「ヒャッホー!サイコー!」迫り来る自動車の車輪の音と、サライの声に驚いた鳩の群れが一斉に飛び立った。「凄い速度だ!馬車よりも全然速い。すいませーん、皆さんどいてくださーい!」「キャーっ、いったい何?」「レオナルド先生がまた何か発明したぞ!」広場の群集が驚きの歓声を上げ、レオナルドとサライを乗せて走り抜ける奇妙な機械に注目した。広場を通り過ぎると家の間を狭く曲がりくねった道が続く。「すげー!ジェットコースターみたいだ。」サライの後ろに座ったレオナルドは曲がり角から人が飛び出して来ないように祈りながら運転した。
「お帰り、大成功だな!」アトリエではゾロアストロが待っていた。「凄い速さだ。やはり減速レバーを付けておいて良かったよ。あれがなかったら二人とも大怪我だ。舵もまだまだ改良の余地があるな。」
じゃ、次は空中ネジのテストだ。一同は既に改造済みの空中バネ装置が準備してある中庭に向かった。「おい、動力装置から煙が出ているぞ。大丈夫か?」「問題ない。中の歪んだ板バネが熱を持っているからだよ。」そう答えるとゾロアストロはさっさと装置に乗り込み、始動のレバーに手をかけた。「準備はいいかー?行くぞーっ!」レバーを動かすと直径5mの大きな空中ネジが勢い良く回り出し、少し浮いた。「どわーーーっ!!」しかしその途端、予想に反して台の部分が反対向きに急旋回しだしたため、ゾロアストロが振り落とされてしまったのだ。制御の効かなくなった空中ネジは、まるで怒り狂った竜巻のように中庭を暴れまわり、鉢植えを破壊して回った。「危ない!」装置が大きく傾いて建物の壁に激突し、そのショックでエネルギアが飛び出した。「いかん、皆伏せろ!」レオナルドの体がサライを覆いながら倒れこんだその瞬間、シュバーッ!という大音響と共に大量の火花と木っ端微塵となった金属片や空中ネジの残骸が降り注いだ。
その夜、レオナルド達は羽ばたき機械の再調整を行いながら、今日の出来事を振り返った。「しかし、何で羽根だけでなく、台の方も回ったんだろう?」ゾロアストロが不思議そうに尋ねた。「オールが水に力を与える代わりに、水からも同じ力がオールに与えられる結果、船は進むことが出来る。空中ネジが上昇する原理もこれと同じなんだが、回転する羽根と台にも似たような関係があるのかも知れない。まだ解き明かされていない科学の法則があるようだ。(*これは後のニュートンが発見した運動の第三法則(作用・反作用の法則)の回転版である。ちなみに第一は慣性の法則、第二は運動方程式(F=ma)、それから万有引力の法則が有名。)この問題が解決しない限り、空中ネジでの飛行は無理だな。」
がっかりしたレオナルドを励ますようにゾロアストロが言った。「成功への道のりは一つじゃない。あきらめずにこの羽ばたき機械を仕上げて明日に賭けよう!」「いや、やはりこの羽ばたき機械での飛行実験はやめておこう。あれだけの力で1枚7.2mもある羽根をバタバタさせたら、また何が起こるか分かったものではない。まだまだ研究の余地があるよ。今度パチョーリを呼んで重量論について話し合おう。それから今日のように、万一エネルギアが外れても暴走しないように安全装置も付けなければな。」
マルリアーニの「速度における運度の比例について」を読みながらベッドに入ったレオナルドは、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
目を開けると上空を大きな鷲が飛んでいる。この色合いは。。。故郷ヴィンチ村の空だ!頬にあたる風が初夏の草原のにおいを運んでくる。「見てごらん。」隣に寝転ぶフランチェスコ叔父さんが言う。「今のように上空で風が強い時は、鷲は高く飛ぶんだ。低い所の風が強いと、鷲は怖がらずにカッセロの塔の下まで降りてくるのさ。なぜかというとね、鷲はほとんど翼を羽ばたかずに、いつも風の方向に向かって行く鳥だからなんだよ。」幼いレオナルドは、唯一の親友フランチェスコ叔父さんの言葉を聞きながら、鷲の動きを観察していた。彼からは、草花の特性、動物、昆虫など自然の神秘について多くを学んだし、ヴィンチ村まで続くこの森や野原、畑がレオナルドにとっての素晴らしい学校だったのだ。。。。。ふと気が付くと、いつのまにか一羽の鷲がレオナルドの顔にとまっていた。鷲は尾でレオナルドの口を押し開け、口の中をその尾で何度も叩き出したのだ。びっくりしたレオナルドは鷲を追い払おうと飛び起きた。
目を覚ますとそこにはフランチェスコ叔父さんではなく、幼いサライの顔があった。「大丈夫?うなされてたよ。」「ああ、大丈夫だ。おはよう。。。そうだったな。鳥は羽ばたかなくても空を飛べるんだった。」そう言うとレオナルドは机に向かい、またいつものようにノートに書き始めた。
続く…