キマロキさんのブログ

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 乗り物ネタを中心に、日々の出来事、旅で見たもの、出来事のブログです。

 武蔵野操車場ネタの途中ですが、カレンダーネタです。

 

 6月です。

 6月は、昭和62年3月30日で廃止になった、国鉄羽幌線の遠別駅です。

 雰囲気からして、昭和55年の時刻表を参照すると、遠別駅12:56発の留萌本線直通深川行き826Dではないかと思われます。

 普通列車の奥は、貯木場ですね。

 

キハ40-242

昭和57年5月・・・新潟鐵工製、新製配置は旭川機関区

平成  3年2月・・・ワンマン改造で、キハ40-711となり旭川運転所の配置。

平成24年4月・・・釧路運輸車両所にて220psのDMF15HSAから、330psのN-DMF13HZIに、変速機をDW10からN-DW40に更新、キハ40-1711に改番、所属は旭アサのままです。

 

 で、たびたび登場しますが・・・。

 何かと構内配線が気になって、この本をめくりますが、今回はちょっと違和感を感じました。

 

 これは、カレンダーの写真をアップにしたとこです。

 キハ40-242の塗装の綺麗な感じから、昭和57年の夏ぐらいに感じられます。

 

 で、本の配線図をそのまま載せられないので、手書きにしました。

 Aは、駅本屋を示します。

 左が幌延方面、右が留萌方面で、赤い矢印のあたりから、幌延方面を向いて撮影しています。

 写真を見ても判りますように、貨物ホームはありますが、赤線で記した側線がありません。

 まぁ撤去されたとわかりますが、最近撤去されたというよりは、かなり前に撤去されている様に感じます。

 本の初版が昭和58年7月20日、編集等がありますから、現地取材はその前になります。

 現地取材がいつ行われたかは不明ですが、現地取材後の撤去であることは間違いないですね。

 ちなみに、現在の遠別駅跡付近には、沿岸バスの遠別バス停があり、待合室完備でかつての駅の名残を感じさせられます。

 国道232号線の、セイコーマート遠別店のT字路を曲がって、道道393「道道遠別停車場線」の突き当りが、かつての駅前です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回の続きです。

 三郷駅から吉川駅まで乗った後、細かく見ていきます。

 

 吉川(11:31)→吉川美南(11:33)武蔵野線1061E

 千ケヨMU10 クハE230-32

 吉川駅ホームで撮影後、一度改札を出て再入場し、1061Eに乗車します。

 今回は平日のため、フリーきっぷを使えず、Suica利用です。

 

 吉川美南駅1番線からの撮影で、奥が三郷方面です。

 前回述べましたが、平成24年3月17日開業、対向式ホームと島式ホームの2面3線という構造です。

 撮影している1番線が下り(東京方面)ホーム、奥の3番線が上り(府中本町方面)ホームになり、2番線は、貨物列車や臨時列車の退避に使用されるかと思われます。

 まぁ折り返し列車の設定も可能ですがね。

 操車場当時の配線図を参照すると、1番線は下り本線、2番線が旧下り出区線、3番線が旧下り入区線ではないかと思われます。

 

 振り返って、府中本町方面を見ます。

 1番線から分岐して右側に保線車両の留置線に繋がっていますが、この留置線は当時のままではないかと思われます。

 旧上り線にも、ほぼ同じ位置に同様の留置線がありました。

 当時から保線車両の留置線として使われていたのかなぁ・・・。

 左奥にマンションが見えますが、あの辺りが仕分け線(1~14番線)で、その手前が貨車区だったと思われます。

 

 こちらが保線車両の留置線です。

 実は、何度も武蔵野線は乗車していますが、この存在を知ったのは、前回アップした本の配線略図です。

 そりゃそうだよね、どちらかというと操車場跡地の方が気になるから、こちら側は全くといって見てないもんね。

 

 操車場側になる西口ロータリーです。

 画像奥が三郷駅方面になりますが、ここよりもうすこし三郷寄りに機関区があったんじゃないかな・・・。

 ここには写っていませんが、画像右奥にハンプがありました。

 ハンプとは、人工的に作られた小高い丘で、頂上から下り勾配を利用して貨車を散転させるものです。

 

 次なる目的地に向かうため、案内図をちらっとみます。

 操車場当時、この場所は、貨車区と到着線(1~14番線)でした。

 

