こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!
 

新居への引っ越しを終え、我が家もようやく落ち着いてきました。

段ボールだらけだった部屋が少しずつ片付くのって、嬉しいですよね。

 

すると、それを待っていたかのように下からピアノの音色が!

 

しかも、ジブリの癒しの曲(^^♪

 

妻が、一段落ついてホッとしたのか、新しく購入した楽譜を見ながら、嬉しそうにピアノを弾き始めたのです。

 

それを聞いていた子供たち。

 

興味をもったのか、「オレも弾けるようになりたい!」といって、一緒にひき始めました。

 

 

とっかかりは、定番の?「猫ふんじゃった」。

 

いつもは、泥まみれになるなるまで、外遊びに没頭している息子ですが、室内でのこういう過ごし方も好きなようで、とてもうれしそうに弾いています。

 

気づくと、あっという間に弾けるようになっているから、驚きです。

 

子どもは飲み込みが早い!つくづく思いますよね。

 

 

 

さて、先日友人の先生たちの研究発表会がありました。

 

コロナの関係で、ごく少人数での限定授業公開とオンラインによる実践提案でした。

 

1年間かけて頑張ってきただけあり、素晴らしい実践の数々でした。

 

 

ところが、ふとこんなことが頭に浮かびます。

 

「提案者たちは、実際のところ、どう感じているんだろう?」と。

 

「手ごたえや達成感、喜び、心残りなど、先生たちの仕事の成果って、どんな時に味わえるんだろう?」と。

 

 

大きな発表会や授業を公開された経験のある方も多くいらっしゃると思います。

 

あなたの場合は、いかがでしたか?

 

 

そこで、実際に公開を終えた(経験された)先生方にインタビューしてみました。

 

授業公開前・・・同僚と協力して、新しい提案性のある授業アイデアが形になったことが嬉しい!

 

授業中・・・子ども同士の対話が活発で、想定をはるかに超えるような学び合う姿が見られるだけで、もう感動!

 

授業後・・・講師の先生や参観者から、賛否含めてたくさんのフィードバックをもらえて、やってきてよかったと思えた!/子どもたちのノートを見ていると、授業中では気づかなかったけど、ばっちりねらっていたことがおさえられていて、安心した!

 

公開の数日~数か月後・・・あの授業以来、子どもたちの学びに向かう姿に明らかに変化が見られて、あの授業が響いていたんだなぁって思えた。/授業を見ていた、直接は知らない先生から、「参考にさせてもらいたいので、資料をください」って、連絡をもらえた時は、少しは人の役に立てたのかもっていう気持ちになれた。

 

数年後・・・あの時の子どもが成人して、「先生のあの授業、よく覚えてますよ!自分の支えになってます。」と言ってもらえて、「先生やってきてよかったぁ」って、あの時には感じられなかった喜びが込み上げてきた。

 

※いやぁ~何よりも終わったことが嬉しい!ホッとした。ただそれだけ。

 

こういう先生もあんがい多くいらっしゃいました。これも、本音なんでしょうね。

 

 

インタビューをしてみて、

 

先生たちが自分のがんばりを、もっといろんな場面で実感できれば、働きやすくなるんだろうなぁと思えました。

 

 

人のフィードバックやアドバイスはとってもありがたい。

 

でも、それが人からの評価ばかりを気にした

 

”いい先生”

 

”いい授業”

 

を追い求め続けると、心も体も休まる暇もなく、きっと疲れちゃうんだろうな。

 

それよりも

 

”自分らしい先生”

 

”自分らしい授業”

 

を大切にしてもらいたいなぁと思いました。

 

公開授業などしなくても、もうすでにがんばっている先生たちを、心から応援したい気持ちになりました。

 

 

 

※ちなみに、「猫ふんじゃった♪息子」は、よく朝起きると、トイレよりも先にピアノに触っていました。がんばろうとしなくても、楽しければ、がんばれるものですね。本人は、がんばっているつもりは、ないと思いますが・・・。

 

 

 

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こんにちは

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

 

移住してからというもの、やたらと

 

 

「雲」が好きになりました。

 

存在感たっぷりの大迫力で、ただただそこに在るのです。

 

毎朝起きるとまず、(今日はどんな形かなぁ~?)と「雲」の形を眺めて、しばらく味わうのが、チョットした楽しみになっています。

 

