最後の意地
連合国軍の圧倒的な物量と戦力の前に、もはや比較することさえ無意味なくらい弱体化していたドイツ軍

西部戦線の戦域には、本来東部戦線に向けて配置されていたヴィッスラ軍集団の一部と、ラインラントの戦いで包囲されたB軍集団救出のために派遣されていた第12軍がいた。
東部戦線には、北からヴィッスラ軍集団。
中央には、バルバロッサから中央軍集団で戦い続けた第9軍。
さらにソ連軍の機動戦力に対抗するためにかき集められた第4装甲軍。
南には、第17軍が配置されていた。
但し、これらドイツ軍の歩兵師団の大半は、ドイツ各地から緊急召集された『国民擲弾兵』の生き残りであり、残りは正規軍・武装SSの敗残兵が集まって編成された部隊であった…
正規軍の軍服・親衛隊の軍服・その他粗末な軍服を着たドイツ兵が混在していた

一方、装甲軍の方は、各地で戦い続け、破壊を免れた車輛と、部品不足で満足なメンテナンスも受けていない車輛がかき集められて編成されており、新型・旧式・以前捕獲した敵戦車にドイツ軍の印を付けただけの物が混在していた

もはや戦える状態ではないが、ドイツ兵達は『共産化を防ぎ、意地を見せる
』意志で戦っていた。
』
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