『現実と妄想の狭間
』の朱烙さんから素敵な頂き物2話目になります。
何度読んでも楽しいお話ですw
それでは、いってらっしゃいませ。
~劇中~
食べる事は大好きだが料理の腕前は壊滅的な野田景子がフラリと立ち寄ったのは、まだ大学に入学してから一度も入った事が無い小さな定食屋だった
『此処って何時も女性客が多いのよね・・・でも珍しい、今日は誰も居ないわね』
表に書かれているプレートを見て、まぁ学生の懐にもそこそこ優しい金額が書いてあるのを確認して景子はウキウキと店内に入って行った
カラン
入店を知らせる鐘が鳴り、厨房に居た2人が顔を上げて来客を見た
実は今日は契約先のミスで配達が遅れ、臨時休業していたのだった
『あ・・・すいません~今日は臨時休業で・・・』
厨房から出てきた若い男性にそう言われて、景子が『え!?』と扉を見た
その様子から、表に臨時休業の札を下げてない事に気付く2人
『健二・・・お前札下げ忘れただろう?』
『っちゃぁ・・・そうだった!!悪いっ!!今から下げてくる!!お客さん本当スイマセン!!』
そう言って勢いよく外へ出ていく健二を見て、もう1人の男が申し訳なさそうに頭を下げる
『すいません・・・』
『イイエ、気にしないで下さい。そうだったんですか・・・残念、ここ何時も人が多いからラッキーって思ったんですけど』
また今度出直してきますね?
そう言って男の容姿に頓着する事無く頭を下げて出て行こうとする女性に、男が驚きと共に声を掛ける
『あっ!!いや・・・その・・・勘違いさせたのは此方だし、賄で良ければ・・・・食べて行かれませんか?』
『え?それは嬉しいですけど・・・でも、ご迷惑じゃないですか?』
『いやいや、こっちのミスが原因だし、智仁が言う通り食べて言ってよ!お客さん!!』
うちの料理はどれも絶品だぜ?
そう言って笑う健二を見て、景子は一瞬躊躇するものの、やがて嬉しそうに頷くのだった
「カ――――――ット!!!OK、3人共良かったよ!!」
「「「 ありがとうございます 」」」
出会いのシーンが無事にOKが出た所で監督のOKが響き渡る
今回この撮影に関して、事前にスポンサーであるローリィから直々に『料理シーンはとにかく最後に回して、撮れる分だけ撮り溜めてくれ!』との指示があり
監督達は疑問に思いつつもその要求通りに動くようにしたのだった
「うんうん、3人の雰囲気もバランスも凄く良かったよ!この調子でどんどん進んで行こうか?」
監督のその言葉に3人は頷き、そして出来る範囲での撮影がそこで撮り溜めされたのだった
ある程度の撮影を終え、監督が役者以上に華々しく登場したローリィにドン引きしながらも迎え入れる
それと同時に、最初の取り決め通り最低限のスタッフを残して厨房のセット前に全員が集まった
全員が揃ったところで、ローリィが口を開いた
「さて・・・これから主要メンバーでメインの料理シーンの撮影だが・・・監督、蓮の壊滅的料理の腕前は伝えたよな?」
「え、えぇ・・・ですが、敦賀君にも苦手なモノの1つや2つはあるでしょう?」
いくらイメージを護る為とは言え、これは些か大げさでは・・・そう言って苦笑するスタッフと監督を見て、蓮の腕前を知る全員がそっと目を逸らした
そんな様子を見た監督達が首を傾げる中、同じく待機していた村雨もまた内心首を傾げるのだが・・・
「ま、まぁ・・・宝田さんがそう言われるなら、敦賀君には京子さんに特訓してもらうって形で・・・っと、村雨君確か君も料理は得意じゃなかったよね?」
京子さんは業界でも有名な料理上手だから、この際教えてもらうと良いよ
監督のその言葉に、村雨は「はぁ・・・京子さん、敦賀さんよろしく・・・」と言って3人でセットに立つ
そしてその両サイドには、蓮を怯えの眼差しで見るコックの姿があり事情を知らない誰もがコックの怯えように首を傾げるのだった
「・・・とりあえず、蓮と村雨君。京子に料理の基本を徹底して扱いて貰え・・・京子頼んだぞ」
「・・・・・・・・・・精一杯頑張ります・・・」
縋るような憐れみを誘うような雰囲気でローリィがそう言うのに対し、キョーコがやや遠い目をしながらそれに答える
そして・・・監督達が見守る中、京子の『即席お料理教室』が始まるのだった・・・・
「今回は町の食堂と言う設定なので、基本的な包丁の持ち方や野菜のカットの仕方をしますね?じゃぁ最初にやってみますので、お2人は見ていていただけますか?」
キョーコのその言葉に、蓮も村雨も素直に頷いてキョーコの手元を見つめる
それを確認したキョーコが、2人に判りやすいようにゆっくりと包丁を使いながら説明を始める
「包丁と言っても、和洋中それぞれの用途に合わせて多くの種類があるのですが・・・今回は、一般的に使われている洋出刃包丁で行きますね?」
そう言ってキョーコが2人の前に包丁を置き、自分も同じ包丁を目の前に置いた
「包丁の持ち方として、大まかに3種類あります。包丁の横を人差し指で押さえるような握り方の『押さえ型』、包丁の峰の上に人差し指が乗るような握り方の『指差し型』、包丁の峰を人差指と親指で挟むような握り方の『握り型』ですね」
そう言って、説明と同時にキョーコがその握り方を披露する
「慣れればご自分の好みの握り方で良いと思うんですが、今日は一番私が使いやすい『指差し型』でご説明しますね?」
「うん、宜しくね?」