 では、吉川駅方面に向かって歩きます。

 当時この場所は、貨車区があったと思われます。

 調整池は、再開発の際に造られたんじゃないかな。

 調整池の向こう側、街路樹の向こう側が、上り線(旧下り入区線)です。

 

 歩き出してすぐ、キロポスト(甲号)を発見。

 吉川美南駅起点0キロ、吉川駅起点1.7キロですが、これは再開発の際に設置されたものですね。

 

 100m単位の丙号標もあるところが良いですねぇ~。

 

 上り線側を歩きます。

 散歩しながら、電車や貨物列車を見られるのって、なかなか良いもんです。

 

 ただ、撮り鉄には脚立が必要ですね。

 

 吉川美南駅から徒歩5分くらいですかねぇ、目的地に到着です。

 目的地は、正面の高台にある公園です。

 あの高台が、当時の到着線です。

 当時の写真で確認しましたが、到着線や仕分け線といった、操車場の主要部は、一段高くなっていました。

 再開発に際しては、高低差はそのままだったようですね。

 

 道路から、公園に上がってきました。

 こちらの公園につきましては、次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと遅めのG.W・・・というわけではありませんが、5月13~14日が連休になったこともあり、12日の泊明けで、ちょっと出かけてきました。

 行き先は、タイトルの通り武蔵野線の三郷~吉川間です。

 かつては、ここに武蔵野操車場という、全長5.2km、最大幅350mという巨大な操車場がありました。

 コンテナ列車による直行輸送全盛の現在、操車場って何?という方もいらっしゃるでしょう。

 旅客で例えると乗換駅、それも東京駅や新宿駅などといった巨大ターミナル駅ですね。

 貨車は、旅客のように階段を渡って隣のホーム・・・みたいにはいきませんので、操車場で方向別に仕分けられて、ある程度まとまったところで、列車として組成されて次の目的地へ出発してきます。

 これをヤード方式というのですが、人手と時間がかかる、稚内から鹿児島までといった場合、いくつもの操車場を経由しますから、時間が読めず、国鉄の貨物輸送は年々減少していきました。

 そこで、昭和59年2月の「59・2ダイヤ改正」で、現在のようなコンテナ列車による直行型輸送に切り替わりました。

 武蔵野操車場は、自動化を進めた操車場として、昭和49年10月1日に開設されましたが、59・2ダイヤ改正のあおりを食らい機能停止、昭和61年に廃止となっています。

 おそらく機能停止後は、余剰貨車の留置に使われていたのではないかと思われます。

 しばらくは、そのまま放置されていましたが、平成11年3月に上り線の移設が完了し、再開発され、一部にその名残を残す程度になっています。

 前置きが長くなりましたが、今回はその痕跡を見てまわってきました。

 まだまわりきれていないとこもありますので、そこはまた改めて訪れたいと思います。

 まぁ、暑さを避けて11月頃かな・・・。

 

 つくば駅(10:42)→南流山(11:05)つくばエクスプレス 快速3008列車

 仕事明けなので、まずはつくばエクスプレスです。

 たまたま快速がきました。

 

 南流山(11:14)→吉川(11:23)武蔵野線 1018E

 

 千ケヨMu35 クハE230-1

 南流山で1018Eに乗り換えましたが、なんとトップナンバーに当たりました。

 ネタ写真撮るために被りつきです。

 

 三郷駅を発車するところです。

 下り電車が入線してきました。

 上下線が少し開いていますが、ここから武蔵野操車場になります。

 

 中央にリレーボックスが見えますが、その向こう側に線路跡が見えてきます。

 

 見えてきました。

 この線路が旧引上げ線10番になり、前の画像のリレーボックスの後ろあたりで車止めになり、本線と繋がっていません。

 画像右上は下り線です。

 この先に、引上げ10番と下り本線に進出する線、下り継走線1~4番線、及び引上げ7番線、下り出発11番~14番線、上り着発1~4番線・上り出発5~9番線、及び引上げ9番線を結んでいたシーサスクロス等の線路跡があるのですが、ここでは撮影をしくじり、後にアップします。

 本来なら配線図をアップしたら判りやすかったのですが、本を参照しているのでアップは控えています。

 

 参考にしたのは、こちらの本です。

 武蔵野操車場の他、新鶴見や吹田操車場、当時の貨物線や使われていた貨車などが載っていて資料価値の高い1冊です。

 

 当初の上り線は、三郷駅を発車後、北西方向に武蔵野線通りの横を通っていました。

 航空写真を見ると判りやすいかと思います。

 こちらは、後日再訪する予定です。

 

