本日は旧暦正月十一日。甲辰年丙寅月甲寅日。鏡開きです。

 鏡開きとは、江戸時代に鎧などの具足に備えた具足餅などを下げて雑煮にした行事で、「刃柄」を祝うことから廿日に行われていたものが、廿日が家光の月命日に当たるため、これを避けて十一日に行われるようになったものです。

 江戸以外では廿日が一般的で、幕領では江戸の風習が広がっていったため、廿日に鏡開きを行うのは、京都や大阪などの西国の多いと言われています。

 女性が鏡台に備えた鏡餅を開くことを「初顔を祝う」といったそうで、これらは「刃柄を祝う」とともに武家の風習が一般化したものです。

 刃物で餅を切るのは切腹を連想させることから、手や木槌で割り、「切る」「割る」という言葉を避け、「開く」という言葉を使います。鏡は円満を、開くは末広がりを意味し、共に祝いの言葉でもあります。

 また、鏡餅を食べることを「歯固め」ともいうそうで、固くなった鏡餅を食すことで刃を丈夫にして、年神様に長寿を祈るのだそうです。

 新年の開くですから「山花開似錦」とか、「一花開天下春」とか「一花五葉開」などのお軸がいいですかね。

 本日は旧暦正月十日、甲辰年丙寅月癸丑日。二十四節気の第二、雨水です。

 雨水は『暦便覧』には「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり」とあり、「雪が雨に変わり雪解けが始まる」日であり、空気に湿り気が増し、雨が降りやすくなる季節でもあります。
 
 寒気が北から入ってくると雪や霙(みぞれ)になったりしますが、植物が芽を出してきて春らしさを少しずつ感じるようになります。
 
 当庵でも、お弟子さんからいただいた吾亦紅(ワレモコウ)の芽がでておりました。椿も咲きおさめとばかりにたくさん蕾をつけております。
 
 春とは言えどもまだまだ寒い季節、お出かけには着脱ぎしやすい上着を一枚忍ばせてくださいませ♪

 この時期の御軸として相応しいのは「雨洗娟々浄」、「春水満四澤」、「春声先水響」などでしょうか。花は春の代名詞ですが、まだ少し早い気がいたします。

 

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「抹茶は甘い飲み物です」

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 お抹茶に抱くイメージってどんなものがありますか?
 お茶会ってどんなところでしょ?
 茶道ってどんなことしてるんでしょ?

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 実は、お茶会って愉(たの)しいところなんです!

 一般的なイメージだとしゃべっちゃいけないみたいな感じですかね?

 でも、本当はそんなことなくて、正客と亭主の会話の邪魔をしなければ、話していいんですよ。雑談はダメですけどネ(笑)

 そして、抹茶はとても甘い物なんです。

 苦い抹茶は「安い抹茶」とか「点てる人が下手」ということ。上手な人は甘い抹茶を点てられます。

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。

 月桑茶道教室では、そうしたお茶会へ行くための心構えや喫(の)み方、お菓子の頂き方など、様々なシチュエーションで体験いただけます。

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 コロナ対策は手洗いの徹底、マスクの着用にて各自お願いいたします。当日発熱の方はご参加をお断りすることがございます。予めご了承ください。
 

 3月31日は旧暦二月廿二日、二の午ですが、初午の設えにておもてなしいたします。

 

 会終了後はおしのぎに【季節の松花堂弁当】がございます。

 お時間の許す方はお召し上がりくださいm(_ _)m

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 濃茶 
 薄茶


 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和6年3月31日(日)
 濃茶:13:00~14:30
 薄茶:15:00~16:30
 

 開始15分前までにお越しください。
 時間はあくまで目安です。時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。簡単な酒席がございます。
 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。
 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 
 

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■会費
 5000円(濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
 

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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

STORES 予約 から予約する


■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください

 本日は旧暦一月七日。甲辰年丙寅月庚戌日。人日、七種の節句です。


 五節句の一つで、一月七日になります。霊辰、元七、人勝節ともいいます。

 この風習は、中華の風習で、正月元日が鶏の日、二日が狗(犬)の日、三日が猪(豚)の日、四日が羊の日、五日が牛の日、六日が馬の日とし、それぞれの日にその動物を殺さないようにしていたもので、七日を人の日として、犯罪者に対する刑罰を行わないようにしていたそうです。

 また、この日には、七種類の野菜を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七種粥になりました。

 七種粥の風習は、平安時代に始まり、江戸時代より一般的な風習として定着し、江戸幕府が定めた五節句(公式行事として)によって、七種粥を食べて人日の節句を祝うようになります。

 現在は「七種(ななくさ)」ではなく、「春の七草」と書く場合が多いですが、本来は七種と書きます。これは、春の七草が草ではなく、野菜であることを意味しており、七種類の野菜ということになります。

 芹(せり)
 薺(なずな)
 御形(ごぎょう)⇒母子草(ははこぐさ)
 繁縷(はこべら)⇒繁縷(はこべ)
 仏の座(ほとけのざ)⇒小鬼田平子(こおにたびらこ)
 菘(すずな)⇒蕪(かぶ)
 蘿蔔(すずしろ)⇒大根(だいこん)

 覚え方は「せりなずな ごぎょうはこべらほとけのざ すずなすずしろ はるのななくさ」といいます。

 茶道では、茶事にご飯の代わりに七種粥を出すなどの趣向があったり、ご飯は普通に出して、七種汁などを出したりということもあったようです。

 今は七種粥を新暦で食べますがそれでは自然のものではないので、出来れば、旧暦の人日に食べたいものですね。

 相応しいお軸というとやはり御目出度いものや新しいというようなものでしょうか。「山呼萬歳声」「日出乾坤輝」などが正月を代表する掛軸でしょうか。ですが、私は人日には「無事是貴人」を押したいですね。人日だけに「人」つながりで♪。

 本日は旧暦正月六日、甲辰年丙寅月己酉日。

 松の内の最終日になります。


 一般的に関東は七日まで、関西は十五日まで、といわれることが多いのですが、実質的には「その前日までが松の内」であり、七日や十五日が「松下し」となります。

 元々十四日までが松の内だったのですが、寛文二年(1662)一月六日、江戸幕府によって一月七日を以て飾納が指示されました。これは、火事の原因として左義長が上げられていたからであると言われています。

 これは町触として江戸の街に対して行われたものですが、徐々に江戸時代を通して地方に伝わり、変わっていったと言われます(特に幕領に)。幕領以外の地域については旧来通りに行われた地域が多いようです。

 ですので、門松や正月飾りは松の内までは飾っておき、松下しに外すということで、六日のうちに外さないようにいたしましょう!

 関西風にするなら十四日までは松の内になりますので、それまで飾っていてもOKです!