長く続いたミラノの平和にも不安の影が迫っているという噂が街のあちこちでささやかれていた。フランスの国王シャルル8世はナポリ王国を征服するという名目のもと、実際はフィレンツェの豪華王ロレンツォの死による内部的混乱を利用しようと、既にアルプスを越えた。今日、アトリエまでミラノ公ロドヴィコ・イル・モーロからの使者がやって来たのは、きっと何か重要な話しがあるに違いないと、レオナルドは理由を考えながらスフォルツァ城へと出掛けていった。
「やぁ、レオナルド。例の騎馬像の製作は進んでいるのかね?」いつものように乱暴で大きな声に少々戸惑いながらもレオナルドは答えた。「はい、既に金属を溶かすためのるつぼを設計しているところです。それからブロンズの特殊な合金もほぼ出来ております。」「ほぉ、で、どのくらいのブロンズが必要なんだ?」「ざっと20万ポンド(約90t)です。」レオナルドが答えるとイル・モーロは立ち上がった。「何と、それだけあれば大砲がいくつ作れると思ってるんだ!」「閣下、それはいったいどういう意味でしょうか?」レオナルドは困惑した。「そう言えばもの凄い自動車を作ったそうじゃないか。私にも評判は届いているぞ。それだけの技術があるのなら、以前言ってた戦車なども作れるに違いないな。今の状況についてはそなたも良く知っていると思う。レオナルドよ、我らがミラノ公国のために協力してくれ。」イル・モーロは続けた。「そうだ、ブラマンテ が作ったサンタ・マリア・デレ・グラツィエ修道院に行ってみたまえ。神父達が食堂を飾るための最後の晩餐を依頼したいそうだ。騎馬像の方はヴェネツィアを制圧してから再開すれば良いではないか。」
アトリエに戻ったレオナルドは、早速仕事に取り掛かった。エネルギアで動く新型の戦車 の設計図を描き上げると、ゾロアストロに指示を出した。そしてその後もろくに食事も取らずに、大砲 や砲弾 、マシンガン 、投石器 、防御のための城壁など様々な新しい機械の図面を描いていった。鳥の研究もやめて、急に戦争のための機械ばかりを描き始めたレオナルドに、戸惑ったサライが尋ねた。「レオナルドは戦争がきらいなのに、どうして武器を創るの?」最近はサライに植物や昆虫の話もしてくれず、兵器の設計に没頭する毎日が続いている。ペンを持つ左手を止めると「自然からさずかった最も大切なもの、自由を守るために戦わなければならない。」とレオナルドは静かに答えた。
1494年の冬が終わる頃になると、以前は空中ネジ装置が置いてあった中庭に、エネルギアで動く新型戦車の試作品が出来上がりつつあった。これならベネツィア制圧のための戦いに何とか間に合うだろう。「どうだ、この異様な形を見ただけで、敵は腰を抜かすだろうよ!そしてあっけに取られているうちに360度一周ぐるりと睨みを利かせた大砲が敵に向かって火を噴く。しかもこの機動力、自由自在に4つの動輪が動くんだからな。あっという間に敵は全滅だ!」ゾロアストロが意気揚々と戦車の中から出てきた。「そうだな。大型の回転する刃を持つチャリオットも調整が出来次第、実戦でのテストを行うつもりだ。きっとイル・モーロ公爵も気に入ってくれるはずだ。エネルギアのチャージの方はどんな具合だ?」「6基ともあと一週間でフルチャージになるよ。さぁて晩メシ晩メシっと。サライはどこだーっ?」そう答えるとゾロアストロはアトリエの方に歩いていった。
その時、何者かの影が動いた。建物の奥からこの会話に聞き耳を立てていたのだろうか?その黒尽くめの身なりをした男は、無駄のない素早い身のこなしでゾロアストロを蹴り倒した。次の瞬間、さらに数人の男が姿を見せた、と同時にレオナルドの後頭部に鋭い衝撃が走り、中庭のテラコッタの上へと崩れ落ちた。
~暑い、暑い、ゾロアストロよ、すまないがもう騎馬像の合金は必要なくなったんだ。だからもう金属を溶かすのはやめてくれ。~短い夢を見た後、レオナルドは気が付いた。戦車は原型を留めておらず、すっかり破壊されて火を放たれていた。火の勢いが強い。目の前の光景が信じられなかった。「そうだ、サライは!」立ち上がろうとしたがひどい頭痛で足元がふらついた。後頭部から血が流れている。「サライ!どこにいるーっ!サライーっ!」入口付近にゾロアストロが倒れている。敵の姿はどこにもない。「くそ、誰がこんなことを。戦争なんて、獣じみた狂気だ!」レオナルドは叫びながら荒らされたアトリエを探した。「サライー!」奥の小さな部屋からべそをかいたサライが出てきてレオナルドに抱きついた。「無事で良かった、怪我はないか?」「大丈夫だよ。あいつら誰なの?あっ血が出てるよ!」「大丈夫だ、たいしたことはない。何者かは分からないが、恐らくミラノの敵国のやつらだろう。宮廷に内通者がいるはずだ。早くイル・モーロに知らせねば。」ゾロアストロも気が付いたようだ。「くっそー、いてて。。。まったくどうなってんだ!レオナルド、このぶんじゃ水力施設の方もヤバイぞ!」そう言うとゾロアストロは馬に乗って飛び出していった。
レオナルドとサライがスフォルツァ城から戻ってくると、間もなくゾロアストロも帰ってきた。「だめだ、全て破壊されていた。」肩を落として大きなため息をついた。「そうか、イル・モーロも激怒していたよ。犯人はフランス軍なのか、ヴェネツィアなのか、それとも他国なのか、敵が多すぎて見当がつかないそうだ。それから宮廷に内通者がいることは間違いない。でなきゃここが襲撃されるわけがない!」レオナルドの目は怒りに燃えていた。
続く…