令和8年1月17日(土)は、宗徧流正伝庵の岩田宗匠よりお招きいただきまして、初釜に伺いました。

 

 母と二人で行く予定だったのですが、正月の緊急入院でTwi友の王仁ちゃんに代役?をお願いして、祐天寺駅前で待ち合わせ。

 

 ちょっと約束の時間が早すぎましたねw

 

 公園で時間を潰して、受付に。

 

 やはり、「お母様は?」となりますよね。宗和先生(WAさん)や宗歌先生だと「奥様?」という顔をされてしまうので、王仁ちゃんを誘ったのですが、こちらは「お弟子さん?」という顔。まぁ、目論見通りですがw

 

 私は薄茶の正客に、とのこと。

 

 待合では、いつものように賑やかに(やかましく?)おしゃべりをして、和気藹々といった様子に。

 

 こちらには「丙午」の正月飾り(神鈴)と時計の香合。正午を差しているので「午」の趣向。こういう遊びが、岩田宗匠のウマさですよね。

 

 しかも、この香合は和尚が抹香を持ち運んで、いつでも時計を見れるようにしていたものではないか?とのこと。師走には相応しい一品ですw(旧暦でもまだ師走ではなかったですが)

 

 露地を初めて通していただきまして、正伝庵に躙口から上がります。

 

 掛物は「不二」。字そのものが景色になっているというもので、一富士。

 

 花入がなんと「茄子」。正伝庵は昏いので手燭が灯して有り、その光を頼りに目を凝らすと、口のどころか「ヘタ」になってました。非常に珍しい古銅の花入でした。かすかにヘタが膨らむ前の首のところに書いてあるんですね。茄子の振出とか香合はあっても、花入は初めて見た!とお正客さま(表千家の先生)や連客さまも頷く。

 

 入れてあった曙橋はそれは見事な蕾で、たっぷり栄養をもらって大事に育てられたんだろうなぁ〜という感じでしたよ。

 

 香盒は時代の赤楽。獅子ですので、正月の獅子舞でしょうか。

 

 釜は鬼霰で、毬栗にしか見えない(笑)

 正伝庵さんにしては新し目の釜で、前に伊勢丹でみた異形の鬼霰とは違い、調和するのがすごいな~と思いましたが、鬼に金棒を連想してしまうトゲトゲに、「寅年にもいけそう」と思っていました(虎に翼 ⇒ 鬼に金棒)。

 

 炉椽は古材でまるで毬栗が当たって虫喰になったんじゃないの?!という所に付いていたのが面白かったです。

 

 水指は打出の小槌で、鼠が摘み。午年ですから、子が守護干支。俵づくりになっているそうで、箱には小槌が福槌となっているとか(笑)こちらは「萩」か「志野」かでしょうか。白釉がたっぷりと掛かった見事な品でした。透明感的には長石釉ではないと思うので、おそらく大道土の白ではないかと。

 

 蓋置は駅鈴。最初は仕付棚に柄杓とともに飾り置きされていて、水指の鼠と対にしてありましたよ(子午)。

 

 そしてでてきたのは、菓子器。

 

 総螺鈿の椽高……というか重箱? 

 

 これがまた、手燭の光が揺れるたびにぬらぬらと光り方が変わるんですよ。思わず一同「ほおぅ……」とため息。その光方に目を奪われます。

 

 主茶盌は瀬戸黒。形はやや下膨っぽい感じで、口作りが段になっていて腰蓑風。桃山風の作りですが、江戸前期〜中期といった頃合いでしょうか。

 

 そして、仕覆に収まった茶入がある訳ですが、こちらはなんの仕覆か分からないほどかすれてしまっていますが、江戸前期頃のものでしょうか。

 

 そして、そこからでてきたのは、高取の鮟鱇。小振りで、胴が縦にやや長めという感じで、鮟鱇を回してお茶を入れられるのが新鮮でした(ウチは鮟鱇茶入は回さず大海などと同じに扱うので)。

 

 この高取が「たか」で「トリ(最後)」というのがまたニクいですねぇ。

 

 建水は曲げでした。

 

 茶杓は節が前後に歪んでいて、有楽の「玉ぶりぶり」を彷彿とさせる形に深い薬研樋で、深過ぎて割れた跡があり、朱漆で継いでありました。正月にはもってこいの一振りですよねぇ〜。 

 

