今回、主人公のひとり、正岡子規(香川照之)が黄泉へたびだつドラマですが、筆者は妹の律(菅野美穂)が気になってしまいました。だいじなあにさんをうしなって大丈夫でしょうか。子規は仕事のおおさを苦にしながら十七夜の日に旅立つ、その傍らで律は
戻っておくれ……、あにさあん……
こらえた感情が噴出すように泣き崩れた。
ここから第2のリーさんの人生がはじまっていく。このときの彼女の表情は、脱俗して生気が抜けたような顔をしていました。このとき、律が子規をみとることですごした健気な青春が幕をそっと閉じました。
律はそういう人柄であるために病的に人を疑うようになった。
『ひとびとの足音』 上巻 P102より
子規が死んだあと、養子に入った忠三郎氏を中心とした正岡家をえがいた司馬遼太郎の小説では、律の性格をやや権高くて潔癖なものとして記している。忠三郎は養母となった律にはあまり近寄らなかったと記しているが、この小説の律と、ドラマで菅野美穂が演じるリーさんがどうしても結びつかずにやや困惑している。人を寄せ付けない律と、けなげで愛らしいリーさん、どちらが本当でしょうか。
筆者は勝手に子規の随筆の文章をききながら、「看病に疲れて性格がくたびれてしまった」がために、リーさんの性格が年がたつにつれて意固地になったのだと決めつけている。小説では、子規の死後、律はほとんどあらわれないが、ドラマでは律の学業生活をえがかないと、どうしても人間味あるストーリーにはならない。戦争にまきこまれる弱きものが生きる姿の典型として、律の登場はまだありそうです。
男手が消えた正岡家で女性が戦時中を生き抜くのは非常に困難だったろうし、稲生季子(石原さとみ)が登場して真之(本木雅弘)と結婚するすがたをみるのは、気丈なリーさんでもさぞつらいに違いない。リーさんの生活がつらくなるのと、戦争がふかまっていく情景が重なるかとおもうと、ドラマを見ていくことの重みをを勝手に感じてしまう。でも、明治の人は、信じがたいほど健気に生きていくでしょうから、こちらとしてもこころしてみてやろうというところでしょうか。
菅野美穂さんの演技は、今回は大事なひとをうしなったあとににもかかわらず人生をすすむ強さと、精神的疲労がややにじむ感じがよく出ていたようにおもいます。あえて、目力を強くしていないところが秀逸かと。
律の人生は、結婚する相手にめぐまれない人生でしたが、傍目からしろい目で見られかねない人生をおくったがゆえに、子規をふりかえるときにおもいだされる人生をおくった。なんとも、皮肉なものです。
真之が子規の葬礼をみおくったあとから、ひきかえせない戦争がはじまる。市井のひとが否応なしに飲み込まれる、そのしのびよる足音を律の背中にみてしまうのです。