スポット(腕)、環境の変化② | 酒井根走遊会のページ



ほぼ1ヶ月ぶりの更新となりました。

 

お待たせいたしました

 

 

試合の結果報告から。

 

 

7月13日 korovuto college のロードレース大会に参戦

 

 

5kmと聞いていましたが、折り返しの時点でタイムが悪すぎる(8分34秒)

 

 

抑えていたとはいえありえない…

 

 

レース自体は16分53秒で勝ちましたが、

 

 

あとで聞いたところによると5.5~6kmあるとのことでした。

 

(このへんのアバウトさがフィジーですね…)

(レースのスタートも8時スタート予定で実際は8時40分 笑)

 

すでにそのへんには慣れているので問題ありませんが、

 

 

今回も動きが悪い。

 

 

スポットを叩こうと意識してもうまく修正できず…

 

 

ピッチを上げて動きを小さくした結果、接地と腕の感覚があってくるような感じがありましたが、

 

 

結局のところ動きが小さいままだったので、スピードには繋がらず現状維持というところでした。

 

 

以下の写真はフィジーで最後に行ったポイント練習の様子です。

 

 

1000+200×2を実施。(245‐28‐28)

 


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これは1000mの500m付近

腰が落ちているのと、腕の引きが遅いことがわかります。

今回フィジーでこれを解消したかったのですができませんでした。

 

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これは200mの100m付近

 

スピードに乗ったときは軸が整っていることと腰が落ちていないことがわかります。

この動きを持続させることが必要です。

 


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これは200mのスタート時

 

軸と腕の引きが自然に一致しやすいのがスタート時

発進時の体の傾きに合わせて、腕と踏み込みを意識しやすい。

 

このタイミングを持続させる練習は柔らかいところよりも硬いところの方が良いでしょう。

 

 

柔らかいところで行うと、反発力がないため、腕や脚に無理な力が入りやすい。

 

力が入ると悪い点は、

・引く→戻す→引く→戻す

絶えず走り動作は動きが逆方向に切り替わるのでタイミングがずれる

その結果スピードが生まれず、筋疲労が大きくなる。

 

この修正は競技場が一番良いと考えられる。

 

 

芝生の練習場所の利点は、脚の引き上げが速くなることである。

 

踏み込み→バックキックから腰の沈み込みが生まれるので、

接地後の引き上げ感覚は自分で意識しないとこの環境ではできない。

 

アフリカ系の選手のように生まれた時からずっとこの環境にいた選手にとって、

 

それは意識というものではないのかもしれないが、フォーム形成における自然・不自然は

生まれ育った環境によってスポットの発見方法やタイミングの意識も変わってくるようだ。

 

英語を海外で使用することはネイティブでない私にとって、頭の中で日本語に変換するのと同様に、

 

日本人ランナーにとってクロカンを走ることは自分の走りを慎重に変換しながら走る必要がありそうだ。

 

 

現在オーストラリア(シドニー)で練習中

 

 

 

この国は基本的に練習場所は

 

 

ロードか芝生か(ハードORソフト)

 

 

のようである。

 

 

そしてガンダムシューズを着用している選手が多い(ソールの厚いランシュー)

 

 

スポーツショップできいたところ、薄いシューズはほとんど履かないそうである。

 

(アシックスショップがあるのだが、トラック競技用は基本シューズしかない)

(日本のジョガーが好む靴がたくさんある)

 

また日本よりもプロとアマチュアの区別がはっきりしている。

 

 

プロにはスポンサーがつき、一人の選手に対して多くの支援があり人が関わる。

 

 

それ以外の人はアマチュアということになる。

 

 

日本で言うと実業団があり、チームとして活動し、移籍があり…

 

 

そして実業団に所属しなくとも、一人で競技のキャリアを形成していく選手がたくさんいる。

 

 

しかしオーストラリアはそういったことはなく、

 

 

一度キャリアが切れる(大学を卒業する、契約が切れる)とそのスポーツは人生の中で終了ということになるようである。

 

(韓国も同じ…もっと厳しい…であるということを語学学校で韓国人留学生から聞いた。)

 

どちらの方が良い選手を持つことができるのか、選手の人生にとって良いのか、

 

 

今ここで判断することはできないが、

 

 

人に筋道を決められる、人に依存した競技人生を送る

 

 

のではなく、

 

 

自分で選択した競技生活を送ることが必要であると感じました。

 

 

なにやら硬い話になってしまいましたが、次回の更新は日本からになりそうです