日曜日はホテルメトロポリタン池袋で、茶華道連盟の新年会でした。

 

 顧問の下村博文代議士や、松田康将都議、河野ゆうき都議、坂本区長もいらっしゃいました。

 

 議員だからといってスピーチがうまい訳ではなく、スピーチがうまい人から議員になっていくんだなーと思いましたねw

 

 それはさておき、全員が触れた話題が「世界陸上」と「デフリンピック」。

 

 それで感じたことがオリンピックの趣旨「文化とスポーツの祭典」であるにも関わらず、注目されるのはスポーツばかりで、文化ということではあまり注目されてもいないし、政府のお金も自治体のお金もあまり投入されていないということ。

 

 そして、意外と知られていないのが「余った予算は翌年減らされる上に、余った予算は消えてなくなる」ということ。

 

 え?なんで?と思うでしょう。

 

 これはですね「予算はあくまで予算であり、使用するときに現金化する」からなんですね。現金化しなければ、使われないので現金になりません。

 

 ちなみに「積立」も使用しているので、現金化の手続きを経て行います。

 

 このように自治体とか政府の予算というのは、余しては駄目なものなんですよね。

 

 とまぁ、予算の話はさておき、茶道と華道の授業化!というものを、松田都議・坂本区長にお願いいたしました。ウチのお弟子さんにも区議がいますので、頑張ってもらわないとですね!

 

 お茶の先生方とは普段理事会に私は出られないので色々と茶道談義。ですが、一番気になるのは珍しい道具を紹介すると「◯◯流(自分の流派)では使えないのよ」と言ってしまう先生。

 

 本当にそうなんでしょうか?

 

 幾人かのお家元と直接話す機会がある私としては「家元たちがそういう事を言っているのを聞いたことがない」んですよね。

 

 とある流派のお家元は「煎茶の棚で使えるものを探して使ってます」と仰るし、はたまた違うお流派のお家元は「ウチは好みの棚というものがありませんので、頂いたものをそのまま使いますから、使ってはいけない棚というのはございません」と仰っていました。

 

 ウチの先代家元は「あるものは使えばいいのよ」と仰ったそうですし、他流の棚物を平気で買ってくる私の師匠に「お前は変なものばかり買ってくるわねぇ」と呆れつつも「ウチではこう使うの」と点前を教えてくださったとか。

 

 なんとなく聞いた表千家の先代お家元のお人柄からすると「使ってはいけないと私は言っておりません」と仰いそうな気が致します。

 

 而妙斎宗匠には、伝手を辿って何度か質問をさせていただいておりますが、どちらもそんな物事にはこだわらない感じを抱かれているように思われました。

 

 訪ねたことは着物のことなので、棚物は別かもしれませんけれど。

 

 さて、笈棚はやはり、皆さん珍しかったようで、話が盛り上がりました。そのうち、護国寺なんかでお部屋をもつときに披露したいものですね。

 

 笈棚の記事に追記しましたが、笈棚には桐木地の利休好が実在していたようです(古筆了意の極めが天板にある棚がヤフオクに出てたんですよね)。となると、千家で使えないのは変ですよね。

 

 そういえば、烏帽子棚も利休好みなのに表千家さんも裏千家さんも使われないのは何故なんでしょう?

 

 不思議ですね。利休の棚なんでしょうにねぇ。

 きたる4月26日(土)・27日(日)に東京護国寺で「都民の茶会」が開かれます♪


 今回、板橋区はお休みだそうで、誰も席を持たないのですが、杉並区の小笠原先生(都千家)の手伝いで点前をすることになりました。


 茶室は月窓軒とのこと。


 お茶券がご入用の方はdarkpent@gmail.comまでご連絡ください。


 ご用意できますのは26(土)のお茶券となります。





 明けましておめでとうございます!

