冴子と順二<思い違い>その5・最終話
冴子と順二<思い違い>
― その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172245231.html
― その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172435203.html
― その3 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172782155.html
― その4 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12173269905.html
― その5・最終話 ー
4月 新学期が始まって数日後
ケンちゃんが弾んだ声で電話をかけてきた。
「冴子さん、今日の午後、そちらに訪ねて行ってもいい
」
「もちろん
ケンちゃんにはお世話になったし、お礼をしなくちゃね
」
「あぁ、、、この間、偶然に順二に出会ったのだけど、、、
冴子さんを見かけたから声を掛けたのに無視されたって。
彼、すごくしょんぼりしていて、冴子さんは冷たいって言ってた。」
「その通りよ。 だって、もう決着させたのだもの。 もう、終わったのよ。」
順二が、サカナを取り逃がしたと思っていようが、冴子に恋心を待ち始めていようが、そんなことはどうでも良かった。
もう、済んだ事だ。
今後の彼の人生は、彼自身が学んで切り開いていけばいいのだ。
その後の電話にも、、、ごめんなさい、、、の一言で、即切りを繰り返した冴子だった。
順二から解放された冴子は、ケンちゃんに会うのを楽しみにしていた。
19歳に成りたての 2回生になったケンちゃん、、、彼も、ちょっぴり大人になった。
チャイムが鳴った。
「いらっしゃいケンちゃん
待っていたのよ。 鍵かけていないから、どうぞ
」
リヴィングに入ってきたケンちゃんは、一人ではなかった。
「こんにちは冴子さん。 マリです。 初めまして。」
ミニスカート姿の小柄な、マリというこの子は、大学の新入生だと。
冴子の弟から紹介されて、付き合い始めたばかりだという。
、、、弟の紹介だなんて、軽~い娘に決まっているじゃない、、、
「ケンちゃんから、お噂は聞いてましてよ。 素敵なマンションにお住まいです事。
ワタシ、冴子さんに憧れてしまいそうだわ。」
、、、ケンちゃんは私のモノなのだから。 冴子さんには絶対に負けないから。
マリのクリクリした黒眼が、そう訴えていた。
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、、、完。
冴子と順二<思い違い>その4
冴子と順二<思い違い>
― その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172245231.html
― その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172435203.html
― その3 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172782155.html
― その4 ー
その冬は、2月に入って寒さを増していた。
両手で紺のダッフルコートの首元を詰めて、順二はドアーが開けられるのを待っていた。
告白の電話から、更に 2週間が過ぎていた。
冴子がわざと、彼を焦らせたのだ。
エプロン姿の冴子は、眼を伏せて入ってくる彼を、ソファーではなくダイニングテーブルの椅子に掛けさせた。
まるで初めてこの部屋に訪れるかのように、従う順二。
冴子はコートを脱ごうとする彼を制止し、向かい側に座った。
彼の顔を正面に見て、、、
「もう、会うのは止めましょ。 アナタにとっても私にとっても、それが一番いいの。
あ、、、嘘を言ったりしたのを怒っているからじゃないの。
私達は偶然に人生のレールが交わっただけで、これからは離れていくばかりなの。
運命に逆らって無理をしても、お互いに傷付け合うだけかも知れないでしょ。
本当は、素直で優しいアナタだから、きっと、素敵な人に巡り会えると思うわ。」
今まで彼を順二と呼んでいた冴子だったが、あえて 『アナタ』 と、、、
