頼ったコンテンツが持つ問題として、広告主の方を向いた内容に陥ってしまうという点があると思うが、それはつまり、表層を反復してなぜるだけでクリティカルだったりコアだったりするものにたどり着けないものになってしまうということがある。
 テレビの影響は絶大でそれにならされてしまうとさらに深層にあるもの、外にあるものへの想像力を萎えさせられてしまう。反復されることで、事象が新たなドグマに変質してしまう危険もある。また、飽きさせることで無関心に陥ってしまう可能性も同様。

 さて、今回気がついた広告収入に頼るというビジネス形態の問題点としてそういうメディアに対して、消費者、生活者は直接クリティカルな意思表示をする手立てが無いということがある。昨夏、渡辺恒夫氏がその不用意な発言により読売/報知新聞の不買という形で制裁を受けたが、今回のフジーサンケイのこのやり方だけは批判を受けるに十分であるにもかかわらず、それを意思表示したいものにその手立ては無い。マスメディアという特殊性は彼らを守ることもあるけれど、しかし、マスメディアであるからこそ、たとえ法律上問題がなくても流れとしてアンフェアなやり方は許されるべきではないとボクは考える。
 広告主への不買という形もありうるのかもしれないが、こういうことは基本的に広告主の志に委ねられるべきだ。
 それではどうすればいいか?ちょっと思いつかないのだが、ただ、今日日、無償で安易に手にはいる情報・コンテンツこそ、何の工夫もなければ無価値で、かつ用心しなければいけないことは無いのではないかと思っている。