この優勝がフェデラーを史上最強に押し上げる。 | リーンのガラパゴスサロン~趣味や娯楽の広場

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 去年の準々決勝でジョーに敗れた試合、そして全米オープンでのノバック戦の敗戦はつらいものだった。


                              ロジャー・フェデラー



 2012年ウィンブルドン男子シングルス決勝。第4セット第10ゲーム、フェデラーのサービスゲームで40-30。ネットに詰めたフェデラーの横をマレーのパスが襲う。サイドラインに入ったかのように見えたショットがわずかに切れた。自国の英雄を応援していたセンターコートの観客は、アウトの判定と応援する行為を断ち切られたことが信じられず、一瞬どよめきと沈黙をもたらした。そのなかでフェデラーが膝をおり、仰向けになり、両手で顔を覆って感激をあらわにした。勝利者に贈られるはずの拍手が巻き起こらない、それは異様な優勝決定の瞬間だった。しかし、この瞬間、絶対王者といわれたロジャー・フェデラーがテニス史上のなかでも史上最強と言われる高みに駆け上がったといってもいい。4年前王者を追われたときからの苦闘と、勝利に賭ける執念が史上最強への輝きをさらに光沢あるものにしている。


 2008年ウィンブルドン決勝。ロジャー・フェデラー対ラファエル・ナダル。第1シードと第2シードの頂上決戦。その前の全仏でロジャーに4ゲームしか与えず完勝したラファが常に主導権を握る。ロジャーはバックハンドのミスが多発し、思うように展開できない。それでも延々とストローク戦が繰り返される。ラファの強烈なトップスピンに対するロジャーのバックハンドスライスとフォアの逆クロス、超ヘビー級ボクサーどうしが見せるハードパンチのノーガードの撃ち合いのような迫力と緊張感、およそ今までのウィンブルドンのようなサーブとボレーですぐにポイントが決まる今までの展開にはなかった濃密な試合にこちらは魅せられた。

 第4セット、タイブレーク。ラファが得た2度のチャンピオンシップポイントをロジャーがサーブと起死回生のバックハンドパスでしのぎ10-8で取る。ファイナルセットは雨天中断を挟みながらサービスキープが続く白熱した展開。“ロジャー”コールと“ラファ”コールが巻き起こり、センターコートは興奮のるつぼと化した。しかし、試合には終わりがつきものだ。ボールが見えなくなるなか、第16ゲームでロジャーのフォアハンドがネットにかかりついにクレーの王者が芝生の王者をその得意とする舞台で破った。絶対王者はNo.1を追われ、若手の後塵を拝することになる。

「また、この舞台に帰ってくる」

 試合後のインタビューでロジャーはウィンブルドン優勝への強い意欲を見せた。だが、過去にウィンブルドン5連覇を達成したビヨン・ボルグは連覇が途切れた後ほどなく引退を表明した。ロジャーとて勝利への意欲を持ち続けることは難しいように思われた。


 実際のところ、連覇が途切れた後、フェデラーはグランドスラムで4勝(08全米、09全仏、09ウィンブルドン、10全豪)している。だが、09全豪でナダルに主導権を取れずに敗れたこと、またナダルの早期敗退や欠場によって優勝した印象が強く隙間狙いという感がぬぐえなかった。元・絶対王者にたいへん失礼な見方をしていた。だが、10年はナダルが3冠、翌年はジョコビッチが3冠と、脂の乗り切った二人の強者がツアーを席巻し始めた。そこで冒頭に取り上げた発言につながる。10年のウィンブルドンはジョー・ウィルフリード・ツォンガに2セットアップから逆転負けした。芝生の王者の神通力は失せたのか。続く全米の準決勝ではNo.1のジョコビッチを追い詰めた。自身のサービスゲームでマッチポイントを握った。そこでジョコビッチは山を張ったかのような一か八かのリターンを放つ。そこからフェデラーは逆転負けを喫した。


 どうして今、自分が敗者としてここにいるのか分からない……。僕にはあのような場面で、あのようなショットを打つことが信じられない。僕は堅実な組み立てが報われると信じているから。