言葉の出ない順二、、、というか、何も応えさせない冴子。
「これ以上アナタと一緒にいると、辛くなるから、、、」
そう言って、お茶も出さずに、早々と彼を玄関へと導いた。
、、、土足にしておいて良かった。 あっさり追い返せるもの。
ドアーの内側で突然、後ろを振り返った冴子は大げさに順二の首に腕を回して抱きついた。
「辛いわ、すごく辛い。 でも、こうするしかないって決心したのよ。」
順二は、冴子の腰を強く抱きしめた。
1、2、3、4、5秒をカウントして、冴子はその腕を解いた。
「コレ、アナタにお返しするわ。」
そう言って、エプロンのポケットから 『匂い袋』 を取り出し、それを順次のコートのポケットに押し込み、ドアーを開けた。
唇を噛みしめてエレベーターに向かう順二の背中に、止めの一言。
「もし偶然に街中で出会っても、お互いに知らないフリをしましょうね。辛くっても。」
一瞬足を止めた順二は、足早に去って行った。
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、、、つづく、、、![]()
冴子と順二<思い違い>その3
冴子と順二<思い違い>
― その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172245231.html
― その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172435203.html
― その3 ー
真剣な表情で、ケンちゃんが言った。
「冴子さんは、順二の事、ちゃんと知っているの
」
彼が言うには、20歳の順二は大学生ではなく、高校 2年の時に中退していて、、、
無免許で知り合いの車を乗り回して、警察に捕まったことがあり、、、
ボーリング場でアルバイトをしていたが、同僚と喧嘩してクビになった、、、
次男の彼は、両親と 3人で、古い市営住宅に住んでいる、、、
「順二は、このマンションと冴子さんの暮らしに憧れているだけなんだから。
パーティーの時から気になっていたから、僕らで色々調べてみたんだ。」
本当は、、、冴子さんは、順二に騙されているんだ、、、と、言いたかったケンちゃん。
彼はそれを早く冴子に教えるべきだ、、、と弟に言ったが、、、
「心配しなくても大丈夫だよ、姉貴は。その内に気が付いて、自分で決着をつけるさ。」、、、と。
しかし、正義感に燃えるケンちゃんは、黙ってはいられなかったのだ。
「ありがとう、ケンちゃん。 貴方らしいわね。 でも、私のことは心配ないから。」
冴子は、出会いから今までの順二のことを思い返した。
そもそも、デパートのパーキングに停めてある車がパンクするかしら、、、
そこに、都合よく親切な人が居合わせるかしら、、、
ボーリングのプレイ中に、彼、トイレに行った。
トイレのダストボックスに、現金を抜かれた冴子の財布が捨てられていたかも、、、
あの匂い袋、包装される前に、勝手に順二のポケットに飛び込んで来たとでも、、、
人との付き合いに、冴子はルールを持っている。
誰であろうと、二人の価値観の共通点でのみ接すればいい。
ムリをしたり、束縛をしたり、嘘をついたりする必要はない。
お互いの生活に、お節介はしない。
人間性に疑問を感じたら、付き合いを絶つだけ。
、、、ビジネスの相手には難しいけれど、、、
さあ、、、どうしようか、、、冴子は考えた。
パンクの時は、上手くサカナを釣った、、、とでも思っていたのね。
パーティーでは、馴染のない雰囲気の中で、戸惑って、、、
どこか遠慮がちで、幼さを残したような表情は、、、芝居なのかしら、、、
いつかバレるに違いないのに、、、どうするつもりなの、、、
でもね、10年早いんだよ、順二さん。
冴子のルールに従って、舞台から降りていただくわ。
さて、、、今後のシナリオを作らなきゃ、、、ケンちゃんの好意に応えないとね。
さっそく、順二に電話をした。
「そろそろ試験が始まるわね。 準備ははかどっている![]()
試験が終わるまで、会わない方がいいわね。 頑張ってね
」
2週間後、電話をかけてきた順二。
「冴子さん、、、話したいことがある、、、本当のことを、、、」
パンクは、彼が仕掛けた罠だったこと。
本当は、大学生ではないこと。
貧しい家庭であること。
