『天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、おこなうこと、そのなさんとする所に払乱せしむ。心を動かし、性を忍ばせ、その能くせざる所を曾益せしむる所以なり。』(孟子)
「天が人に大任を授けようとするときは、必ずまずその人の精神や身心を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、窮乏の境遇におき、その行動を失敗ばかりさせて、わざわざその人を鍛えるものなのである。それは、天がその人のこころを鍛え、忍耐力を増大させ、大任を負わせるに足る人物に育てようとしている、 そんな証拠だということ。」というような意味だ。
若いころ、読書の最中に、この言葉に触れた時には、大変感じ入るところがあったことを覚えている。
NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を見ている。
あまり視聴率が上がっていないらしいが、私は幕末の長州には、このブログでも触れたように若い時から大変興味があるし、特に松下村塾は、19歳の時に見学に行って、こんな小さな塾から、幕末明治にキラ星のように輝く人材が多く出たことの不思議(しかし、それは、吉田松陰の死して不朽の精神を塾生たちが継承したということなのだと理解した)を感じたものとして、このドラマは見逃せないのだ。
「篤姫」の時のように、すでに広く知られている「史実の通り」というよりは、吉田松陰先生の妹「杉 文(すぎ ふみ)」を主人公のようにして、描かれている。
一昨日、観た回では、松陰先生が、黒船密航に失敗後、野山獄に入獄している最中に、いろいろありながらも、仲間の囚人たちに、孟子の上記の節を音読するシーンがあって、記憶が甦ってきたのだ。
杉ふみの最初の結婚相手である久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、井上馨をはじめ、幕末維新にキラ星のように輝く人材がこの松下村塾から出ているのだ。
薩摩の西郷隆盛の周りにも、素晴らしい人材が集まっていた歴史の不思議、天の配剤を感じると言う内容を、このブログでかつて取り上げているが、まるで天が明治維新を成功させ、その後の近代日本を創り上げることを計画し、成功させるために計画したのではないかと思うほど、人材がある1か所の土地に集まっている。
もちろん、松陰先生の「死して不朽」の精神に啓発されたから人材に育っていった訳なのだが・・・。
薩摩の西郷隆盛の周りも、西郷生誕の地の徒歩10分圏内に、やはり幕末維新の傑物、明治の元勲級のような「キラ星」たちが大勢いる。
しかし、個人の人生は、順調にはいかない。
まさしく、天のまさに大任をこの人に降さんとするや心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし・・・」の通り、松陰先生は、投獄され、西郷隆盛も、島流しに2回もあっている。
以前のこのブログで記述したが、維新の3傑のひとりである、長州の桂小五郎、のちの木戸孝允も、久坂玄瑞や寺島(作間)忠三郎、木島又兵衛らが戦死(自刃)した京都の蛤御門の変(禁門の変)のあとには、大変な苦難の時を過ごしている。
こういう風に考えると、もしも今不運続きであっても、天がまさに大任を与えようとしている・・・とポジティブにとることができる。
「人生山あり谷あり」「人の一生はあざなえる縄のごとし」「人間万事塞翁が馬」、人生には、頑張りしかないような時期も確かにあるものだ。
そういう時は、吉田松陰先生も好んだ、この孟子の「天のまさに大任をこの人に降さんとするや・・」の一節を思い出したいものだ。
「天が人に大任を授けようとするときは、必ずまずその人の精神や身心を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、窮乏の境遇におき、その行動を失敗ばかりさせて、わざわざその人を鍛えるものなのである。それは、天がその人のこころを鍛え、忍耐力を増大させ、大任を負わせるに足る人物に育てようとしている、 そんな証拠だということ。」というような意味だ。
若いころ、読書の最中に、この言葉に触れた時には、大変感じ入るところがあったことを覚えている。
NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を見ている。
あまり視聴率が上がっていないらしいが、私は幕末の長州には、このブログでも触れたように若い時から大変興味があるし、特に松下村塾は、19歳の時に見学に行って、こんな小さな塾から、幕末明治にキラ星のように輝く人材が多く出たことの不思議(しかし、それは、吉田松陰の死して不朽の精神を塾生たちが継承したということなのだと理解した)を感じたものとして、このドラマは見逃せないのだ。
「篤姫」の時のように、すでに広く知られている「史実の通り」というよりは、吉田松陰先生の妹「杉 文(すぎ ふみ)」を主人公のようにして、描かれている。
一昨日、観た回では、松陰先生が、黒船密航に失敗後、野山獄に入獄している最中に、いろいろありながらも、仲間の囚人たちに、孟子の上記の節を音読するシーンがあって、記憶が甦ってきたのだ。
杉ふみの最初の結婚相手である久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、井上馨をはじめ、幕末維新にキラ星のように輝く人材がこの松下村塾から出ているのだ。
薩摩の西郷隆盛の周りにも、素晴らしい人材が集まっていた歴史の不思議、天の配剤を感じると言う内容を、このブログでかつて取り上げているが、まるで天が明治維新を成功させ、その後の近代日本を創り上げることを計画し、成功させるために計画したのではないかと思うほど、人材がある1か所の土地に集まっている。
もちろん、松陰先生の「死して不朽」の精神に啓発されたから人材に育っていった訳なのだが・・・。
薩摩の西郷隆盛の周りも、西郷生誕の地の徒歩10分圏内に、やはり幕末維新の傑物、明治の元勲級のような「キラ星」たちが大勢いる。
しかし、個人の人生は、順調にはいかない。
まさしく、天のまさに大任をこの人に降さんとするや心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし・・・」の通り、松陰先生は、投獄され、西郷隆盛も、島流しに2回もあっている。
以前のこのブログで記述したが、維新の3傑のひとりである、長州の桂小五郎、のちの木戸孝允も、久坂玄瑞や寺島(作間)忠三郎、木島又兵衛らが戦死(自刃)した京都の蛤御門の変(禁門の変)のあとには、大変な苦難の時を過ごしている。
こういう風に考えると、もしも今不運続きであっても、天がまさに大任を与えようとしている・・・とポジティブにとることができる。
「人生山あり谷あり」「人の一生はあざなえる縄のごとし」「人間万事塞翁が馬」、人生には、頑張りしかないような時期も確かにあるものだ。
そういう時は、吉田松陰先生も好んだ、この孟子の「天のまさに大任をこの人に降さんとするや・・」の一節を思い出したいものだ。