テレビで、能代のイオンに入っていた子熊の一部始終についてインタビューされた男性がこんなことを語っていた。
「これは、ウイズコロナでなくウイスベアだな」
と。
半分、自虐的とも思えたが、私はうまい表現をするものだと感心した。
なぜなら、自身の活動がコロナ禍のため、かなり制限された。
それが今また熊問題によって制限されているからである。
一部の方々が説いている。
「もし、子どもが熊に襲撃でもされていたならどうなるんだ」
と。
確かにそれは一理ある。
熊に襲撃された方の年齢を見るならば不思議なことに高齢者が多い。
だが、次、子どもがやられるかもしれないという心配を思うならば不安でしょうがない。

親子を中心にした自然体験活動を進めてから8年目となる。
この8年間を振り返るならば、数年はコロナ禍との戦いのようでもあった。
親子をお誘いしても「学校でコロナが流行っているから」とか「兄弟がコロナにかかったから」等の理由で断られた。
仕方ないにしても残念でしょうがなかった。
そして、今年の熊問題だ。
「野外では子どもの安全が保証されない」
「熊が怖い」
など活動にストップがかかったり自主的に参加を見合わせたりという日々が続いている。
私が従来から主張している「里山は子育て道場」という言葉がむなしく響く。
一方では、行政の配慮で子ども向けの施設が無料で開放されたり使いやすいような工夫がされたりしている。
これは喜ばしいことだ。
ただ、残念なことに私の活動のメインフィールドは、公園や湿地などを含む里山だ。
では、今は無理なことだとあきらめるのか。
それもまた早すぎる決断だと考える。
熊に対する対策を十分にしながら大人がしっかり付く、できるだけたくさんの親子に参加してもらい、にぎやかな活動にすることなどだ。
問題は、外部からの声だろう。
「こんな時に野外で活動をさせるのか」
という声が聞こえそうである。
これもまたコロナ禍の時と似てきている。
それでも私が一番問題だと思っているのは、子どもを里山や自然のフィールドで活動させていかないとこの先、子どもがどうなるのかという心配である。
「子どもを(熊から)守る」
という視点は絶対必要だ。
ただ、だからといってそれは「里山や自然というフィールドに出さない」ということとイコールではないはずだ。
前述したように、嗅覚や聴覚が敏感であるという熊の習性に即した対策をする、鉢合わせしないようにすることは前提だ。
それでも万万が一、出会った際の対処についても子どもであっても教える、それぐらいの覚悟がなければ野外には出せないだろう。
また、できるだけ複数の大人がまわりに付くなどの対処も必要だろう。
では、なぜこれほどまで子どもを野外に連れ出すことが必要なのか。
言うまでもなく「子どもは(大人よりも)自然に近い存在」だし、将来、今の親世代がいなくなっても子ども世代はどんな厳しい時代になろうとも生きていかねばならないからだ。
もともと子どもは大人よりも自然事象に対して敏感だ。
言葉が足りないにしても時折きらりとした言葉も発する。
「葉っぱが風で小鳥さんのように飛んでいる」
「風がヒューヒュー鳴って気を付けろと叫んでいる」
「(山を登っていると)太陽に近づいてきた」
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それが大人になるにつれ都市化された生活の中でその感覚がしだいに薄れていく。
これは同時に五感が鈍くなっていくことと同時進行ではないか。
子ども時代に五感を磨くことは三度の食事と同様に絶対必要だと考える。
これは、かつて自然の中でたっぷり遊んだ経験のある大人なら共感できることだろう。
まして、自然は人間の思うように動かない。
人間が創り出したものではないからである。
それは当たり前のことではあるが、都市化された文明の中で暮らしているとどうもその基本的なことさえ、忘れてしまうようである。
ボタン一つでご飯が炊けるような便利な生活に浸るうちにいつのまにか人間がどんなことでもできそうな気がしてくる。
そもそも、自然の中に入るときは、本来は持っているはずの五感を総動員しなければならない。
それを総動員させなければそれこそ危険と遭遇してしまうとも限らない。
自然が創り出している香り、風、暖かさや冷たさそして聞こえてくる音などといった、いわば空気を感じなければ歩いて行けない。

私は、マニュアル以上の熊に対する対策は準備する。
同時に誰でもが里山や自然の中に入らせてもらうーいつもその気持ちで入っていかねばならないと考える。
これからの時代は、さらに便利で快適な都市化が進んでいくだろう。
この概念と真っ向から対立する自然とはますます矛盾が生じるかもしれない。
それがゆえにコロナ禍や熊問題といった課題は、これからも様々な姿や形に変えて突き付けられていくのではないか。
こんな今だからこそ、子ども時代は、野外とシャットアウトするのではなく、むしろ里山やその自然の中に入って五感を磨き、自然の魅力だけでなく危機回避能力といったものを磨いていかねばならないのではと強く感じる。
たった一度の子ども時代は、あっという間に過ぎてゆく。
だからこそ自然の中でたっぷり遊ばせよう。
その中でこそ「里山は子育て道場」の真価が発揮できるはずだ。