キマロキさんのブログ

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 乗り物ネタを中心に、日々の出来事、旅で見たもの、出来事のブログです。

 武蔵野操車場跡のネタも、今回でいったん終了です。

 

 吉川美南(12:23)→新三郷(12:25)武蔵野線1139E

 千ケヨMU12

 吉川美南を後にして、新三郷駅に向かいます。

 

 新三郷駅西口を出まして、ららぽーと新三郷の前です。

 かつては、ここに夢空間北斗星のオハフ25-901が保存展示されていました。

 現在は、他の夢空間車両と共に、東京都清瀬市の清瀬市中央公園に保存されています。

 線路はおそらく、下り入区線の一部ではないかと思います。

 

 ここで、金町駅行きのバスを見つけました。

 比較的本数も多いので、乗ってみます。

 

 新三郷駅(12:40)→三郷駅(12:55)東武バスセントラル三郷営業所 社番9976

 日野ブルーリボンシティハイブリッド

 後ろ姿になってしまいましたが、いろいろ調べてみると、この車両はららシティ循環バスで走っていたようです。

 

 三郷(13:06)→新三郷(13:09)武蔵野線1272E

 千ケヨM83 クハ208-509

 そのままバスで金町まで・・・と思ったのですが、三郷駅付近の線路跡の画像を撮りたかったので、1272Eに乗車しましたが、上手く撮れず・・・。

 

 こんな感じで、肝心の線路が写っていません。

 ということで、新三郷駅で折り返して再チャレンジです。

 

 ・・・と、新三郷駅で下り電車を待っていると、EF210牽引の石油列車が通過していきました。

 かつての新三郷駅だったら、こんな風に撮れなかったね。

 

 新三郷(13:16)→三郷(13:18)武蔵野線1233E

 千ケヨMU8 クハE230-35

 1233Eの最後尾から、再度撮影にチャレンジです。

 

 ここからの画像は、左が三郷駅になります。

 略図と航空写真を参照しましたけど、どの付近になるかが良く分からないです。

 

 線路が中途半端に残っていることも、要因かな・・・。

 

 一番手前の途切れている線路が引上げ15番線、ちょっと奥の草むらに若干レールが見えているのが引上げ16番線と思われ、画像左、三郷駅方で車止めになります。

 

 三郷駅付近最大の見せ場かな、シーサスクロスが2つあります。

 手前から、引上げ15番、引上げ16番、下り出発線、引上げ10番、上り本線となります。

 かつて、下り出発線は、本線と繋がっていましたが、現在はポイントが撤去されています。

 中途半端にレールが撤去されていますが、出来れば当時の線路配置を復元して、貨物博物館みたいなことを期待したいですね。

 

 三郷駅(13:29)→金町駅(14:15)東武バスセントラル三郷営業所 社番6127

 いすゞエルガ

 先ほど途中下車してしまったので、改めて金町駅行きに乗車します。

 

 金町(14:25)→我孫子(14:50)常磐緩行線1231K

 東マト16 クハE233-2016

 金町駅から、市川・松戸方面のバスが無いので、電車を使います。

 朝から何も食べてなかったので、このまま終点まで乗車して、例のお店で食べます。

 

 今回は、から揚げそばの、2個載せにしました。

 これで1000円でおつりがくるのはお得です。

 勿論、テイクアウトのから揚げも買いました。

 

 我孫子(15:27)→土浦(15:59)常磐線 普通1179M

 水カツK405 サロE530-17 4号車

 最後は、たいした距離ではないですがグリーン車で帰ります。

 今回は、これでおしまいですが、秋から冬にかけての予定で、武蔵野線通り側を攻めたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来なら今日は午前中からお出かけのはずでしたが、友人から行けなくなったのメールがあったので、そのまま爆睡・・・でした。

 このところ、疲れが抜けなくてねぇ~、時間があれば寝ていたい・・・ってな状況です。

 そんなわけで、このところ、更新も忘れていました。

 

 さて前回は・・・

 

 こんなカットで終わっていましたが、今回はこの公園についてです。

 

 美南2丁目公園で、場所は、吉川美南駅から、吉川駅方向に徒歩で5分くらいですかね、マンションの間に挟まれた小さな公園です。

 この公園、案内図中央のサークル部分が注目になります。

 

 これが、先ほどの案内図にあったサークル部分で、何かオブジェみたいなものがありますね。

 順に見ていきましょう。

 

 まずはこちらの、ハンプを模したオブジェです。

 本来のハンプは、武蔵野線と並行ですから、方向はもちろん、勾配も違っています。

 まぁ、あくまで、ここに操車場があったという証のオブジェですから・・・。

 

 頂上には、貨車の車輪が埋められています。

 埋める必要はあったのかなぁ・・・。

 ちなみに現役当時のハンプの高さは、6.3mでした。

 

