熊野のパワースポットをドローンの空撮で訪ねます。画面をクリックすると2分間のショートトリップができます。ご覧ください。初めは楯が崎の奇岩、次は赤城城、二日目は海金剛と樫野灯台を訪れました。
紀伊半島は古代室生火山群があり、活発な火山活動をしていました。ここは三重県熊野市にある楯ヶ崎です。太平洋に向かって岩がむき出しになっているのは柱状節理です。花崗岩がゆっくり固まってこのような結晶になりました。柱状節理は溶岩が比較的速く固まると玄武岩質の岩になります。しかし、ここでは時間を掛けて結晶したので花崗岩になっています。
太平洋側は岩がむき出しになっていて、裏側は広葉樹になっています。これは何度も巨大津波に洗われてこのような対照的な地形になったと考えられます。いかにその力が巨大だったのかがうかがい知れます。
次に訪れたのは海を離れて山の中。赤城城跡です。戦国時代に作られた典型的な山城で国史遺跡に指定されています。かって織田信長の軍勢がここを襲いました。
ここからは熊野市紀和町が見渡せ、遠くには大峰山脈が顔を出しています。この城に立つと激しい戦闘がされたことが思い起こされる場所です。城を守ろうとした人たちはどんな気持ちで眼下の村々を見たのでしょう。どんな気持ちで雪のベールに覆われた大峰の山々を眺めたのでしょう。
泊まったのお宿は川湯温泉にあるみどり屋で、大塔川に露天があります。ここは川底を掘れば熱泉が湧き出てそれがそのまま天然温泉となります。源泉掛け流しとはこのことです。夜に入ると南の空にオリオン座が昇っています。野性味百パーセントのお風呂です。
隣には湯峰温泉があり、本宮大社にお参りするために温泉で潔斎をしました。この温泉は、小栗判官が義理の父に毒を盛られ、瀕死の状態で49日間湯浴みをすると復活したという伝説があります。ここも川から熱泉が湧き出て湯煙がででいます。ここに入れば、確かにむくむくとパワーが身にしみてくるような気がします。隣には東光寺があり、湯花で薬師如来の形をしてこの世に現れたといいます。地中からの底知れぬパワーが疲れたり弱ったりした人たちを癒やしてきたのでしょう。江戸時代の全国温泉ランキングがありますが、湯峰温泉は行司として横綱以上の別格に位置づけられています。川から温泉が湧き出る音が聞こえており、開発が進んで車や音楽の騒音でかき消されるような所にはなって欲しくないと思いました。静けさと温泉の湧き出る音かあればそれが最高のよさです。
近くには湯筒があり、96℃のお湯が出ていて野菜や卵をゆでることができます。9分でこのとおり。お味は言うまでもありません。
お昼は和歌山県串本町にある紀伊大島に上陸。漁業直営食堂で伊勢エビ丼をいただきました。大きな伊勢エビが一尾まるごと揚げてあります。お味噌汁にも小さな伊勢エビの半身が入っています。これで2800円です。街で食べたら5000円ほどするでしょう。お造りもできますが、伊勢エビはやはり熱を加えた方がうま味成分が出ます。食堂に来るだれもが伊勢エビ丼を注文し、みんなが幸せな表情をして食堂を出る姿は他では見られない光景です。
その後、海金剛に行きました。太平洋に向かって奇岩が同じ方向を向いて立っています。これは太平洋プレートが奇岩の方向に圧を掛けて岩盤の弱いところに玄武岩質の溶岩がせり出た地形です。美しいピラミッド形をした姿は自然が作ったとは考えられないような風景です。
上空から見ればこんな感じです。同じ方向に奇岩が向いていることが見て取れます。
実はよく似た地形は本州側にもあり、橋杭岩といわれる奇岩は一直線に並んでいます。弘法大師が本州から紀伊大島に橋を架けようとしたのですが、鬼が鶏の鳴き声をして夜明けが来たと大師を欺いたため、掛けるのは途中でやめたためこのような岩が残ったという伝説があります。弘法大師のパワースポットでもありますが、太平洋プレートが沈み込んでとてつもない圧力を掛けて、弱い岩盤を突き破って溶岩が固まったのですから、これは自然のパワースポットでもあります。
この旅で最後に訪れたのは樫野灯台。岬には灯台があります。今、岬は水仙が満開。鼻につく芳香は春を思わせます。太平洋からの風を受けて一面水仙の香りで満たされていました。
明治の御雇外国人のジョン=ブラントンが設計した石造りの灯台で。日本最古の石造りの灯台でこれと同じ物が能登半島にもあります。その美しさは格別です。真っ白な石と真っ蒼な太平洋の海原がよく似合います。水平線の上は、これまた碧い空です。
熊野は、「隈の野」この世の世界の一番端にある所です。その隣は黄泉の国。死と隣り合う聖なる場所でした。日本最古の墓、伊弉冉尊が葬られたのも熊野でした。死をよく知ることは、現世をよく生きることになります。逆もそうなのでしょう。それは自然が織りなすとてつもないパワーのしのぎ合う場所であり、古代から人々が覇権を争ってしのぎあった所でもありました。「なぜ人は熊野に向かうのか。」それは自然も歴史も人もすべてがパワーに満ちたところだからなのでしょう。熊野を旅する人は、俗世界を離れて一時聖なるものに触れて、またパワーを受け取って現世に戻っていくのでしょう。熊野に来ると自然も神々も人々も様々な形を変えて来る人たちに否応なしに語りかけてきます。それが人々を熊野に向かわせているのでしょう。