賛否両論あった『龍馬伝』がついに終了いたしました。龍馬さんの情熱にひかれた方、歴史的事実から離れていると思われた方、などいろいろいらっしゃると思います。
ただでさえ文章が長いブログですが、これはさらに長くなりそうですので2回に分けて執筆しますので、どうかお付き合いください。
1回目は、とくに龍馬さんの人物像について描きます。
「遥かなるヌーヨーカ」の回だったでしょうか、死を間近にひかえた八平や家族とともに龍馬が浜辺(桂浜?)で夢を語る場面がありました。福山雅治さんがNHKに出演されたときに視聴者が選ぶ名場面で2位に輝いたシーンです。
砂浜に棒切れで世界地図を描き
「みんなあを船に乗せて、世界を見せたいがじゃ」
世界の海援隊をつくった男の原点ともいえる思考がひろびろとあきらかにされたシーンでした。
『龍馬伝』の坂本龍馬は、家族の愛情と、土佐で出会った人々に影響されて維新への扉を開いたように描いているようです。とても純粋で繊細な人物像を作り出しました。
しかし、第4部に入ったころからひとつの疑問が湧いてきました。それは
龍馬はいつまでも幼い子どものままで大仕事を成し遂げたのだろうか?
坂本龍馬の人物像を端的にしめすエピソードに、“剣と銃と万国公法”という龍馬を好きな人なら誰でも知っている話があります。ある友人に熱中しているものを聞かれ、友人がいわれたとおりに熱中していると、龍馬は友人に先んじて次々に必要なものをかえて身につける、という話です。
この話が実際のものかはわかりませんが、私はこの話に龍馬の本質があらわれているように感じます。
坂本龍馬は、どんどん成長する。どんどん変化して大人物になっていく。
龍馬の人生は、そのエピソードにそってわけると
1、土佐の時代(剣)
2、江戸の時代(銃)
3、奔走の時代(万国公法)
ざっくりわけるとこうなります(かなり極端ですが)。
すこし偉そうにいってしまいます。成長と一口にいいますが、それは親兄弟の精神的影響を脱し、自分の考えで生きていくことだと思っています。誰にも邪魔されない自分をつくること。
龍馬は自筆の手紙を多く残しており、家族への愛情あふれる私信をみれば血縁からくる影響をみとめるのは自然です。しかし、単にあまえるばかりではなく、姉の乙女には
土佐を出奔しないでください。
とたしなめ、後藤象二郎と手を結んだことを憤慨している姉を諭している内容の手紙もあります。
つまり、家族にもきちんとものが言える男になっている。『龍馬伝』の描き方は、たとえば最終話の冒頭で武市半平太や岡田以蔵を登場させたように、土佐の人脈だけが龍馬に大きな影響をあたえて人格形成されたストーリーを展開している。逆に言えば、とくに勝海舟の庇護をはなれてからのえがきかたは、すべての政策を龍馬の内面から湧き上がる情熱だけで成し遂げたようにかいている。元服してから情熱だけで動く人間はいないし、政治や人脈を結びつける要素はもっとどろどろしたところをわかったうえで作りあげていくのではないでしょうか。
いつまでも、土佐の時代の心で、情熱をふりかざしているにんげんがあれほどの仕事ができるでしょうか。龍馬さんはいつまでも子どものままで、土佐時代の人格のままで幕末を生き抜いたのとはおもえないのです。
家族を船に乗せたい一心だけで維新を成し遂げたのでしょうか?もっと後半生にも、龍馬を突き動かす出来事があったのではないでしょうか?それにふれてこそ成長なのでは?しかし、できあがった龍馬像は、ややお子様っぽく、精神的に成長していない現代的な若者にできあがっています。
今回、福田靖氏が脚本を担当したことで、情熱にみちた新しいヒーローとしての龍馬像を造形しています。ドラマとしてみれば、私は製作側が意図していたつくりになっているとおもいます。龍馬さんに感動していた、とのコメントがおおいのは視聴者も正しいし、スタッフの力量も確かです。しかし、ドラマの放映開始から最終話まで情熱ほとばしる龍馬としてえがいてしまったために、なぜ薩長同盟をなしとげ大政奉還に参画したかがわかりにくくなっているのでは。中岡慎太郎や岩倉具視などの登場がすくない(でてこない)つくりをしてしまったために、龍馬がおこした奇跡の真の内容がつたわってこない。
情熱はかなりあやふやで言葉にならない感情です。そこに突き動かされるだけで政治はできないのではないでしょうか。
昔、『青春グラフィティ・坂本龍馬』という作品があったと記憶していますが、いつまでも青春するだけの龍馬は、ぜんぜん魅力ある人物にはうつりません。会う人によって評価が変わるようなひとは、情熱で突っ走る青年時代をのりこえた精神が宿っている、龍馬はそこが本当の魅力だと思います。33年という短い生涯以上の精神的な蓄積があったと信じています。