板橋区文化連主催の板橋区文化祭にて板橋区茶華道連盟のお茶会・花展が催されます。

 

令和5年9月30日 (土)・10月1日(日)の両日です。

 

本年は10/1に私もお席を持つことになりました。この機会に是非都流をご覧いただきたいと思います。

 

茶券は前売り券(三席券)が三千円です。

皆様のご参加お待ちしております。

 

・広間席
 9/30 表千家 野澤宗美 10/1 表千家 切田宗順

 

・青渕亭(六畳)8〜10名

 9/30 裏千家 奥長宗惠 10/1 表千家 平澤宗光(公募席)

・洗心庵(四畳半)7〜8名
 9/30 江戸千家 武井宗房 10/1 都流 内田宗地

 

席入は3時半最終ですが、各部屋の受付は早く終わりになる可能性もございます。また、茶席はすべて入れるとは限りません。予めご了承のほど宜しくお願いいたします。

 

お問い合わせ先
darkpent●gmail.com
●を@に変えてお送りください。

 茶道の本義はなんだか解りますか?


 もてなすこと? 様々な教養? 広い知識? 美しい所作? 正しい礼儀作法?


 どれも違います。


 茶道の本義は「美味しいお茶を点てること」です。


 その上で、愉しい時間を過ごすために、教養を磨いたり、所作を美しくしたり、知識を広めたりするのです。


 ここをおざなりにして、所作や教養や知識などの枝葉にこだわるのは本末顛倒と言わざるを得ません。お茶が美味しくなければ、器物がどんなに素晴らしくても片手落ちです。


 ですが、皆さん本当に美味しいお茶の点て方を研究されているようには感じません。特に近代数寄者に傾倒されている方々は。


 皆さんは、大寄せで美味しくないお茶を飲まされた経験ありませんか?(ハプニングとかは別として)


 私は自分で考え、実践し、何度も何度も失敗しながら、新しい点て方・煉り方を試行錯誤してきました。


 そしてたどり着いたのが


①柄杓の合の尻に回して垂らす湯の注ぎ方

②穂先を動かさず臂(肩から手首まで)で茶を振る点て方(穂先を振らない)


 です。

 

①について

 腕を下から前に真っ直ぐ伸ばし、肘を下向けて手首を胸に寄せます(肘を折る)。


 そのまま手首を縦に極めて、指を揃えて伸ばし親指を立てます。


 食指(人差し指)を中指の分だけ反らし、そこに柄杓を置いて、構えます。


 合の中心と肘を結んだ見えない線を軸として手を倒すと「合が動かない」ようになり、茶盌や水指、茶釜などで、湯や水を零さなくなります。


 汲むときは左に手を倒して、合を斜めにして湯や水に入れれば、適量をきちんと取ることができ、目分量ではなく、正確に同量の湯や水を汲むことができるようになります。


 この角度で湯や水の量を調節出来るのです。


 この手の角度を少し深くすれば、合の底に湯を回して、お茶を避けて茶筅摺りからお湯を注ぐことが出来ます。


 こうすると湯は適温となって、お茶の底から染み込み、微粉末によって水分が表面張力によって丸まってダマの原因になることを防ぎますし、お茶が飛び散ることも無くなります。