 で、切り離された貨車は、この勾配を下っていくのですが、当時のハンプは、頂上から67~11‰~11‰~1.2‰と、徐々に緩勾配になっていきます。

 67‰って、碓氷峠の最急勾配区間と同じくらいですが、距離にして、数十mくらいだと思います。

 で、降りて行ったところに、カーリターダがあって、車輪を挟んで適正速度に減速させ、その先のポイントで仕分け線に転線します。

 余談ですが、間違った仕分け線に貨車が入ると、ここを機関車が降りてきて間違った貨車を引き上げ、再度転線させます。

 「連結注意」や「突放禁止」と表記された貨車は、このハンプを通ることは出来ません。

 

 続いては、貨車の自動連結器です。

 一見、連結している様に見えますが・・・

 

 少しずらしてありまして、奥がナックルを閉じた状態、手前がナックルが開いている状態です。

 ちょっと見えにくいのですが、手前の連結器は鍵が上がっています。

 ちなみに、ナックルが閉じた状態などで、連結器同士がゴッツンすることを、業界用語で、「ゲンコツ」といいます。

 

 続いては、貨車の車輪ですが、何の貨車かは不明です。

 スポーク輪心ですから、おそらくは木造無蓋車ではないかと思います。

 

 続いてはこちら、画像がアンダーで判りづらいですね。

 

 別角度から、貨車のK2制御弁と呼ばれるもので、ブレーキの緩解等で動作します。

 

 そして、エンジン好きの方お待たせしました。

 DE10の搭載されている、DML61Zのピストンとコンロッドです。

 DE10以外にも、DD16、DD51、DD53、DE11、DE15、新幹線911形ディーゼル機関車などに使用されました。

 確か、DE50のDMP81Zも、極力部品の共通化を図るため、同じものが使用されていました。

 コンロッドを見て思ったのが、クランクシャフトの直径が意外と大きいですね。

 以前、苗穂工場で、シリンダーブロックを見ていたんですが、ブロックの割にコンロッドが短いような気がしました。

 で、帰宅後に資料を見ると、ボア(内径)×ストローク(行程)が180(mm)×200(mm)だったので、意外とショートストロークでした。

 ちなみに、このボア×ストロークですが、DD13のDMF31Sから変わっていません。

 ということは、DD51設計の時点で、DD13の部品の供用を考慮していたようです。

 

 ということで、おまけで、2010年5月18日にアップした、DML61Zのシリンダーブロックです。

 

 こんな感じで、K2制御弁と並べてあります。

 

 説明書きもあります。

 ららぽーと新三郷へお買い物ついでに、寄ってみてはいかがでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武蔵野操車場ネタの途中ですが、カレンダーネタです。

 

 6月です。

 6月は、昭和62年3月30日で廃止になった、国鉄羽幌線の遠別駅です。

 雰囲気からして、昭和55年の時刻表を参照すると、遠別駅12:56発の留萌本線直通深川行き826Dではないかと思われます。

 普通列車の奥は、貯木場ですね。

 

キハ40-242

昭和57年5月・・・新潟鐵工製、新製配置は旭川機関区

平成  3年2月・・・ワンマン改造で、キハ40-711となり旭川運転所の配置。

平成24年4月・・・釧路運輸車両所にて220psのDMF15HSAから、330psのN-DMF13HZIに、変速機をDW10からN-DW40に更新、キハ40-1711に改番、所属は旭アサのままです。

 

 で、たびたび登場しますが・・・。

 何かと構内配線が気になって、この本をめくりますが、今回はちょっと違和感を感じました。

 

 これは、カレンダーの写真をアップにしたとこです。

 キハ40-242の塗装の綺麗な感じから、昭和57年の夏ぐらいに感じられます。

 

 で、本の配線図をそのまま載せられないので、手書きにしました。

 Aは、駅本屋を示します。

 左が幌延方面、右が留萌方面で、赤い矢印のあたりから、幌延方面を向いて撮影しています。

 写真を見ても判りますように、貨物ホームはありますが、赤線で記した側線がありません。

 まぁ撤去されたとわかりますが、最近撤去されたというよりは、かなり前に撤去されている様に感じます。

 本の初版が昭和58年7月20日、編集等がありますから、現地取材はその前になります。

 現地取材がいつ行われたかは不明ですが、現地取材後の撤去であることは間違いないですね。

 ちなみに、現在の遠別駅跡付近には、沿岸バスの遠別バス停があり、待合室完備でかつての駅の名残を感じさせられます。

 国道232号線の、セイコーマート遠別店のT字路を曲がって、道道393「道道遠別停車場線」の突き当りが、かつての駅前です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前回の続きです。