 本日は旧暦の元日。一年の始まりとなります。

 立春過ぎて迎える元日は、寒さがより感じられますが、実はこれ、昼間暖かいからこそ余計に朝夕が冷え込んだように感じたり、暖かくなって湿度が回復したところに寒気が入り込むためにそう感じるのだそうです。

 已に新暦で「明けましておめでとう」は済ませておりますが、月桑庵では再び「明けましておめでとう」をお声掛けさせていただきます♪

 というのも、何度も申しますが、「旧暦合わせの方が本来の季節感に合うから」です。

 私たち現代人は、新暦の元日に「新春」とか「紅白の梅」を用いますが、新暦の元日はまだ冬ですし、紅白の梅はまだ早いのです。

 さて、年始のご挨拶は本来目上の人に元日伺うもので、その欠礼状が年賀状であったそうてす。

 一時期減少傾向にあった年賀状も、最近では増えていると聞いていましたが、SNSでの画像送信に切替える人が増えてきました。

 

 母の友人関係でも「年賀状仕舞」をする人が増えています。残念な限りです。


 いつか、茶道仲間には旧暦の元日に届くように年賀状を出したいものですね。

 新年に相応しいお軸としては「彩鳳舞丹霄」「松樹千年翠」「鶴吟千年松」などがよろしいかと思います♪

 本日は旧暦十二月廿九日、甲辰年

丁丑月丁酉日。大晦日です。


 毎月の末日のことを「晦日(みそか)」といいますが、これは「三十日」のことで、本来は「つごもり」といいます。但し、小の月では廿九日が「晦(つごもり)」になります。

 つごもりは「つきこもり(月隠)」が転訛したもので、月が新月になる前日のことを意味します。

 大晦日は「おおつごもり」とも読み、一年の最後の「つごもり」となります。

 除夜の鐘は昭和になって始まった風習なので、旧暦に鳴らす寺はないのですが、是非鳴らしていただきたいものです(笑)


 支那では春節として、今でも旧暦(中共では農暦)でお祝いをしています。面白いのは、日本が除夜なのに、支那では除夕と呼び方が少し違います。

 大晦日から元旦にかけて、茶道では年越しの茶事をいたします。
 大晦日に先茶で年越しそばをいただいてから、近所の寺や神社などに初詣に出かけてもらい、亭主はその間に支度をすませ、改めて正月支度で客を迎えます。

 いまどきは行うのも難しい時代ですが、逆に新暦の正月でない方が、正月のあわただしさも一段落してからとなりますので、よいかなぁ~などと思っております。

 掛軸としては「歳月不待人」や「無事是貴人」「看々臘月尽」などが相応しいかと思います。また、歳神(干支)の入ったお軸というのもありですね(新年に掛ける軸と対になるような形で)。

 何やら『べらぼう』でも茶の湯のシーンがあったらしいですね。


 私は録り貯め一気観派なので、2話以降観てないんですが、あったらしい……んです。


 炉の位置に風炉を据えていたことで云々言っている人が居るみたいです。Facebookで流れてきました。


  ですが、風炉で竹台子小を使うのがそんなに変ですかねぇ?

 そもそも炉がない時代、どうだったのか?と考えないのでしょうか。


 炉のない時代には、一年を通して風炉を据えていた訳です。

 では、風炉の位置は固定だったのか?というと、そんなことはない訳です。

 ですから、「炉の位置に風炉を据えた」のではなく、「風炉を据えていた位置に炉を切った」と考えられる訳です。


 そして、炉を切ったが故に、出風炉の点前が廃れた――そう考える方が自然ではないですかね?


 炉の位置に風炉を据える点前を観て、私はそんな風に感じたものです。


 江戸時代には炉を片付けたあと、不意の客があった際に、川上不白が風炉を炉畳の上に据えて吊釜にしてもてなした記録があると、磐城平藩安藤家御家流の安藤綾冠さまから伺ったことがあります。


 それであれば、炉の支度がまだ済んでいない時期に不意の客があったら、同様のことをしてもいいと思う訳です。


 置炉でと今はやりますが、炉がないなら一年中風炉でいいんじゃないですかね?(笑)


 皆さんはどう思われます?


 勿論、先生で炉を切らずに教えるのは無理――というか、開きたての教室なら仕方ないかも知れませんが、十年もそれというのは難しいでしょう。炉の点前を教えられないのですから。


 うちも始めは置炉で代用していましたが、弟子のひょんな所作で「これはいけない!」と大慌てで炉を、切りました(苦笑)


 今では笑い話ですが、心底驚愕したものです。