『財布』 と 『匂い袋』 の話は無かった。
「許してはもらえないと思うけど、、、冴子さんに会いたい、、、」
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、、、つづく、、、![]()
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冴子と順二<思い違い>その2
冴子と順二<思い違い>
― その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12172245231.html
― その2 ー
翌朝、冴子の弟と同級生の 3人が、ソファーでごろ寝していた。
パーティーの残骸を片付けながら、冴子は彼らの疲れた寝顔に向かって言った。
「朝ごはん食べる
今日の授業はどうなっているの
」
「えー
俺、1講時目からだったんだ
」
ソファーからむっくり起き上がった弟の声で、同級生 3人も眼を覚ました。
何だかんだと言いながら、彼らは冴子の用意したトーストとコーヒーを平らげて出て行った。
翌日、冴子は順二に誘われてボーリングに行った。
全くの我流でボールを投げる冴子に、彼はボールの持ち方や投げ方のコツを教えてくれた。
ボーリング場でアルバイトをしていたという順二は、パーティーの時とは違い、自身に満ちた顔を見せていた。
ゲームを終えて支払いを済まそうとバッグを開けると、、、財布が見当たらない。
困惑する冴子に、、、ニコッと笑って順二が言った。
「あ、冴子さん、今日は僕が払うので大丈夫。 今までのお礼にね。」
年末になり、正月の買い出しに行った。
荷物持ちを引き受けてくれた順二、、、マンションまで運び込んでそれを下ろし、、、ポケットから小さな匂い袋を取り出した。
「コレ、僕からのプレゼント
」
「え、、、いつの間に買ったの
嬉しいわ、ありがとう。」
それは、冴子が買うかどうか迷っていたモノだった。
クリスマスパーティー以来、3日に上げずマンションに出入りする順二。
童顔で長身、健康な 20歳の若者、どこか遠慮がちな表情、、、
そんな彼に、冴子は満足していた。
年が明け、大学生たちが学年末テストの準備に追われる頃、、、
弟の同級生の一人のケンちゃんが、突然、冴子を訪ねて来た。
ケンちゃんは中学時代から 『博士』 と呼ばれるほど成績が上で、良識のある家庭でシッカリと育てられた、お行儀の良い素直な子。
6歳年上の冴子とは、弟の同級生の中では誰よりも話の合う好青年。
「どうしたのケンちゃん、神妙な顔をして、、、」
リヴィングに入り、、、冴子が一人でいるのを確かめたケンちゃん。
「実はね、順二のことだけど、、、冴子さん、彼と付き合うのは止めた方がいい
」
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、、、つづく、、![]()
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冴子と順二<思い違い>その1
冴子と順二<思い違い>
― その1 ー
1970年 冴子 24歳の 12月初め
3ヵ月前に引越しをしたばかりのマンションで、新しい住いの披露を兼ねて、早い目のクリスマスパーティーをした。
このマンションは、購入契約をして直ぐに大幅に内装デザインを変更している。
子供の頃から建築に興味を持ち、高校時代からヨーロッパ、特に北欧の建築デザイン誌を好んで見ていた冴子は、この部屋を自分の思い通りの住居にしたかったのだ。
水回りと空調設備は変えられなかったが、70㎡ 3LDKを 1LDKに設計変更。
すべて天井は白、壁は白にグレイのペンシルストライプ、床はトイレに至るまで、キッチンとバスルーム以外はモスグリーンのカーペットを敷き詰めた。
3間近い幅のリヴィングルームの壁一面に作り付けるキャビネットは、Dデパートの装工部に依頼した。
冴子のデザインを活かした仕上がりを期待するには、一般の工務店よりデパートの内装を手掛けている業者の方が適していたからだ。
木製で、色は白。
ベッドルームとリヴィングは、床から天井まで埋まるドイツ製ユニット家具で仕切った。
当時は未だ、インテリアにユニット製品を使うのは珍しかった。