    (スポーツナビ『斜陽と言われたフェデラーが聖地で示した“正しさ”』。冒頭の発言も含む。)


 多彩なショットメーキングでオープンコートをつくる組み立てで相手を理詰めで追い詰めるフェデラーにとって、狂気的な博打をかけて一発のショットに賭けるジョコビッチはこのとき異質に映ったかもしれない。やがて12年の全仏までナダルとジョコビッチが4回連続で決勝を競うことになった。フェデラーの自信は揺るがなかったのだろうか。


 2012年、ウィンブルドン。2回戦でナダルが負けた。男子テニス界は4強(ジョコビッチ、ナダル、フェデラー、マレー)以外にも才能ある選手がいることが明らかになった、1,2回戦を完勝したフェデラーにとっては優勝のチャンスが広がったように感じた。しかし、好事魔多し、3回戦では2セットダウンに追い込まれ、4回戦では腰を痛め、メディカルタイムアウトをとる事態に追い込まれた。30歳を超えてもはや体力も限界にきていたのだろうか。

 ところがその試合をドロップショットを多用し技術で切り抜けると、準々決勝では近年見られなかったスピード感あふれる試合巧者ぶりがよみがえった。

 迎えた、準決勝。相手はノバック・ジョコビッチ。

 第2セットまでお互い取り合ってむかえた第3セット。ここでフェデラーが少しづつオープンコートをつくってストローク戦で主導権を握れるようになる。第6ゲームでの26本のストローク戦でもノバックが逆クロスに打ってきたところをバックのダウンザラインで打ち抜いて見せた。そしてセットポイントはフォアをダウンザラインに2本打って相手の足を止め、空いたオープンコートにアプローチを打ち最後はジャンピングスマッシュを打って決めて見せた。理詰めで決めたポイント、昨年の全米での困惑と不安を一気に解消して見せた。第4セットはもはやフェデラーのペースで試合が進んだ。芝生の上なら、いまだにフェデラーは実力が衰えていないことを証明した。


 いよいよ決勝戦。相手は英国人の久しぶりの優勝の期待を背負ったアンディ・マレー。フェデラーにとってもランキングNo.1がかかった重要な一戦である。最初に緊張していたのは百戦錬磨のはずのロジャーだった。ストローク戦はほとんど歯が立たず、アンフォーストエラーも多かった。無残なストレート負けもあり得た。ところが徐々にアジャストし、スイートスポットにボールが当たりだす。そして迎えた第3セット第6ゲーム。逆クロスのリターン。ミスしても何度も執拗に繰り返す。マレーも応戦するが苛立ちも隠せない。10度のジュース、6度のブレークポイント。20分に及ぶ攻防。そして、フェデラーがブレイク。ここで優勝の行方は見えたかもしれない。


 屋根が閉まったセンターコート。フェデラーが2-1とリードして迎えた第4セット第10ゲーム。フェデラーのサービスゲーム。最後も理詰めにオープンコートにアプローチを打って決めて見せた。


 これでウィンブルドン7回目の優勝、同時にランキングNo.1を手に入れた。今年は同じウィンブルドンで五輪が開催される。まさか4年前にフェデラーが金メダル候補として残ろうとは思っていなかった。年下のライバルに押されながらも現時点で世界1位にいるのはとても信じられない。いまだに勝利を追い求め、いまだに心技体を充実させている。フェデラーの強さは揺るがないメンタルの強さだが、勝利にいつまでも飢えている渇望感がその源泉になっている。敗北の悔しさを力に変えてまた優勝という獲物に向かっている。08年にナダルにウィンブルドンといういわば自分の庭で負けてから、それからの4年間に積み重ねたグランドスラムタイトル5個、そして年間3冠を成し遂げたふたりのライバルがいる中でウィンブルドンを勝ち取ったこと、これがフェデラーの競技人生にいっそう輝きを増す。これが史上最強と呼んでいい理由だ。


 ロジャー・フェデラーはやや西に傾きながらもいまだに煌々と輝いている。だが、その恒星の輝き、質量はナダルよりも、ジョコビッチよりももともと大きいのだ。偉大なる一等星のもとでテニスという星座は神々しく星空を彩っている。