本日は、旧暦九月三日、二十四節気の第十八で「霜降(そうこう)」です。
朝露が凍えて霜が立つというのがこの霜降の季節です。
土が盛り上がり始めて、朝早い時期には霜を見ることができるようになります。この頃の霜はあっという間に溶けてしまいますけれども。
『暦便覧』では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と書かれています。
さて、とうとう衣更えです♪
霜降は初袷ともいい、これから小雪になるまでのあいだは人形仕立ての袷の時期になります。昼間は立冬を過ぎるまでまだ暑い日があったりして、着脱ぎできる羽織を多用する時期になります。
また、褝羽織が役立つ季節でもあります。
袷に代わると「そろそろ炉開きの季節だな……」という気持ちになりますね。今年の玄猪は10月29日(旧暦十月二日)なので、もう直ぐですよ♪
この時期はまだ炉になっていないので難しいですが、掛軸としては「秋霜以律己」「経霜楓葉紅」「霜葉満山花」など如何でしょう?
10/18(土)は板橋区茶道華道連盟の呈茶席に茶盌係として行ってきまして、とにかく疲れましたw
半日のことなんですが、どうして毎年茶盌を元の数に戻しちゃうんですか!
去年も数が足りなくて二日目は私の三島員茶盌を持っていったんですからw
本当は二日目も手伝わなくてはいけないのですが、今年は流儀の茶会と重なってしまい、そちらに参加しました。
流儀の茶会は、一応教授会。
小四方棚の席に振り分けられました。
しかし、流儀も大分人数が減りまして、驚きました。
頑張って、お弟子さん増やさないとですね!!
当流は女性が多く、男性の振る舞いを知る先生が非常に少なく、男点前もご存知ない先生も多いと師匠から聞いています。
帛紗ひとつとっても女性と男性では付け方が違います。
女性は帯の上から帯の間に差し入れますが、男は袴紐の下から上に出してから帯の間に差し入れます。
女性は一度上に上げて少しだけ畳んで下に押し下げるように引き抜きますが、男性は腰に下げた状態で上に少し畳んでそのまま引き抜きます。
女性は内側に畳み、男性は外側に畳むようになります。
また、点前が終わって建水を戻してからのご両器の動かし方が、女性は帛紗を腰につけてから棗→茶盌の順ですが、男は帛紗を左手に握り込んだまま棗と茶盌を同時に動かします。
この違い、廃れかけているので、男性は男点前をしてほしいですね~♪
二回も点前をしてしまいまして、今日は筋肉痛でビリビリしてますw
本日は長月朔日、旧暦九月一日。
長月の異称については様々な説が有りますが最も一般的な説としては「夜長月(よながつき)」を縮めたものとされています。
それでは恒例の別名行ってみましょー!
稲熟月【いねあがりづき】
稲穂が成熟する月であることから
夜長月【よながつき】
夜がだんだん長くってくる月であることから
色取月【いろどりづき】
木の葉が色取る月である事から
紅葉月【もみじつき】
山間で紅葉が始まる月であることから
小田刈月【おだかりづき】
田の稲を刈り取る月であることから
菊咲月【きくさづき】
菊の花が咲く時期であることから
菊月【きくづき】
菊の花が咲く時期であることから
暮秋【ぼしゅう】
秋の暮れで有る事から
寝覚月 ねざめづき
秋は夜長になり寝覚ることが多くなると言われることから
祝月【いわいづき】
もともとは斎月(いみづき)であったが、節供が忌み日から祝い日となったように祝月とされた
詠月【えいげつ】
詠とは「ながめ」とも訓み、詠月で「ながめつき」となります。また、詠は「歌を詠む」と訓むように和歌が菊寿の宴で詠まれることも暗示しています。
菊開月【きくさきづき】
菊の花が開く時期であることから
玄月【げんげつ】
玄月は「ながつき」「ながづき」とも訓む
五行に合わせると玄は黒で季節では冬にらあたるが方角で天門とは戌と亥の間を表し、天の色は玄であるため、この名があると考えられる
建戌月【けんじゅつづき】
「建」は北斗七星の柄の意。柄が旧暦で戌の方位を向くため
無射【ぶえき】
支那の十二律の一。黄鐘より十音高い音。黄鐘が陰暦十一月にあたるため、陰暦九月の別称となった。
青女月【せいじょづき】
青女とは『淮南子』にある霜や雪を降らせる女神のこと。旧暦九月は霜降の月であるため
竹酔月【ちくすいづき】
竹の美しさを愛でる月の意
如何でしたか?