 

さて、ここのところ、夕方から突然空が暗くなって、天気が崩れ始める日が続いています。

 

先日も、土砂降りになりました。 

 

しばらくして小雨になったころ、娘が「パパ、散歩行こう!」と誘ってくれました。

 

「まだパラパラ降ってるよ」と言うと、「じゃあ、傘さしていこうよ」と。

 

 

1日中、運動をしていなかったので、傘をさして外に出ることにしました。

 

手をつないで歩き始めると・・・

 

散歩の姿がちらりと見えたようで、お隣の奥様が家の窓を開けて「あらぁ、パパとお散歩?いいわねぇ」と、わざわざお庭から出てきてくれました。

 

「今日は、一日〇〇ちゃん(娘)に会えなかったから、寂しくてねぇ。もう、〇〇ちゃんロスになっちゃいそうだよ」と、寂しそうな表情で話しかけてきてくれたのです。

 

実は昨日、会って遊んでもらっているんですけどね。(笑)

 

娘の表情を見ると、照れくさそうにしながらも、本当にうれしそうにほほえんでいます。

 

移住先のお隣のご夫婦が、本当に温かくて親切で、気さくに接してくださり、子どもたちはあっという間に大好きになりました。もちろん、私たち夫婦もありがたくて、もう感謝感謝です。

 

 

先ほども、学校から帰宅するなり「遊びに行ってくるね!」とお隣のお宅に出かけ、帰ってくると「一緒に犬の散歩に行って、庭の金魚にエサを上げてきた」と嬉しそうに報告してくれました。

 

そんなふれあいをみていると、(なんて幸せな子ども時代を過ごしているんだろう。こういう関わりって、大切なんだよなぁ)と、なぜか懐かしい思いがしてきました。

 

 

そんなことをぼんやり思っていると、今講座で学ばせてもらっている「リフレクション」のことが頭に浮かんできました。

 

「リフレクション」については、もうすでに知っている方も多いと思います。

 

数年前から、学校教育でもとても重視されてきましたよね。

 

『リフレクション 自分とチームの成長を加速させる内省の技術』の著者である熊平美香さんによると

 

「リフレクション」とは・・・【自分の内面を客観的、批判的に振り返る行為】で、決してネガティブなものではなく、【あらゆる経験から学び、未来に活かすことが目的】

なのだそうです。

 

 

どうして、突然このリフレクションのことが頭に浮かんだのでしょうか?

 

それは、この本の中で提唱されている、リフレクションの質を高めるための「認知の4点セット」という言葉を思い出したからです。

 

「認知の4点セット」とは、「意見」「経験」「感情」「価値観」のことです。

 

私なりに、ごく簡単にまとめると、「人の考えや行動(=意見)の裏には、必ず『背景』(=経験・感情・価値観)がある」ということです。

 

つまり、本人は無自覚であっても、自分の「意見」は、過去の「経験と感情と価値観」がもとになっているということです。

 

 

 

思い返してみると、私が幼い頃、親戚のおじさん・おばさんから、本当に大切にしてもらった「経験」があります。

 

夏休みやお正月には、大勢の親戚で集まって、いつも愛情たっぷりに遊んでもらっていました。

 

その時の安心感や喜びの「感情」は、40年経った今でも忘れません。

 

そしてきっとそこから、両親以外の大人に大切にされることは、幸せなことなんだという「価値観」が育まれたのでしょう。

 

このように、自分を理解するうえで「リフレクション」は、欠かせません。

 

この「認知の4点セット」を活用した「リフレクション」は、自己理解以外にも、「経験から学んだり」、「対話を深めたり」と、様々な場面でも応用可能だそうです。(※詳しくは、本を読んでみてくださいね。とてもおススメです。)

 

「主体的、対話的で深い学び」が求められている学校現場でも、目の前の子どもの実態に合わせてアレンジしながら、おもいっきり活用できそうですよね。

 

 

※また明日、子どもたちはきっと、お隣のご夫婦と友達のように遊ぶんだろうなぁ(*'▽')。幸せ幸せ。

 

 

 

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こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。

 

 

先日、小4の息子と学校の話題になりました。

 

子「今日、読書の時間に、読みたい本がなくて、フラフラしてたらさぁ、スタッフ(=担当教員)から話しかけられたんだ。」

 

私「なんて?」

 