 粉物に湯や水を混ぜるときに上からではなく縁から掛けていくという料理の常識がありますが、それと同じことです。


 また、抹茶の上に湯を掛けてしまうと、湯と混ざったお茶が蓋になり、香りがあまり出なくなります。


 脇から染み込ませるといままでとは別次元のお茶の香りを嗅ぐことが出来ます。



②について

 最初に穂先を動かさない茶筅の動きを考えついたのは「何のために茶溜まりがあるのか?」でした。


 穂先を振るのであれば、茶溜まりはあまり関係ありません。


 色々考えてこの図に辿り着いた訳ですが、今はこの図に間違いがあることが分かっています。


 それは手の角度です。


 茶筅を前に倒しても、後ろに倒しても、手の向きは変えてはいけなかったのです。それは利休百首にヒントが隠されていました。


茶を振るは手先をふると思ふなよ

臂よりふれよそれが秘事なり


 ここで大事なのは【臂】です。これは【ひじ】と読みますが、【肘】とは意味が異なります。因みに【肱】も【ひじ】と読みますが意味が異なります。


臂=肩から手首まで

肘=上腕と下腕の関節部で外側に出っ張った硬い部分

肱=肘から手首まで


 つまり、振るのは臂であり、肩から手首までの全体で振るということです。


 次に注目すべきは「茶を振る」です。


 茶筅を振るでも、穂先を振るでもなく、茶を振る。


 これはどういうことになるかというと「茶を振動させて撹拌する」ということになります。


 穂を振らず、手を固定したまま前後にスライドせると、手の中で茶筅の柄が振り子運動をします。


 こうすると、茶筅の穂先はほぼ動かず、茶と湯と最も多く接触します。


 これを素早く前後に動かすと、茶筅は持たず、茶筅に触れず、ただ直立させているだけになります。


 これをすると抹茶と湯の混ざり具合が最も均一になり、抹茶の甘みが引き出されます。


 濃茶の場合はここから、手を円のように動かし、茶筅を手の中で回転させながら移動させていきます。


 そうすると抹茶が渦巻状に煉り込まれ、さらに甘みを増していきます。


 薄茶は、よく混ざったら、泡を立てます。

 泡を立てるには穂先を動かす必要があります。


 この辺りは誰でも知っているやり方なので、省きますが、スピードや回数で泡の量を調整するといいと思います。


 一度、騙されたと思ってやってみていただきたいのです。


 茶道は美味しいのが本義。


 私はこの点て方、誰にでも惜しげもなく教えます。美味しいお茶を飲んでいただきたいからです。


 流儀で決められていることは変えずに良いと思いますが、自分で飲むときに是非、やってみていただきたいですね!


 現在のような二重露地は、利休の時代ではなく、織部や遠州の時代に始まったということらしいです。

 

 つまり、外露地と内露地がなく、腰掛待合も割合遠いのが一般的であったということになります。

 

 しかも、元々は縁側に坐っていたものが、床几が置かれる様になり、そこから独立した腰掛待合となっていきました。

 

 遠州は「大名ならば景色を生かした露地を作る方がいい」と言い残しており、いわゆる景観の露地は大名茶、町人茶は質素に隔離できる環境をということのようです。

 

 織部は山などは露地からチラリと木の間から見えるのがいいと上田宗箇に答えていて、遠州よりも利休の考えに近く、どちらかというと借景よりも、自らの工夫に注視してもらいたい感じがありました。

 

 こうした工夫は庭園の中の座敷から、「市中の山居」という着想へ変化し、大名の物好きの借景へと変化していったと考えられます。

 

 これを現代に於いて考えれば、私は露地を廃してもよいと考えます。

 

 地方の広い邸宅ならば露地も二重露地にして……などと考えられるでしょうが、月桑庵は池袋駅に近い所にありは庭さえ無いようなところですから、露地を廃して蹲のみで対応すべきなのではないかと思うわけです。

 

 工夫というのは「持たざる者の方が強く考える」ということは有ると思いますね。

 本日は旧暦七月八日、癸卯年庚申月癸丑。二十四節気、第十四の処暑です。

 一気に秋風が心地よくなってまいりました☆彡☆彡☆彡

 処暑は二十四節気の第十四節。『暦便覧』では「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」と説明され、台風襲来の特異日とも言われます。

 萩の花が咲き、穀物が実り始めます。厳しい暑さが峠を越し、朝夕は涼風が吹き、山間(やまあい)では早朝に白い露が降り始め秋の気配を感じます。

 処暑とは「暑さが終わる」ことを意味します。

 処は「處」の新字体で、「神事で劇を演じる虎の頭をかぶった人が腰掛けている姿」を意味し、虎の頭をかぶった者の座って動かない様子を表します。

 ここから「いる」「ところ」などの意味が生じます。「夂(のぶん)」と「几(つくえ)」の会意形声文字ですが、この「几(つくえ)」とは現在の椅子のことで、床几(しょうぎ)といえば、野外で武将などが腰かける携帯用の折りたたみ椅子です。

 また、訓みとしては「お-く」「お-る」などとも読み、「とどまる」「とりさばく」などの意味もあります。

 このことから「暑さを処く」となり「暑さを取り捌く季節」つまり、うだるような夏の暑さの引く頃となります。

 といっても、まだまだ秋が深まるのは先のお話し。
 この処暑までが薄物(絽や紗、麻)の季節となり、次の白露からが褝(ひとえ)の時期になります。「処暑を過ぎたら~」というのは、「処暑の日ではなく処暑の節気を過ぎたら」の意味になります。今年の白露は9月8日。9月7日までは薄物OKですよ^^

 ですが、そろそろ、衣更えの心づもりをしておきましょう♪
 それとともに夏の家具を片付けて、秋の準備を始めます^^

 このころの御軸としては「随処作主(立処皆真)」、「鑊湯無冷処」「何処惹塵埃」なんてチョイスは如何でしょう?^^

 本日は旧暦七月七日、癸卯年庚申月壬子日、七夕です。

 七夕は「棚機(たなばた)」や「棚幡」とも書き、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と結びついて、精霊棚とその幡を安置するのが7日の夕方であることから「七夕」と書くようになったのだとか。