リヴィング側はスムーズな平面壁で、ベッドルーム側は洋服用クローゼットになっている。
やはり、色は白。
ベッドルームのもう一方の壁一面には、上から、、、帽子、、、バッグ、、、アクセサリー類、、、下はシューズ用にと、ユニットシェルフを彼女自身が組み立てた。
色は黒。
白い壁とのコントラストが、粋に映えた。
玄関には小さな下駄箱が取り付けられていたが、取り除いた。
土足の暮らしをするのだ。
移動は車、道路はアスファルト、、、『犬のウンコ』 さえ踏まなければいいのだ。
それは、数ヵ月ではあったが、パリでの暮らしから学んで出した結論。
パーティーの招待客は 20人あまり。
行きつけのディスコの飲み友達だ。
そこは 30人も入れば満席という小さな会員制の店で、高級ではないが、そのインテリアと音楽センスは抜群だった。
ダイアナロス、マービンゲイ、スティービーワンダー、マリーナショウ、ジョージベンソン、ロバータフラッグ、キャロルキング、エルトンジョン、ビリージョエル、カーペンターズ、ボズスキャッグス、、、etc、、、ソウル・ロック・ジャズ、、、が自由にクロスオーヴァーして、当時の音楽界を賑わしていた。
ディスコでお互いに顔見知りの客たちは、冴子が自宅に呼ぶのに充分に信頼のおける人々。
彼女の 6歳年下の弟の同級生男子と、彼女より年上の先輩や事業家の男女だった。
そんな中に、たった一人、冴子以外の誰の知り合いでもない男の子がいた。
この 2ヶ月前のこと、買い物を終えてデパートのパーキングから車を出そうとした時、タイヤの空気が抜けているのに気が付いた。
タイヤ交換の経験のない冴子は、タクシーで帰ろうかと思案していた。
「あの、、、よかったら、お手伝いしましょうか
」
声をかけてきたのは、童顔で長身の 20歳くらいの男の子だった。
その 2日後、タイヤ交換のお礼にと、冴子は彼をランチに誘った。
年下の男の子に食事やお茶を奢るのに、彼女は何の抵抗も感じなかった。
弟の同級生たちで慣れているからだ。
彼の名は順二、京都府下にある二流大学に通っているという。
それから数回、冴子は彼をランチやお茶に誘った。
年下の男の子との街中デートは、楽しかった。
好青年に見えた、、、それだけで充分だった。
順二がパーティーにやって来たのは、丁度、メリークリスマス
の乾杯が終わった時。
「紹介しま~す
例のタイヤ交換をしてくれた順二さんで~す
」
それだけ言って、冴子は皆の輪の中に彼を押し込んだ。
彼が冴子の自宅に来たのは、これが初めてだった。
パーティーの間に、客たちは口々に、このマンションに合格点を付けてくれた。
実は、ここは冴子の母親からのプレゼント、、、
母の商売を手伝う冴子の、日頃の仕事ぶりを評価された結果なのだ。
贅沢な内装変更が出来たのも、そのお蔭という訳だ。
夜中の 1時を過ぎ、殆どの客はパーティーのお開きで帰り、飲みつかれた数人がソファーに留まっていた。
空が白み始めた頃、そっと、冴子の部屋から出て行く順二に気付く者はいなかった。
、、、つづく、、、![]()
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弘子と晃<好みのタイプ>その5・最終話
弘子と晃<好みのタイプ>
ー その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12170456322.html
ー その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171116884.html
ー その3 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171249423.html
ー その4 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171434239.html
ー その5・最終話 ー
晃が部屋を出て行った後も、弘子はそのままベッドで眠った。
パリを発った時からの疲れと睡眠不足を解消したかった。
10時になり、やっとシャワーを浴び、ローマで買ったクリッツィアのT-シャツとホットパンツ姿で、原宿に向かった。
京都では少し気恥ずかしい服装でも、この季節と東京なら平気。