子「普段、毎日家で何してんの?って」

 

私「なんて答えたの?」

 

 

子「毎日やってるのは、”家族対話”って答えた。」

 

私「確かに、毎日やってるねぇ。それで?」

 

子「そうしたら、もう一人のスタッフに、『それって哲学対話みたいなもの?』って聞かれたから、最初は、哲学対話だったけど、それが発展して、家族でそれぞれどんなことがあって、どんな気持ちだったかを対話するようにしてるんだって説明した。」

 

学校では、スタッフとこういう何気ない対話をしているんだなぁと嬉しく思いました。

 

こういう関わり方を大切にしてくださる学校とスタッフの方々に、感謝の思いがあふれてきます。

 

 

教師時代には、よく子どもたちが家庭であった話をしてくれたものです。

 

 

「親とのほっこりするような会話」、「親同士の笑ってしまうようなやり取り」、「テレビ番組の主導権を争う激しい兄弟バトル」、「辛いんだけどやめたくはない習い事でのストレス」など、本当に日常の出来事を。

 

それはもう、見事なほど筒抜けです。(笑)

 

こちらから聞き出さなくても、子どもたちはどんどん話をしてくれますよね。

 

人は本来、誰もが、聞いてほしいっていう本能があるんだろうなぁ~って思いながら、聞いていました。

 

でもそれが、その子の精神状態や発達段階、聞き手との信頼関係によって、だんだんと「話したくない」と思わせてしまってしまうことも・・・。

 

 

スタッフと息子のやり取りには続きがあります。そして、思わぬ展開へ。

 

子「『それって、どういう風に始めるの?』って聞かれたから、まずは気持ちを落ち着けるために5分くらい《瞑想》するんだって言ったら、『どんな感じ』って聞かれた。だから、こうやって目をつぶって、鼻の呼吸に意識を向けて、もし違うことが頭に浮かんだら、それを《〇〇と思った》って、カッコに入れて、また鼻の呼吸に戻すんだって。」

 

毎日やっていることではあっても、子どもがここまで人に説明できるなんて!と驚きです。

 

そして、思わぬ展開へ。

 

子「そうしたら、スタッフが、『じゃあ、せっかくだから、みんなでやってみようか?』っていう展開になって、みんなで5分やったんだ。終わったら、何人かの友達が、これ毎日やったらどう?って言ってたよ。」

 

私「それって、どんな気持ちなの?」と聞くと

 

子「そりゃぁ~、嬉しかったよ。だって、自分が提案したことを取り上げてもらえたし、みんなの前で意見言ってよかったぁ~って思ったよ。」と、何とも誇らしくて、表情からも自信がうかがえました。

 

きっと、こういう体験の積み重ねが、「自分軸づくり」に大切なんじゃないかなっていう気がします。

 

 

我が家では、家族での対話や団らんを大切にしたくて、寝る前に対話の時間をとっています。

 

遊びモードから、少し気持ちを落ち着けて対話モードにするために、マインドフルネス瞑想を取り入れることにしていたのです。

 

マインドフルネス瞑想のきっかけは、ちょうど1年前、友人の武藤貴宏さんからの1本の電話でした。

 

友「一緒に、マインドフルネス瞑想を始めない?今『鬼滅の刃』って流行ってるでしょ?あれ、呼吸がポイントなんだ。きっと、子どもたちにもうけると思うよ。」と。

 

これまでも、学級ではよく「呼吸法」を取り入れていました。

 

ただ確かに、今はやりの「鬼滅」と組み合わせれば、きっと子供たちはもっとノリノリになりそうだなぁと思って、気持ちはすでに前のめり。

 

友「とっても簡単で、鼻で息を吸って吐くだけ。数秒あればその場でもできるから、毎日続けていれば習慣になって、歯磨きのようにやるのが当たり前になってくるよ。むしろ、やらないとなんか落ち着かないっていうところまでくれば、もうその人のものだね。」

 

そんな友人のススメをきっかけに、この日から、私のマインドフルネス瞑想生活が始まりました。

 

 

人間ってつくづく、「習慣の動物」だって実感します。

 

意識的にしろ、無意識にしろ、いい習慣にしろ、悪い習慣にしろ、習慣の積み重ねが今の自分を創ってきたんだろうな~って。

 