 三郷駅から吉川駅まで乗った後、細かく見ていきます。

 

 吉川(11:31)→吉川美南(11:33)武蔵野線1061E

 千ケヨMU10 クハE230-32

 吉川駅ホームで撮影後、一度改札を出て再入場し、1061Eに乗車します。

 今回は平日のため、フリーきっぷを使えず、Suica利用です。

 

 吉川美南駅1番線からの撮影で、奥が三郷方面です。

 前回述べましたが、平成24年3月17日開業、対向式ホームと島式ホームの2面3線という構造です。

 撮影している1番線が下り(東京方面)ホーム、奥の3番線が上り(府中本町方面)ホームになり、2番線は、貨物列車や臨時列車の退避に使用されるかと思われます。

 まぁ折り返し列車の設定も可能ですがね。

 操車場当時の配線図を参照すると、1番線は下り本線、2番線が旧下り出区線、3番線が旧下り入区線ではないかと思われます。

 

 振り返って、府中本町方面を見ます。

 1番線から分岐して右側に保線車両の留置線に繋がっていますが、この留置線は当時のままではないかと思われます。

 旧上り線にも、ほぼ同じ位置に同様の留置線がありました。

 当時から保線車両の留置線として使われていたのかなぁ・・・。

 左奥にマンションが見えますが、あの辺りが仕分け線(1~14番線)で、その手前が貨車区だったと思われます。

 

 こちらが保線車両の留置線です。

 実は、何度も武蔵野線は乗車していますが、この存在を知ったのは、前回アップした本の配線略図です。

 そりゃそうだよね、どちらかというと操車場跡地の方が気になるから、こちら側は全くといって見てないもんね。

 

 操車場側になる西口ロータリーです。

 画像奥が三郷駅方面になりますが、ここよりもうすこし三郷寄りに機関区があったんじゃないかな・・・。

 ここには写っていませんが、画像右奥にハンプがありました。

 ハンプとは、人工的に作られた小高い丘で、頂上から下り勾配を利用して貨車を散転させるものです。

 

 次なる目的地に向かうため、案内図をちらっとみます。

 操車場当時、この場所は、貨車区と到着線(1~14番線)でした。

 

 では、吉川駅方面に向かって歩きます。

 当時この場所は、貨車区があったと思われます。

 調整池は、再開発の際に造られたんじゃないかな。

 調整池の向こう側、街路樹の向こう側が、上り線(旧下り入区線)です。

 

 歩き出してすぐ、キロポスト(甲号)を発見。

 吉川美南駅起点0キロ、吉川駅起点1.7キロですが、これは再開発の際に設置されたものですね。

 

 100m単位の丙号標もあるところが良いですねぇ~。

 

 上り線側を歩きます。

 散歩しながら、電車や貨物列車を見られるのって、なかなか良いもんです。

 

 ただ、撮り鉄には脚立が必要ですね。

 

 吉川美南駅から徒歩5分くらいですかねぇ、目的地に到着です。

 目的地は、正面の高台にある公園です。

 あの高台が、当時の到着線です。

 当時の写真で確認しましたが、到着線や仕分け線といった、操車場の主要部は、一段高くなっていました。

 再開発に際しては、高低差はそのままだったようですね。

 

 道路から、公園に上がってきました。

 こちらの公園につきましては、次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと遅めのG.W・・・というわけではありませんが、5月13~14日が連休になったこともあり、12日の泊明けで、ちょっと出かけてきました。

 行き先は、タイトルの通り武蔵野線の三郷~吉川間です。

 かつては、ここに武蔵野操車場という、全長5.2km、最大幅350mという巨大な操車場がありました。

 コンテナ列車による直行輸送全盛の現在、操車場って何?という方もいらっしゃるでしょう。

 旅客で例えると乗換駅、それも東京駅や新宿駅などといった巨大ターミナル駅ですね。

 貨車は、旅客のように階段を渡って隣のホーム・・・みたいにはいきませんので、操車場で方向別に仕分けられて、ある程度まとまったところで、列車として組成されて次の目的地へ出発してきます。

 これをヤード方式というのですが、人手と時間がかかる、稚内から鹿児島までといった場合、いくつもの操車場を経由しますから、時間が読めず、国鉄の貨物輸送は年々減少していきました。

 そこで、昭和59年2月の「59・2ダイヤ改正」で、現在のようなコンテナ列車による直行型輸送に切り替わりました。

 武蔵野操車場は、自動化を進めた操車場として、昭和49年10月1日に開設されましたが、59・2ダイヤ改正のあおりを食らい機能停止、昭和61年に廃止となっています。

 おそらく機能停止後は、余剰貨車の留置に使われていたのではないかと思われます。

 しばらくは、そのまま放置されていましたが、平成11年3月に上り線の移設が完了し、再開発され、一部にその名残を残す程度になっています。

 前置きが長くなりましたが、今回はその痕跡を見てまわってきました。

 まだまわりきれていないとこもありますので、そこはまた改めて訪れたいと思います。

 まぁ、暑さを避けて11月頃かな・・・。

 