輸入レコードを扱っている店で、日本未発売の 『マリーナショウ』 のアルバムを手に入れた。
時間はたっぷりある、、、自由が丘にも足を延ばした。
フレンチの小さなレストランで、日替わりランチをオーダー、、、
パリのカフェより確実に美味しい、、、弘子の頬が緩んだ。
小さな骨董屋で、ミディサイズのティーカップを買った。
お茶を入れると、カップの内側に描かれている花柄が浮いて見えるという。
早めの夕食を、ホテルの和食レストランで済ませた。
部屋に戻り、翌朝のチェックアウトの荷物を整えた。
今夜は一人で過ごす弘子。
何の別れ話をすることもなく、昨夜が最後の夜になると、お互いに解っていた、、、
古い映画のフィルムが、、、プツン、、、と切れるように、、、二人は終わったのだ。
バスタブにジェルを落とし入れ、湯を張った。
バブルに身を沈め、晃の前に付き合っていた彼氏のことを思い出した。
ホテルの浴衣を着て、鏡の前に立った。
「色気のない恰好だこと。」、、、わざと声に出して言った。
そんな自分が可笑しくて、笑いながらカヴァーで覆われたままのベッドに仰向けに寝た。
弘子は眼を閉じ、思いっきり手足を伸ばし、大の字になって眠りについた。
半年後、資産家の娘のルミが、晃とそっくりな 4歳年上の先輩と結婚した。
娯楽・ホテル業界の長女と代々学者筋の家系の長男。
お互いの家風に合わないと、双方の家族から大反対にあったらしいが、、、
勿論、養子ではなかった。
更に 1年後、晃が職場結婚をした。
相手は同年齢の、『やり手のチーフデザイナー』、、、やっぱり。
3姉妹の長女の婿となった晃。
養子ではなかったが、彼女の家に入り、彼女の家族と同居している。
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、、、、、、完。
弘子と晃<好みのタイプ>その4
弘子と晃<好みのタイプ>
ー その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12170456322.html
ー その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171116884.html
ー その3 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171249423.html
ー その4 ー
1970年 弘子 24歳の 8月末
大橋巨人と熱愛報道で話題になっていたモデルの杉本エマが、見事なビキニ姿で周囲の視線を集めていた。
さすが、、、きれい、、、ハーフモデル全盛時代のハシリだった。
大き目のデッキチェアーに身を沈めて彼女を見ていた弘子は、ため息をついた。
昨夜にパリから羽田に帰ってきたばかりで、まだ疲れが残っていた。
弘子は、此処ホテル・ニューオータニで 3泊してから京都に帰る予定で、2ヵ月前、パリに発つ前に予約しておいたのだ。
今夜 7時に、晃が尋ねて来ることになっている。
晃が就職してから 1年半、彼が京都に帰って来たのは、たったの 2度。
しばしば、宿直の夜に電話をかけてきた。
コネで入ったから、同僚から村八分にされているとか、、、
残業で毎日クタクタになっているとか、、、
大卒なのに、給料が余りにも少ないとか、、、
「だから、ヤナセの方が良いって言ったじゃないの、、、」
つまらない会話の繰り返しだった。
母の会社に入って商売を手伝っている弘子は、晃の 3倍近くの給料を取っている。
彼に会う為、東京にも 2ヵ月に 1度は来ていた。
泊まりはいつも、ホテル・ニューオータニ。
この夏は、2ヵ月の休暇を取ってパリで過ごした。
その前後に、このホテルで晃と会うことになっていた。
夜 9時を過ぎて、やっと晃が部屋にやって来た。
取引先の接待が入り、抜けられなかったらしい。
「もう、暑くって、、、疲れたよ。 あ、、、お帰り。 パリは楽しかった
」
「まあね。 これ、お土産。」
ベッドの端に置かれた、ラコステのスポーツシャツ、、、赤とマリンの 2枚。
横目でそれを見る晃。 ネクタイを解きながら、、、
「先に汗流したいから、、、」
中途半端に閉められたバスルームのドアーの隙間から、シャワーの音が聞こえる。
スリップ姿でベッドに横たわり、弘子は高校時代からの晃を思い返した。
