ヒナギクは飛べなくても歌えなくても自分は本当に幸せだと感じている。

これこそが自己実現している人の心理であり考え方である。

自己実現について研究をしたマズローは、自己実現している人の考え方の特徴は「にもかかわらず」だと言う。

まさにこのヒナギクの考え方である。


空を飛べない「にもかかわらず」私は幸せなのである。

誰も見向きもしない自分だけれども、私は幸せなのである。

では何故「にもかかわらず」と思えるのか?

そうなるためにはどうすればいのか。

それは次回に述べる。

ヒナギクは雲雀を「偉い」と思って見あげている。

ヒナギクが雲雀を認めるから雲雀もヒナギクが好きになる。

認めてもらえる雲雀も、やさしくなれる。

ヒナギクは我慢して不平を言わないのではない。

我慢して不平を言わない人と違ってヒナギクは、お日様が「この自分」を照らしてくれることに感謝をしている。有り難いと思っている。そして満足している。

そこで誰も見向きもしない自分だけれども「わたしだってほんとうにしあわせなんだわ」(註;山室静編訳、アンデルセン童話集「1」、偕成社、1978、49頁)と思っている。

だから不平を言わないのである。

不平を言う人はたいてい「皆はもっと違った良い生き方をしているのに」と思っている。

実際には誰もがそれほど違った楽しい生き方はしていない。

不平を言わない人は「所詮こんなもんか」と知っている。

物事は「この自分」から始まっているということを知っている。

ヒナギクは物事の受け止め方が素直である。

「愛されたい、好かれたい」と思うなら、自分に素直になることである。

しかし不思議なことに「愛されたい、好かれたい」と思う人ほど実際の言動では嫌われることをする。

それは「認められたいという願望」と「好かれたいという願望」とが矛盾しているからである。

ヒナギクは「これが自分に与えられたもの」と思っている。そして「与えられたものでよい」と思っている。

ヒナギクには「もっと、もっと」がない。

ヒナギクは欲張りでない。