Threadsでこういう記事が上がっており、びっくりしました。茶道の先生の娘さんらしいのですが、「ネイルOK?!」とかなり驚きました。

 

なので、「そちらの教室の外では辞めてほしいです。ネイルもピアスも、ヘア飾りも。柔軟性はそういうところで発揮するものではありません。何故、駄目なのか考えていただきたいですね。」とレスしましたら、なんと……

 

「承知いたしました🙇🏼もちろんそちらには行きません、ご安心ください🙇🏼」

 

 という返事。いや、そういうことじゃないのよ。その後のレスには返事はないので、ミュートされたか無視されたかでしょうねぇ。

 

 そこで、こういう記事を投稿。

 

 これにいくつかコメントをいただきましたが、その中に「私はこちらの記事で先入観がつきました」というコメントが。

 

 そこには「掃除・片付けが苦手」「上から叱られたり・説教されるのが嫌」という言葉があったので、「それは向いてないからやらない方がいいですよ」と返しました。

 

 掃除・片付け、好きじゃなかろうがするものですし、先生が間違いを指摘したり、指導したりするのは当たり前です。それが嫌!というなら、別に茶道をする必要はないと私は思います。

 

 そういう人は、自分で点てて飲んでいればいいんです。美味しく点てられるようになるかは知りませんが。

 

 茶道とは習い事です。

 師弟の道です。

 

 稽古場を掃除したり、自分の使う道具を準備したり片付けするのは「当たり前」です。苦手だからやりたくないなら習えません。

 

 私なんかも別に掃除好きじゃないし、片付けは生活の中ではあまり上手にできる方ではありません。ですが、稽古場は掃除しますし、茶道具は小まめに片付けます。

 

 習慣になっているからです。

 

 さて、話を戻しまして、ネイル。

 

 何が駄目かというと、上に付けている被膜がそもそも駄目。これで茶盌にふれると、擦過痕が残り、釉薬に薬品が付着してしまいます。そしてこれが意外と取れない。

 

 つけ爪などはもっとアウト。というかつけ爪なら外してきてくださいね。

 

 付けていただいたコメントの中には色々と頷くものがありましたが、茶道というのは「外見を飾らず、中身を磨く」ためのものです。

 

 外見を飾りたいなら、茶道は辞めておいたほうがいいです。 自分の勝手な考えで、茶道の決まりを変えてもいけません。これは先生であってもです。

 

 私は嫌われても、煙たがられても、こうしたことをしっかり言える先生であり続けたいと思います。

 美味しくなければ、お茶(抹茶)じゃない。

 

 甘くないければ茶の湯じゃない。

 

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すみません。皆さんにお聞きしたいことが。

茶道というのは、いつから俗物根性丸出し、道具自慢したいだけの成金趣味になったのですか?

そして、一部の茶道家の職人を見下す態度が我慢ならないので、全てに当てはまらない茶事を作ります。

 

 という投稿がありました。

 

 コレに対して、非常に面白いコメントが並んでいます。

 

 その中のコメントで、足利家を成り上がりと捉えているものがありましたが、足利氏は最も源氏の嫡流に近い家として、全国の御家人から尊敬を集めていた家で、鎌倉時代、北条氏でさえ(反乱しないように)気を使っていた一族です。

 

 つまり成り上がりではないので、成金にはなり得ない訳です。

 

 また、足利義政は侘数寄の源流たる侘びを文化の中枢に据えた人物でもあり、当時、王朝趣味が主流だった和歌の世界で、万葉集の侘びた叙情を好んだことから、武家社会に侘び数寄が受け入れられる素地を作ったといえなくもありません。

 

 ほかには、「茶道は元々茶の湯を通じて心を清め禅の精神を養うことを目的とした文化」という主張がありました。

 

 現在主流である千家が「禅の精神性を強調している」のは確かですが「元々」ではなく、それは江戸中期以降の話です。

 

 そもそも千利休の家は法華宗であり、利休個人が大徳寺に寄進したり受戒しているだけであり、禅宗に帰依している訳では無い点もよくよく考えなければなりません。

 

 また、茶事というのは、禅宗の精進料理から発展したと考えられていた訳ですが、実際には精進料理も本膳料理の省略形であり、そこから派生したものである訳で、特に禅の影響が有ったわけではないのです。

