私のうつ病の最初のきっかけは、祖母と父が同時に入院してて、その時に父の多額の借金が発覚したことで色々なことがあったことがきっかけでした。

実際に心療内科を初受診したのは、騒動から1年以上経ってたけど・・・。

当時、看護師の仕事も職場の人間関係も特に問題はなかったし、仕事に関しては、むしろ楽しいって思えていた時期だったので、うつ病になったことで、私の人生が狂ってしまったというのは、大げさではなく本当のこと。

心療内科の初診から1年ちょっと経って、もう治ったかも?って思うぐらい回復していたけれど、今度は大好きだった祖母が亡くなって、私は、うつ状態が悪化。

 

そこからは、落ちてく一方の私の人生。

うつを持ちながらも元職場で働いていたのに、色々あって退職しちゃって、そこからは、後悔のはじまり。

元職場は、定年まで働こうと思ってた職場だったから。

 

再就職しても、焦っての再就職で、うつが良くなっての再就職ではなかったから、最初は頑張れるけど、体調を崩してしまって続かない。

再就職失敗。

それを何度か繰り返し、もう立ち上がれないよーって状態になった。

失敗ばかりの人生で自分に自信が全く持てなくなりました。

 

一昨年から昨年にかけては、身体疾患もあって、体調不良が続いて、そのうち気が付かないうちにうつ病も悪化していて・・・。

で、昨年の5月から今年1月16日まで精神科に長期入院。

長期入院になったのは薬剤調整や治療だけでなく環境調整の部分が大きいのだけど。

 

環境調整をするに当たって主治医、MSWさんが父と話し合いした時に、またもや父の借金+税金やライフライン、家賃の滞納発覚。

まさかの事態にショック。

父ではどうにもならないから、入院中の私が中心になって、色々と進めていき・・・。

全部は書ききれないけど、ホント色々・・・。

15年前の悪夢再び??ってフラッシュバックもあったので、入院中でたくさんの支えがある中でも私、かなりヤバイ状態になった。

 

私は、絶望のあまり、入院中にも関わらず、引っ越し作業や外出のどさくさに紛れて荷物に入っていた市販の風邪薬の錠剤を、消灯後のみんなが寝静まった頃、1瓶100錠以上をODして、主治医の先生や病棟の看護師さんに大変な迷惑をかけました。

本当に申し訳ないことをしました。

 

そして、私自身、ODをしたことで、死ぬ思いをしました。

過呼吸になり頓服内服の後、呼吸抑制、舌根沈下からの呼吸停止。

意識が戻った時には、鼻の奥の方がすごく痛くて、気道確保のために鼻から経鼻エアウェイが入れられていて、酸素マスクがつけられ、点滴、心電図・酸素飽和度のモニター装着、尿カテ(膀胱留置カテーテル)挿入と管だらけになっていました。

 

そしてその後も、ODの影響で、各成分が中毒域に達していたので、ものすごく体が辛くて苦しかった。

何よりも上手く呼吸ができない、呼吸は苦しいし、ちょっとした弾みで過呼吸になってしばらく治まらない・・・という繰り返しは、呼吸が上手くできない=命に直結する感覚が強くて、本当に苦しかったし、辛かったです。

 

数日間は、ベッド上で看護師さんに体交してもらわないと寝返りさえできない状態。

胃洗浄もしたし、肝臓の解毒剤を内服したにも関わらず、一時的だけど、肝機能も悪化しました。

本当に死ぬかもしれないってなった時に、私、まだ死ねないって思いました。

同じ病室だったおばあちゃんの退院が決まっていたので、「私、おばあちゃんや同じ部屋の人と一緒に歌を歌ったり、お祝いをするつもりだったんだ」って思い出して・・・。

 

その後、私は何とか無事回復しました。

 

それまで以上に、自分アセスメントをよくするようになって、そのノートを主治医の先生にも見てもらいながら、もうODとか衝動的な行動をしないためにいっぱい考えたし、解決策、そういう気持ちになった時の対処方法も考え、行動しました。

 

そして、今、ようやく、前よりも柔軟に物事を考えられるようになったし、少し前向きになったと思います。

 

心療内科の初診からもうすぐ15年。

長かった。

これからも続いていく私のうつ病とのお付き合い。

上手く付き合っていって、いずれは、うつ病を寛解させたいって思います。

それに、どんな形でも良いから、社会復帰もしたいです。

多くは望まない。

今を大切に生きることだけを日々考えて、生きていく。