スマホを落としていないのに保護シートにヒビが入りました。理由は寒暖差だとかだちょうです。
そういえば昨日(3月20日)は私の誕生日でした。
別に男ですからそういうことは気にしてませんけど、友人や家族からおめでとうコールが来ると、あぁ誕生日なんだなと実感します。
6歳で初代トロピカーナを触り、それから数々の名機、産廃を触ってきました。
あ、もちろん初代トロピカーナはデパートの屋上にあったゲームセンターにあったものですよ?
パチ屋で実際に触った最初のパチスロは初代アラジンですので。
※当時は18歳未満遊技禁止ではあったが、入場禁止ではなかった
今まで触ってきた機種はざっと100種類以上。
細く言えば200〜300機種は触ってきたと思います。
そこで今回は…
マニアックすぎて語る相手が少ない!名機ではなく迷機を語る。
の、コーナーです。
今と違って、昔は人気がある機種はすぐに攻略雑誌によってROMを解析し、勝手に公表していました。
なので月イチで出る雑誌を買いにコンビニや本屋へ発売日に駆け込んだものです。
今はネットで検索すればすぐにデータが出てきてしまって便利すぎです。
『ハナハナ』と、入力すれば…
Google先生って偉いですね。
そんなわけで昔はとにかく雑誌頼り。
でもマニアックすぎると新台情報には載りますが、解析が出ないっ!
ネット掲示板なんてなかった時代ですから、こういうときに雑誌のライター実践記事とかが役に立っていたわけです。
では話を戻して全く語れない迷機を紹介していきましょう。
まずは…
ファイナルバニー
オリンピア4号機
2-2号機であるスーパーバニーガールを彷彿させる?ズレ目がリーチ目の基本でしたが、フルーツゲームもなく、BIG図柄がSUPERと書かれた7図柄だったため、スーバニっぽさはあるようでなかったこの機種。
スペックも辛めであまり人気がなかったけど、なぜか私は好きで結構打ってました。
しかもズレ目をとことん堪能したくて、チェリーを取りこぼす位置をあえて押してた覚えが…w
当時のオリンピアのこの筐体は重低音がよく響いて好きでした。ビーナスラインやファイヤーコング、ビーキッズクラブやクレオパトラもこの類ですね。
デザインは渋くてパチスロらしさがありますが、リール窓が大きい多ライン機です。
当時はライン数を増やした分だけボーナス確率を上げるれる仕様にすることができました。
基本的には7ライン機が多かったのですが、この機種のように8ライン以上の機種も多かったです。
しかし一部が裏モノ化してしまったものの、裏モノなのに流行らないというオチ。
さらに私が打っていたのはドノーマルw
多ライン機はリプレイハズシが複雑で、リプレイと小役の同時テンパイが多発し、リプレイをハズしても小役も取りこぼす…なんてことも多々ありました。
コイツのリプレイハズシはですね…やり方忘れましたw
フィフティーズ
サミー4号機
サミー初のテーブル方式(大量リーチ目タイプ)なんていうウリでホールに現れたのですが、当時はコントロール方式とテーブル方式を詳しく理解していなかったので、何を言ってるのかわかりませんでしたw
MAXBETボタンがまだ無くて、ストップボタン右に付いているところが懐かしいわけですよ。
そしてコイツの思い入れと言えば…
とにかく負けたw
まあ設定も入ってなかったし、辛めの扱いだったんでしょうね。技術介入もほぼ効かなかったですから。
裏モノ化するぐらいしか打ち手に興味を惹かれるような要素もなく、家の周りではドノーマルだったのですぐに消えていきました。
今はこういうネタ台を作る余裕がある会社がありませんからね…
北電子4号機
当時から北電子は告知路線でしたが、コイツはボーナスの8割近くが遅れから。
もちろん完全後告知機だったのですが、その遅れはボーナス確定なので、遅れた瞬間にボーナスを揃えて良いという代物でした。
ただ、この遅れがまた独特で中毒性があるんですよね。
これ、口で上手く説明できないんですけど、ホントクセになるんです。
なので、別にゲーム性自体が良いわけではなく、ただあの『遅れ』を味わいたかっただけに打ってました。
めったに来ない通常告知も衝撃的でしたけどね。
そんなわけで今回は私が1つ歳をとったので、ちょっと昔の機種の思い出に浸るお話でした。