Perfect Days | Roll of The Dice ー スパイスのブログ ー

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稀に・・・となるかも、ですが、音楽や演劇、書籍について書きたく思ひます。

ヴィム・ヴェンダーズ監督の作品を映画館で観たのは、号泣映画『パリ・テキサス』

 

 

以来、ちょうど40年ぶり。

 

本日近所のミニシアターで、仕事帰りにこれを観た。

 

 

◆予告編

 

 

東京で、清掃員として働く平山(役所広司)。

 

朝、近所の落葉を掃く音で目を覚ますと布団をたたみ髭を剃り、顔を洗うと苗木に霧を吹き、作業服に着替えたら、家の前の自販機で缶コーヒーを1本。

ミニバンに乗ってスカイツリー近くのアパートを出発。仕事場であるトイレへと向かう。カセットテープで音楽を聴きながら。

 

数ヶ所のトイレを清掃。昼には決まって神社のベンチでサンドイッチと牛乳の昼食。

御神木から木漏れ日が。銀塩カメラで写真を撮る。

幹下に、小さな木の芽が顔を出す。「持ち帰ってもいいか」。そう顔を上げると、馴染みの宮司は黙って頷く。

 

仕事を終えると車で帰宅。自転車に乗って銭湯へ。浅草駅地下の、行きつけの飲み屋で一杯やって家路を辿る。

寝る前に一冊、本を読む。フォークナー『野生の棕櫚』、幸田文『木』、パトリシア・ハイスミス『11の物語』・・・

 

そしてまた、朝がくる。

 

判で押したような、しかし穏やかな毎日。

が、そんな平山にも、もちろん背負う過去があり屈託がある。姪のニコ(中野有紗)が家出してきて、鎌倉で裕福に暮らすその母(ケイコ=平山の妹。麻生祐未)とも数年ぶりに再会。

ニコ「伯父さん、ママと仲が良くないの?」。ケイコ「兄さん、たまには老人ホームに、お父さんに会いに行ってあげてよ。(認知症で)もう昔みたいじゃないんだから」。

平山は黙ってケイコをハグする。彼女が去った後、涙を流す。

 

週に一度の休日には、コインランドリーで洗濯。神社で撮りためた木漏れ日の写真を現像に出し、上がったやつを受け取って金を払う。

古書店に行き、一冊百円の文庫本を買う。女店主、「幸田文はもっと評価されるべき」「パトリシア・ハイスミスは不安を描く天才だ。恐怖と不安の違いを、彼女に教わった」。

石川さゆりが営む小さな居酒屋へ。あがた森魚のギターに合わせ、石川さゆりはアニマルズ『朝日のあたる家』を歌う。

 

平山の屈託は、他人のそれとも共鳴する。石川さゆりの元夫(三浦友和)。

 

「影は重なると、濃くなるんですかね」「いろんなことがわからないまま、終わってしまうんだなぁ」

 

平山は「じゃあ」と、夜、大東京の川べりで大人同士の影踏み。2人の影が重なって、それは濃くなるようである。

 

使用曲は主題歌のルー・リードにアニマルズ、ストーンズ等、さすがヴェンダーズだ。センス抜群。

加えて、

◆パティ・スミス ー Redondo Beach 

 

 

◆金延幸子 ー 青い魚

 

 

◆ニーナ・シモン ー Feeling Good 

 

 

トイレ清掃業務を終え、車で帰る平山の、夕陽に照らされた泣き笑いのアップで映画は終わる。

 

Perfect Daysは文字通りの〝完璧な日々〝というわけではない。東京都の最低賃金は時給1,113円で、清掃員やマンション管理員といった仕事は全国軒並み最低賃金だ。

東京都の場合、平山の月収は1,113円×8H×25日=222,600円が額面。ここから税金や社会保険料等々引かれて手取りは17-8万円といったところか。

ボロアパートでも二間以上なら、家賃は7万円を下るまい(※)。さらに光熱費や通信費を引くと、とても毎日一杯飲み屋へ行く段ではない。1日10H労働なら額面27万8千円、これでかろうじて暮らしていかれるかどうかの瀬戸際だろう。

※ ちょうど20年前、まさに江東区の古い一軒家の二階を借りた。二間あって7万円超だったから、今なら10万円は軽く超えるかも。

 

映画に現実を持ちこむのは野暮にしても、みな心深くに抱えている悩みや問題はもちろん、ある。

本作は幾つかのエピソードで、そこはかとなく「影」を表す。あくまで「そこはかとなく」、具体的には示さないから、大人でかつ想像力がないと、わからないし食い足りないだろう。

事実、今日観た映画館で隣席のオバサマは生あくびを連発。また、エレベーター前では「あの人(平山)、結婚してはったことあるんやろか」「なんか、ようわからへんかったわ」と、老婦人同士で。

 

平山は決して、現代の隠遁者ではない。エッセンシャル・ワーカーにしてフォークナーを読みルー・リードを聴く、そんな生活に憧れる向きあれば、これもちょっと違う。

キーワードは「木漏れ日」ではなかろうか。風が吹いて枝が揺れ、その間から光がさし、影ができる。

 

影と光は一対で、命の間に間に漏れる陽が。今度は今度、今は今。

Perfect Daysとは、そんな人生の一断面かと思われる。