競技システム・文化の違い -後編- | 酒井根走遊会のページ

 

みなさんこんにちは

酒井根走遊会です。

 

本日は“競技システム・文化の違い -後編-”というテーマでお送りします。

 

この記事を書こうと思ったきっかけは、先日Japan running news に投稿されたMelissa Duncan選手の記事(要約記事はこちらから)

を読んだことに起因します。日本とAUS・NZ、どちらの競技環境も経験したことのある私が日本語でAUS・NZの視点から違いを解説していくと、日本のシステム、AUS・NZのシステムを理解していくことに繋がると思い記事にしたいと思いました。

 

前編目次 (前編はこちらから) 

1:プロ選手か、アマチュア選手か

2:コーチと選手の関係性

3:学校スポーツとクラブスポーツ

4:競技会と競技人口




後編目次 

5:ゴール

6:合宿、そしてレースへ

7:期分け・シーズン

8:リラックスした人々の暮らし

9:社会性とコミュニケーション能力

 


 

5:ゴール

“ゴール“とは英語では”目標“を意味して使われる言葉です。この目標は選手それぞれ違います。

そして自分の状況をよく分析・理解したうえで選手は目標に向かって進んでいきます。

あるジュニア選手とJOGをしている時に、私の印象に残った言葉を紹介します。

“俺はまだ若いから60分も走ったらロングラン”

その選手は17歳の時に1500mを3分46秒で走っており、近くに3分44秒の選手というライバルがいるにもかかわらず、過度に練習することなく将来の目標と現在できることをよく考えて、一つ一つのトレーニングを理解して自分の意思の下に行っていることが印象的でした。

これはコーチが選手に結果を強く求めるのではなく、選手の夢そして将来の目標をよく理解して、大きなゴールに向かう方法を共有しているからだと思います。

 (写真:ロングランの途中で写真撮影。とりあえずみんなで2時間走れば良いという考えの時はとにかく楽しく走る。)

目標とはコーチやチーム、環境に与えられるものではなく、選手自身がその意志で決定するものです。

その設定が著しく高くても低くてもコーチは選手を尊重してトレーニングを計画します。(良いコーチは選手とディスカッションする中で、年間を通しての実現可能なものを提案します)

この目標こそ、選手が競技を行う上で最も大きなモチベーションとなり、それは人生の中における競技生活の重要な柱になります。

 

こんなことは当然のこと、と考える人も多いかもしれませんが、現実には進学にあたってチーム目標、コーチの所属先から課される課題と選手への目標の強制、所属先からの期待値、最低レベルでのチームのポジションの確保…など、環境要因によって競技生活の“目標”がただの“終わりというゴール”になっている選手は少なくありません。しかし、ジュニア期から競技生活の“目標”をはっきりさせ、その中で自己分析能力を磨いておくことによって、どんなステージでもステップアップをできる選手、そして人としての基礎を作る環境があるように私は思います。

 

6:合宿へ、そしてレースへ

多くの選手が国内外の“合宿”そして“競技会”へ参加します。こうした自分の住む地域を離れて競技活動を行う場合でもやはり費用は自費になります。そのため各選手は資金の許す範囲で活動することになります。

国際大会への参加や国の代表として大きなレースに参加する場合には、所属クラブのファウンディング、SNSの中でのファウンディングなどで活動資金を調達することもあります。ニュージーランドは非常に小さな国であるため、国の代表選手となっても大会によっては参加費・遠征費をすべて自費で用意しなければならないことは珍しくありません。そうしたまとまった費用はジュニア選手のみならず、シニア選手でも用意することが困難なので所属クラブからのサポートやファウンディングは重要になります。

トレーニングキャンプに関しては、すべて自費で計画します。限られた費用の中でその都度、何が必要か・不要かをよく考えて計画を個人的に練っていきます。そうした中で、レースへの計画・トレーニング効果・地形の利用などの知識を有するコーチのアドバイスは非常に重要になってきます。

