茶道の本義はなんだか解りますか?
もてなすこと? 様々な教養? 広い知識? 美しい所作? 正しい礼儀作法?
どれも違います。
茶道の本義は「美味しいお茶を点てること」です。
その上で、愉しい時間を過ごすために、教養を磨いたり、所作を美しくしたり、知識を広めたりするのです。
ここをおざなりにして、所作や教養や知識などの枝葉にこだわるのは本末顛倒と言わざるを得ません。お茶が美味しくなければ、器物がどんなに素晴らしくても片手落ちです。
ですが、皆さん本当に美味しいお茶の点て方を研究されているようには感じません。特に近代数寄者に傾倒されている方々は。
皆さんは、大寄せで美味しくないお茶を飲まされた経験ありませんか?(ハプニングとかは別として)
私は自分で考え、実践し、何度も何度も失敗しながら、新しい点て方・煉り方を試行錯誤してきました。
そしてたどり着いたのが
①柄杓の合の尻に回して垂らす湯の注ぎ方
②穂先を動かさず臂(肩から手首まで)で茶を振る点て方(穂先を振らない)
です。
①について
腕を下から前に真っ直ぐ伸ばし、肘を下向けて手首を胸に寄せます(肘を折る)。
そのまま手首を縦に極めて、指を揃えて伸ばし親指を立てます。
食指(人差し指)を中指の分だけ反らし、そこに柄杓を置いて、構えます。
合の中心と肘を結んだ見えない線を軸として手を倒すと「合が動かない」ようになり、茶盌や水指、茶釜などで、湯や水を零さなくなります。
汲むときは左に手を倒して、合を斜めにして湯や水に入れれば、適量をきちんと取ることができ、目分量ではなく、正確に同量の湯や水を汲むことができるようになります。
この角度で湯や水の量を調節出来るのです。
この手の角度を少し深くすれば、合の底に湯を回して、お茶を避けて茶筅摺りからお湯を注ぐことが出来ます。
こうすると湯は適温となって、お茶の底から染み込み、微粉末によって水分が表面張力によって丸まってダマの原因になることを防ぎますし、お茶が飛び散ることも無くなります。
粉物に湯や水を混ぜるときに上からではなく縁から掛けていくという料理の常識がありますが、それと同じことです。
また、抹茶の上に湯を掛けてしまうと、湯と混ざったお茶が蓋になり、香りがあまり出なくなります。
脇から染み込ませるといままでとは別次元のお茶の香りを嗅ぐことが出来ます。
②について
最初に穂先を動かさない茶筅の動きを考えついたのは「何のために茶溜まりがあるのか?」でした。
穂先を振るのであれば、茶溜まりはあまり関係ありません。

色々考えてこの図に辿り着いた訳ですが、今はこの図に間違いがあることが分かっています。
それは手の角度です。
茶筅を前に倒しても、後ろに倒しても、手の向きは変えてはいけなかったのです。それは利休百首にヒントが隠されていました。
茶を振るは手先をふると思ふなよ
臂よりふれよそれが秘事なり
ここで大事なのは【臂】です。これは【ひじ】と読みますが、【肘】とは意味が異なります。因みに【肱】も【ひじ】と読みますが意味が異なります。
臂=肩から手首まで
肘=上腕と下腕の関節部で外側に出っ張った硬い部分
肱=肘から手首まで
つまり、振るのは臂であり、肩から手首までの全体で振るということです。
次に注目すべきは「茶を振る」です。
茶筅を振るでも、穂先を振るでもなく、茶を振る。
これはどういうことになるかというと「茶を振動させて撹拌する」ということになります。
穂を振らず、手を固定したまま前後にスライドせると、手の中で茶筅の柄が振り子運動をします。
こうすると、茶筅の穂先はほぼ動かず、茶と湯と最も多く接触します。
これを素早く前後に動かすと、茶筅は持たず、茶筅に触れず、ただ直立させているだけになります。
これをすると抹茶と湯の混ざり具合が最も均一になり、抹茶の甘みが引き出されます。
濃茶の場合はここから、手を円のように動かし、茶筅を手の中で回転させながら移動させていきます。
そうすると抹茶が渦巻状に煉り込まれ、さらに甘みを増していきます。
薄茶は、よく混ざったら、泡を立てます。
泡を立てるには穂先を動かす必要があります。
この辺りは誰でも知っているやり方なので、省きますが、スピードや回数で泡の量を調整するといいと思います。
一度、騙されたと思ってやってみていただきたいのです。
茶道は美味しいのが本義。
私はこの点て方、誰にでも惜しげもなく教えます。美味しいお茶を飲んでいただきたいからです。
流儀で決められていることは変えずに良いと思いますが、自分で飲むときに是非、やってみていただきたいですね!