世の中で誤解されていること一つに「茶道を習うと礼儀作法が身につく」というものがあります。
一つだけ言っておくと、礼儀作法は茶道を習う前に家で身に着けてから習いに行くものです。
茶道の先生は礼法の先生じゃありません。着付けの先生でもありません。
かなり勘違いされています。
実際、礼法をきちんとご存知の茶道の先生は、世の人が思っているほどにはおらず、案外少ないです。慣習はご存知ですし、先生や先輩がこうしていた……という経験則は豊富ですので全く知らない訳ではないのですが。
ただ、茶道の礼儀作法は「茶の湯という特別な世界で通用すること」であって、茶道の礼儀作法が和文化全てに通用すると思ったら大間違いです。特に現在は流儀ごとに礼儀作法がバラバラになっていて、独自進化しているお流儀もあります。
私の師匠は酔っ払うと「あたしゃ礼儀作法の先生じゃないんだ、茶道の先生! 礼儀作法は身に着けてから習いに来いってんだ」と、零してました。
「先生ウチの家紋は何ですか?」とか聞くお弟子さんも居たらしく「墓見てらっしゃい」と教えたそうです。
いつ頃から茶道は礼儀作法を身に着けられるものになったのでしょうか。私も師匠と同じく「茶道の先生」であって、「礼法の先生」ではないのです。
だた、このことは日本の家庭で礼儀作法を教えられる大人が減っていることを意味しています。和室が家庭になくなってしまったので仕方ない部分はあるのでしょうが……。
道徳の時間がなくなったり、意味不明な英語の授業が小学生から始まったり。
今一番求められているのは「礼儀作法」の授業ではないでしょうか。
そう思う私は、古くからある礼法とはなんぞや?と調べましたし、実際に礼法のやり方を取り入れています。襖の開け方も流儀で違うようですが、礼法で定められた通りが本来のものではないのかな?と、私は考えています。
着付けや、着物のことはまぁ、オタクなので、必要以上に詳しくはなりましたけれども、これも「弟子に質問されて答えられないことのないように」という意識から着ているものではあります。
最終的には「先生は弟子の三倍の知識が要る」ということに辿り着くので、専門以外の知識も勿論必要なんですけどねw