 新三郷駅です。

 下り出区線、下り入区線、仕分け1番~40番線、上り出区線、上り入区線と、ここがかつて、一番幅の広い場所で、上下線間が350mありました。

 開発当初は、上り線を寄せるか下り線を寄せるか揉めたようですね。

 結局は上り線を寄せることになりました。

 私としては、寄せずに上下線間に新たな街を作れば・・・と思ったのですが、閉鎖的になりそうだし、何より武蔵野操車場が、吉川市と三郷市に跨っていますから、そこで揉めそうですね。

 現行の上り線は、かつての下り出区線ではないかと思われます。

 

 三郷駅停車中ですが、新鶴見機関区のEF210-358牽引の貨物列車とすれ違います。

 調べてみると、このカマの前照灯は、LEDみたいですね。

 編成は、ほぼフレームライナーです。

 

 駅の進入を撮り忘れましたが、平成24年3月17日開業の吉川美南駅です。

 下り線側に、保線車両が留置されていますが、おそらくは、操車場があった頃の下り線から分岐していた側線をそのまま流用したのではないかと思われます。

 また、後程アップしますが、この付近に機関区があったと思われます。

 訂正で、機関区ではなく、貨車の点検・修繕を行う貨車区があったと思われます。

 

 前方が吉川駅になり、この付近から当時の上り線になります。

 上下線間に、到着線1番~14番線の引上げ線3本がありました。

 

 

 吉川駅手前、この付近で車止めになります。

 

 吉川駅で下車し、三郷方面を見ます。

 幅の広い架線柱は、当時のままです。

 

 赤枠で囲ったとこに閉塞信号機がありますが、おそらくこの付近から、到着線への分岐があったんではなかろうかと思います。

 到着線は、1番~14番線までありました。

 ちなみに、貨車を散転させるためのハンプ(小高い丘)が吉川方にあり、三郷方面へ向けて散転させる構造になっているため、上りの貨物列車は、上り線から分岐した後、上り線をオーバークロスして、到着線に入りますが、到着12~14番線にしか入線出来ない構造になっています。

 先程述べた、吉川駅付近まで伸びていた引上げ線は上り貨物列車専用といえるかと思います。

 下り貨物列車につきましては、到着1番~13番線までは直接入線できますが、14番線は入換が必要です。

 ハンプは、到着線の下り方、到着6番線と7番線の間にあり、どの到着線からも入線できます。

 

 吉川駅方は、レールが剥がされてしまっているので、三郷駅方の方が雰囲気はありますね。

 ちなみに線路跡は、上り(府中本町方面)、下り(西船橋方面)とも、進行方向右側になります。

 余談ですけど、Nゲージで武蔵野操車場を再現しようとしたら、すんごいポイントの数になりそうですね。

 総工費いくらになるんだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと間があいてしまいました。

 前回のネタ・・・

 

 これの正体ですが・・・。

 まぁ、私のブログを読まれている方は、内容からして推測されていたでしょうが・・・。

 

 ハイッ!、きっぷの芯でございます。

 土浦駅のコンコースで、こんな箱を見つけて、1個頂いてきました。

 

 きっぷといっても、こちらというよりは・・・

 

 こちらの、いわゆるマルス券タイプの切符ですね。

 

 ね、幅がぴったりでしょ。

 芯の直径が大きいのは、巻き癖防止なんじゃないかな・・・。

 まぁ、きっぷの紙質からして、あまり細くは巻けないと思いますし・・・。

 

 で、ものは試しに1個もらってきましたが、さて何に使おうか・・・。

 無難なとこでは、底板つけて小物入れってとこですかねぇ~・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜の泊まり勤務は、ほとんど寝てないところに、今朝は雨で忙しいところに残業・・・。

 で、お昼寝して起きてきたところで、簡単に更新します。

 

 先日、仕事帰りに見つけたのですが・・・、

 

 ご自由にお持ち帰りくださいとあったので、1個貰ってきましたが・・・。

 

 さて、これはいったい何でしょう~?。

 まぁ、一見して、何かの芯であるとは想像できると思いますが・・・。

 

 サイズとしては、直径が145mm

 

 幅が57mmです。

 さて、何の芯でしょう?、判った方はコメント欄にコメント頂ければ幸いです。

 まぁ、多くの方が一度は手にしたことがあるんじゃないかな・・・。