⚫️健診へ⚫️
38週6日。
この日は健診の日でした。とすば君の時は38週5日で生まれたので、旦那さんと「もしかして今日生まれるかもね」と話しながら家を出ました。
とすば君は2歳になりたてで、まだ保育園にも行ってなかったし、預け先もないので、病院もいつも一緒でした。
仮に今日、出産になってもいいように、車に入院セットと、とすば君が出産まで退屈しないようにオモチャやiPadも積んでいきました。
(先生は四十代の女性の先生で、とても人気があるのに、あまり高くない私立病院に勤めていて、予約はいっぱい、いつも待合室は列ができていました。
他の先生は予約もあまり入っていないようでした。
私が出産して数ヶ月後にはご自身で開業されたので、今は先生にかかるのはすごく高い診療代が必要だと思います。)
診察の前に、先生に「長男の時は、38週5日だったから、もう生まれてたんです。大きさも十分で、子宮口も3-4cm開いていたので陣痛促進剤をつかって生んだんです。」
「このまま待って、大きくなりすぎて難産にならないか少し心配です。」
と正直に話してみました。
先生は「私はできるだけ自然がいいと思ってる。子宮口が開いてるとか、羊水が少ないとか、そういう場合は促進剤を考えるけど…」と。
⚫️今日生んじゃいましょう!⚫️
「まあ、とりあえず見てみましょう…」とエコーでの診察が始まりました。
「大きさは3500gくらい?もう十分だね。子宮口はまだ閉じてる。あ!
羊水が少ない…。うーん、これじゃあ促進剤使って生んだ方がいいわね。今日生んじゃいましょう!子宮口開くかしら?診てみましょう」
別の椅子に座り、内診が始まりました。
「子宮口、開くかみてみるね。」
先生が中に手を入れて「よし。柔らかくなってたから、あけたよ。2-3cmあいたはず。(手で開けられるものなの!?)これで促進剤使っても大丈夫よ。じゃあ入院の準備しましょう」と。
かるたる(旦那さん)は、出産に立ち会いたいし、一晩の入院中は義兄達にとすば君をみてほしいから…と急いで隣県に住む義兄に電話をしました。
義兄も仕事中だったので、仕事に区切りがついたら、奥さんとすぐに行くねと。
私立病院だったので、陣痛中や出産後の部屋は個室でした。(公立だと無料だけど大部屋が多い)
とすば君は2歳になりたてでイヤイヤ期真っ只中だったので、部屋にいたがらず、外に出たがるので、旦那さんに病院の外に連れ出してもらいました。
⚫️いよいよ入院⚫️
私には促進剤の点滴が始まりました。
先生が「今日は生む人が少なくてラッキーね。今お隣の部屋の人が陣痛の真っ最中よ。彼女、順調にいけばお昼過ぎにはうまれそうだから、そしたらあなた1人よ。ちょこちょこ様子を見にこれるかも。緊急で手術がお産が入らなければね」と言われ少し安心しました。
その言葉の通り、先生が何度か見にきてくれました。
子宮口が5センチになったところで、分娩室に連れて行かれて破水してもらい、また部屋に戻りました。
破水してからは陣痛がやっぱりきつくなりました。
とすば君もお昼寝しに部屋に来て、旦那さんと一緒に、私の隣のソファーベッドで寝てしまいました。
陣痛がきつくなると叫んだり、奇行に走る方も多いみたいですが、私の場合は声が出ません。
「フーッ!フーッ!」と息をするのが精一杯で、前回同様、たまにベッドの柵を殴っていました(笑)
何度も助産師さんが来るので、とすば君は昼寝から起きてしまい、寝足りずに泣き止まないので、旦那さんが部屋の外へ連れ出して行きました。
義兄に「まだ仕事?出られないの?妻の側にいてやりたいから、とすば君の面倒みてほしい、早くお願い!」と電話しながら外へ出て行きました。
今考えたら以前から保育園かなんかに預ければよかったです。でもこの頃は、「とすば君を何時間も他人に預ける」ということをしたことがなかったので、勝手にかわいそうだと思っていました。
⚫️意外と早く分娩室へ⚫️
陣痛の一番痛い痛みが続き、「前回とおなじなら、あとこれが1時間くらいで分娩室に行けるかな?」と思っていたら、
助産師さんが「大丈夫??分娩室に行ってみましょうか?」と言って、分娩室に連れていってくれました。
(あとで聞いたら、「まだあと1cm開かないとなあ…でも、声も出ないくらい痛いのかな?かわいそう、分娩室をみせたら痛みが和らぐかな?」と思って連れ出してくれたそうです。)
分娩室の窓とカーテンが開いていて、天気がよかったのに、急に曇ってきていました。
分娩室で棒につかまって、立ちながら「生まれそう!生みたい、生みたい!」と言っていたら、
助産師さんが「え?まだじゃない?一応先生呼ぶね」と内線で先生を呼んでくれ、私を分娩台に乗せてくれました。
⚫️いよいよ出産⚫️
先生が到着すると、風がビュービュー吹き始めて、雷がなり、雨が降り始めました。
助産師さんが急いで窓やカーテンをしめていました。
先生は私の様子を見、手を入れて「うん、もう全開だね!頭さわれる、生まれるよ。陣痛に合わせていきんでね」と言いました。
前回、とすば君の時は30分くらいいきんでも出てこなくて、助産師さん2人がかりで肋骨を押されて、やっと出てきました。
それを踏まえて、生半可ないきみじゃ生まれないと思い、陣痛が来た時に、ありったけの力でいきもうと次の陣痛をまちました。
すると、廊下にとすば君のギャーギャー泣く声が聞こえました。
「あ、かるたるととすば君来たんだ…」と思った瞬間に陣痛が!
