無碍の一道 | 禁煙成功より喫煙失敗

禁煙成功より喫煙失敗

禁煙をしたくない人でも、タバコをやめられるかもしれない。
少なくとも一人はいましたから・・私ですけど!(^^)!

最も多くの人に読まれている仏教書
と言われる『歎異抄』に
「念仏者は無碍の一道なり」
というフレーズがあります。

現今の寺や坊さんの究極の目的は
高齢化、寺離れの事実を鑑みて
いかに檀家を増やして、
葬式や法事だけで食べていくかですが、

それに対して、
仏教の究極の目的は、
浄土に往生することです。

念仏者とは、
その浄土往生がハッキリした
人のことを言われたものです。

その念仏者は
欲や怒りの煩悩で、
どんな罪悪を犯しても
その罪悪のために、
浄土に往生できるという心が
崩されることはありません。

無碍の碍はさわりということですが、
これは煩悩、罪悪のことです。
それがあるままで、
浄土往生のさわりにならない世界を
無碍の一道と言われます。

そのことを踏まえて、
禁煙、喫煙失敗について
考察してみますと、

禁煙している人は、
飲み会の席や、喫煙者の横槍などが
さわりになって
それまで頑張って続けていた禁煙が
崩れてしまうことがあります。
ですからそれらを極度に恐れます。
修行僧が煩悩を恐れるのに似ています。

それに対して喫煙に失敗しますと、
飲み会の席や、喫煙者の横槍などは
煙が鬱陶しいと思うさわりぐらいで、
それによって、タバコを辞めた心は
微動だにもしません。
煙は嫌なものですからさわりになりますし、
ニコチンという毒物が体内にある状態ならば
気持ち悪いのです。しかしそれが原因で
喫煙習慣が再発することはありません。

たとえタバコを吸ったとしても
喫煙者には戻らなくてもいい。