 

 主にこの省略を形式化したのが禅宗であっただけであり、室町後期~江戸前期までに茶の湯は禅宗の影響が強いとは言い切れないのです。

 

 それは、茶の湯の担い手である商人が浄土宗・浄土真宗、そして法華宗の信徒が多かったからです。

 

 禅の影響が強くなったのは江戸中期に白隠がでてからのことであり、わかりやすい禅が民衆に受けたことで、茶の湯の精神骨格として取り入れられていったという研究もあります。

 

 そもそも、茶の湯の歴史は将軍家の威信回復のためのランキングから始まっています。

 

 席次を争い、いい道具(価値の高い道具)を鑑賞し、それを下賜されるために寵を競った訳です。

 

 その後、侘数寄が生まれ、戦国の商人たちに広まり、奈良流(珠光流ではなく)の正統は足利義輝の同朋衆となっています。

 

 禅が強調されるようになった江戸中期は文化的に華美になっていた時代ですから、時勢の中で己を見失わないようにしようという潮流が民間にあったのかも知れません。

 

 但し、江戸期を通じて主流は武家茶・大名茶であり、唐物主体の茶の湯であったことも事実です。江戸期は唐物の絶対数が不足し、中興名物などが取り上げられるようになったことでもそのことが分かります。

 

 現代になって、唐物という言葉を「舶来品」と混同する茶道家が増えていることも、残念なことではありますが、言葉を厳密に使っていかないと、間違えることが多いです。

 

侘茶は「唐物が使えない(持っていない)ので国焼だけで行う茶の湯」であり、侘数寄は「侘びた唐物と国焼を取り合わせて行う茶の湯」であり、両者は隔絶しています。

 

 千利休は侘び数寄の人であり、侘び茶の人ではなかったというのが、私の主張するところです(侘び茶を興すのは千宗旦)。

一つ思うことは「茶道は習い事だけど、茶の湯は催し事」だってこと。

 

茶道家は習ってる・教えてるだけでいいけど、茶人は茶事を開いてこそ。茶事を開かない人は茶人ではないし、茶事を開くための茶道であると思うのです。

 

習ってるだけで満足という人も多いとは思いますが、一度席主を体験してみてほしいですね。

 

道具組みって物凄く愉しいんですよ。

そういう講座って見掛けませんよね。

 

 いずれ、定年退職したら、道具をカード化して、そういう講座やってみようかな。

 

「カードでやってみる茶道具の道具組み講座」

 

このネタは前に考えた茶の湯カードゲームがベースです。写真を取って、格や素材の種別、作家などを記載しておいて、組み合わせをルール化すると、道具組みが分かりやすくなるんじゃないかと。

 

システム的な部分はそれなんですが、これのポイントは「物語」なので、そこはユーザーのソフトウェア力によりますよね。

 

スマホや辞書とか色々なものを駆使して、物語を組んで、発表し、問答をやる。参加している全員で評価して、正客と亭主で評価点を分け合うとかw

 

 

こちらは前に考えたやつです。

これをどう改造するかな~。

 

 

TALESのランキングに載るようになって、少しずつ読まれているようです。

 

「ようです」というのは、あまり実感がないからなのですが、歴史・時代に投稿されている作品は584作品のようで、まぁその中でのランキングですから、喜ぶほどのことではないのかもしれません。

 

が、ランキングに載るというのはキャッチーなので宣伝に利用させていただいておりますがwwww

 

 

 

 

実際には、NOVELDAYSの64,000PVの方が読まれているという実感がありますが、読了率という指標がないので、完了まで読んでいただけているのか?という不安はありますよね。

 

 

https://ncode.syosetu.com/n0859hd/

 

一番最初に投稿した「小説家になろう」では、11,000PVなので、こちらは苦戦している感じがします。私の作品はラノベではないので、仕方ないのでしょうけれども、NOVELDAYSと比較すると、読まれ方というより「目についていない」で、埋もれているというのがはっきりと分かる所です。

 

メジャーな武将とか出てきてないですからねw

 

ブログの読者様には是非一度お読みいただければ幸いです。