こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

先日、チョットした夢がかないました。

 

移住してきてから、毎日のように聞こえる、「あの鳴き声」。

 

「ケンケ~ン」

 

そうです、あの「けんもほろろ」の語源にもなっている「キジ」の鳴き声です。

 

東京に住んでいるときには、1度も聞いたことがなく、初めは「鳴き声」であるとも分からず、何の「音」なんだろう?と思っていました。

 

なかなか姿は見せてくれませんが、鳴き声はひんぱんに聞こえてくるので、きっと近くに住んでいるはずです。

 

(いつか近くで本物を見たいな。できれば、庭にでも飛んできてもらえないかなぁ~)と、夢見ていました。

 

 

すると、雨の降る日曜日の朝。(おや?やけに近くで鳴き声が聞こえるぞ?)と思っていると、何やら下で5才の娘が興奮気味に叫んでいます。

 

下に降りてみると、建築工事中の隣の庭に、なんと!本物のキジが来ているではありませんか!

 


やっと間近でキジの姿が見られたぞ!と娘と大興奮。

 

しばらくの間、家族みんなでその姿に見とれていたのでした。

 

 

さて、「見えなかったものが、見えてきた」という喜びをもう一つ体験しました。

 

今話題の、「非認知能力」です。(※「社会情動的スキル」とも)

 

「意欲・楽観性・忍耐力・自制心・自信・思いやり・ コミュニケーション力」などの、点数(数値化)が難しい能力のことです。

 

あなたは、「非認知能力」について、もうご存じですか?

 

幼保の先生方の間では、「ずっと昔から大切にしてきたもの」だと、うかがっています。

 

なぜなら、「遊び」は「非認知能力」が育まれる宝庫だからだそうです。

 

小学校に勤務していた時には、間違いなく大切だろうという確信はありましたが、恥ずかしながら、詳しい内容や育み方については、ほとんど知りませんでした。

 

そこで、校内研究も「非認知能力」をテーマに数年かけて取り組んできたこともあります。

 

 

つい先日、幸いなことに、念願かなって、『非認知能力が子どもを伸ばす』の著者である岡山大学准教授の中山芳一先生から、直接学ぶ機会を得られました。

 

腹にストンと落ちる話からスタートしました。

 

それは、「非認知能力は、どんなに外から身に付けさせようとしても、身に付くものではありません。どんな環境を整えるかが大切です」と。

 

確かに!

 

「もっと自信をもちなさい!」「思いやりを大切にしなさい」なんてよく大人から言われてきましたし、自分もきっと言ってきました。💦

 

でも、確かにそれだけで自信をもったり、思いやりをもてた人って、あんまりいませんよね。

 

では、どうすればよいのでしょうか?

 

と~っても濃密な学びだったのですが、ごく一部だけ紹介しますね。

 

 

とらえずらいこの力を曖昧なままにしていては、見えてきません。

 

そこで、まずは具体的な一つ一つの力を大きく次の3つのフレームに整理して理解します。(※これらは、中山先生の提案だそうです。)

 

 

◎【自分と向き合う力】

◎【自分を高める力】

◎【他者とつながる力】

 

そして、この3つのフレーム(レンズ)を通して、子どもの活動のプロセスを見るといいそうです。

 

「自分と向き合おうとしているかな?」

「自分を高めようとしているかな?」

「他者とつながろうとしているかな?」

 

そのプロセスを見取るためのキーワードは

 

「気付き」と「意味づけ」

 

例えば、協力して取り組む2人がいる状況で

 

「他者とつながる力」レンズで見ると➔ 「クラスの仲間と助け合いながら取 り組めているな!」と気付けます

 

そして、「あれだけ自己主張が強かったの に、我慢できるようになったな! 」➔と「自分と向き合う力」がその子の中に育ってきたと「意味づける」ことができます。


 

ちなみに、3つのレンズには、それぞれ

 

【自分と向き合う力】には、「自制心」「忍耐力」「レジリエンス(回復力)」など

 

【自分を高める力】には、「意欲」「向上心」「自信」「自尊心」「楽観性」など

 

【他者とつながる力】には、「コミュニケーション力」「社交性」「協調性」「共感性」などが含まれます。

 

ただ、3つのレンズでは、まだ抽象的なので、次にもう少し具体的に「(例えば)自信って、子どもの姿だと、どうあらわれるのかな」と考えると、もっとはっきり見えてきます。

 

こうすることで、「見えにくかった非認知能力が、だんだんと見える」ようになってきませんか?

