★「タイガーマスク運動」個人のみならず企業までもが参加
群馬県中央児童相談所にランドセル10個が「伊達直人」名義で贈られたことを皮切りに、全国に続々と同名を名乗り施設等へランドセルや文房具、食べ物などを贈る人物が現れた。「タイガーマスク運動」と呼ばれるこの活動は現在さらに広がりを見せ、個人のみならず企業までもが参加し始めている。
学習塾の運営を行う学究社は、1月13日に関東の児童養護施設の新小学生に 500万円分のランドセルを寄付。会社として300万円、残りは役員が200万円を負担した。
このようにして始まった「タイガーマスク運動」は、多くの国民の注目を浴びつつ、拡大化してきた。しかし日本には、以前から長年にわたり継続的に多くの寄付活動を実施している民間企業も存在している。
FA機器や制御機器、電子部品の開発を行うオムロン <6645> は、盲導犬協会や日本赤十字社、ユニセフへの定期的な寄付を実施。さらに、ハイチ地震など海外へも積極的に行い、国内外を問わず幅広い活動が目立つ。
空調総合メーカーであるダイキン工業 <6367> は、芸術、文化、スポーツ、教育など様々な活動に対し寄付を実施。2009年は、同社寄付総額のうち、31.7%が教育、14.9%が環境保全、 14.9%が国際交流及び協力と多くの割合を占めている。また、海外への社会貢献にも積極的で、中国青海省地震の際には約1,780万円を寄付したという。
みつばち産品の製造・販売を行う山田養蜂場は、同社が主催する「こどもたちのためのミツバチの童話と絵本のコンクール」の応募作品を中心に作ったチャリティカレンダーの収益金を全額カンボジアでの学校寄贈ならびに教育支援へ充てるよう寄付。2010年は収益金総額約1,150万円が寄付に充てられ、現在建設中のものも含め3校の小学校を寄贈している。
このように企業は独自の理念や考え方に基づき、多くの寄付をしてきた。
しかし、寄付大国であるアメリカに比べれば、まだまだ少ないのが事実だ。ギビング USA財団が発表したデータによると、2009年の寄付総額はなんと3,037億ドル(日本円で約25兆円)にも達し、同年の日本の寄付総額1兆円(寄付白書2010)に比べるとその差は歴然である。
「富裕層が貧しい人を支援する」というキリスト教の考え方が根付いているアメリカでは、20歳を過ぎると寄付をすることが当たり前と考える人が多く存在する。また、寄付を行うことで税金が免除されるシステムも導入。このような考え方と仕組みが社会に浸透していることで、個人の寄付率が高くなるのだ。
このようにアメリカとは文化や制度の違いはあるが、年末より日本各地で広がりを見せる「タイガーマスク運動」。
これをきっかけに、国内でも寄付やボランティア、チャリティ活動への理解が深まり、企業レベルでも個人レベルでも活動の輪が広がっていくことを期待している。
International Business Times
タイガーマスク運動家
伊達直虎
学習塾の運営を行う学究社は、1月13日に関東の児童養護施設の新小学生に 500万円分のランドセルを寄付。会社として300万円、残りは役員が200万円を負担した。
このようにして始まった「タイガーマスク運動」は、多くの国民の注目を浴びつつ、拡大化してきた。しかし日本には、以前から長年にわたり継続的に多くの寄付活動を実施している民間企業も存在している。
FA機器や制御機器、電子部品の開発を行うオムロン <6645> は、盲導犬協会や日本赤十字社、ユニセフへの定期的な寄付を実施。さらに、ハイチ地震など海外へも積極的に行い、国内外を問わず幅広い活動が目立つ。
空調総合メーカーであるダイキン工業 <6367> は、芸術、文化、スポーツ、教育など様々な活動に対し寄付を実施。2009年は、同社寄付総額のうち、31.7%が教育、14.9%が環境保全、 14.9%が国際交流及び協力と多くの割合を占めている。また、海外への社会貢献にも積極的で、中国青海省地震の際には約1,780万円を寄付したという。
