茶の湯における美とは「余白の美」です。

 

 余白の美というのは、受け手の想像力に委ねられる物で、視覚的な物だけに頼った設えや道具組みというものは、下の下でしかありません。

 

 然れど、それは下の下とはいえども、それも茶の湯の中にある初心者や未経験者に対する導入にはなると思います。

 

 但し、その導入を奥義であるように語ることはおかしいし、ガラス張りの茶室などという、奇を衒ったものを肯定するのも、如何なものかと思います。

 

 こうした分かりやすいアイコン的なものは、一般大衆に分かりやすく受け入れられやすいのですが、伝統として受け継いで行くことは難しいと思われます。

 

 新しく生み出そうとすることそのものは、大変素晴らしいものだとはいえ、一過性のものに過ぎないかどうか?というもう一歩踏み込んだ視点が大事になってきます。

 

 百年、数百年後まで、それが良いものである……という精神性をきちんと含有するものでなければ、残らないでしょう。

 

 故に「ガラス張りの茶室がただそこにあるのは違う」と主張してきています。

 

 細い滝が落ちる先にガラスの茶室があり、水の当たる音を綺麗な音に昇華できたならば、それは荘厳で幽玄の向こう側の世界を現出させた黄金の茶室に匹敵できるのではないか?と考えますし、海底の茶室として、水の中に沈められたのなら、また異界との間を表現したものとして、一見の価値はあろうと思うのです。

 

 視覚に頼った茶の湯は浅い。

 

 それでは来世に残せるような伝統には成り得ないのではないでしょうか。

 

 よく「見立て」、「見立て」と仰る方々の「見做し」に過ぎない道具の流用をみるにつけ、残念に思うのでした。

 

※正月にFacebookに投稿した文章を多少手直しして掲載いたしました。

 

 
 真塗の小卓では?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、こちらの棚は卓ではなく、笈棚【おいだな】といいます。
 
 笈棚は村田珠光が好んだ小棚で、寸法からすると風炉でも使えなくはないですが、炉の小棚として用いられたと考えられます。
 
 この棚を使ってみて、当流に桑小卓の炉の点前がある理由がよく分かりました。
 
 桑小卓は床に飾った香炉卓とのことですが、その原形は笈棚であったということになるかと思われます。
 
 笈棚の「笈」とは、修験者や行脚僧などが仏具・衣類・食器などを入れて背負う、あしつきの箱のことです。
 
 この「笈」の脚は聖脚【ひじりあし】といいやや外に反っており、小卓の脚と同じです。
 
 この聖脚に地板を付けたのが笈棚で、床飾りに用いられたと考えられますが、石州流に笈棚の点前が伝わっており、点前棚としても用いられていたと考えられる訳です。
 
 石州好の笈棚は形が全く違いますので、そこが不思議ですが、石州流では笈棚の点前に代用として桑小卓で稽古するそうです。
 
 また、石州好の笈棚の存在が、桑小卓以前に笈棚が存在していたことを証明しています。
 
 ちなみに、桑小卓は裏千家の仙叟宗室【せんそうそうしつ】が、床に用いるために好んだ矢台を模したもので、上に青磁袴腰香爐【せいじはかまごしこうろう】、下に瓢【ふくべ】の細口花生【ほそくちはないけ】を取り合せたとされますが、笈棚がその前に存在していたことから、これを再好みして、板を矢筈にしつつ、全体を細身に作り変えたと考えられます。
 
 千家では、点前に用いたのは如心斎とされ、表千家では桑小卓を如心斎好、裏千家では仙叟好とされています。
 
 小卓は桑の他に
 
・吸江斎好 桐木地
・惺斎好 春慶塗
・惺斎好 青漆爪紅
・惺斎好 柳木地
 
 もありますが、これらは全て笈棚の系統ということになります。如心斎が初めて桑小卓を点前に用いたとされているのも、それ以前に石州が点前に用いていることから、元々点前があり、それを桑小卓に用いたと考えられます。
 
 笈棚の到着で、月桑庵の棚物は62棚になりました♪
 
 

 桑小卓、雪輪棚、米棚に続いて4つ目の卓下建水の棚が揃いました。今度はこれに相応しい建水を手に入れませんとね!

