里山の森たちが言葉を話せたら現在の森とりわけ今年の秋についてどう語るだろうか?
今年の里山の森の実付きはどうしたものか?
ブナの実が付いていない、ドングリの実が付いていない、ツノハシバミも、いわゆる堅果だけではない。
ガマズミやナツハゼといった液果の姿も見えない。
いったい森に何が起きているのか。
まるで、森の樹木たちが示し合わせたかのように実を付けていない。
もちろん、樹木たちには毎年大量の実をつけるわけでもなく数年から10年程度で豊作不作の波は訪れる。
だとしてもブナの実が不作であればミズナラが実を大量に付けるとかバランスはそこそことれていたはずだ。
今年はそのバランスが大きく崩れているような気がしてならない。
その現状を森たちに聞いてみたいのだ。
それでまず困るのはそれらを食料とする野鳥を含む動物たちだ。
人間たちは、熊にばかり気をとられているが、他の動物たちでも同じだ。
ネズミやリスたちにとってもドングリやオニグルミなどの堅果がないのは、当面の食料どころか貯食するにもそのものがない。
その現状をかつてこんな年はあっただろうかと森は心配しているに違いない。
何せ、人間よりも長寿の樹木たちだ。
数百年という単位の長い歴史を生きている。
ブナは400年も生きるというが、トチノキやミズナラなどはもっと長寿だ。
運が良ければ700年は生きるという樹木たちだ。
年齢が進むによって幹は太さを増す。
トチノキにいたっては、700年も生きているとしたら最大直径は120センチを越すようだ。
いわば巨木になるのだ。
当然、樹高も高くなるし、歴史を振り返るならば森で起きていた700年という時間を見ていたはずだ。
もしかするとかつては、巨木になったクリやトチノキやミズナラなどが大量の実を提供していたかもしれない。
それが今はどうだろう。
私は、ほぼ毎日マイフィールドの里山を歩いている。
毎日のように里山を歩いていると確かにニホンリス(以下リスと記述)たちの動きがおかしい。
いつも現れるところに現れず思わぬところで出会ったりしている。
もっともリスは食料をオニグルミやドングリだけに頼っているわけではない。
マイフィールドでは、アカマツやモミの球果を食料としている。
ただし、それが松枯れで今後も食料供給してくれるかあやしいのだ。
それはアカマツに聞いてみたい。
ナラ枯れも深刻だ。
ただでさえ、ドングリ不足なのにナラ枯れも進めばもっと大変なことになる。
もともとは、自然はうまくできたもので、樹種がちがうものでもまるで申し合わせたかのように実をつける。
例えば、クリは個性的だ。
花は、ミズナラやブナとは違って遅く咲く。
マイフィールドで言えば6月になってからだ。
ブナと比べても1か月から2か月近く遅い。
それが実を付ける時期はどうか。
9月中旬ともなればしっかりとした実になっている。
近くの栗園も9月初旬にオープンしている。
これはクリたちの戦力とも思える。
9月といえばまだ大地は草や低木の葉で覆われている。
クリを貯食したいネズミにとってはありがたい。
なぜなら天敵であるフクロウなどから身を隠しながらクリを運べるからだ。
クリにしても子孫となるべき実を運んでもらうのは、ありがたいことだろう。
まもなく10月。
10月ともなれば、赤い実が目立ってくる。
赤い実は、間違いなく野鳥たちを誘っている。
野鳥たちに食べてもらって糞と共に種子を遠くに運んでもらう。
もちろん、樹木たちにとっても一斉に種子が食べられ、余しては困る。
そこもまた樹木たちの申し合わせか。
あるものはすぐ食べてもらえるが、またあるものは当面は毒を持たせたり味をまずくさせたりする。
例えば、カンボクやナナカマドの赤い実などがそうだ。
これらは、冬の間、野鳥たちにとって食料不足になったころ、食べられるようになる。
冬の寒さを通して毒気を消していくのだ。
私の住む役場庁舎横には、ナナカマドの木がある。
毎年、たくさんの赤い実を付けるが、真冬の12月から1月ころには毎年雪が積もっている中で赤い実が残っている。
それがどうだ。
2月終わりともなれば全く実がなくなる。
観察すると確かにヒヨドリや時にヤドリギも付いているので、レンジャクもやってくる。
確かに自然はバランスが取れているように見える。
今年は、それが崩れているようで、第一たくさんあるはずのガマズミの実が少ない。
そろそろ見られるはずのアオハダやアズキナシの赤い実も今のところ全く見えない。
今後増えるのだろうか。
野鳥たちにとって影響はないのだろうか。
今後、里山をトータルに見ていく必要がある。
願わくば、その行方を里山の森たちに聞いてみたい。
人間の寿命よりもはるかに長く生きてきた巨木たちは今年の秋を何と話してくれるだろうか。
そしてまた熊たちが里山を通り越して里に下りていく姿についてどう見ているだろうか。