精神科に入院中、ほとんどの看護師さんは、信頼出来る良い看護師さんだったのだけど・・・。

 

 
私は、精神科で閉鎖病棟にも開放病棟にも入院したけど、断然、閉鎖病棟の看護師さんの方が優しくて、話しやすかったし、よく話しかけてもくれたし、話を聴いてくれました。
 
開放病棟の看護師さんは、どちらかと言うと話しかけずらくて、閉鎖病棟の看護師さんほど、優しいという印象がなかったです。
 
そんな中で、最悪だった看護師さんがいました。
 
それは、私が市販の風邪薬を1瓶ODした時のことです。
ODに関しては、重々、反省をしていて、先生や看護師さんに申し訳なくて、居たたまれない気持ちでした。
 
 
ODした次の日の準夜勤の時でした。
まだ、呼吸状態が落ち着かず、頻脈も続いている状態でした。
前日、呼吸抑制からの舌根沈下、呼吸停止があったため、鼻から気道確保のための経鼻エアウェイ(ノーズウェイ)が挿入された状態で、酸素吸入のための酸素マスクがつけられ、心電図、血圧計、SPO2モニター装着、点滴、尿カテ(膀胱留置カテーテル)留置と物々しいことになっていました。
 
市販の風邪薬を過量内服した影響で、カフェイン、アセトアミノフェン、エフェドリンなどの成分が全部中毒域に達していたため、呼吸が上手くできず、すぐに過呼吸になるし、心臓はずっと頻脈で動悸がしているし、とても自分で起き上がったり、何かできるような状態じゃなかったのですが・・・。
その夜の担当看護師は、Nさんと私の受け持ちだったHさん。
 
ODの後、肝機能の悪化を防ぎ、肝臓を守るために、私は4時間おきに解毒剤を内服していました。
それまでの看護師さんは、丁寧にベッドを起こしてくれて、私の呼吸に合わせて、少しずつ介助で薬を飲ませてくれたのですが、その夜の担当のNさん(30代くらい)は、ちょっとだけベッドを起こして、私の状態なんてお構いなしに、「はい!!飲んで!!」って私に薬の入ったコップを差し出してきました。
戸惑う私。
無理やり口にコップを押し当ててきて、「ほら!!飲んで!!」とヒステリックに言ってきます。
「の、のめない・・・。く、く、くるしい・・・。」
やっとの思いで、そう訴えても、無理やり、飲ませようとしました。
呼吸は苦しくなるし、飲むべき薬はほとんどこぼれてしまいました。
「はあ、まったく!!」そう言って、Nさんは去っていきました。
その後、呼吸は苦しいし、段々、過呼吸になるし、心臓はバクバクするし、苦しくて仕方ない。
苦しいのと悲しいのと情けないのとで、涙も出てきた。
私のモニターはアラーム音が鳴り響いていて・・・。
苦しくて、辛いけど、ナースコールは届かないところに・・・。
 
でも、Nさんは来てくれません。
来たと思っても、私の様子とか全然、見ないで、何もせず、すぐに部屋から去ってしまいます。
死にたくて、ODをしたんだけど、この時、私は、「死んでも気づいてもらえないかも・・・」って、思ってしまいました。
 
モニターのアラームが鳴り続けて、ようやく受け持ち看護師のHさんが来てくれました。
身の置き所がないくらい苦しい。
「もう、さっきの人(N看護師)、嫌・・・。もう、さっきの人来ないで・・・。さっきの人じゃダメです。薬もちゃんと飲めてない・・・。」と必死に訴えました。
Hさんは、おばさんナースなんだけど、「そんなこと言わないの!面倒みてもらってるんだから!!ひまわりさんが、悪いこと(ODのこと)したから、こんな苦しい思いするんだよ!!」って言われました。
 
確かにOD(過量内服)なんて悪いことです。
私も、重々承知してるし、反省もしているけど・・・。
それを今、この状態の時に言う?しかも、Nさんのこと、かばう?と思ったら、もう何も言えなかったです。
 
ODをした日よりも、この日が体感的には、とても苦しかったのですが、精神的にも苦しい夜でした。
その後、Nさんは、Hさんに何か言われたのかもしれません。
急にやさしくなって「大丈夫?苦しいね。」と言ってきたけど、もう、私は、Nさんのこと信頼も信用もできませんでした。
Hさんに対しても、もう心を開けませんでした。
 
私が、苦しくて、朦朧としていてちゃんと覚えてないと思ってたかもしれないけど、意外と私は、意識はしっかりしていたので、この日の夜のことをしっかりと覚えているんですよね。
 
概ね、解放病棟の看護師さんのこと、信頼していたけど、Nさんだけは、それ以降、信頼できませんでした。
受け持ちのHさんのことも、ちょっとな・・・って思ってしまいました。
 
ODした私が1番悪いのだけど、あまりにも対応が酷いと思ったし、Nさんのこと、最悪な看護師って思いました。
もしも、あの時、私が急変していたら、Nさんは気づいてくれただろうか?
そう考えたら、怖いです。
 
あの時は、病棟師長とか主治医の先生にそのことを言おうと思わなかったし、黙っていたけど・・・。
今考えたら、怖い・・・。
 
その後、数日して、全身状態は落ち着いたけど、ODしたことで、解放病棟から、また閉鎖病棟に移ることになりました。
せっかく、閉鎖から解放病棟に移ったのに・・・。
 
でも、閉鎖病棟に移動して、その後精神的にも落ち着いたので、移動して良かったと思っています。
 
 
 
 
解放病棟は、苦い思い出になったけど、苦しい中で、励ましてくれる看護師さんもいました。
特に元職場で顔見知りだった看護師のYさんが担当の時は、強烈に飲みずらい解毒剤を飲んだ後に、氷を入れたジュースをくれたり、氷片を持ってきて、口の中に入れてていいよ~って介助してくれたり、背中をさすってくれて心強かったです。
とにかく最初の3日間くらいは、呼吸が苦しくて仕方なかった。
特にODした次の日までは、酸素マスクをしていても呼吸が苦しかった。
意識がある中でのノーズウェイは、痛くて、邪魔で仕方なかった。
もうODなんて馬鹿なことはしない。
 
 
 
(画像はお借りしました)