そう考えると、私にとって、このマインドフルネス瞑想との出会いは、最高の習慣との出会いだと言えます。

 

ゆったりとした自分の時間の中で、自分自身を味わえる、とっても幸せな時間だからです。

 

しかも、このマインドフルネス瞑想は、「自己受容」「自己肯定感」「非認知能力」などとも、とても関係が深く、相乗効果的な高まりを日々実感しています。

 

 

ある人がこう言っていました。

 

「あなたは、『人生』と『瞑想』は、どっちが大切ですか?と聞かれたら、私は迷わず『瞑想』だと答えるなと。」

 

人生以上に大切な瞑想って!? (笑)

 

でも、今となっては、とってもよく分かるんです、その気持ち。

 

そして、ついに先日、私もマインドフルネス瞑想生活、1周年を迎えたのです。

 

 

どうして、続いたのかなぁ~?と振り返ってみると、いくつかのポイントがありそうです。

 

まずは、「21日続けて」みた・・・「21日間継続したことは、習慣化する」なんていう法則があるようです。

 

心地よさや効果が「実感」できた・・・頭だけの理解ではなく、体験して、実感できて、初めて続きますよね。

 

「仲間と一緒」に取り組めた・・・友人の武藤貴宏さんが主催するグループの仲間と、緩くつながらせてもらってます。

 

「無理なく簡単に」どんな場所でもできた・・・無理はしたくない。でも鼻で呼吸するだけなんて、こんなに簡単なことはない!

 

そして何より、「楽しんで」できた・・・これが全て。やり終えた後、明らかに心と体の様子が変化しているから不思議!

 

 

あなたは、どんな習慣で自分を創っていますか?

 

 

 

 

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こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

 

 

先日、教育関係の出版記念オンライントークセッションに参加しました。

 

現役の先生たちの生の声が聴ける、とっても貴重な学びの場でした。

 

「先生」というと、これまでよく「先に生まれた人」と言われることってありますよね。

 

でも、今回出版されたのは、『この先を生む人』という題名の本。

 

先生は、ただ先に生まれた人なのではなくて、「先を生む人」なのだと言うこのとらえ方は、珍しいですよね?どういうことなのでしょうか?

 

この本の生みの親《ティーチャーズ・イニシアティブ(TI)》の代表理事、宮地勘司さんは、次のように語っています。

 

「この変化の激しい時代においては、先に生まれただけでは豊かな学びを創り出す十分条件を備えているとは言えません。しかし、そんな従来の概念を越えて、子どもたちの主体性と創造性を引き出し、今まさに未来を生み出そうとしている先生たちは、確かにいる。そんな先生たちへの大いなる期待と尊敬を込めて『この先を生む人』という書名を付けました。

 

 

今回話してくださったのは、この本の中にも登場するお二人。

 

共に私立中・高で働く、東京の理紗先生と愛知の剛司先生です。

 

お二人とも、《これまでの先生としての自分の在り方》を見つめなおす中で、葛藤しながらも、自分の中の何かが変わっていく様子について、自然体で語ってくれました。

 

 

理紗先生は「カリスマ教師症候群を超えて」という、インパクトのあるテーマ。

 

多くの先生たちは、(いい先生になりたい)(いい授業をしたい)という願いをもって、日々がんばっていますよね。

 

それは、子どもにとっての、保護者にとっての、同僚にとっての、いい先生。

 

でも、それがいつしか、他者からの期待に応えることで、自分自身の有用感を満たすための鎧になっていたのだとしたら・・・。

 

 

「いい先生になりたい」という純粋な思いが、いつしか「他の誰よりもいい先生に!」「もっと期待に応えられるいい先生に!」という思いで、ガンジガラメになってしまっていたのだとしたら・・・。

 

きっと苦しかったんじゃないかなぁ、と共感の気持ちでいっぱいになりました。

 

そんな中で参加した「ティーチャーズ・イニシアティブ」の合宿。

 

「自分をさらけ出しても大丈夫なんだ」という安心感から、「ありのままの自分を認めてもらえて、自分はここにいてもいい」と思えるようになったのだそうです。

 

この日の、理紗先生の柔らかな表情、穏やかな語り口、一つ一つの言葉やゆったりとした間が、まさに自然体で、ありのままの自分をさらけ出しているように感じられました。

 

 

剛司先生は、長い教師生活の中で、ずっと疑問をもち続けていたそうです。

 