みつばち産品の製造・販売を行う山田養蜂場は、同社が主催する「こどもたちのためのミツバチの童話と絵本のコンクール」の応募作品を中心に作ったチャリティカレンダーの収益金を全額カンボジアでの学校寄贈ならびに教育支援へ充てるよう寄付。2010年は収益金総額約1,150万円が寄付に充てられ、現在建設中のものも含め3校の小学校を寄贈している。
このように企業は独自の理念や考え方に基づき、多くの寄付をしてきた。
しかし、寄付大国であるアメリカに比べれば、まだまだ少ないのが事実だ。ギビング USA財団が発表したデータによると、2009年の寄付総額はなんと3,037億ドル(日本円で約25兆円)にも達し、同年の日本の寄付総額1兆円(寄付白書2010)に比べるとその差は歴然である。
「富裕層が貧しい人を支援する」というキリスト教の考え方が根付いているアメリカでは、20歳を過ぎると寄付をすることが当たり前と考える人が多く存在する。また、寄付を行うことで税金が免除されるシステムも導入。このような考え方と仕組みが社会に浸透していることで、個人の寄付率が高くなるのだ。
このようにアメリカとは文化や制度の違いはあるが、年末より日本各地で広がりを見せる「タイガーマスク運動」。
これをきっかけに、国内でも寄付やボランティア、チャリティ活動への理解が深まり、企業レベルでも個人レベルでも活動の輪が広がっていくことを期待している。
International Business Times
タイガーマスク運動家
伊達直虎
★タイガーマスク運動:「伊達直人」以外の寄付者の名義リスト
架空人物
* アグネス・ジイチャン
* ドラえもん
* アンパンマン
* あしたのジョーの主人公「矢吹丈」
* 「桃太郎」
* 天空の城ラピュタの「ムスカを愛するVIPPER」
* 「大神一郎」
* 女性版タイガーマスク「伊達直子」(本編には実在しない人物)
* 「若月ルリ子」(ちびっこハウスの先生)
* あさりちゃんの主人公「浜野あさり」
* 巨人の星の主人公「星飛雄馬」
* クレヨンしんちゃんの主人公「野原しんのすけ」
* 「不動遊星」
* 「四国三郎」
* 魔女の宅急便の主人公「キキ」
* 「せんとくん」の友人
* サイボーグ009の「島村ジョー」
* 「アリス・マーガトロイド」
* 「アルセーヌ・ルパン」
* 「ルパン三世」
* 「スティッチ」
* 「仮面ライダー」
* 「涼宮ハルヒ」
* 「綾波レイ」
* 「愛の戦士レインボーマン」
* 「ウルトラの父」
* 「けいおん!」の「平沢唯」「田井中律」「秋山澪」
* 「ミナミの帝王」主人公「萬田銀次郎」
* 「初音ミク」
* 「となりのトトロ」
* 「みなしごハッチ」
* 「キン肉マン」
* 「ちびまる子」
* 「スケバン刑事」の主人公「麻宮サキ」
* 「キューティーハニー」
* 「ミッキーマウス」
* 「早狩比呂美」
* 「忍者ハットリくん」
* 「デビルマン」
* 「ケロヨン」
* 「ハヤテのごとく!」の主人公、「綾崎ハヤテ」
* 「怪傑ハリマオ」
* 伊達直虎
実在(故人含む)の人物
* 肝っ玉かあさんの女優「京塚昌子」
* 凶弾に倒れた元長崎市長「伊藤一長」
* 2代目タイガーマスクの「三沢光晴」
* 「伊達政宗」
* 「坂本龍馬」
* 「二宮金次郎」
* 「一休さん」
* 「親鸞」
* 戦場カメラマンの「渡部陽一」
* X JAPANのギタリスト「HIDE」
* 画家の「山下清」
* 「西郷隆盛」
* 「宮沢賢治」
* 「タイガー・ウッズ」
* 「水戸黄門」
* 「大塩平八郎」
* 「兪吉濬」
タイガーマスク運動家
伊達直虎
* アグネス・ジイチャン
* ドラえもん
* アンパンマン
* あしたのジョーの主人公「矢吹丈」