高校 3年生の頃の晃の彼女は、『大人びた美人お姉さまタイプ』。
彼女からヴァレンタインデーに将来の約束をしようと詰め寄られ、アッサリと付き合いを止めた。
校内では有名な、恋愛破局事件だった。
大学 3回生の時には、資産家の娘のルミ。
世界は自分中心に回っていると勘違いしている、『プライドの高い女王様』。
彼女から、卒業したら養子にきてくれと言われ、断った。
たとえプラトニックであったとしても、自分はルミの彼氏ではないと言い張っていた晃、、、
、、、で、、、弘子。
3回生の学年末テストの最終日、雪の降る帰り道に告白された。
『大人びた美人お姉さまタイプ』 に 『プライドの高い女王様』、、、
優柔不断な晃に対し、何でもサッパリ・ハッキリ」させたい弘子、、、
いつだって人は、自分に無いモノを欲しがる、、、のだ。
そして、遠距離恋愛も一年半が過ぎ、、、
今、、、晃は疲れている、、、仕事にも、、、弘子にも、、、
直ぐにでも婚約したい、、、なんて言っていたくせに、、、
ちょっと悔しいけど、もう、、、肩の荷を下ろしてあげよう、、、
「覚悟のないオトコは食えないもの。」
弘子は、小さな声で独り言を言った。
翌朝、晃は 7時前にホテルの部屋を後にした。
アパートに戻ってから出社すると言って、、、
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、、、つづく、、、![]()
弘子と晃<好みのタイプ>その3
弘子と晃<好みのタイプ>
ー その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12170456322.html
ー その2 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12171116884.html
ー その3 ー
1968年 12月 ルミと晃の養子事件の片が付いて 1年後
4回生最後のゼミの時間が終了した。
「みなさ~ん、ちょっとお待ちになって
」
派手なエメラルドグリーンのコートを着たルミが、大げさな身振りで声を張り上げた。
「今から皆さんに、バースデーパーティーの招待状をお渡ししま~す
」
12月生まれのルミの、大学生活最後の誕生日パーティーをするらしい。
「ご存じだとは思いますが、父のホテルで行いま~す。 是非お越しになってね
」
そう言ってルミは、教授をはじめ各々の名前入りの招待状を手渡していく。
ゼミのメンバーは、男子 28人とルミと弘子。
弘子の前を素通りして、、、
「では皆さん、お待ちしていま~す
」
こんな事には慣れていた。
ルミが、晃と弘子が付き合っているのを知るのに、そう長くは掛らなかった。
それからというもの、週一のゼミで、彼女は徹底的に弘子を無視し始めたのだ。
他の教授のゼミに入っていた晃には、想像できなかったと思うが、、、
しかし弘子は、こんな程度の 『仕返し』 は初めから覚悟していた。
私よりルミの方が辛いにきまっているのだから、、、と。
ルミにしてみれば、信頼していた弘子に裏切られた、、、と思わざるを得ないのだ。
一方、晃との付き合いは、『ゼミでの受難』 を消し去るのに充分に楽しかった。
当時、ホンダから軽自動車 『N-360』 が発売された。
晃と弘子は、二人で頭金を用意し、バイトに精を出してローンで買った。
色は赤、ブリキのオモチャみたいで、乗っているだけでもルンルン気分だった。
二人の家族も一緒になって、気軽な付き合いを始めていた。
卒業して 3年経ったら結婚しよう、、、なんてことも話し合っていた。
卒業試験が終わり、四国一周の卒業旅行に。
車は、『N-360』 と 『ケンとメリーのスカイライン』。
D高校からの同級生の男女 3人づつで、4泊5日の旅。
それぞれのカップルが日替わりでホンダに、残りの 4人がスカイラインに乗って移動。
四国では旅館か民宿、最終日は倉敷のホテルで、男女別れて 2部屋で宿泊。
「最後のホテルは、部屋 3つ予約しようぜ
」
なんて言っていた男子たちだったが、その企みは叶えられなかった。
弘子以外の、まだプラトニックラブの域を出ていなかった女子 2人の母親のチェックが入ったからだ。
結婚するまではヴァージンで、、、なんて、、、、
表向きには、それが当たり前に言われていた時代だった。