「実際にぼくたちがやっていることは、まるでブロイラーを量産しているかのよう。ニワトリがすごく狭い小屋に入れられて、餌を突っついている。学校に来ている生徒もそんなブロイラーのように、椅子から動くなとか、おしゃべりするな、とにかく私が黒板に書いたことをノートに写して演習解いてとか。」

 

 

そんな折、出逢ったのが西川純先生の提唱する『学び合い』。

 

これまでの子どもの学び方に明らかな違いが見られ、手ごたえを感じたそうです。

 

その後、学校のススメで、仕方なくいやいや参加した「ティーチャーズ・イニシアティブ」の合宿を伴う研修。

 

しかし、そこで、全国から集まった先生方との「対話」と「ワークショップづくり」の体験を通して、「生成的な学び」を実感した剛司先生。

 

そこから、「自分の職場の関係性も、もっとよくしたい」と動き出したのだそうです。

 

「未来の学校を考える」というテーマのワークショップを校内で開催するため、自分でチラシを作り、直接配って声をかけるという行動力!

 

30名弱の先生たちが集まってくれて、対話を重ね、大きな成果を実感したのだそうです。

 

ただ一貫して、「ぼくは、何も特別なことはしてません。」とか「本当は、研修にも参加したくなかったんですけどね。」と、なにも飾ることなく、本音で語ってくださっていたのが、とても誠実で印象的でした。

 

 

先生たちが、こうして飾ることのない生の声で、ありのままの自分を語り合えたら、教室や職員はどんなに素敵なんだろう?

 

子どもとの関係性は、どう変わっていくんだろう?


「ありのままの自分」って、いろんなとらえ方ができそうですが、きっと「無理はしてない状態だから、心は落ち着いていて、居心地がいいんだろうなぁ」と思ってます。

 

あなたにとって、ありのままの自分とは?

 

 

 

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※6月19日(土)15:30~最後の出版記念トークセッションがあるようです。

 

 

 

 

こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

 

 

ほんっと~に、超久しぶりに本気で走りました。

 

正確には、気が付くと、夢中になって走り出していた感じ。

 

 

一体何に夢中になっていたのか?

 

それは、目の前の地面にうつし出された巨大な影。

 

上を見上げると・・・

 

 

太陽が、ちょうど雲にかかって、その影がグラウンドいっぱいに広がっていたのです。

 

しかも、目の前のその影は、ジワジワと遠ざかっていきます。

 

 

あなたは、雲の本当の速さを知っていますか?

 

地上から、空を仰ぎ見て、(今日の雲は速いなぁ)と感じたり、数字上で秒速○mといったことを知識で理解することはあっても、実際に目の前を雲が走っている場面を、私はこれまで見たことがありません。

 

もう、興奮してしまって、思わず勝負したくなったのです。

 

 

昭和世代の人は知っているかもしれません。

 

昔、『天才たけしのスポーツ大賞』という番組がありました。

 

その中で、素人による100m走のコーナーがあり、そこで優勝すると・・・「カール君」(※当時世界最速だったカール・ルイス選手の人形)に挑戦できるのです。

 

カール君は、隣のレーンを走ります。

 

初めは、優勝者の方がリードするのですが、カール君は途中からグングン加速して、圧倒的なスピードで抜き去っていきます。

 

それは、そうですよね。(笑)

 

当時、人類最速の人形ですから、勝てるはずがありません。

 

でも、まさに、それが体感なのです。

 

隣を人類最速が並んで走る(といっても、一瞬で抜き去られてしまいますが)。

 

勝ち負けではなく、きっと体験を味わえるという価値なのでしょう。こんな体験は、なかなかできません。

 

 

さて、私と雲との勝負の結果です!

 

 

目の前の手に届きどうなところには雲はいます!

 

私との距離は、つかず離れず・・・。

 

しかし、最後は、一気に突き放され、影はグラウンドを越えて、外の駐車場へと走り去っていったのでした。

 

「雲・・・はえぇ~!!」

 

雲との勝負を通して、初めて体感する雲の速さ!

 

体験してみないと、発見できないことです。

 

 

でも、正確に言うならば、雲の速さの新発見ではなく、自分の遅さの再発見だったのかもしれません。(笑)

 

※教師は、いつから本気で走らなくなるんだろう?

 

 

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