「月を拡大して見るための眼鏡を作る。」
文字通りこれは月を観測するための望遠鏡を作るという意味だろうが、残念ながらレオナルドは望遠鏡による月観測は行っていない。レオナルドは月や地球が丸いということや、月は太陽の光を反射して光っていることを知っていた。しかし、月の表面は水で覆われているため鏡のように光を反射すると考えていた。これはレオナルドもアリストテレスの時代から続く、神の国である天界は完全な円や球体をなしているという(反対に人間界は不完全で凸凹であるという)考えを周到しているということを示している。
レオナルドはレスター手稿f.1rの中で月面を覆う水も地球の海と同様に波立っていて、その乱反射によって月全体が明るく輝いて見える(つまり単なる鏡では太陽が映っているところだけが輝く)とも述べており、当時のアリストテレス派がいうように、月面はつるつるの水晶で出来ているという考えからは脱却している。
もしもレオナルドが望遠鏡を作って天体観測をしていたなら、月面はこの地球と同じように山あり谷ありで凸凹だということに気付いただろう。

アトランティコ手稿f.518表
望遠鏡による月の観測を実際に行ったのはガリレオ・ガリレイ。レオナルドの死後約90年後の1610年に、ガリレオは自らの手で製作した30倍の望遠鏡を使って、まず月面、銀河、星雲、そして木星の4つの衛星を観測、「星界の報告」という論文を発表した。ガリレオが描いた月のスケッチには、光の角度によって出来る月面の影から、月面には地球と同様に山もあるし谷もあると結論づけた。

「星界の報告」ガリレオによる月のスケッチ
これに対して当時の神学者達は、ガリレオを地動説を支持した罪で異端審問所に告発した。レオナルドも時代が100年違っていたら、きっと宗教裁判にかけられていたに違いない。
この近代科学の幕開けを記念するガリレオ・ガリレイの著作については、イタリアのジュンティ社から豪華な復刻版が出版されている。