 棚機津女とは、個人の名前ではなく、村で選ばれた巫女のことで、水辺で神の降臨を待つという「禊ぎ(みそぎ)」の行事があったそうです。

 この行事は「雨乞い」の行事でもあり、水に関わる農耕儀礼であったといわれます。

 機(はた)という言葉がつくことからも解るように、神の着る衣(神御衣)を織って、神の訪れを待つ少女のことであり、水辺の機屋(はたや)に籠り、六日に訪れた神は七日に帰り、このとき水辺で禊ぎ(みそぎ)を行うと災難とのかかわりを取り去ってくれると考えられました。

 棚機津女が七日に出てくると、精霊棚(しょうりょうだな)を組んで、精霊馬として、胡瓜の馬に茄子の牛を備えます。馬が迎えというのは神が早く来るように、牛が送りというのは神がゆっくりと帰る(できるだけ近くにいてもらいたい)という表れです。

 これが、女性が針仕事の上達を願う乞巧奠(きっこうでん/きこうでん)や佛教の盂蘭盆会(お盆)、牽牛織女の伝説と結びつき、さらに、短冊などを笹に飾る風習は、夏越の大祓に設置される茅の輪の両脇の笹竹に因んで江戸時代から始まり、現在の七夕の形になりました。

 ちなみに「五色の短冊」は五行にちなんだもので、「緑(木)・紅(火)・黄(金)・白(水)・黒(土)」を意味します。

 また、イモの葉の露で墨をすると習字が上達するといい、7枚のカジ(梶)の葉に歌を書いてたむける風習もあります。このことから「梶の節句」とも言います。

 茶道の道具としてはこの短冊にちなんだ「短冊箪笥」などがあります。当流では、茶事などにおいて短冊箪笥の倹飩蓋裏に短冊を仕込んで、薄茶点前の際に用います。短冊は著名な方のものによるのではなく、七夕に因んで詠んだ歌を掛けます。当然、初座や待合の軸には短冊を掛けることができなくなりますが(笑)

 七夕にちなむ道具としては

 ・鼓蓋置
  牽牛に由来。牽牛の別名「天鼓」にちなむ。
  狂言袴の水指や茶?と合わせて能楽の「天鼓」を表す。

 ・糸巻棚
  糸巻蓋置なども可。機織りに由来。

 ・笹蟹蓋置
  蜘蛛姫に由来。蜘蛛は「ささがに」と読むことから。
  箱に蜘蛛を入れてその巣の張り方で上達を占ったことから。
  蜘蛛の巣模様や蜘蛛の文様もあり。

 ・墨台蓋置
  梶葉姫に由来。芋の葉の露を集めて墨を磨り梶の葉に歌を書いて上達を願った故事より。

 ・葉蓋
  裏千家の水指の扱いの一つで、梶の葉を用いた点前。
  おそらく梶葉姫に由来した見立て。

 ・朝顔文様
  牽牛花に由来。昔朝顔のタネは貴重な漢方薬で、牛を牽いて礼をしたことから、牽牛子(けんごし)といい、花を牽牛花(けんごか)と呼んでいましたが、牽牛(けんぎゅう)にちなんで、織姫を朝顔姫と呼ぶようになり、七夕の道具として用いられた。
 
 ・房のある棚
  矢筈棚や当流好の扇卓、都棚など
  糸織姫に由来。糸を織って房にすることから、吹き流し(笹飾りの原型)=房の見立て。

 ・胡瓜(馬)
 ・駅鈴蓋置
  いずれも精霊馬の道具見立て

 ・茄子
 ・牛文様
  いずれも精霊馬(牛)の見立て。牛は牽牛の牛にも通じる。
 
 ・火舎蓋置
  薫物姫に由来。

 ・天の川
  百子姫に由来。天の川の別名が「百子の池」。燿変天で銀河に見立てるなど。竜田川文様で天の川に見立てる。

 ・橋
  天の川に掛る橋から。
  大渡茶器なども、渡という言葉から橋の見立てに用いる。
  
 他にもまだまだあるかと思います。
 こんな見立てがあるよ!などの情報ありましたら、お知らせください♪

 七夕の軸としては 「銀河落九天」とか、「瀧直下三千丈」も七夕によく掛けられます。「月落不離天」というのも、天の川を連想させるように思います。