* 「桃太郎」
* 天空の城ラピュタの「ムスカを愛するVIPPER」
* 「大神一郎」
* 女性版タイガーマスク「伊達直子」(本編には実在しない人物)
* 「若月ルリ子」(ちびっこハウスの先生)
* あさりちゃんの主人公「浜野あさり」
* 巨人の星の主人公「星飛雄馬」
* クレヨンしんちゃんの主人公「野原しんのすけ」
* 「不動遊星」
* 「四国三郎」
* 魔女の宅急便の主人公「キキ」
* 「せんとくん」の友人
* サイボーグ009の「島村ジョー」
* 「アリス・マーガトロイド」
* 「アルセーヌ・ルパン」
* 「ルパン三世」
* 「スティッチ」
* 「仮面ライダー」
* 「涼宮ハルヒ」
* 「綾波レイ」
* 「愛の戦士レインボーマン」
* 「ウルトラの父」
* 「けいおん!」の「平沢唯」「田井中律」「秋山澪」
* 「ミナミの帝王」主人公「萬田銀次郎」
* 「初音ミク」
* 「となりのトトロ」
* 「みなしごハッチ」
* 「キン肉マン」
* 「ちびまる子」
* 「スケバン刑事」の主人公「麻宮サキ」
* 「キューティーハニー」
* 「ミッキーマウス」
* 「早狩比呂美」
* 「忍者ハットリくん」
* 「デビルマン」
* 「ケロヨン」
* 「ハヤテのごとく!」の主人公、「綾崎ハヤテ」
* 「怪傑ハリマオ」
* 伊達直虎
実在(故人含む)の人物
* 肝っ玉かあさんの女優「京塚昌子」
* 凶弾に倒れた元長崎市長「伊藤一長」
* 2代目タイガーマスクの「三沢光晴」
* 「伊達政宗」
* 「坂本龍馬」
* 「二宮金次郎」
* 「一休さん」
* 「親鸞」
* 戦場カメラマンの「渡部陽一」
* X JAPANのギタリスト「HIDE」
* 画家の「山下清」
* 「西郷隆盛」
* 「宮沢賢治」
* 「タイガー・ウッズ」
* 「水戸黄門」
* 「大塩平八郎」
* 「兪吉濬」
タイガーマスク運動家
伊達直虎
★タイガーマスク運動は慈善キャラ祭り「キャラの善意」は偽善か(毎日新聞)
◇「キャラの善意」は偽善か
2011年最初のブームは、どうやら「タイガーマスク運動」ということになりそうだ。きっかけは、昨年12月25日に前橋市に現れた「伊達直人」(「タイガーマスク」の主人公)だった。彼が児童相談所に寄付した10個のランドセルが発端となって、“運動”の輪は連鎖反応のように広がり、瞬く間に全国規模の現象となっていったのである。
心温まるニュースとして歓迎する声がある一方で、どこか偽善のにおいがして手放しで喜べないとする意見もある。しかし、こうした流行に対して「善意は正しく使うべきだ」といった正論をぶつけてみてもしかたがない。
たとえ、そこに自己満足や相手への配慮不足がみてとれたとしても、人には悪意と同じくらい、やみくもな善意への衝動がある。そう、偏った形でしか発揮され得ない善意というものがあるのだ。この種の善意を萎縮させるには「フェアに」「公平に」「適切に」と言い続けるだけで十分である。
とはいえ、この現象は精神科医として見ても、なかなか興味深いものだった。
日本では継続的な慈善活動が定着しにくいと言われるが、その原因のひとつとして、システムへの不信がある。寄付が有効活用されているか、きちんとチェックできず、メディアの関心も高くない。チャリティー精神の背景となる宗教的な基盤も弱い。
そのかわり、われわれは「祭り」としてのチャリティーには好んで参加する。ショーやコンサートはもちろん、期間を限定した募金活動やチャリティー番組もある。大規模災害の際の義援金にも、そうした側面が感じられる。そういえば「ホワイトバンド運動」といった“流行”もあった。
ネット上では、冗談半分でなんらかの活動が連鎖的に盛り上がることも「祭り」と言う。「タイガーマスク運動」の場合は、年末年始という「チャリティー祭り」にふさわしいタイミングと、マスコミ報道によるフレームアップも相まって、二重の意味で「祭り」化していったようにもみえる。