「頼んまーす」
「はい!指差し型の包丁の握り方ですが・・・まず包丁の峰が人差し指の上に平行になるよう、刃を上に向けて持ちます。それから残りの指で包丁の柄を握るんですが、指と指が開かないように注意して下さいね?そしたら次に小指と薬指をしっかりと握り、中指と親指は支えるように優しく握ります」
キョーコの説明を聞きながら2人が慣れない手つきで包丁を握る
時折キョーコの繊手が伸びてきては直接指を触られ、思わず2人がドキドキするのはご愛嬌だ
「お2人共完璧です!!包丁はそうやって持って、食材を切る時は人差し指で力加減をコントロールして使います」
「中々・・・持ち方1つにルールがあるんだね・・・」
「これ・・・慣れるまで切りにくそうだな・・・」
「そうですね・・・慣れるまでは大変でしょうが、頑張って下さいね?じゃぁ・・・次に、実際に野菜を切って頂くのですが、添える左手にもちゃんとルールがあります」
そう言ってキョーコがキュウリをまな板の上に置いて、そっと切る体制に入る
「このように、食材がどんな形であれ包丁で指を切らない様に指を丸め込んで指の第2関節と包丁のこの平らな部分を引っ付けた状態で切ります」
そう言ってキョーコがトントントンとリズムよくキュウリを薄切りにしていく
「こうやって切れば、指を切る心配もないですよ?最初はゆっくり切ってみて下さいね?」
では、どうぞ
そう言って2人の前に、トンとキュウリが置かれる
2人は意を決して包丁を握り・・・そして
言われたとおりに切ったつもりだった・・・・
のだが
ダァン!!!
バキィッ!!!!
ドゴッ!!!!!
とてもキュウリを切る音とは思え無い破壊音が響き渡り、その音が響いた瞬間『ヒィっ!?lll』と各所で悲鳴が上がった
監督やスタッフが、信じられないモノを見るようにその音源を見る
と、そこには
キュウリの輪切りを作ってるはずの蓮と村雨が、キュウリとまな板を破壊している光景だった
真正面に居るキョーコの顔色が青い
と、良く見てみれば・・・キョーコの顔色が青いのではなく、キョーコの顔や頭にまでかつてキュウリであったものの名残が飛び散っている為だった
初めは唖然としていたキョーコが、次第に俯きフルフルと震えだす
その様子を見ていたローリィが素早く耳を手で塞ぎ、それを確認出来た周囲も頭に疑問符を浮かべながらも同じ動作をした
その瞬間・・・・
「誰が包丁で破壊活動をしろって言いましたかぁぁぁぁぁぁ!!!!???」
素晴らしいキョーコの怒声が響き、包丁を武器のように振り上げていた2人がそのままの状態でフリーズする
不穏な気配を目の前から感じ、2人揃ってギギギギギと音が出そうな動きでキョーコを見れば、そこには額に青筋どころか背後に般若を纏わせた満面の笑みの上半身キュウリまみれの姿で
「・・・・・敦賀さん?村雨さん・・・・・?」
「「 ハ・・・ハイ・・・・ 」」
「誰が何時何処で包丁を振り上げて破壊活動をしろと言いましたか?」
「「 ・・・・言ってません・・・・ 」」
「えぇそうですよね?包丁は指の第二関節と包丁の平らな部分とを引っ付けるように・・・と言いましたよね?聞こえて無かったんでしょうか?」
「「 ・・・・・・キコエテマシタ・・・・・ 」」
「最初はゆっくり・・・とも言いましたが、お2人のそのスピードはゆっくりに該当するのでしょうか?」
「「 ・・・・・・ハヤイデス・・・・・・ 」」
2人の言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべたキョーコだが・・・
「聞いてるんなら少し位真似してみようとか思わないんですかっ!?大体食材やまな板を何だと思ってるんですかっ!!!生産者や職人さん方に今すぐ謝罪してらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっっっっ!!!!!モノを粗末にするんじゃないわよっ!!!」
「「 ・・・・・・申し訳アリマセンデシタ・・・・・(ガクブル) 」」
素晴らしいキョーコの怒声と正論に2人はぐうの音も出せずに素直に謝罪した
(キョーコ・・・怒りは尤もだけど、凄く怖いよ?)
(コエェ・・・何だ?この恐ろしさは!?有り得ねぇ・・・カイン・ヒールの時以上の恐怖を今感じたぞ俺!?)
顔色を悪くしながらキョーコのお説教を聞いていた2人だったが、キョーコはそんな2人を無視して唖然としている監督やキョーコの言葉にウンウン頷くローリィやコック達に声を掛けた
「監督、社さん、社長、澤田さん(村雨のマネ)・・・今日お2人まだお仕事詰まってますでしょうか?」
「い、いや・・・事前に宝田さんと打ち合わせしてるからね・・・今日はもうここでリハ以外予定は組んでないよ・・・」
「社、前に指示してただろう?」
「あ、ハイ・・・キョーコちゃん大丈夫、蓮は明日まで全部ココの仕事しか入れてないよ」
「こ、この後1本だけ雑誌の取材があるんですが・・・今すぐキャンセルしてきまぁぁぁぁす!!!!」
それぞれの言葉に満足げに頷き、キョーコがクルリと2人へと向き直る
「と言う訳です。明後日から本格的に撮影が始まりますから・・・今から正味30時間程でしょうか?徹底して叩き込みましょうね?」
有無を言わせぬその迫力に、2人は背筋を凍らせながらも『宜しくお願いします・・・』としか言えなかった・・・