 

いかがですか?少しは伝わりますか?

 

正直、これは中山先生のお話の1/100にもなりません。

 

学校の先生ならば、日々の授業ではどうすれば育むことができるの?と思いますよね。その点も中山先生は、豊富な事例をお持ちです。

 

もっと詳しくし学びたい方は、是非じっくりと本を読んでみてくださいね。

 

※この記事を書いている最中、小4の息子がのぞき込んできて一言。「オレ、自分を高める力、すごくある。パパは、他者とつながる力だね。」ですって。(笑)

 

 

 

このブログでは、「自己肯定感」や「自分軸」、「教育」にかかわる情報を発信していきたいなと思っています。

こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

先日、農業体験でお世話になっている「通い稲作塾」に家族で行ってきました。

 

前回は、田植え。今回は、草取り。

 

 

草取りと言っても、草を刈ったり、引っこ抜いたりするのではありません。

 

イネとイネの間の土を手でならす感じです。すると、水中で生えていた草が水面にフワフワと浮いてきます。

 

こういう草取りもあるんですね。 

 

 

ただ、子供にとってのメインは、ここではありませんでした。

 

一仕事終えると、あっという間に視界から消えていきました。

 

そして、しばらくすると、興奮ぎみの大きな声が届いてきました。

 

 

近づいてみると、網の中にはオタマジャクシが10匹近くも入っていたのです。

 

さらに次々と叫び声と共に生き物たちが!!!!

 

 

まるで、見たこともないような昆虫たちでいっぱい。

 

時を忘れ、われを忘れ、生き物探しに夢中です。

 

目をキラキラさせながら、大自然の中で生き生きと動き回る息子の姿を見ていると、こちらまでワクワクしてきます。

 

 

すると、自分が幼少時代を過ごした広島での思い出がよみがえり、重なってくるから不思議です。

 

行けばいつも新しい発見がある小さな裏山。森の中の誰もいないような場所を求めては、グングン進み、「いい場所」を見つけては、一人ひっそり隠れていたりしました。(笑)いったい何の意味があるのか分かりませんが。

 

 

目の前に広がる瀬戸内海。嵐の日には、海から飛んできたワカメが、よく窓ガラスにペタペタと張り付いたものです。目的なんて何にもなくて、ただ何かを探しに、毎日のように海には出かけたものです。

 

ドキドキしながらこっそりとつないである小舟に乗りこんでみたり。漂流してきた容器の中身をドボドボ海に流して、その謎の液体の広がりを眺めてみたり。時には、パンツ一丁で飛び込んでみたりと。

 

 

今思い返すと、毎日が「熱中」の連続だったような気がします。

 

幼い頃、大好きだったことって、きっといつまでも心の奥深くに残っているんでしょうね。

 

 

さて、あなたが「熱中」していたことって、何ですか?

 

今となっては、忘れてしまっているようでも、あんがい心は覚えていたりします。

 

そして、そんな「熱中体験」が、実はもしかしたら、今の私たちの「価値観」や「自分軸」と結びついているのかもしれません。

 

ちなみに私は「冒険」と「新発見」が、たまらなく大好きで、それは今もほとんど変わっていません。

 

あなたも一度、自分の「熱中体験」を思い出してみませんか?