道具組みの参考になれば幸いです♪
立礼の御席を辞すると、応接室に見知った顔が。
杉並代表・小笠原先生です。都千家の先生ですね。仲間内ですので、気の置けない感じで接しておりますが(年も近く同性なので)、端から見たら「なにあれ?」という感じだったかも知れません。
大田区の江戸千家さんを母がナンパして、四人で話しました(武井先生と同門で、お互いにご存知のよう)。
招待客は連客に説明する感じで「●●区の●●でございます。お招きありがとうございます」はしなきゃいけないなぁ……と今更思いましたが、一応板橋の理事長代理で罷り越したことはお伝えしまいた。
先ほどと打って変わって薄暗い本来の茶室のようなところに、長板二つ置き。風炉と水指なんですが、青磁の菊花水指がどうみても唐物。そう!数年前に東京大茶会で珠光青磁の茶盌を飾られていた先生です!
これは!と思って道具を眺めていると、風炉は燻風炉の眉で、江戸後期と思われます。祥元作と見掛けましたが(会記を見せてくださいました)、心当たりがない。土器師でしょうかねぇ?
蒲池窯・伊東征隆作の眉風炉を私も持っていますが、艶が違います。漆のようなテカった艶ではなく、使い込まれた艶なんですよね。いいなぁ、こういう物。惚れ惚れしてしまいます。
釜は阿弥陀堂釜とのことですが、唐戸面平肩衝釜の形なので、「?」となりました。鐶付が竹になっており、やはり阿弥陀堂釜というには雰囲気が違いますが、席中でいうことでもないので、黙っておきます。
水指は元時代の物と思われます。おそらく龍泉窯のものではないかと。天の色と呼ばれた青磁に、漆の黒がよく映えます。形は写真のものににていますが、これの菊華形(菊割)でひだの数が48ほどもありました。ただただ、圧倒される存在感でしたよ!
初代浄益の鎖に下げられた砂張の吊り舟が見事です。作は忘れてしまいましたが、江戸初期のもので間違いないでしょう。使い込まれた味というものが舟から滲んでいます。また、花留めに栄螺の唐銅蓋置をお使いで、こういうところにも小堀遠州流の宗圓宗匠のような円熟味を感じました。
何よりすごいのは家元も箱書などを言われないこと。他流にとっては他流の家元のことなど、どうでもいいことですからね。
お耳が遠くていらっしゃるので、少々問答はすれ違ってしまいましたが、一つ一つの道具を丁寧にご紹介くださいました。
できれば会記だけでも写真に収めておきたかったですがスマホは茶室に持ち込まないことを徹底しているので、そんなチャンスもなく、部屋を辞しました。
その後、京王デパート(新宿店)のますいわ屋さんにキャンペーンをしているとのことで呼ばれていきましたが、お召と紬しかなく、「茶道をしているのでこれはちょっとねぇ」と米沢の袴を探してほしい旨をお伝えして、茶道具売り場に。
千華さんはここのところお付き合いしております茶道具店で、ガラスの若手作家さんを呼んで合同展をされておりましたが、やはり伝統工芸士や茶道を習っている方でないと茶道具を作るのは難しいですね。
色々と意見を述べました。
すると、宗靜先生が、小棗を前に唸っております。
あーーーーーこれは動けなくなるわ。。。。というような品物でした。
「連れて帰りましょう!」と即決。
作家とかはきちんと把握しておりませんが、見事な籠小棗です。
蓋裏の蒔絵など、私や母の好みで、包帛紗で濃茶器として使うこともできるでしょう。小棗は濃茶器ですが、二服点てなら薄茶に使っても問題ないかとも思います。
※当流は蒔絵の棗でも濃茶に用いる流派なので
ひとまず取り置きを頼んで、支払いの算段をすることにいたしまして、帰宅しました。


