ブーケ1市街戦開始ブーケ1
4月25日までに、ソ連軍8個軍が完全にベルリン市街を包囲した。

ベルリンには、市街の東と南東・南西の入口にミュンヒベルク装甲師団以下第18・20装甲師団。
市街の北に第9降下猟兵師団。
他多数のベルリン市民からなる国民擲弾兵師団が立て籠もっていたが、どの部隊もまともに戦える状態ではなかった…

一方、市街周辺では、既にベルリンの北を守っていたヴィッスラ軍集団は消滅し、司令官のヒムラーも逃亡の末、逮捕された。
第9軍は頑張って戦っていたが、包囲されて月末までに降伏した。
第4装甲軍と第17軍は、各地でソ連軍にバラバラにされて消滅したダウン
ソ連軍はベルリンを包囲した後、西側にいた第12軍にも襲いかかり、第12軍はエルベ川の方面へ押されていた汗

ベルリンでは入れ替わり立ち替わり攻め寄せるソ連軍に対し、ドイツ軍戦車は(燃料がないので動けない)地中に埋まった状態で戦い、歩兵は陣地で手榴弾と白兵戦で必死に戦ったが、ベルリンは東西に分断され、1ブロックずつシラミ潰しにされていった。

28日までに国会議事堂・ブランデンブルク凱旋門も占領された。
ソ連軍は、おじさんがいる総統官邸にまで数ブロックまで迫っていた…
ブーケ1ベルリンへブーケ1
4月16日、オーディル川河岸にいた第1白ロシア戦線正面軍と第1ウクライナ戦線正面軍が4万門の火砲の砲撃の後、一斉に動き出したDASH!
今次大戦の最終決戦が始まったのだビックリマーク

ソ連軍は、中央のキュストリン近くにあるゼーロゥ高地を目標に前進したDASH!
しかし、第1親衛戦車軍と第2戦車軍・砲兵隊がぐちゃぐちゃに前進したため、大混乱台風
そのお粗末さが露呈したのと、ドイツ軍の頑強な抵抗で、占領に3日もかかったダウン

ベルリンの東南にいた第344歩兵師団と『フンツベルク』SS装甲師団は、抵抗むなしく包囲されたあせる
第4装甲軍も局地的に勝利したものの、全体的にはソ連軍の津波のような攻撃に対し、さざ波程度の抵抗すらできず、21~22日には、ベルリンから数キロの地点までソ連軍は前進。
ベルリン市街を完全に包囲した。

ブーケ1おじさん脱出拒否ブーケ1
『おじさん、もはやベルリンはダメです。まだ敵が来ていない南ドイツとオーストリアに脱出して下さいビックリマーク
しかし、側近の奨めにおじさんは首を縦に振らなかった。
『ドイツは絶対に負けないべビックリマークだから余はここで戦うべビックリマーク

おじさんは、ドイツが負ける時は、ドイツが滅びる時であり、最後まで勝利を信じていたのだ。
ブーケ1ドイツ国民、西へブーケ1
『みんな、押さないでビックリマーク兵隊さん達の邪魔にならないようにビックリマーク
オーディル川より西に位置するドイツ各都市の市民達は、西へ西へと動いていた走る人DASH!

戦時下での市民の無断移動は御法度である。
だが、東部戦線の兵士達は、こぞって市民達を西へ送り出すのに協力していた。
戦闘などそっちのけの奴もいた。
さすがに戦闘車輛を貸したり、食料をあげるわけにはいかないが…

兵士達は、家族がソ連に捕まったら大変な目に遭わされることを知っていたので、一人でも多くの市民を西側へ引き渡そうとしていたのだ。

少なくとも彼らは『自国民を守るために戦っていた』のだ。
欧州は地続きであり、歩けば何とかなるビックリマーク
ソ連が満州に攻め込んだときに我れ先に逃げた日本兵達とは違うむかっ

もはやドイツ軍の各部隊では、『負けたら西へ逃げて降伏する』つもりであり、それまでは自力で動ける市民や負傷者を一人でも多く西側へ送り出す意志で動く『お助け隊』になっていた。
米英軍もこの受け入れには快く応じていた。

今や『戦後世界における掛け引き』が皆の関心事であり、おじさんとドイツの敗戦など、どうでもいいことだったのだプンプン