晃の就職先は、東京。
希望していたのはT紡績会社だったが、試験に落ちた。
当時は 『糸へん』 が成長株だったのだ。
彼が受かったのは 『ヤナセ』。
弘子はヤナセに決めるべきだと勧めたが、二流はイヤだと、、、
結局、身内のコネで、東京にあるアパレル系の会社に入った。
『ヤナセ』 こそ伸びるに違いないと考えていた弘子は、ガッカリしていた。
晃は、3月中旬に東京へ向かった。
新幹線のホームには、人気者だった晃を見送る友人たちが 10人近く集まった。
「弘子、泣くなよ。 3年の辛抱だからな
」
「晃、弘子のことは俺たちに任せとけ
」
彼らは、二人をからかいながら、列車のウインドウに手を振った。
お愛想笑いで、それに従った弘子。
就職先のことで言い合ってから、四国旅行の間も気分が晴れなかった弘子だった。
これからの 3年間、、、きっと持たないだろうな、、、遠距離だし、、、
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、、、つづく、、、![]()
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弘子と晃<好みのタイプ>その2
弘子と晃<好みのタイプ>
ー その1 ー
http://ameblo.jp/dcvs227/entry-12170456322.html
ー その2 ー
12月 クリスマスイヴの朝 8時過ぎ
まるで、お宝の山の中に居るようだった。
ミロのヴィーナスのレプリカ、、、金縁の大鏡、、、猫足のキャビネット、、、
ゴブラン織りのタピストリー、、、100年も動いていそうな振り子の大置時計、、、
此処は、ルミの父親の書斎件応接間。
和室を洋風に作り替えた部屋。
ガウン姿のルミと晃と弘子の3人が、椅子にも掛けず向き合っている。
「じゃ、二人でよく話し合ってね。 私は失礼するから、、、」
「お願い、弘子も一緒に居てほしいの、、、お願い。」
この数日前、養子話について弘子に泣きついてきた晃。
「やっぱり言えないよ俺。 頼むから、弘子からも言ってくれよ。」
「何言ってるの、あんた男でしょ
」
優柔不断な晃に、弘子は怒っていた。
お嬢さん育ちで、しかも色白美人の才女、何でも自分の望むことは叶えられると信じ、何処にいても女王様のプライドを持ったルミ、、、
彼女は、同級生仲間からは決して好感を持たれてはいなかった。
しかし、弘子にだけは素直に接するルミだった。
そんな彼女が、惚れた男の為になれない手つきで編み物をしたのだ。
「ルミはね、あんたの為に一所懸命にカーディガンを編んだのよ。」
「でも俺、、そんなの着たくないよ。俺の彼女だなんて、ルミの勘違いだよ。」
「勘違いさせるような付き合い方をしてたのは、あんたでしょ
」
「違うって。 弘子とだってお茶したり、映画見に行ったりしていたじゃないか、、、
それと同じなんだから。それに俺、コーヒーの一杯も奢ったこと無いし。」
晃に悪意が無いのは充分に分っている。
男女共学のD高校では、女子も男子も性別を気にせず、友達付き合いをしていた。
女子校からD大学に入ってきたルミが勘違いしても、不思議ではない。
それなら、誤解は早く解くほうがいい。
そう考えた二人は、強引ではあったが、イヴ早朝にルミの家に押しかけた。
突然のことで、ルミはネグリジェの上にガウンを着て二人を迎えたのだ。
「でね、、、俺、、、これからもルミとは良い友達として付き合っていくよ、、、」
晃は小さな声で、静かにルミに話した。
「分った、、、私、よく分ったから。 弘子、一緒に居てくれてありがとう、、、」
弘子に全幅の信頼を寄せているルミが、涙をこらえて言った。
精一杯、プライドを守ろうとするルミ。
それを見て、もらい泣きしそうになった弘子だった。
その後、ルミは授業以外で見かけることは無くなった。
D高校からの同級生たちは、相変わらずキャンパスの決まった場所に集まり、テストの情報などをやりとりして、ルミの事を気にする者はいなかった。
また、弘子以外に晃とルミの養子事件を知る者もいなかった。
晃の為に編まれたカーディガン、、、
クリスマスにプレゼントするはずだったが、、、どうなったか、、、
歳が明けて、3回生学年末テストの終了日、弘子は晃に誘われて食事に行った。