長期宿泊が可能なシェアルームやハウス、Airbnb、改造したキャンピングカーなどを利用して、合宿地を転々とします。こうしたトレーニングキャンプでは、自炊はもちろん身の回りのことは全て自分で行うことになります。専属のトレーナーがついているということもないので、その合宿地のスポーツドクターに診療を依頼することも多くあります。

宿泊場所では、多くの時間をトレーニング仲間だけでなく宿泊先の家主やその家族と共にすることになります。

 (写真:部屋だけ借りて後は全て共有というのも珍しくありません。)

 

こうした場所でのコミュニケーション能力は言語の上手い下手に関わらず、お互いを理解し合う気持ちがあっていい関係を築くことができます。多民族・多言語が集まる国ならではの環境で、あるレースで宿泊先に友人と滞在した時には友人はアイルランド人、私は日本人、家主はオーストラリア人、別のシェアメイトはドイツ人、そして後からニュージーランド人の友人が来るという状況がありましたが、これは珍しいことではなく、様々な国の人が集まって宿泊先をシェアします。レースに参加した際に、招待選手で参加すると一つの宿舎もしくは知らない選手と部屋を共有したりすることになることもあります。こうした機会は別の国の選手と交流する良い機会になります。

 

合宿中であっても、1日に1~2回の練習の流れを変える選手はいません。昼間は宿泊先でのんびりしたり、観光に行ったり、別のスポーツを楽しんだりして過ごします。ワークアウトを朝の練習で終わらせて、午後の時間をのんびり使い、走りたいときに走りたい場所で走るといったような柔軟性も持っています。もちろんそんな午後の練習でコーチがタイムを読み上げることはなく、ペースは流れに身を任せて、楽しく会話をしながら、もしくは景色を楽しみながら走ります。たまにジムに行ってモビリティー、ウェイト、スプリントトレーニングを行うこともありますが、その都度必要な時に必要なことを考えながら行っており、ただ同じルーティンで何となく行っている選手はほとんどいません。

合宿先では、いつもと違った景色や自然を堪能したり、ホームパーティーをしたり、ご当地料理を食べに行ったり、川に飛び込んだりすることも一つの楽しみになります。

    (写真:合宿中は練習が終わればフリータイム。もちろん日誌やレポートを書いたりもしますが、空き時間・移動時間は楽しく!)

 

7:期分け・シーズン

期分けがはっきりしていることは、オーストラリア・ニュージーランドのトレーニング計画の特徴です。トップ選手の多くは年間計画の中で1回もしくは2回のピークを作る計画で4か月~8か月ほどのトレーニング期間を構築します。このトレーニング期間は、レースに出てもピーク期ほどの結果が出ないことはわかっているので、結果に一喜一憂することなく現状確認やワークアウトとしてはっきりとした目的をもって目標設定した中でレースに参加します。有名選手が国内レベルの選手に負けることもこの時期には良く起こります。

ジュニア期においては、多くのスポーツにおいて年間を通して計画されるスポーツは見当たりません。ラグビー、サッカー、クリケット、ホッケーなどシーズンが4~6か月ほどでシーズンが終わると別のスポーツへと移行となります。スポーツ団体や協会のほとんどで複数種目を季節・時期に応じて変えていくことが推奨されていることにも影響されています。これによってジュニア選手が受ける過度のプレッシャーやオーバートレーニング、スポーツ離れを解消する狙いがあります。

こうした環境下では、年間を通して常にハードなトレーニング、調整そして試合・大会に出場するということはまずありません。どんなスポーツでも大きな大会で一区切りがあり、その後休養・トレーニングのない期間を楽しむ、自分のスポーツを待ち遠しく感じる、そして新たなシーズンへ楽しみな気持ちをもって臨む、ということが毎年行われます。