 

やってみると分かりますが、これ思い出すだけでも、かなりワクワクしてきますよ。

 

 

 

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こんにちは

 

元小学校教師の中楯浩太です。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

 

昔からそうなんですが、長野に移住してからは特に「色」に敏感になってきました。

 

これまでは、木々といえばただ単に「緑」でした。

 

でもそれは、大きな勘違い。同じ山でも部分によって、こんなにも「いろんな緑」があるのか~と驚きです。

 

また、5月の新緑がここまで美しいとは、恥ずかしながら、知りませんでした。

 

いえ、正確に言うと「気付けなかった」という感じでしょうか。

 

 

さて、移住をきっかけに、心の奥底から問いかけてくる「私は、だぁ~れ?」という声

 

そんな自分の心の声に向き合っていると、以前に体験した不思議なワークのことを思い出しました。

 


~2年前の都内某所 おしゃれなカフェ~

 

その名も「自分を見つめる~入棺体験~」

 

なんと、実際に棺桶(かんおけ)に入り、弔辞(ちょうじ)やお経を読んでもらうのです。※故人に手向ける最後の言葉

 

私は、それを棺桶の中から静かに聴く・・・。

 

何とも不思議で、とっても貴重な体験。だって、生きながらに”死んだ気分”を味わえるんですから。

 

 

その時、事前にやったワークがジワジワ~と効いてくるんです。

 

初めのワーク

 

「あなたは、誰ですか?思いつく限り書いてみましょう。」

 

あなたなら、自分のこと、どう書きますか?

 

実際に時間を取ってやってみると、面白いかもしれませんね。

 

 

書いたものをもとにして、それをペアの人に「あなたは、誰ですか?」と問いかけてもらう。

 

1つ答えるごとに、「あなたは、誰ですか?」と繰り返し問いかけてもらうんです。

 

私の場合は、

 

「あなたは誰ですか?」

私は、中楯浩太です。

 

「あなたは誰ですか?」

私は、40代の男性です。

 

「あなたは誰ですか?」

私は、2人の息子と1人の娘の父親です。

 

「あなたは誰ですか?」

私は、小学校の教師です。

 

という感じです。

 

書いてみると、初めは順調なのですが、途中でピタッと手が止まるんです。

 

(なんか、自分が書いてるのって、肩書きや立場ばっかりだなぁ)ということに気付いて・・・。

 

そこで、もっと自由に考えてみることにしたのです。

 

(えぇ~と・・・)

私は、本を読むことが好きな人間です。

 

私は、歴史を愛しています。

 

私は、本当にありがたいことに、助けてくれる仲間がたくさんいます。 

 

私は、スポーツが大好きでしたが、今では運動不足で、中性脂肪の数値が異常です。

 

私は、不摂生(ふせっせい)がたたって、いよいよ痛風デビューをした人間です。

 

等と、さらに書き続けます。

 

一度、心を解放させて自由に書いてみると、どんどん書けるようになるから不思議です。

 

 

私は、昼寝なら、のび太に負けないレベルだ。

 

私は、手いじりが大好きで、いつもポケットにいじくれる”何か”を忍ばせてるんだぞ と。

 

これまでは、立場や肩書きばかりが自分のような気がしていました。

 

でも、そこには、まぬけな自分や誰も知らない自分がいて・・・。

 

自分って、本当にいろんな面をもってるんだなぁと、しみじみ。

 

 

そして、最後のワーク。

 

「あなたの一生は、どんな人生でしたか?弔辞を読んでもらいたい人を一人決めて、その人ならあなたの最後にどういう言葉を贈ると思いますか。それを想像しながら、弔辞を書きましょう。」 ※微妙なニュアンスが違っていたらすみません。

 

これを考えていると・・・

 

私の一生は、どんな人生だったんだろう?

 

私は、大切な人にとって、いったいどんな存在だったんだろう?

 

私は、どんな人間として、人の記憶に残るんだろう?

 

そもそも、人の記憶に残ることって大切なのかな?

 

私の人生は、幸せだったのだろうか?