「ギャーッ!!」(とすば君が廊下で叫ぶ)
「ゔゔゔゔぅぅああああ!!!」(私が思いきりいきむ)
「ピシャー!ドーン!!」(雷が落ちる)
「オギャー」(赤ちゃんの声)
(映画のワンシーンなら完全に悪魔の子が生まれてますね。でも人間の子でした。良かった。(笑))
先生が「よし!頭出た!もういいよ!大丈夫よ!」と言ったのですが、私はまだいきんでいて、先生に「もういきまないで!力抜いたら全部出るよ!生まれたよ!」と言われ、
「もう?うそ?」とびっくりして、いきまなくなると、残り(肩から下?)が出た感覚が分かりました。
前回30分かかった事が、今回はたった一回いきんだだけ、たったの数十秒で終わりました。
先生が「ゼ⚪︎⚪︎(先生の娘さんの名前)」と言いながらへその緒を切りました。(トルコの古い習慣ではへその緒を切る時に本名とは別に名前を付けることがあるそうです)
先生と助産師さんで「あらー!お兄ちゃんのコピーね!でも何トーンか明るいわね!そっくりー!かわいい!」と話した後助産師さんがすぐに洗いに行ってしまって、赤ちゃんが見えませんでした。
洗った後に見せてもらったら本当にお兄ちゃんそっくりで、でも柔和な顔立ちで可愛かったです(親バカ)
夕方、春の嵐と共に、3200gの元気な女の子が生まれました。
まだ赤ちゃんだけど、春の嵐に生まれ、うま年、おひつじ座…とても強そうな子。
⚫️産後⚫️
先生と助産師さんと私で雑談しながら、先生は慣れた手つきでサッサッと裂けたところを縫ってくれ、車椅子で部屋まで連れて行ってくれました。
かるたるはとすば君と廊下にいて、立ち会えなかった事を謝っていました。
前回は30分いきみ続け、陣痛は絶え間無くやってくるしで心が折れそうでした。だから、かるたるが隣で励ましてくれて頼りになりました。
でも今回はひといきみで生まれたので、立ち会いしてもあまり意味なかったかも?
それよりも、暴れまくりのとすば君の面倒をみる方がずっと大変だったはず。かるたるもお疲れさまでした。
部屋に戻って数分後、義兄と義兄の奥さんが到着。赤ちゃんをみた後、私達の家に行き、掃除をしてくれました。
夜にはとすば君を連れて行ってくれました。
私ととすば君にとって、これが初めて離れ離れに寝る夜でした。
赤ちゃんとかるたると私だけ。とても静か。
赤ちゃんは夜になって胎便をしてホッとつしました。母乳はすぐには出なかったので、入院中はミルクにしました。
次の日の昼、無事に退院しました。
義兄と奥さんも仕事もあるし、まだ小学生の娘さんもいるので帰っていきました。
家をピカピカに掃除して、ご飯をつくって、とすば君の面倒をみてくれてありがとうございました。
義兄達が帰り、家族四人の生活がスタートしました。
⚫️感想⚫️
よく2回目の出産は楽と言われますが、私の場合は、「楽ではないし、痛いものは痛いけど、お産が進むのがはやかった」です。
あと、産後の後陣痛?が前回よりもきつかったです。
出産レポート、やっと書きおわった。
ホッとしました。
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