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伝説の教養、我が身に

現代社会では、
もうまもなく「父の日」
でございますが、
1541年(天文10)の今日6月14日に、
暴政を振るった父信虎を
駿河の今川義元のところへ追放し、
当主となった人が
いたそうな。
あの有名な武田信玄のことでございます。

父親を追放したのは
臣下の信望もなく、
甲斐経営の意志も弱く、
そのままでは
国を保てなかった為
やむを得なかったということだそうです。
家臣達も同感で
この父を追放後
信玄を国主としてよく補佐したとか…。
父信虎に
「駿河往きのキップ」
(但し片道)を
プレゼントした信玄なのでした。

さて、
国主の信玄は
戦国武将として、
そして政治家として、
優れたその手腕を発揮したそうです。

その政策の特徴は、
領国内の交通路を整備し
往還に沿って荷継ぎの馬を配備した
伝馬制度を
確立させ
宿町を発達させたこと、
さらには、
商人・職人などを
甲府へ集めて
城下町を建設したこと、
信玄堤を築いて
氾濫を抑え、
新田の開発を可能にしたこと、
などがあげられるそうです。

「人は城、人は石垣、人は堀。
情けは味方、仇は敵なり
(どれだけ城を堅固にしても、
人の心が離れてしまったら
世を治めることはできない。
情けは人をつなぎとめ、
結果として国を栄えさせるが、
仇を増やせば国は滅びる)」と
武田信玄は
この教養を感じさせる
金言を残していますが
それをちゃんと実行していたようです。
信玄が領民に慕われ、
現在も郷土を代表する
英雄として人気を集めているのも、
うなずけるという
訳でございます。

教養といえば、
武田信玄は「孫子」に
通じていて
その中の言葉
「風林火山」を
旗印に用いたことは有名ですね。
風林火山(ふうりんかざん)とは、
「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」
(はやきこと風の如く、しずかなること林の如く、
おかしかすめること火の如く、
うごかざること山の如し)からとった四文字で、
戦いにおける
四つの心構えを表して
いるそうです。
「風のように素早く動いたり、
林のように静かに構えたり、
火のような激しい勢いで侵略したり、
山のようにどっしりと構えて動かない」と。

実は
このわたくしも
会社で「風林火山」と
呼ばれているそうです。
厄介事や残業からの逃げ足の
はやきこと風の如く、
会議中全く発言しないで
しずかなること林の如く、
人の手柄は
おかしかすめ
自分の物にすること火の如く、
頼まれごとにも
動かざること山の如しと…。
伝説の武将の旗印を
あだ名に付けていただいて、
(しかも陰で)
大変光栄な
わたくしでございます。

その訳はのどごし

ある新聞のある記事に
これから旬のお話が
ありました。
暑い日や運動をした後など、
のどが渇いた時に
無性に炭酸飲料を
飲みたくなりますが、
この炭酸飲料の
不思議な誘惑とは、
「のどの動きと関係」
があるんだそうです。
ある先生は
のどの渇きについて、
炭酸飲料と水とを
飲んで比べた場合、
のどがどう動くか
という変化を
実際に調べ
データにまとめたとか。
のどに
筋肉の動きを測定する
機械をつけて実験したところ、
炭酸飲料を飲んだ時のほうが、
水を飲んだ時よりも
「ゴクゴク」という
のどの動きが
規則的な波型になる
という結果が出たそうです。
規則的な波型の
「ゴクゴク」が、
いわゆる「のどごし」が良い
ということなんだそうです。
これに対して、
水を飲んだ場合には、
ゴクゴクという
のどの動きの波型は
不規則になるという。

「のどが渇いてカラカラ:
水分がなくなっている時とは、
のどの筋肉の動きの
波型が乱れた状態に
なっている時。
そこに、
水が入ってくると、
乱れた波型の動きに
また不規則な波型が
上塗りされて、
スッキリした感じに
ならないんだそうです。
一方、
炭酸飲料は、
そんな乱れた動きを
規則的に変えるので、
感触が良いと…。

