⑦からの続き。
今回は、やっと金剛福寺に到着の予定。
前回まではこちら。
以布利漁港を過ぎると遍路道へ。
この辺りから、雨がそこそこの強さで降ってきた。
ここまでも降ったり止んだりではあったが、何とか持ち堪えてくれていた天気だった。
春に3日の晴れなし、という通り、春は天気の変化が激しい。
晴ればかり続く日は無いから、これは仕様がない。
その分、明日晴れるのだろう。
ここは、海が満ちている時は通れない遍路道。
この日は通る事が出来た。
潮が満ちている時は、この画像に写っている、右手の一段高いところを歩くらしい。
この標識から、海岸を逸れて山道へ。
先に見える洞窟を通るかと思ったが、手前にある標識から右へ。
ここから山道と
そして県道とを
交互に歩く。
この区間は蛇行している県道を、遍路道でショートカットして歩くイメージ。
画像は明るく見えるが、山の中は相当暗い。
視神経を通して、脳が疲れる。
表札がある家らしきところも歩く。
多分道を間違えてはいないと思う。
金剛福寺まで12kmの標識。
また県道へ出て
そしてここからの遍路道が、想像以上に難敵だった。
登って
登って
途中に古い遍路石があって
そして降って、こんな感じの木の橋を渡って
また登って登って、こんな感じの木の橋を渡って。
こんな事を5回も繰り返したろうか。
無限ループのかと思った瞬間、漸く出口と思われる墓場に出た。
しかも出口が墓場。
感覚的には微妙。
登り降りでわ、あっさりと記録したが、今回のこの遍路道は距離約2km
通過するのに約35分要した。
地図をキチンと見なかった自分も悪いのだが、ここにこういう遍路道がある事を想定してい無かった。
黄色の遍路地図によると、鯨坂というらしい。
この鯨坂、地図上ではちょうどページの切り替わりになっていて、よく確認出来なかった。
しかも、ここまで既に35km程歩いてきている。
雨はそれなりに降っているし、山の中はかなり暗く、足元を確認するのに目が疲れたというか、脳が疲れた。
時間も、結構かかっている感じがあったので、気持ち的に焦りもあった。
更に、この日は歩く距離が比較的短いと想定し、古い靴下を履いていたため、摩擦で布地が薄くて粗いガーゼのようになり、右足の母指球辺りに、靴擦れが出来ていた。
様々な要素が複合的に重なり合って、今までにない、過酷な遍路道となった。
やっとの思いで遍路道を終えると、金剛福寺まであと9km
時刻は1441
残り9kmだと、5km@1時間で考えても、1時間50分程度要す。
とすると1630の到着。
ここから先は、遍路道に逸れず、脇目を振らず、只管県道を歩く事に決めた。
と決めたが、この道は岬の突端をショートカット出来る遍路道のようなので、遍路道を行く。
ここを越えたところにバス停があって、窪津近道となっていたので、多分近道なのだろう(画像は翌日撮影したもの)
ここからは本当に脇目もふらず、懸命になって県道27号線を歩いた。
下り坂に見えるが上り坂。
あと2km
9%の下り坂。
重い荷物を背負っている事もあって、下り坂は足の靴擦れに応える。
後から考えると、このラストスパートは、『足』にかなりの負担がかかった。
あと1km
気分は駆け出したいが、無理。
金剛福寺到着。
山門。
本堂。
大師堂。
何とか1616に到着出来た。
昨日と今日とで、Apple Watchベース約90kmの歩き。
疲労困憊。
階段を上り切ったロッキーの気分。
だが足がジクジクと痛い。
やっとの事で到着してるのがわかったのだろう、納経所にいたお母さんに、『お疲れ様、本当にお疲れ様だったね』と声をかけて頂く。
読経等、一連の作法を済ませて、納経所で御朱印を頂く。
御朱印をいただく際も
お母さん『今日は何処をスタート?』
ぼく『中村』
お母さん『そりゃご苦労様だわ』
と労いの言葉をかけて頂いた。
中村から金剛福寺まではApple Watchによると
開始時刻 0704
終了時刻 1627
距離 43.86km
時間 9時間23分18秒
獲得標高 910m
平均ペース 12分51秒/km
平均心拍数 109拍/分
だった。
地図はこんな感じ。
距離的には昨日より3km短いが、消費カロリーは約200Kcal今日の方が多い。
獲得標高も1000m近いので、数値的にもハードな歩きだった。
これから、足摺岬に立ち寄って、本日の宿に向かう。





