これがシニアのトップ選手になった時にも上手に休暇や余暇を満喫することにつながっているように思います。そしてこの点に関してはスポーツのみならず、社会生活・仕事とプライベートに関しても同じことがいえると思います。

 

(写真:Karori parkは夏はクリケット・冬はサッカーの設備が整えられる。クリケット、ラグビー、ホッケー、ネットボールなどがNZのメジャースポーツとしてあげられるが、一つのスポーツを年間を通して行っていることはほぼない。)

 

 

 

8:リラックスした人々の暮らし

競技生活のみならず、暮らしの至る所であまり細かくなりすぎないことがみられます。

例えば、レースでペーサーもエントリーが必要ですが、ペーサーが変わっても名前やゼッケンなどは変えないでそのまま。

シンクレットを購入したが、ビジネスカードに”在庫切れです。ごめんなさい!”のメッセージが残されていてワンサイズ大きいサイズが来る。

などなど、小さなことはあまり気にしません。

  

些細なことに捕らわれず、時間や仕事のこともあまり考え過ぎなくて良いことは慣れるととても居心地が良いものです。小さいこと一つ一つが気になりだすと、些細なことがストレスになるかもしれません。この辺りは慣れてその国の色に染まる方法が最も良いと思います。

実際に”フレキシブル”(柔軟に)という文化も良いところがたくさんあり、レース開始時間を金曜の夜か土曜日にするかを天気を見て状況のいい方を選手の判断で実施、急な組・種目変更・招集遅れなどにも対応してくれます。この辺りは競技人口が少ないこともプラスに働いているといっていいでしょう。その国の言葉もそうですが、文化や人々の暮らしを知るとより一層競技生活を行いやすくなります。

 

(写真:食べ物に関しても、今までのものと比較するのではなく、今得られるものを美味しく食べられる方法や知識を学んでいくことが快適への近道です。AUS・NZでは植物性ミルクで豆乳・アーモンドミルク・ライスミルク・オーツミルクなど多数あります。)

 (写真:広い空・広い海を眺めていると、小さいことは気にならなくなるのかもしれません。)

 

 

9:社会性とコミュニケーション能力

仕事と競技生活の両立、そして自分の目標へ向かう中で、選手は一人の人間として多くの人たちとかかわっていきます。大きな国のスポーツのスター選手ともなれば、そのスポーツを楽しむ人のみならず多くの国民が“遠い世界の人”といった目で見るようになります。しかしオーストラリアやニュージーランドといった国では、スター選手がごく身近で、一人の友人として接してくれることに驚きました。様々な場面でトップ選手として優遇されるようなことを経験をしてくる彼らですが、謙虚な姿勢や常に相手を理解しようと接してくれる人柄を持っています。

それは自分が優れて評価される一つのステージだけでなく、多くの人との関わりの中で自分を客観視できているためだと思います。性別・人種・年齢を問わず、多くの人と関り、助け合いながら競技生活を送ることで何か一つの物差しで人を測ることをしません。すべてを与えられた中で競技生活を行うのではなく、一から競技生活に臨むためのすべてを整えるために社会性とコミュニケーション能力は必須の能力となるのでしょう。

  

(写真:世界各地から集まるレースで会う選手は一期一会の場合もしばしば。レース前後もその時の大切な思い出となる。)

 

陸上競技を通して、こうした人としての強さやコミュニケーション能力を形成してきたのか、周りの生活環境が一人の人としての人格を形成しそれが陸上競技というステージで表されているのか、どちらがより強く影響したのかはわかりません。

しかし、どこか遠い国から来た私を一人の人として尊重し気にかけてくれる人々の繋がりは、走ることを通してAUS・NZで形成されてきました。こうしたコミュニティーに生きると、走ること以外の関りが増えることも事実です。結局最終的に行き着く先は、どこへ行っても一人で走っていることはない。一人で生きていることはない。ということです。

これからも多くの文化・人への理解を深めながら、日々探求心を持って走り続けたいと思います。