食事といっても、お好み焼き。
「今日は俺、奢るから。 バイト料、まだ残っているからさ。」
「な~るほど、、、でも、これで養子事件の借りがチャラになるなんて思ったら甘いよ~」
「じゃあ、お茶も奢るから。 話もあるし。」
テストから解放された二人は、軽口をたたきあったりして、行きつけの喫茶店で長居をした。
「あ、、、雪、、、今年は暖冬だと思っていたのに、、、もう、帰ろう、、、」
どちらともなく、二人は既に暗くなった道を弘子の家の方向に歩き出した。
岡崎の喫茶店から高台寺にある彼女の自宅までは、歩いても 20分程度の距離だ。
「あ、、話って何だったの
また誰かに養子に来いって言われたとかは勘弁してよね。」
知恩院三門の辺りで、弘子が言った。
「うん、、、」
雪のちらつく中、立ち止まり、一気に話し出した晃。
「俺、今からでも婚約してもいいと思っている。 結婚を前提に付き合ってほしい。
ルミの事があってから、ずっとそう思っていて、、、
高校のときからの弘子のことを色々思い出して、、、俺なりに考えて、、、
卒業まであと 1年有るけど、、、」
「止めてよ
私の立場も考えてよ。
これから卒業までの間、毎週ゼミでルミと顔を会さなきゃならないのに、、、」
確かに晃は、魅力のある男子だった。
経済学部でも最も優秀なゼミに入っていたし、論文を書くのが得意。
しかも、かなりの達筆。
気の利いた冗談を言い、手先も器用で、歌も抜群に上手かった。
それに、どんな時でも女子に優しいイケメン。
ルミに勘違いされたのも、仕方がなかった。
そういった諸々のプラス材料は、弘子も認めていた。
でも、、、足りない、、、というか、、、
他の何が無くても 『覚悟』 の無いオトコは嫌だった。
「分っているよ、ルミの事は。 だけど、その事に囚われて 1年を無駄に過ごせないよ。」
そう言って、強引に弘子の手をとる晃。
「今から、学校以外ではこうして歩くから。」
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、、、つづく、、、![]()
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弘子と晃<好みのタイプ>その1
弘子と晃<好みのタイプ>
ー その1 ー
1967年 弘子 21歳の 11月初旬
ゼミの同級生 ルミの家に泊まりに行った。
ルミの実家は数寄屋造りの豪邸で、庭には茶室もあり、大学の友人の中でもずば抜けての資産家。
今日、弘子がルミの部屋に泊まり込むのは、彼女に編み物を教える為。
クリスマスに、彼氏に手編みのカーディガンをプレゼントしたいというのだ。
初めての編み物がカーディガンとは、、、
やれやれ、、、と思いながらも弘子は、ひと針ひと針、、、手を取るように教え始めた。
ルミは京都でも 『お嬢様学校』 で有名なN女学校から、猛勉強をしてD大学を受験し、トップクラスの成績で経済学部に入学してきた。
幼い頃から、両親・ねえや・家庭教師・父親の取り巻き連中らに守られて育てられた 『色白美人お嬢様』、、、プライドが高く、世間は自分を中心に回っている、、、というタイプ。
予想に反してルミは呑み込みが良く、その夜のうちに背中部分の殆どを編み上げた。
その後 3回のコーチで、襟ぐりのゴム編とボタンホールを作るのみとなった。
彼氏への恋心が、手先の不器用な彼女を頑張らせたのだ。
ルミの彼氏の晃は、弘子の高校からの同級生。
俳優なら 『名バイプレーヤー』 みたいな味のある、なかなかのイケメン。
そんな晃から、 12月の半ばを過ぎる頃、呼び出しを受けた弘子。
「俺、困ってるんだ。 相談にのってくれないかな、、、」
「どうしたの
」
「ルミの事なんだけど、、、卒業したら、俺に養子に来いって。」
「ふう~ん、、、悪くないじゃない。 養子に行くのもいいよ。 あんた、次男でしょ。」
「そういう事じゃなくって、俺はルミの彼氏じゃないって事![]()
俺、ルミに好きだって言った事も無いし、手だって握った事も無いから。
急に養子話を切り出されて、どんな風に断ったらいいか、、、弘子
助けてくれよ。」
思いもよらない相談だった。
、、、つづく、、、![]()
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