※2024年1月6日訪問※
二本松城の南西部に位置していた【本宮舘】です
城の南西部を守る、一つの曲輪として、広大な平場が広がっています✨
【本宮舘】の標柱と案内板が建てられていますので確認して行きましょう✨
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本宮舘
天正年間(1573~1592)、二本松城主畠山氏に仕えていた領内の本宮城(菅森 城)の城主氏家新兵衛と遊佐丹波守が二本松城に詰める際の居館であったと伝えられています。
発掘調査の結果、尾根の頂部を平坦に削り、東西側へ盛土整地して平場を造り、さらに平場南東端には土塁や掘立柱建物を建てていた事がわかりました。
このように、地形を巧みに利用した防御施設を造っていたことが明らかとなりました。
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◆陸奥国・二本松城(霞ヶ城) 二合田用水・洗心滝/国指定史跡◆に続く