もうひとつ、今回の現象で特異だったのは、当初の「伊達直人」からキャラクターがどんどん拡散し、多様化していったことだ。そのリストには星飛雄馬やアンパンマン、ディズニーやジブリ作品の登場人物、キャラの立った戦場カメラマンなどの名前が連なる。
これは果たして「匿名の善意」なのだろうか。むしろ「キャラの善意」と考えるべきではないだろうか。だとすれば、「祭り」を連鎖させていった最大の要因は、あたかも「コスプレ」のように「慈善キャラ」になりきりたい、という欲望ではなかったか。
個人名でのランドセル寄付は、どこか気恥ずかしい。もし報道されたりしたら、世間にはやっかみ半分でたたく人も出てくるだろう。だから実名は出したくない。さりとて匿名では寄付の事実が埋もれてしまう。どうせなら自分の善意になんらかの形を与え、痕跡を残したい。
そのように考えた時、「伊達直人」というキャラになりきることは、実名と匿名のちょうど中間の選択として、まことに格好のアイデアだったのだ。キャラは必ずしも「匿名」ではない。少なくともメディアやうわさの中では「あれは自分だ」という同一性が保たれる。
つい最近まで「キャラが立った総理」の下にあったこの国の民は、子どもから大人まで「キャラになる」行為になじんでいる。それは社会的な仮面としての意味を持つばかりではない。人とつながったり、普段とは違う行動をしたり、自分を否定したくなったりしたとき、私たちは少しだけ「キャラ」になる。その行為の延長線上に「伊達直人」はいる。
それでは「キャラの善意」はやはり「偽善」なのだろうか。
「左手に告げるなかれ」と聖書にはある(マタイ福音書)。施しという行為にともなう自己満足への戒めの言葉だ。ならば、「キャラの善意」はどうか。おそらく、それは直接には自己満足につながらない。個人と公共を媒介する存在としてのキャラは、集合的な存在でもあるからだ。
そこに満足があり得るとしても、それは単なる個人的感情を超えている。善人ではなくキャラを装うことで、善意の純度はむしろ高められるのだ。そこに偽善のニュアンスは限りなく薄い。
もっとも、祭りという性質上、これが恒常的な慈善行為に結びついていく可能性は少ない。おそらくこの現象は、一過性で終息するだろう。ここで「継続が大切」とか、余計なおせっかいを言うつもりはない。ただ、これだけは言える。小さな善意の表現形式として、この「キャラ祭り」は、日本人ならではのナイスな「発明」だった。そのことの価値は誇っていい。
だから祭りは祭りとして、迷惑をかけない程度に楽しめばいいし、楽しんだら忘れてしまってもいい。でも、また年の瀬がめぐってきたら「伊達直人」には帰ってきてほしいものだ。終わらない祭りはないけれど、祭りは毎年くり返されるのだから。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2011年1月23日 東京朝刊
タイガーマスク運動家
伊達直虎
2011年最初のブームは、どうやら「タイガーマスク運動」ということになりそうだ。きっかけは、昨年12月25日に前橋市に現れた「伊達直人」(「タイガーマスク」の主人公)だった。彼が児童相談所に寄付した10個のランドセルが発端となって、“運動”の輪は連鎖反応のように広がり、瞬く間に全国規模の現象となっていったのである。
心温まるニュースとして歓迎する声がある一方で、どこか偽善のにおいがして手放しで喜べないとする意見もある。しかし、こうした流行に対して「善意は正しく使うべきだ」といった正論をぶつけてみてもしかたがない。
たとえ、そこに自己満足や相手への配慮不足がみてとれたとしても、人には悪意と同じくらい、やみくもな善意への衝動がある。そう、偏った形でしか発揮され得ない善意というものがあるのだ。この種の善意を萎縮させるには「フェアに」「公平に」「適切に」と言い続けるだけで十分である。
