旅の領域・自分の領域 | Roll of The Dice ー スパイスのブログ ー

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稀に・・・となるかも、ですが、音楽や演劇、書籍について書きたく思ひます。

「毎年、吹きさらしに震える正月の商売を終えて、三月、東京深大寺のだるま市を過ぎる頃になると気もそぞろになる。

もうすぐ桜が咲く。〝花〝の商売は幸手の権現堂という江戸時代の古堤、それもなかなかのものだが、落ち着かないのはそのせいではなく、五月末から十月にわたる旅が性に合っているのだろう、なにもかもかなぐり捨てて行く先は北海道の夏、高市(たかまち。露天などの並ぶ祭。本来、見世物小屋〈高物〉と並ぶ大きなもの)を追う旅。

それはテキヤ(的屋。香具師ともいう)の〝凌ぎ〝でしかないとわかっている。ただ、それ以上に流れ果てるような放埒、その中に身を委ねたい気分はほとんど衝動に近い」

 

「花を追う旅をしていた頃もある。東京の桜が終わるのは四月初旬、山の中を南下して、塩山、高山を経て日本海に出る。桜前線を追って、秋田からまた山中に入り米沢だったろう、ほぼ一ヶ月の満開の桜を見続け、東京青梅の高市に戻るのが四月末日だった」

 

「こんな旅をしているとトラックの一台が全財産という気楽さがある。夏の旅にトラックを走らせて新潟に着いたのは四、五日前だったろうか。新潟では葉桜の下にトラックを止め、その中で一泊している。

トラックの荷台には〝三寸〝(露店)やネタ(商品)を積んである。着替えも夏から、ときには東京の冬を思わせる寒さに対応できるだけを積んである。そのうえ小さな寝床が作り付けてあるので、疲れればどこででも寝てしまう。

駅裏、港、町外れ、国道縁、ときには居酒屋の前に車を止めて、酔えばそのまま布団にもぐり込む」

 

「つまるところ、これが旅だと割り切れば私はどこにいてもかまわない。ついでに自分が何者であろうとかまわない。こんな心地よさがすっかり身についている」

 

ー 坂入尚文『間道 見世物とテキヤの領域』(新宿書房)

 

 

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音は角松敏生、『飴色の街』。