サウナ後のビール、
その理屈抜きのうまさも、
こんな理屈にかなっているんですね。

そういえば
大昔のイギリスでは、
清涼飲料水に
炭酸の代用で
ショウガを
入れていたそうです。
当時は
炭酸水がなかった
からだそうですが…。
アジア諸国やアフリカなど、
暑い国では
氷ではなくて
スッキリするために
ショウガを飲むそうです。

おそらく、
ショウガも調べれば、
のどの動きが
規則的な波型になる
のでしょうね。

ところで、
ショウガつながりで、
ショウガ焼き定食なんか
一気に食べてしまうんですが、
「のどごし」が良いからでしょうか…。

それとも、
単に食い意地がはってるだけ…。

さみしい人?

1810年の6月11日は、
カメハメハ1世が
ハワイ諸島全島を
統一したんだそうです。今から
ピッタリ200年前と
1日いうことになりますか…。
(昨日UP頑張ろうと…。)

カメハメハ1世は、
統一後
ハワイ王国を建国し、
初代国王となったといいます。

カメハメハ大王の統一
その要因とは、
強力なリーダーシップと、
先駆的な目の付けどころ
ではないかと…。

白人から武器や軍事顧問などの
援助を受けていたそうで、
その先見性が
統一を呼び込んだと…。
長篠合戦の
織田信長みたいですね。
また
カメハメハは
ママラホエと
呼ばれる法律を作っている
そうなんですが、
これは
戦時における非戦闘員の
人権を保護する
ものであり、
今日では世界中で
受け入れられている

これも先駆的
なものだそうです。
わたくしの
想像ですが、
戦で勝っても、
生産者をなくしては、
国が成り立たない:
人材は大切なものである
という考え方があるように思えます。

さて、
カメハメハは統一後も
優れた外交手腕で
西洋諸国との友好関係を維持して
ハワイの独立を守り、
伝統的なハワイの文化の
保護と繁栄に貢献した
ということです。
儲けの大きい白檀貿易を
王国の独占とし、
さらに
港湾税を徴収することによって、
財源を確保したとか。

そして、
太平洋を横断する船にとって
ハワイは航路のほぼ中央に位置します。
そこで、
食料などの補給地として
最適な場所だったのが
このハワイ。
外国からの船が
たくさん来たそうです。
その時、
首都?:
オアフ島のホノルルよりも
明らかに
マウイ島のラハイナの
港に
多くの船が入ってきた
そうです。
これは、
ラハイナの港は
水深があったので、
大型船の入出港に
大変適していたそうです。

これに気付いた
カメハメハ1世は
ハワイ王朝の首都を
マウイ島ラハイナに遷し、
ここを拠点に
外国との貿易を独占したそうです…。

創業者や先駆者には
本当に独特の
嗅覚というか
先見性があるもので
とてもロマンティックに
感じます。

そういえば、
このカメハメハ大王の銅像は
大変有名でございます。
左手に槍:平和を象徴、
掲げた右手に
ハワイの繁栄を
表してという…。

この像は、
キャプテン・クックによる
ハワイ発見
100周年を記念して
イタリアで造られたそうなんですが、

輸送の途中で
海に落っことして
しまったそうです。
現在あるものは、
再度造られたものだそうです。

カメハメハとは
ハワイ語で
「さみしい人」とか
「孤独な人」
という意味。
カメハメハが生まれる前、
ある予言者が
「次に生まれる子は、
すべての首長を滅ぼし
ハワイ全土の
支配者になる」
と予言したとか。
それを信じた首長たちは
カメハメハが生まれると同時に
殺すことを
母親に命令しました。
しかし
この母は
ジャングルの中へ逃げ込み、
そこでカメハメハを産んだそうです。
カメハメハ:「孤独な人」とは、
彼が生まれる前の
この事件に由来するとか…。

よく独裁的な権力者は、
孤独といわれますが、

カメハメハとは
英雄の人生を
物語っているという
ことなのでしょうか…。
それとも、
むしろ海に眠っている
英雄の像のことでしょうか…。