とはいえ、この現象は精神科医として見ても、なかなか興味深いものだった。
日本では継続的な慈善活動が定着しにくいと言われるが、その原因のひとつとして、システムへの不信がある。寄付が有効活用されているか、きちんとチェックできず、メディアの関心も高くない。チャリティー精神の背景となる宗教的な基盤も弱い。
そのかわり、われわれは「祭り」としてのチャリティーには好んで参加する。ショーやコンサートはもちろん、期間を限定した募金活動やチャリティー番組もある。大規模災害の際の義援金にも、そうした側面が感じられる。そういえば「ホワイトバンド運動」といった“流行”もあった。
ネット上では、冗談半分でなんらかの活動が連鎖的に盛り上がることも「祭り」と言う。「タイガーマスク運動」の場合は、年末年始という「チャリティー祭り」にふさわしいタイミングと、マスコミ報道によるフレームアップも相まって、二重の意味で「祭り」化していったようにもみえる。
もうひとつ、今回の現象で特異だったのは、当初の「伊達直人」からキャラクターがどんどん拡散し、多様化していったことだ。そのリストには星飛雄馬やアンパンマン、ディズニーやジブリ作品の登場人物、キャラの立った戦場カメラマンなどの名前が連なる。
これは果たして「匿名の善意」なのだろうか。むしろ「キャラの善意」と考えるべきではないだろうか。だとすれば、「祭り」を連鎖させていった最大の要因は、あたかも「コスプレ」のように「慈善キャラ」になりきりたい、という欲望ではなかったか。
個人名でのランドセル寄付は、どこか気恥ずかしい。もし報道されたりしたら、世間にはやっかみ半分でたたく人も出てくるだろう。だから実名は出したくない。さりとて匿名では寄付の事実が埋もれてしまう。どうせなら自分の善意になんらかの形を与え、痕跡を残したい。
そのように考えた時、「伊達直人」というキャラになりきることは、実名と匿名のちょうど中間の選択として、まことに格好のアイデアだったのだ。キャラは必ずしも「匿名」ではない。少なくともメディアやうわさの中では「あれは自分だ」という同一性が保たれる。
つい最近まで「キャラが立った総理」の下にあったこの国の民は、子どもから大人まで「キャラになる」行為になじんでいる。それは社会的な仮面としての意味を持つばかりではない。人とつながったり、普段とは違う行動をしたり、自分を否定したくなったりしたとき、私たちは少しだけ「キャラ」になる。その行為の延長線上に「伊達直人」はいる。
それでは「キャラの善意」はやはり「偽善」なのだろうか。
「左手に告げるなかれ」と聖書にはある(マタイ福音書)。施しという行為にともなう自己満足への戒めの言葉だ。ならば、「キャラの善意」はどうか。おそらく、それは直接には自己満足につながらない。個人と公共を媒介する存在としてのキャラは、集合的な存在でもあるからだ。
そこに満足があり得るとしても、それは単なる個人的感情を超えている。善人ではなくキャラを装うことで、善意の純度はむしろ高められるのだ。そこに偽善のニュアンスは限りなく薄い。
もっとも、祭りという性質上、これが恒常的な慈善行為に結びついていく可能性は少ない。おそらくこの現象は、一過性で終息するだろう。ここで「継続が大切」とか、余計なおせっかいを言うつもりはない。ただ、これだけは言える。小さな善意の表現形式として、この「キャラ祭り」は、日本人ならではのナイスな「発明」だった。そのことの価値は誇っていい。
だから祭りは祭りとして、迷惑をかけない程度に楽しめばいいし、楽しんだら忘れてしまってもいい。でも、また年の瀬がめぐってきたら「伊達直人」には帰ってきてほしいものだ。終わらない祭りはないけれど、祭りは毎年くり返されるのだから。=毎週日曜日に掲載
毎日新聞 2011年1月23日 東京朝刊
タイガーマスク運動家
伊達直虎