その時の始まり〜脳出血発症から緊急手術までの経過 | 脳出血、重度の左片麻痺からの「めざせ!社会復帰」

脳出血、重度の左片麻痺からの「めざせ!社会復帰」

2020年3月に脳出血を発症し左片マヒに。リハビリとスピワークを通して、全快復を目指すおじさんの手記。併せて半生を振り返る半生記をエッセイ風に綴っています。

。“その瞬間“は前触れもなく突然やってきた。

2020年3月の15日の午後0時半過ぎ。早めの昼食を終えた僕は、多少の尿意を感じながらパソコンに向かっていた。もう少し経ったらトイレに立とう、と思いつつ、パソコンの操作に余念がなかった。

次の瞬間、左腕が急に重たくなったと思った刹那、突然左腕がキーボードの上に「ダン!」と落ちた。腕は落ちたまま全然持ち上がらない。

慌てて上半身を起こそうとするが、巨大な鉛の塊を抱かせられているようで身動きが取れない。にわかに尿意が増してきたので、意を決して何とか立ち上がり、よろめきながら壁伝いに歩いてなんとかバランスを保ちながらトイレの便座に腰を落ちつける。排尿が終わり、水を流して扉を開けた途端、バランスを崩して床に崩れ落ちた。フローリングのヒヤリとした感触が額につたわる。何が起きたのか。頭に異常が生じたのは間違い無いようだ。ただし頭は痛くは無い。目が開けられなくなって視界が無くなった。「…自分の人生もこれまでか...」と悟りかけた瞬間、自分の意識がかぶりを振った。「自分はまだまだこれからやりたいことがある。やらねばならないことがある。自分の使命を達するまでは死ぬことに甘んじるわけにはいかない!」

その思いが火事場の馬鹿力を生み出した瞬間だった。目が見えない中、「このあたりにあったはず」と、手探りでコードレスフォンの子機を取り出すと、通話ボタンを押し、119をプッシュ。最初は繋がらなかったが、二度目で相手が出た。

「ハイ、こちら狭山市消防署です。火事ですか、救急車ですか?」「救急車をお願いします...」ろれつの回らない口調で言うのがやっとだった。「お名前、言えますか?「○○です」「○○さん、もう一度住所をおっしゃってください」「狭山市○○○の###の##...」「はい、○○さん、住所確認できました。今から向かいますが、鍵はあいてますか?」

いつもなら在宅中でも内鍵を締めることが多いのだが、なぜかたまたまこの日は施錠をしていなかった。

開いていると思うが、身動き出来ないので、玄関からそのまま上がってきてほしい、と告げて通話を切った。なんとか自由のきく右腕を使って廊下とリビングを隔てている扉を開けようと試みる。ドアノブに手がかかり、掴もうとするが、つるりとすべり、後頭部をしこたま打ちつける。頭に痛みは感じない。しかし焦りが出てきた。今度は右脚を上げてノブに引っ掛け、手前へ持ってくる。。思い通りに動かない。どうしたものだ。ソファの頂上で惰眠をむさぼる黒い飼い猫のピンキーが、物音に動じることなく顔を埋めたままだ。

10分ほどして、遠くからサイレン音が近づいたかと思うと、ボリュームが一気に高まり、家の前で止まった。チャイムが鳴ったかと思うと、ガチャガチャとドアノブ操作の音が聞こえ、ガチャリと玄関扉が開く。「○○さーん!おまたせしました!救急車来ましたよ!」こちらは、小さく「どうも...」と応じるのが精一杯だ。黒猫のピンキーは、物音に慌ててどこかへ隠れに去っていったらしい。

「○○さん、お名前、フルネームでおっしゃってください。」「年齢はおいくつですか?」「生年月日は?」「お独りでお住まいですか?」矢継ぎ早の質問にろれつが回らないが、極力丁寧に答える。救急隊のスタッフは、ケータイで受入先を探し始めたようだ。大声で容態を告げている。ストレッチャーに乗せられて、救急車のそばに取り付いた。急に寒さを感じ始める。

数分後、隊員たちが声をかけながらストレッチャーに乗せた僕をバックドアから乗り込ませた。「○○さん、受入先が決まりましたよ。所沢市内の○○○○病院です」「わかりました。ありがとうございます」「15分ほどで着きますからね。よくご自身で通報してくださいましたね。安心してくださいね。」」穏やかな口調にも緊張感をにじませている。酸素吸入器を被せられて車の揺れに我が身を任せる。

奇しくも、生まれて初めて救急車に乗ることになった。「ピーボーピーポー」という電子音が車の天井から伝わってくる。

交差点を右左折していくうちに、こちらが乗り物酔いに似た感覚が生まれてきた。まずい。胸が気持ち悪い。後で聞いた話だが、脳卒中患者は、救急搬送される際に、間違いなく気分が悪くなり、中にはリバースしてしまう患者も多いらしい。「あと8分ですよ」という声に助けられて胸悪さに耐える。救急車が大きくハンドルを切って病院構内に入るのを認めて少し安堵した。

バックドアが開くと、大勢の病院スタッフに囲まれて口々にねぎらいの声を掛けられる。処置室で着ているジャージや下着をはがされ、生まれたままの姿になったかと思うと、排尿用のカテーテルを尿道に挿入された。

 

ツーンとする痛みが走った。

 

すぐにCT検査の手配がなされているようだった。ドクターが話しかけてくる。

「○○さん、今からCTの検査をします。やってみないとわかりませんが、脳内に出血しているおそれがあります。それが認められたら緊急手術になりますが、よろしいですか?」

微かにイエスの返事をするほかなかった。家族と連絡取りたいのだが、とうながされ、スマホのアドレス帳から長男の名前を示す。受けとったスタッフは、直ぐにダイヤルしているようだった。徐々に意識が遠のいた。

 

 

「右脳内5センチ!」薄れゆく意識の中に響く声で現実に引き戻された。目を開けることはできない。

どうやら脳出血しているのは確かなようだ。

しばらくすると「○○さーん、○○さーん!」というドクターの大声で覚醒した。目は開かないままだ。「○○さん、CT検査したらね、けっこう大きな脳出血がありましたからね。今から開頭手術をします。少し時間かかりますが、頑張ってくださいね。手術が終わったら、リハビリしてね、早くふつうの生活に戻りましょう。よろしくお願いしますね!」

ドクターからの話を聞き終わると、手術の所要時間を尋ねた。4時間近くかかるらしい。けっこうな大手術だ。あとは執刀医の腕にゆだねるしかない。覚悟をきめる。

「お身内も来てくださってますからね。安心してくださいね。」

カラカラとストレッチャーが動き出すと、長男の「頑張って...」という朴訥とした声を認めた。感極まるのを抑えて、「ありがとう」というのが精一杯である。

ストレッチャーが自動ドアを開けた。

手術室に入ったようだ。「ブーン…」と、何やら機材に電源が入っている音が耳に入ってくる。と思うや口元に鼻まで覆うマスクをかぶせられた。次の瞬間、「シュー...」という音が口元に響く。全身麻酔用のエアーが送り込まれているようだ。次第に意識が遠のいた…。