 岩田宗匠らしい素敵な物語が副えられた道具組みに「茶の湯はやはりこうでなくちゃ!」と思いを新たにしました。

 旧暦十二月二日は細川三斎の命日です。

 細川三斎は茶名を宗立、諱を忠興といいます。

 細川幽斎(藤孝)の息子で、豊前小倉藩初代藩主、のちの肥後細川氏の祖となった人物で、利休の高弟でもあり、三斎流の祖とされる人物です。利休の忠実な弟子であったといわれ、ものまねにならぬよう師から窘められたとも言われます。

 利休が堺に蟄居を命じられたとき、古田織部とともに見送った人物でもあります。

 このとき利休が三斎に贈ったのが名杓「ゆがみ」。
 へうげものとして名を成した織部に贈ったのが名杓「泪」。

 普通に考えると逆に贈るのが正しいようにも思えますが、そこは利休、教えを忠実に守りすぎる三斎に対しては「破」を、奔放に自分の茶を具現化する織部には「守」を贈っています。愛すべき弟子に足りないものを見つめ直させるために贈ったのでしょうか。

 三斎忌には熊本の立田自然公園内の茶室「仰松軒」で三斎流の茶会が開かれます。

 細川家の永青文庫には

・黒楽 長次郎作 銘「乙御前」 利休贈
・唐物茶入 利休尻膨 秀忠下賜
・瓢花入 千利休作 銘「顔回」
・茶杓 千利休作 銘「ゆがみ」
・南蛮芋頭水指
・井戸茶碗 銘「細川」

 などがあり、やはり三斎忌にはこれらの写を取り揃えた道具組をしたいものです。

 本日は大寒。二十四節気最後の節気です。

 大寒は、一年で最も寒い時期になります。


 寒稽古や寒気を利用した食べ物(凍り豆腐、寒天、酒、味噌など)を仕込む時期でもあります。

 『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」とされ、節分までのこの期間は一年で最も寒くなります。

 茶道では、暁の茶事の時期で、厳寒の朝の夜明けを愉しむという趣向を行う頃でもあります。大晦日と元日にかけて行う「年越の茶事」の前触れともいう茶事ですね♪(暁の茶事は2月ごろまで行います)

 また、小寒から大寒にかけての寒中は、筒茶盌で暖かい抹茶で体を温めるのが趣向の一つでもあります。

 この時期の御軸としては、旧暦合の歳末ですので「寒儘不知年」「寒松一色千年別」「歳月不待人」などもこの時期のものとして相応しいかと存じます。

 今年の大晦日は2月16日。節分や立春を過ぎてからとなります。また歳末のご挨拶はその頃にいたしとう存じます♪

 本日は旧暦十二月朔日です。

 

 師走は「読経で和尚が忙しく走り回る」からといわれていますが、俗説です。

 

 年が果てる意味の「年果つ(としはつ)」、四季が果てる意味の「四極(しはつ)」などが語源と考えられています。

 

 ちなみに綿入れをするのが師走朔日とも言われ(北国はもっと早い)、四月一【わたぬき】に対応しているともいいます。

 

 師走の別名は……

 

 春待月【はるまちづき】

 十二月は冬の最後。もうすぐ春になることから。

 

 弟月【おとづき】
 乙子月(おとごつき)が訛ったもの。乙子とは末子のことで、最後の月を意味します。

 

 三冬月【みふゆづき】

 三番目の冬の月の意味。

 

 親子月【おやこづき】

 由来不明。乙子月からの転訛か。

 

 限月【かぎりのつき】
 一年の終わり(限り)の月の意味。

 

 極月【ごくげつ】

 年が極まる月の意味。

 

 暮来月【くれこづき】

 暮古月とも。年の暮れが来る月の意味。

 

 臘月【ろうげつ】

 臘というのは、冬至後の第三の戌の日の中国の祭のことで、猟の獲物が神や祖先にまつられる。この臘が転じて、年の暮や旧暦一二月が臘月と呼ばれるようになった。

 

 黄冬【おうとう】
 由来不明。

 

 建丑月【けんちゅうげつ】

 北斗七星の柄が丑の方位を向くことから。

 

 氷月【ひょうげつ】
 由来不明。

 

 暮歳【ぼさい】
 年(歳)の暮れの月の意味。

 

 などがあります。

 新暦では年が改まりましたが、旧暦ではまだまだ十二月。

 寒中を乗り切って新春を迎えましょう

 美味しくなければ、お茶(抹茶)じゃない。

 

 甘くないければ茶の湯じゃない。

 

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 開催日は土日祝のみ承ります。