 

そんな問いが、つぎつぎと胸に湧き上がってきます。

 

私は、大切な妻の立場から、自分に向けて書くことにしました。

 

すると、だんだんと胸が温かくなり、目頭は熱くなり、涙ぐんでいる自分に気付きます。

 

 

目をウルウルさせながら書き上げると、私はゆっくりと棺桶の中へ。

 

その弔辞をペアの人に読んでもらいます。

 

棺桶の外からは、生前の私をしのぶ言葉とお経の声が・・・私は棺桶の中でそれをしっとりと聴くわけです。

 

それはそれは、不思議な感覚です。

 

これまで味わったことがありません。

 

うまく表現できませんが、ワクワクと寂しさ、安堵感と悲しさが同時にあふれる感じでしょうか。

 

 

ゆっくりと棺桶から出ると・・・そこには、明るい世界が待っていました。

 

亡くなるって、こういう気分なのかなぁ?と思うと、

 

なんだか、改めて生まれ変わった新鮮な気持ちになったのです。

 

 

そして、現在に

 

こうした一つ一つの体験が、きっと今の私に無意識のうちにつながっていたのでしょう。

 

移住、退職を機に湧いてきた「私は、だぁ~れ?」という心の声

 

それに対して、今はっきりと心のコンパスが方向を示しています。

 

 

「現場でがんばる先生たちを支えたい」「自分らしく、幸せに生きてほしい」という願い。

 

もっと正確に言うなら、「子供たちのためならと、がんばってきたけど、がんばりたくても、がんばれない先生」

 

そんな先生たちのために、今私はカウンセリングとコーチングを学んでいます。

 

そしていつの日にか、このブログを読んでくださっている方のお役に立てることを夢見ています。

 

 

 

 

このブログでは、「自己肯定感」や「自分軸」、「教育」のことについて発信していきます。

こんにちは

ブログを始めることにしました。

元小学校教師の中楯浩太と言います。(※中楯浩太のプロフィールは、こちらです!

4月から長野県で移住生活を始めました。それと同時に、我が家にいくつかのルーティーンが生まれました。

息子たちのお弁当のおにぎりづくり、妻との朝の散歩、寝る前の家族対話などなど

そんな中で、毎週金曜日の夜は「ロードショー」ならぬ、家族でAmazonプライムの”宅ムービー”。

 


 

「明日は、土曜日だぁ~」という”ほこほこした喜び”を心に、ゆったりとした時間を味わっています。


前回見たのは『長靴をはいた猫』
 

題名くらいは聞いたことがありました。でも、いざ見てみると、「こんな話だったのか!?」と、不思議な世界観に最後まで頭に?が浮かびっぱなしなのでした。

さて、映画と言えば、あなたの好きな映画はなんですか?

私は『レ・ミゼラブル』がもうたまらなく大好きなんです。
 

感動的な場面はいくつもあります。その中でも特に、いつも心の中でモヤモヤし続けているシーンがあって・・・。

それは、主人公ジャン・バルジャンが「Who am I?」と自分の存在に対して自問自答するシーン。※まだ見ていない方は、スミマセン。おススメですよ。


40歳を過ぎて、天職だと思っていた教師の職を離れ、家族での移住を決意。
 

全然違うんだけど、でも主人公ジャン・バルジャンと自分が重なるんです(*'▽')。

すると、心の奥底にあった「この思い」がいよいよ、ムクムクと言葉となって、私に問いかけてくるんです。
 

「私は、だぁ~れ?」と。

これから自分は、本当はどうしたいんだろう?

 

どんな生き方がしたいんだろう?

 

限りある残された人生、どう生き切ろう?

 

浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・
そして、ようやくつかんだ確かな手ごたえ!

 

 

それは「がんばる先生たちを心から支えたい」「自分らしく、幸せに生きてほしい」

心の底から湧き上がってきたのは、そんな切なる願いなのでした。

 

そして、「そのために生きていこう!」と心のコンパスが指し示すと、気持ちが晴れやかになりました。

 

どうして、そんな思いが湧き出てきたのか、またこれからお伝えしていけたらと思います。

(続)


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