2003年9月7日の博多駅撮り鉄で、まだフィルムの残弾が残っていたため、どうしようかと考え、向かった先は日立電鉄でした。
日立電鉄は、昭和4年7月3日に、常北太田~大甕(おおみか)が開通、戦後の昭和22年9月1日に大甕~鮎川が開通しました。
鮎川から先、日立方面の延伸計画もありましたが、自動車の普及で断念。
また、朝夕は、通勤通学で、かなりの利用者がありましたが、日中の利用は減少の一途をたどり、様々な合理化策を実施しましたが、結局2005年に廃止されました。
廃止後は、代替バスの運行されることになりますが、並行する国道6号線など、交通量の多いところに、新たにバス路線を作ると、時刻通りの運転が難しいということで、廃線跡をバス専用道に転用して今日にいたっています。
効率よく攻めようと思い、まず向かったのは、水郡線の常陸太田駅です。
ホームの右側に駅舎があり、国道349号線を挟んだ向かい側に、日立電鉄の常北太田駅がありました。
実は、スマホで現在の常陸太田駅を見ると、駅舎の位置が変わっています。
日立電鉄が廃止になってしばらくして、再開発事業で2011年4月に新駅舎が供用されました。
現在の駅舎とホームは画像の左側になります。
こちらが、日立電鉄の常北太田駅です。
駅前が広くなっており、ちょっとバスの営業所っぽく見えます。
現在は、跡形も無く、ドラッグストアのカワチになってるようです。
常北太田駅のホームに上がってきました。
ホームは、駅舎側の1番線と構内踏切を渡った、島式ホームの2・3番線の2面3線です。
ホームの奥が車両基地という、すんごい構造です。
日中は1時間に1本ですが、鉄道ファンにとっては、待ち時間も退屈しませんね。
左側の比較的塗装の新しいのは、2両固定編成の2000型で、右側は両運転台車の3000型です。
下敷きの写真で失礼しますが、元の車両は、この地下鉄銀座線の2000形です。
こちらも、左が2000型、右が3000型です。
改造に際して、日立電鉄の架線電圧は、直流600Vなので、電気機器に関しては、そのまま流用出来ますが、問題はレール幅と集電方式です。
営団2000形をベースに、台車とパンタグラフを、日比谷線3000形の廃車発生品を流用しています。
3000型にいたっては、さらに両運転台改造になります。
引きで撮ってみました。
ホームは、奥まで続いています。
・・・とそこへ、1番線に、折り返し鮎川行の電車が入線です。
この電車で、鮎川に向かいます。
おそらく久慈浜駅だと思いますが、木造無蓋車トム1001(形式トム1000)の姿があります。
鮎川駅の北側にも電留線があり、2000型が留置されてます。あっ、これは、電留線の先の道路から撮影しています。念のため・・・。
右側に見える架線柱は、常磐線です。
別角度からです。
比較的遅くまで、旧型車が残っていたようで、旧型車にも乗ってみたかったなぁ・・・と思う次第です。
いろいろと調べてみると、まだ廃線跡が残っているところもあるようなので、BRTの乗車も含めて、行ってみたいですね。
さらに、残弾が一コマ余ったので、締めはE653形です。
多分、撮影したのは大甕駅の近辺だと思います。