南方熊楠は、粘菌の研究でも有名だ。
和歌山県に行った時には、南方熊楠記念館を見学したことがある。生物学者、博物学者として、そして柳田國男などとも交流があり、民俗学にも造詣があった。
若いころ読んだ本に「細胞性粘菌」の記述があり、たまたま、同じ時期に見たその(細胞性)粘菌の映像をテレビで見る機会があって、大変印象深かった。
私がテレビで見た(細胞性)粘菌の映像は、食物が足りているときは、細胞としてばらばらに生きている。しかし、何らかの環境の変化などで、食物が足りなくなると、そのひとつひとつの細胞が集まって、ひとつの集合体になる。
アメーバというよりは、本当に小さなミミズのような、電子顕微鏡で見た、コレラ菌のような形をしていて、「グループダイナミクス」と言う表現が適切と思えるような動きをする(もののけ姫に最後に出てきた巨大な生物(?) を想起する)。
この集合体で動いて食物を摂取するらしい。
ある時、この集合体が、地面から細い棒のように伸びて、その上に丸い液体の胞子のようなものが乗っかったような形に変貌する。
こうやって地面に1本の棒状の足がついたような形の上に丸い球体のような中にいわゆる本体のようなものがあって、生存し続ける。
そして、また、食べ物が豊富な時期になると、細胞に戻っていく、というような興味深い生物なのだ。専門用語を使わないで説明したが、調べると図解入りで出てくると思う。
興味深かったという理由は、この細胞性粘菌の行動形態が、「人間社会の営みに似ている」と思ったからなのだ。
会社組織の発生も、この細胞性粘菌みたいだなと思ったものだ。
衣食が足りてくると、人間の生活度合いが個人主義的になるところも似ていると思ったのだ。大家族から核家族とか、単身世帯が多くなるとか・・・・。
もうひとつ興味深く思い出すのは、動物の組織の中の単細胞と、通常のミドリムシとかゾウリムシなどの単細胞との違いを撮影した映像だった。
同じ単細胞で、細胞に周りには繊毛のようなものがあって動く。核もミトコンドリアも、小胞体も同じように持っている。しかし、動物の組織の中にあった単細胞は、繊毛で同じ方向に動いていく。
一方ゾウリムシなどの単細胞生物は、自由に動く。
驚いたのは、組織単細胞は、それに触れたら危険な物体、例えば毒物や温度の熱いものなどを置いておいても、そのまままっすぐ進んで、その危険物に当たって死んでしまったことだ。
ゾウリムシやミドリムシは同じ単細胞(脳細部が別にあるわけではないのに)、なのに、たくみに危険物をよけていく。
組織の中でぬくぬくと同じことをしていると、そんな風になってしまうのだと思い知らされたものだ。組織の中でも、ゾウリムシやミドリムシのように自分で(脳細胞?を使って?)危機を回避し、適切に判断できる、そしてもっと言えば究極的には自由裁量で行動できる人物にならなければいけないな、とその映像を見て教えられたものだ。同僚や先輩に話しても同感してくれたものだった。
アリの巣なども、分業で、怠け者の人間より、よく働くのではないかと思えるのだが、ほんとうによく働くのは、約2割で、あとの6割くらいは、中間層らしい。そして、あとの2割はあまり働かないらしい。
実験でこのよく働く2割を、隔離して別のところに移してしまうと、残り中間層の6割の中から、よく働くアリが出てくるということだ。これが、やはり全体の2割くらいに落ち着いてくるというから面白い。
何回か同じことを繰り返してもそうなのだろう。最初のあまり働かない2割も、最後は、やむを得ず(餓死しない程度に)働くことになるのだろう。
こういう自然や生物などからインスピレーションのようなものが来る場合があるから面白い。