 つくば駅(10:42)→南流山(11:05)つくばエクスプレス 快速3008列車

 仕事明けなので、まずはつくばエクスプレスです。

 たまたま快速がきました。

 

 南流山(11:14)→吉川(11:23)武蔵野線 1018E

 

 千ケヨMu35 クハE230-1

 南流山で1018Eに乗り換えましたが、なんとトップナンバーに当たりました。

 ネタ写真撮るために被りつきです。

 

 三郷駅を発車するところです。

 下り電車が入線してきました。

 上下線が少し開いていますが、ここから武蔵野操車場になります。

 

 中央にリレーボックスが見えますが、その向こう側に線路跡が見えてきます。

 

 見えてきました。

 この線路が旧引上げ線10番になり、前の画像のリレーボックスの後ろあたりで車止めになり、本線と繋がっていません。

 画像右上は下り線です。

 この先に、引上げ10番と下り本線に進出する線、下り継走線1~4番線、及び引上げ7番線、下り出発11番~14番線、上り着発1~4番線・上り出発5~9番線、及び引上げ9番線を結んでいたシーサスクロス等の線路跡があるのですが、ここでは撮影をしくじり、後にアップします。

 本来なら配線図をアップしたら判りやすかったのですが、本を参照しているのでアップは控えています。

 

 参考にしたのは、こちらの本です。

 武蔵野操車場の他、新鶴見や吹田操車場、当時の貨物線や使われていた貨車などが載っていて資料価値の高い1冊です。

 

 当初の上り線は、三郷駅を発車後、北西方向に武蔵野線通りの横を通っていました。

 航空写真を見ると判りやすいかと思います。

 こちらは、後日再訪する予定です。

 

 新三郷駅です。

 下り出区線、下り入区線、仕分け1番~40番線、上り出区線、上り入区線と、ここがかつて、一番幅の広い場所で、上下線間が350mありました。

 開発当初は、上り線を寄せるか下り線を寄せるか揉めたようですね。

 結局は上り線を寄せることになりました。

 私としては、寄せずに上下線間に新たな街を作れば・・・と思ったのですが、閉鎖的になりそうだし、何より武蔵野操車場が、吉川市と三郷市に跨っていますから、そこで揉めそうですね。

 現行の上り線は、かつての下り出区線ではないかと思われます。

 

 三郷駅停車中ですが、新鶴見機関区のEF210-358牽引の貨物列車とすれ違います。

 調べてみると、このカマの前照灯は、LEDみたいですね。

 編成は、ほぼフレームライナーです。

 

 駅の進入を撮り忘れましたが、平成24年3月17日開業の吉川美南駅です。

 下り線側に、保線車両が留置されていますが、おそらくは、操車場があった頃の下り線から分岐していた側線をそのまま流用したのではないかと思われます。

 また、後程アップしますが、この付近に機関区があったと思われます。

 訂正で、機関区ではなく、貨車の点検・修繕を行う貨車区があったと思われます。

 

 前方が吉川駅になり、この付近から当時の上り線になります。

 上下線間に、到着線1番~14番線の引上げ線3本がありました。

 

 

 吉川駅手前、この付近で車止めになります。

 

 吉川駅で下車し、三郷方面を見ます。

 幅の広い架線柱は、当時のままです。

 

 赤枠で囲ったとこに閉塞信号機がありますが、おそらくこの付近から、到着線への分岐があったんではなかろうかと思います。

 到着線は、1番~14番線までありました。

 ちなみに、貨車を散転させるためのハンプ(小高い丘)が吉川方にあり、三郷方面へ向けて散転させる構造になっているため、上りの貨物列車は、上り線から分岐した後、上り線をオーバークロスして、到着線に入りますが、到着12~14番線にしか入線出来ない構造になっています。

 先程述べた、吉川駅付近まで伸びていた引上げ線は上り貨物列車専用といえるかと思います。

 下り貨物列車につきましては、到着1番~13番線までは直接入線できますが、14番線は入換が必要です。

 ハンプは、到着線の下り方、到着6番線と7番線の間にあり、どの到着線からも入線できます。

 

 吉川駅方は、レールが剥がされてしまっているので、三郷駅方の方が雰囲気はありますね。

 ちなみに線路跡は、上り(府中本町方面)、下り(西船橋方面)とも、進行方向右側になります。

 余談ですけど、Nゲージで武蔵野操車場を再現しようとしたら、すんごいポイントの数になりそうですね。

 総工費いくらになるんだろう・・・。