ブーケ1猛将パットンブーケ1
『あのいけ好かねーイギリス野郎にいい目はさせねえどビックリマークプンプン
米第3軍司令官・パットン中将は野心ムキ出しで叫んだ。

米英軍の中では、プライドだけは世界最高峰のイギリス軍総司令官モントゴメリーと、これを徹底的に嫌うアメリカ軍のブラッドレー・パットンなどの将軍達との反目が深刻化していたドンッ

『アメリカ・イギリス・ソ連軍、どれが一番速くベルリンに到達するか?』
連合国軍の兵士達の中には、それで賭をする輩も多く、特にモントゴメリーとパットンは、お互いに野心ムキ出しで争っていた。

ブーケ1冷静な奴汗ブーケ1
『アメリカはベルリンには行きませんパー
アメリカ軍総司令官アイゼンハウアー元帥はあっさりとそう宣言した。

アメリカはくだらないプライドよりも『ヒトラーの完全抹殺』を優先した。
この戦争での天下取りにはヒトラーを抹殺することが必須であり、彼はヒトラーが安全なドイツ南部に逃げて抵抗すると考えていたのだ。
ベルリンはイギリスとソ連にくれてやり、一番オイシイ所をかっさらうつもりであるにひひ

もはやドイツの敗戦は確実であった。
連合国は『第二次大戦後の世界』を視野に入れた作戦を考えていたのだ。
ブーケ1ラインラント中~南部の戦いブーケ1
米第1軍と第3軍は、北側の攻撃の補助としての役割が与えられており、支援作戦を開始したDASH!

2月28日、米第3軍が動き出したDASH!
まず、ルクセンブルクとの国境にあるトリールを奪取。
そのまま北東方向へ進撃し、ドイツ第5装甲軍と南のB軍集団の連結部にいたドイツ第7軍に襲いかかったDASH!
第7軍は簡単に突破されて後退しようとしたが、米第3軍とその南にいた米第7軍の動きが速く、南北に分断されてしまったあせる

第7軍の11個師団が北側に、10個師団が南側に取り残されて包囲されてしまった汗
米第3軍は、フランクフルトを占領したチョキ

一方、米第1軍は、第5装甲軍とG軍集団の連結部に襲いかかったDASH!
ここでもドイツ軍は簡単に突破されたあせる

結果、一番北のH軍集団とB軍集団・第5装甲軍がイギリス軍により分断され、中央のB軍集団と第5装甲軍は南側のG軍集団と分断された。

ラインラント中央~南部のドイツ軍の大部分はライン川東岸と後方への後退のタイミングが遅れ、多数が米英軍に捕捉・包囲された汗

45年3月、ラインラントでの大勢は決した…
ブーケ1ラインラント北部ブーケ1
ドイツ軍のダム爆破による洪水で行動不能になってしまった英第2軍とカナダ第1軍にとって不安な要素は、時間を稼いだ間にドイツ軍がライン川西岸より東岸(ドイツ本国側)に後退されることだった。
そうなると、ライン川を渡河する際の抵抗が激しくなり、損害がひどくなるあせる

しかし…

『防衛部隊は後退することなくライン川西岸にて死守だべビックリマーク
おじさんの死守命令により、その不安は解消された…
米英軍の攻撃が再開されたのは23日だった。

おじさんの『死守命令』により、ただ叩き潰されるのを待っていたドイツ軍は、北から英第2軍とカナダ第1軍。
南から米第9軍の猛攻にさらされ、北側の第1降下猟兵軍・SS第12軍団と南側の第81軍団・第58装甲軍団は分断されてしまったダウン

3月1日、ドイツ軍は全面的に後方へ退却走る人DASH!
援軍にやってきたはずのバイエルライン装甲集団は、この退却の支援しかできなかった…

米英軍はライン川を越えるのに成功し、ラインラントになだれ込んだDASH!
北側のイギリス軍はルール地方北部へ。
アメリカ軍はケルン・デュッセルドルフまで進出したチョキ

ボロボロの状態のドイツ軍だったが、包囲されることなく後退できた汗