 

 そして、薄茶器は昔棗(珠光棗)に茶瓢の茶杓を使いたいですよなー。

 濃茶は九十九髪茄子の写しを手に入れて、堆朱盆で、点前をしたいものです(その時は無節の竹茶杓で)。


【追記】


こちら、古筆八十二内(?)了意とあることから江戸中期のものではないかとおもいますが、写真逆さですよね(笑)

で、利休好とあり笈棚にも桐木地の利休好がありますが失伝している可能性が出てきました。

 本日は「小寒」。二十四節気第二十三。


 旧暦では十二月六日。甲辰年丙子月甲戍日。

 寒の入りともいい、これからが一年で一番寒い時期になります。旧暦ではだいたい十一月~十二月にあたり、年末です。

『暦便覧』には「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」とあります。

 寒中見舞いは本来この頃に出し、御歳暮はこの後……ということになる訳です。
 
 武道の寒稽古や寒中水泳が行われる時期でもあり、小寒と大寒を合わせて「寒中」といいます。

 寒中の装いとしては、長着は本袷・袴は総裏。綿入れも活躍する頃です。個人的にはトンビを出して白狐の襟巻をして歩く季節です(笑)

 これを過ぎると春。
 冬の寒さをしのぐために、茶道では筒茶盌を用いて、暖かい茶をお出ししたり、暁の茶事で極寒の朝の夜明けを愉しむ茶事が催されたりします。その際には湯桶を出して、寒さを払って席入りしていただきます。

 本来はこの後が「年越しの茶事」になるのですが、近年では旧暦で執り行うところも少なくなりましたので、順序が入れ替わってしまっています。

 冬の中にこそ春があると思って、椿を愛でながら、春の訪れを心待ちにする……といった心境でしょうか。

 この時期の禅語としては「寒夜聴霜」、「寒尽不知年」「枯木倚寒厳」などは如何でしょう?

 ご無沙汰いたしております。

 

 先週から更新がピタッ!と止まって、暦だけになっていたので、「え?年内もう終了?」と思われた方もいらっしゃったかも。

 

 実は、風邪を引きまして、家に籠もっておりました。

 

 最高39.0℃高熱が出まして一週間、寝込んでいたんです。

 

 ただ、その間一切なんにも出来なかったこともあり、現在ネタ切れ状態で、後遺症なのか頭もボーーーーーっとしておりますし、何より目眩が頻発しているんですよ。

 

 なので、しばらくはブログをお休みさせていただき、定期更新のみとさせていただきます。

 

 

 それではみなさま、良いお年をお迎えください!

 本日は旧暦十一月廿一日、甲辰年丙子月己未日。

 

 二十四節気の第二十二節気冬至です。

 

 『暦便覧』では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明されています。

 冬至とは、冬が極まり、一年で一番昼が短い日であり「太陽の復活」の日でもあります。

 ちなみに、クリスマスも冬至の祀りであったものが、いつしかキリストの生誕祭へと変わっていったということなんですね。

 冬至といえば、柚子・かぼちゃ。
 冬至に柚子湯へ入ると風邪をひかないと言われ、身体を温める効果のある柚子の効果と柑橘系の香りでゆったりリラックスもいいですね♪
 邪気を払うともいわれ橙などとも同系の意味合いがあるかと。

 かぼちゃを食べるようになったのは「ん」のつくものを食べると運気が上がるという風習によるものだそうです。かぼちゃは「南瓜(なんきん)」ですので、よく食べられるようになったとか。んが二つつくものが好まれるそうで

・南瓜(なんきん)=カボチャ
・蓮根(れんこん)
・人参(にんじん)
・銀杏(ぎんなん)
・金柑(きんかん)
・寒天(かんてん)
・饂飩(うんどん)=うどん

 で、冬至の七種(ななくさ)とも言うそうです。
 さらに言えば、南瓜は夏に穫れる野菜で、陽の食べ物です。冬至は陰の極まる日ですから、陽の食べ物を食べて気を補う訳です。
 
 茶道具では蜜柑水指や阿古陀茶器や阿古陀茶入が活躍するころです。
 そろそろ綿入れの季節ですね。
 旧暦十二月から綿入れを用います(二十四節気では寒の入りから)。
 暖かい恰好の準備をいたしましょうか♪
 
掛軸としては「三冬枯木花」「三冬無暖気」「三冬鉄樹満林華」が相応しいですかね★彡